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28/35

28-全滅。

 それは彼らにとって不幸としか言いようのない再会だった。

 いや、正確には再会ではない。オークの寿命はエルフほど長くは無いからだ。

 だが彼らの体に流れる血が、遺伝子が――目の前に立つ男から逃げろとそう叫ぶ。


『ブ、ブギッ』

『プギャッ』


 怖い。

 何故こうも怖いのか。


「ぬぅ〜。やっぱりオークは嫌いだ」

「はは。嫌いというか、怖い?」

「なっ。こ、怖くないもんっ」


 あ、あのエルフ可愛い。ぷくーっとほっぺた膨らませて、突きたーい。

 そんな事を思ったのか、オークどもの視線がルティに注がれる。

 姫騎士ではないが、オークは美しい女であればなんでもいいようだ。


 だらしなく開かれた口から涎をたらし、ぶひぶひと鼻を鳴らす。


「ぐぬっ。き、汚い。やっぱりオークは嫌いだ」

「分かったよ。俺ひとりで片付けるから。"俺の剣"」


 人族の男からにょきっと飛び出してきたのは一本の剣。

 男が触れてもいないのに、右に左に上に下にと飛び回っている。

 オークはまるで猫の一団のように、飛ぶ剣を顔で追いかけた。そして自分の前を横切ったかと思えば、その時には意識が刈り取られ。

 次々とオークの首が宙を舞った。


『プ……プピィーッ!?』

『プギャーッ』

「はーっはっはっは。オークめ、ざまぁみろっ」


 オークは恐怖した。見たことない、聞いたことない光景だが、何故か記憶にある。

 何者かの高笑い。次々と飛ぶ仲間の首。

 どこで見た? どこで聞いた?


 ここで笑っているのはルティであるが、実際あの場に居た訳でないオークたちには分からない。

 ただただ、生まれたときからずっと言い伝えられてきた光景。


 エルフを背負い、高笑いする人族の――悪魔。


 ちょうど今、ルティは悠斗の後ろに立ってぴょんぴょん跳ねていた。それが背負っているように見えなくもない。


 オークは恐怖した。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


『『プギャアァァァァッ』』


 走った。叫んだ。こけた。

 オークは我先に逃げ出し、だがまともに周りも見えず、あるものは岩壁にぶつかり、あるものは恐怖のあまり心臓麻痺を起こし、あるものは倒れ仲間に踏みつけられ、あれよあれよと絶命していく。


 勝手に自滅しているのだ。恐怖のあまり。

 僅かに生き残ったオークも、悪魔の手下であるドワーフの斧に倒された。

 

 二十匹ほど居たであろうオークは、一分後には全滅していた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 坑道内にはまだ魔物が残っていた。だがそれも現在進行形で数を減らしている。

 そこそこ強そうなものも居れば、雑魚筆頭のゴブリンまで居る。レパートリー豊かな状況だ。


「ユウト殿。スキルの使い過ぎには気を付けるように。ポーションで回復できる精神力は実のところ少ない。慢心すればうっかり気絶しかねないからな」

「分かった」


 ルティのいう事は悠斗にも理解できた。エナジーポーションを頭から被っても、回復しているのはほんの僅か。頭痛や眩暈を回復することは出来るが、元通りとまではいかなかったから。


 三人が歩く坑道は足元が悪く、いたるところに岩が転がっていた。


「整理整頓ぐらい出来ないのかドワーフは」

「何を言う! この岩は魔物が這い出てくるときに、天井から落としたもんじゃい!」

「ここをあのサイクロプスが通ったのか……四つん這いにでもならないと、通れないんじゃ?」


 そんな悠斗の疑問はもっともな物で、ここの天井は2メートルほど。幅は3メートルだが、サイクロプスは体長3メートルほどあった。どう考えても立って歩けない高さだ。


「そりゃあ四つん這いで出てきたさ」

「ぷふっ……そこまでして出て来なくてもいいだろうになぁ」


 ギルムの言葉に、サイクロプスがよいしょよいしょと出てくる姿を想像し悠斗は噴きだす。

 あちこちに散らばる岩は、遂に彼らの行く手を塞ぐようになった。


「ぐぬぬ……魔物どもが無理やり通ったせいで、天井が完全に崩落してしもうたか」

「どうする? 他の道は?」

「ある。こっち――」


 こっちだ――そう言おうとしたギルムは絶句した。

 悠斗が岩の前に立つと、坑道を塞いでいた岩が次々に消えていくのだ。

 もちろん、タブレットの中に収納しているだけである。

 だがタブレットが見えない位置に居たギルムには、悠斗が岩を消しているように見えたのだ。ある意味間違ってはいないが、ちょっとだけ違う。


 ルティは溜息を吐き、精霊語で大地の精霊を呼び出すとノームに命じて天井の補強をさせた。

 こうして悠斗が岩の除去……という名の収納、ノームが天井の補強をしながら進んでいく。

 ギルムも遂にはタブレットの存在を確認するが、驚いただけで特に興味はなさそうだ。

 ルティ曰く、エルフやドワーフにはあまり欲がない。他人の物を奪おうとか、他人が持っている物を羨ましがるとか、そういう事がないのだと。


「えっと、じゃあ遠慮なく使うけど、ギルムさん。このタブレットの事は人族には内緒にしてください」

「わかっとるわい。そんなもんを人族が見たら、殺してでも奪い取りにくるだろうからの」


 あぁ、やっぱりそうなのかと悠斗は改めて、生きている人族の前ではあまり使うまいと思った。

 こうしてやや時間は掛かったものの、この先が迷宮と繋がった場所だという所まで到着した。

 が、ここも天井が崩落して先へは進めなくなっていた。

 

 これまで天井が塞がっていても特に慌てることもなかったギルムが、ここに来て初めて狼狽した。

 青ざめた顔で崩落現場へと向かうと、壁を調べ始める。


「そんな……そんな馬鹿な!?」

「ギルムさん?」

「ここなんじゃ。ここに上の坑道へと繋がる階段があったんじゃ!」

「上の?」


 この坑道は1年ほど前から下へと掘り進めていた坑道だ。空気の流れを良くするため、また何かの際の避難口として上の坑道へと繋がる階段通路がここにあった。

 ここを登ればすぐの所に大空洞へと通じる、ドワーフだけが知る隠し扉がある。そこは他より造りが頑丈で、爆破の振動でも崩れることは無い。だから導火線に火を点けたら急いで上の階に――。


「じゃが実際には誰も出てきておらん。ここがどのタイミングで塞がったのかは知らんが。だが奴らはまだこの奥におるのかもしれん。クソめっ」


 どごんっ。

 ギルムは大岩を素手で殴りつけた。

 

 すると……


 カツーン。カツーンと、何かを叩く音がした。

 それは一定のリズムを刻み、それがドワーフの歌のリズムであることをギルムは知っていた。


「生きておったのか!?」


 だが言葉の返事はない。

 どこに居るのか。全員無事なのか。

 逸る気で岩をどけようともがくがビクともしない。

 その変わり――


「全部収納します」

「ノームに補強させるから、ちょっと待ってっ」


 にゅるんにゅるんとタブレットへ大岩も小さな岩も収納していく悠斗の隣で、ルティが慌てて精霊語を紡ぐ。

 ノームの体は泥で出来ている。顔は黒焦げたあんぱんのように丸く、体と手足は角を取った四角い形をしていた。そんな彼らは悠斗のタブレットの収納され、出来た天井の隙間に張り付き、ペタペタと泥を――自分たちの体を塗りたくっていく。これが補強だ。

 そんな彼らが突然、慌てふためきわーきゃーしはじめる。それを見てルティは、


「ユウト殿。魔物がいるぞ」


 と報告。


「分かったよ」


 そう返事をした悠斗は『俺の剣』を召喚して、岩の隙間から見えた魔物をぶっ刺して行く。

 やがて坑道を塞いだ岩の半分ほどがタブレットに収納された頃、岩で塞がれていた横穴が姿を現した。


「おぉ、おぉぉ。みな生きておったか!」

「ギルム!? 探しに来てくれたのか。信じておった。信じておったわい」


 ドワーフたちは生きていた。全員無事で生きていた。

 10日間飲まず食わずで消耗しきっていたが、彼らは全員無事、横穴から出てきた。


 感動の再会。


 だがしかし、横穴から出てきたドワーフたちは絶句する。


 崩落によって塞がれた坑道の奥には数匹の魔物が残っていたが、その魔物が今まさに、悠斗へと迫っていた。

『俺の剣』が間に合わないと悟った彼は、あろうことかタブレットに収納しようとしていた岩を掴んだ!


 指が岩に食い込むほどぎゅっと握り、それを抱え上げ――ど突く!


 狼を二回りほど大きくした漆黒の毛並みをした魔物、ヘルハウンドの片方・・の顔がこれで潰された。


『ギャワオン!?』


 失った顔を見て悲痛な叫びを上げたヘルハウンドは、その頭上に更に大きな岩が浮かんでいたことに気づく間もなく昇天した。


「あ、ドワーフのみなさん、ご無事だったんですね。よかったよかった」


 爽やかな笑みを浮かべ振り返った悠斗に、ドワーフ一同はドン引きした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 究極馬鹿力おつ [一言] 先生、殺してでもうばいとるって言葉好きですね な なにをする きさまらー ま、このタブレットはアイスソードと比較にならない価値あるからな 他の人が所有して使え…
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