17-壁に耳あり・・・。
本日2回目更新です。16話がまだの方はそちらからどうぞ。
洋館内にルティの悲鳴が響き渡った後、気を失ったルティは客室で眠らされている。
「いつお客様がいらしてもいいように、全ての部屋は毎日掃除しております」
「確かに、とても綺麗にされていますね」
「紅茶や小麦は裏手で栽培しております。おもてなし出来る程度の少量ですが」
畑仕事をする幽霊なんて、想像できないだろう。どれだけ気合の入った幽霊たちなのか。
その幽霊たちの数は十五人程。メイドも居れば執事も居る。
彼らは来る日も来る日も、ここに誰かがやって来るのを待っていた。願いを聞いて貰うために。
「この200年間、ユウト様たちの他にも訪れた者は居たのですが、皆さんあっという間に逃げてしまわれまして」
「ははは……」
当たり前だろう。相手は幽霊なのだ。
「ですから最近では、まず幽霊であることを内緒にして、それで屋敷まで連れ込んでから本性を出すようにしようって、みんなで話し合っていたんです」
連れ込むというあたり、さすが幽霊だ。
だがそう決めてからずっと、誰もここに訪れておらず。悠斗たちは100年ぶりともなる客人だったらしい。
悠斗が案内されたのは、屋敷の三階にある北側の部屋。当時はこの部屋の窓から噴煙を見たらしい。
だが窓の外に映るのは小高い丘。その丘こそが、溶岩によって出来た火山なのだという。
なるほど。確かにこの屋敷も小高い丘に建てられている。そもそも噴火前がこの屋敷の建っている場所が一番高い位置にあったのだ。
噴火によって出来た丘から下り、そして再び上った丘がここ。
当時は一面の焼け野原だったようだが、200年経った今ではすっかり森が再生されている。
「男爵一行を探して欲しいというけど、君たちが探しに行けばよかったのでは? その……死んだのだから、自由に飛べたりするんじゃ?」
そう話す間も、キャロルは床から僅かに浮かんだ場所をすぅーっと移動している。他の幽霊たちなど、扉から出入りせず、壁をすり抜けているのだ。人探しをするなら都合の良い体だろう。
だが――。
「私たちはこの屋敷で主が戻ってくるのを待ちました。そのせいなんでしょうか、屋敷から一歩も外に出れないのです」
「え? いやでも、さっき屋敷の裏で茶畑小麦を栽培してるって……」
「屋敷を出て溶岩の上で焼け死んだ庭師のルーインたちが居ますので」
そして彼らは逆に、屋敷の中へは入れない。しかも遠くにも行けず、屋敷の周囲を彷徨う地縛霊になっているとのこと。
だから庭師たちでも探しに行けないのだ。
「きっと男爵様ご一行の中に、私たちのように成仏しきれない者が居ると思います。その者を連れ帰ってくださるだけでいいのです」
「い、居ないときは?」
「その時は諦めます。いいえ、その時は成仏したのだと思いますので、私たちも安心して後を追うことができますから」
そう言ってキャロルは、とある部屋へと案内する。
そこは男爵の私室であり、そこにホッテンフラム男爵家の家紋が彫刻されたブローチがある。これを持って湖付近に行けば、きっと気づいたものが現れるはずだと。そう言う。
誰も出て来なければ成仏したのだと判断し、それを伝えてくれればいいと言う。
「分かりました。湖は大きい物ですか?」
「それが……火山の噴火で蒸発しているかもしれませんので」
「あぁそうか。じゃあ噴火前は?」
「それなりに大きな湖でした。ぐるっと一周するのに、半日以上は掛かるぐらいに」
では捜索は数日掛かりになるだろう。そうなると食料が足りなくなる。
小麦があるというのでパンを焼いてもらうことは出来るだろうな。獣を狩ればそれも料理して貰う事も。
それらの準備は、まず気絶しているルティが目覚めてからになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「温泉を楽しみにして来たのにぃ。ひっく。どうしてこんなことになったのぉ〜。えぐえぐっ」
ルティが目を覚ました時、部屋には誰も居なかった。だが物音を聞きつけ心配したメイド幽霊が数人、彼女に声を掛けたものだからさぁ大変。
再び気を失い、ようやく目覚めたときには悠斗が傍にいて、今こうして号泣中なのだ。
なんとなく女の子な喋り方をしているのは気のせいだろうか。気のせいだろう。
「よしよしルティ。怖いお化けじゃないから大丈夫だよ。ここの人たちは行方不明のままになっている男爵一家と、彼らと一緒だった友人らを探したいだけだから」
「それだって幽霊なんでしょーっ。うわぁぁん」
「ルティは幽霊が怖かったのか……うぅん。どうしたものかなぁ」
「ユウト殿が探すなら、私も探すぅ〜。うえぇんっ」
言っている事とやっている事が支離滅裂である。
怖いが悠斗の役に立ちたい。だが怖い。
それに少なくとも、この屋敷に居るよりか外に出る方が幽霊と一緒に居る時間は短くなる。だから行くのだと言う。
思いのほか彼女は尽くすタイプのようだ。
「分かったよ。じゃあ明日の朝出発しよう」
「え? 明日? 今すぐじゃなくて?」
「湖のあった場所を中心に、周囲をくまなく練り歩くしかないからね。滞在は数日必要だろう。その為の食料準備をして貰うから、出発は明日だよ」
その数日で見つからなければ。成仏したということで彼らも安心して眠れる。それを伝え、今夜はここで休むことにしたとルティに説明した。
ルティ、涙目である。
何故ここまでして彼女が怯えるのか。
「そう言えばルティ。君はキャロルさんの事を最初から気づいていたみたいだけど、分かっていたのかい?、幽霊だってこと」
涙目でルティは頷く。
なんでも精霊使いは生者と死者の区別が、見ただけで分かるという事。
彼女にとってキャロルだけでなく、屋敷そのものが死者のようにぼぉっと黒い渦に包まれて見えるのだという。
「200年間の想いがそうさせたのだろう。身内に会いたいと想う気持ちは分かるが、分かるが……怖いものは怖いんだもんっ。ふえぇん」
再び泣き出したルティを、仕方なくそっと抱き寄せ頭を撫でてやった。
これで落ち着いてくれるといいんだけどと思いながら。
そしてふと気づく。
壁に耳あり障子に目ありどころではない。
メイドの幽霊たちが壁からひょこっと顔を出し、頬を染めうっとりした目で二人の様子を見ていた。
目の合ったメイドたちが黄色い悲鳴を上げ顔を引っ込めていく。
追いかけて行って「コラァーっ」と怒鳴りたいところだが、ルティを抱いたままではそれも出来ず。
逆に追いかけて来れないと知ると、メイドたちは再び戻って来て壁からにょっきする。
「うふふふふ。夕食の支度が出来ましたわお客様」
「でもでもお急ぎにならず、ごゆるりとお寛ぎください」
寛げるか馬鹿野郎!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やっとの思いで食事を終えた悠斗は、あてがわれた客室のベッドでごろんとしていた。
貴族の別荘だけあってベッドはふかふか。寝心地は最高だった。
「こんなお屋敷が温泉の近くにあればなぁ」
あるじゃないか、ここに。
そもそも温泉を探しに来て、あともう少しという所で見つけた洋館だ。ここから温泉に通うことも出来るだろう。
だが今はさすがにそんな気分にはなれず、今回の依頼が終われば暫くここで温泉に通わせて貰おうかなーなんて考えていると、
トントンっと扉をノックする音が聞こえた。
ノックしたという事は、相手はルティだろう。
ベッドから起きて扉を開けると、そこには涙目で枕を抱えたルティが居た。
そして奥の壁には、顔をにょっきしたメイドたちの姿が……。




