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和村さんと家達さん  作者: 穴
9/11

怪人・バジリスクを知っているか? 後編

実質最終話です。

俺たちは大急ぎで食堂へ向かった。

(さん)ッ! お前ッ生きてッ!?」

「すまない(けん)くん。事情は後だ!」

小牧くんと共に、クリスの倒れていた場所を調べる。

「それに、小牧(こまき)くんと…新井(あらい)くんも居るぞ!」

「ごめんなさい…シタナガくん…通して」

新井くんは田中(たなか)さんの(そば)へと向かっていた。

「駄目だ。血痕は落ちてないな」

「傘。現場検証が終わったのなら、みんなに事情を話すべきだと思うわ」

「そうよッ! 何がもう…どうなっているのよッ!?」

(ふき)さんが叫ぶ。

「……早くしなさい。お客さまの混乱は主催者の恥よ」

クリスさんは小牧の頭をテシテシと叩く。

「クリスティアナ。やめてくれ、少し心が折れそうなんだ」

「クリスさんッ?!」

「もう待ってくれ…話さなきゃいけないことが山積みだ」


俺は全てを話した。

クリスが双子であること。今回のクルージングの目的。そして和村はみのことも。

「怪人・バジリスク…俺も知っている」

「まさか…あの和村はみが…」

「事実はマジックショーより奇なり。ですね」

3人はやや不満を感じつつも、なんとか納得してくれた。

「あの…どうして田中さんは目を覚まさないんですか…? まさか…」

「んー…私の見立ですと、悪い魔女の呪いにかかっていて、長くはないでしょうね」

「そんな…! どうしたら…」

(いにしえ)より、魔女の呪いを解く方法といったら1つでしょう」

慌てていた新井くんが固まった。

「それってつまり…」

「……………んー…」

田中さんは唇をつき出す。

「もう! ふざけないで下さいよ!」

「………怒った…?」

「お、怒ってはないですけど…なんというか、その…心配させないで欲しいというか…」

「………新井くんは。私に心配かけたのに…?」

「いや! それは不可抗力というか…ボクの所為じゃないというか…」

「…………………」

「…ごめんなさい」

「………よろしい」

田中さんは新井くんの背中に飛び乗った。

「丸く収まったところで、これからの話だ」

「簡単なハナシじゃないのか? 港に帰ればいい」

「それは和村はみにとっても承知している話だろう。港に着けば逃がすことになるかもしれない」

「それでも、このままで被害者を出すことよりかはマシじゃないですか?」

「逆に言えば…和村さんには自信があるのかも…」

「自信って?」

「港に着くまでに、ここに居る全員を殺す自信。…でしょうか」

「もうイヤッ! 沢山よ! 私は死にたくないわッ! 自分の部屋に(こも)るからッ!」

「蕗さん…それ…1番ダメなやつ…」

「ここに居れば安全なら…どうしてクリスさんは殺されたのッ?! ねぇッ!? 誰か答えてよッ!」

食堂に沈黙が流れる。

「聞いて分かったわ…傘と小牧と新井は長い仲なのね。それに比べて私や健、シタナガ、田中。和村も1度会っただけとか、同じ中学校だっただけとか薄い繋がりしか無かった。…そうなると怪しいものだわ和村が犯人だというのも」

「…疑ってる…んですか…?」

「ええ。そりゃあ1度騙されれば誰でも2回目を疑うわッ!」

「言われてみれば、最初の方に脱落したのが長い仲の2人。というのは出来すぎた話ですよね」

「そうだ。2度の停電でクリスさんが消えたことに注目していたが、和村も消えているじゃないか。真相に気付いた風にしていた和村が」

マズイ…こんな時に疑心暗鬼になってきている。

「大体、立花(たちばな) 時雨(しぐれ)の息子? 怪人・バジリスクの娘? そんなドラマみたいな血統の因縁なんてある筈無いじゃないッ!」

蕗さんは食堂から出る。

「ちょっと待ってくれ蕗さん!」

「イヤッ! 誰も来ないでッ!」

食堂の扉を強く閉められ、蕗さんは行ってしまった。

「まぁ…でも、自室に籠るのが正解なのかもしれないですよね…」

「2つあるという隠し扉はどうするんですか?」

「クローゼットの方は1階か2階の鍵がなければ入れないし、暖炉の方は火を焚けば入れない。そこは蕗さんも分かっているだろう」

「………マスターキー…」

「それなら大丈夫だ」

俺はクリスさんに目配せする。

「2階のマスターキー、及び3階への鍵は私が持っています」

クリスさんは2本の鍵を見せた。

「ええっと…クリスティーンさんが持っていた鍵は?」

「ダミーです。本来ならば途中で私とクリスティーンが入れ替わって、それを和村はみが当てたら少し協力するというお助けキャラだったのですが、その前にこのようなことになってしまいました」

「いやに冷静ですよね。姉妹が死んでしまったというのに」

「いえ、双子だから分かるのです。クリスティーンは生きています」

「双子の同期(シンクロ)ってやつですかね…」

「私にとっては似ても似つかないけどな」

クリスさんは小牧の頭をバシバシと叩いた。

「痛いなぁ。とにかく部屋に籠ることが1番安全というのはあながち間違ってない訳だ。恐らく和村もマスターキー目当てでクリスさんを襲ったのだろうが、見当が外れたな」

本当にそうなら良いのだが…


"キャァァーーッ!!!"


「今の声…!」

「蕗さんだ!」

取るものも取り敢えず、蕗さんの部屋である3号室に向かった。

「クリスさん! 鍵を!」

「ただいま」

マスターキーによって鍵を開け、部屋に入ると…

「なんだと…」


蕗さんが壁にもたれ掛かって項垂(うなだ)れていた。

その胸にはナイフが刺さっていて、未だ血が垂れている。

「蕗さん!」

脈が…無い…

「傘! 退()くんだ!」

俺を突き飛ばして健が脈を診る。

「……っ…」

そして顔を横に振った。

「…悪いが、ここからは俺たち素人ではなく、本職の刑事の仕事だ。現場は保存させてもらう」

恐らく私物であろう立ち入り禁止テープをベッドの角から暖炉、お風呂場のドアまで、蕗さんの周りに張り巡らした。

「カーテンも窓の鍵もしまっている」

「弱々しいですが…暖炉に火も焚かれていますね…」

「トイレやお風呂場にも誰も居ない」

「この部屋の鍵が2本。下の部屋の鍵が1本。ちゃんと机の上に置かれています」

机には計3本の鍵と、化粧道具がある。

「下の部屋は大丈夫なの?」

「見て参ります」

クリスさんはクローゼットを開けて梯子を降りて行った。

「監視カメラに何か映ってませんかね…」

「…………ダメだと思う……」

田中さんは監視カメラを指差す。

「これは…口紅…?」

レンズの部分が紅く塗り潰されていた。

それを新井くんが椅子に登って拭き取る。

「おい待て! 現場を保存しろ。勝手に触るな」

「…あ…ごめんなさい…」

「…………ドジ…」

「うぅ…」

「下の部屋には誰も居りませんでした。鍵もかかっています」

「今回こそ…完全に密室ってわけか…」

「らしくないな、まだ早計だぞ傘。監視カメラの映像を確認するべきだ。流石に録画機能は付いているだろう?」

「…そうだな。火がくべられたタイミングによっては、脱出が可能だ」

もしも蕗さんが暖炉の隠し通路を失念していたなら、和村はそこから侵入することが可能だ。

そして蕗さん刺して、隠し通路から出るときに柵と薪を戻し、火を着け、燃え上がる前に脱出する。

これで密室は完成するのだ。

「よし、ダメ元で監視カメラの映像を確認しよう。しかし、現場にも人が残った方が良い」

皆を見る。

「俺は残るぞ。現場保存の詳しい知識を持ってるのは俺だけだからな」

「私も残りましょう。この密室のトリック、必ずや暴いてみせます。新井くんもお願いします。既に使われているトリックでしたら新井くんの方が分かるでしょう」

「…ボク…ですか…」

「いや、そうしたら必然的に田中さんも残ることになってしまう。何かあった時にこの機動力の低い2人は不安だ。……そうだな、じゃあ姉さんが残ってくれる?」

「あたす?」

訛ったように言う。

「今はそういうのいいから…荒事慣れしてる人が必要だってこと」

「分かった分かった」

現場は健、シタナガ、姉さんに任せ、後の面々は3階へと向かった。



「さて…頼むぞ…」

映像を再生する。

「あっ…蕗さんが入って…ちょ…田中さん見えないよ…」

「……………」

「やっててくれ。気が紛れる」

「そんなぁ…」

部屋に入ってきた蕗さんは、鍵をしめたあと、化粧道具を持ちながら何かを探す。

「着火出来るものを探しているのか?」

小牧の推測は当たり、マッチを見付けた蕗さんはカメラに背を向けて何やら暖炉をいじり、火を着けていた。

火が着いたことを見届けた蕗は、机に座ると化粧を落とし始める。

「やけに化粧に拘るな。しなくても素材が良いだろうに」

それに関しては姉2人の存在が大きく、オーディションを受ける度に"姉のモノマネ"だと揶揄されることから見た目にコンプレックスを抱えてしまった為である。

違う顔になりたいのだそうだ。

「お、気付いたな」

蕗はハッとすると、立ち上がり、口紅でカメラを塗り潰した。

そしてその数分後、叫び声だけが聞こえてきた。

「駄目か…突破口は何も無い…」

「━━いや、そうでも無いさ」

頭に一筋の閃光が走った。

「なるほど…そういうことか…」

「分かったのか、傘」

「ああ。俺は和村はみの"犯罪者としての資質"を視るために、このクルージングを急きょ推し進めた。ところが、それを見抜かれ一変、今は和村はみに"俺の探偵としての素質"を試されている」

ということはつまり…

「次に蕗さんの死体が消える」

言い切った瞬間。現在の映像で2階の電気が落ち、部屋は真っ暗になった。

"またか!? どうなっている!"

"みんな気をつけて! 今からカーテンを開く、そしたら月明かりで見える筈よ!"

カーテンを開けたのか、部屋に僅かな明かりが入る。

その瞬間、電気が復旧した。

"これは…蕗さんが消えた…?"

「やはりな…間違いない…」

「なるほど…違和感だ」

「えっ…何が起きたんですか…全く見えない…」

「………………」

まだやってたのか。

「また誰かが"自殺"する前に戻ろう。ネタバラシの時間だ」



俺は蕗が消えたと騒ぐ3人を宥め、食堂に集めた。

「さて皆さま。探偵がこうして一堂に集めたということは、謎が解けたということです」

「また猫かぶりが始まった」

小牧くんを人差し指で制す。

「謎もなにも、犯人は和村はみだろ!」

「ええそうですが、落ち着いて」

ここで食堂のモニターにノイズが走る。


"怪人・バジリスクを知っているかしら? …なんてね"

(ふくろう)の仮面を被り、黒いマントを身に付けた、和村はみらしき人物が映し出された。ボイスチェンジャーは使っていない。

"あーあ。そうしてるってことは、もうバレたってことね"

「和村お前ッ!」

「もういいんだよ健くん。全て見抜いた」

"じゃあまずはクリスさん…えぇーどっちだっけ?"

「クリスティーンさんだ」

"そうそうクリスティーンさんを殺して、消した方法の説明からお願いするわ"

「おいおい、それは随分と難しい質問だ。サイン・コサイン・タンジェントを知らないのに三角関数の計算をしろと言っているようなものだ」

"そうかしら?"

「だからまずは前提条件。"和村はみの共犯者"から話そう」

"へぇへぇ"

「健、シタナガ、田中、そして蕗が共犯者。そして途中からクリスティーンもね」

「どういうこと…ですか…?」

「…………バレちゃった……」

"その根拠は?"

「必要ない。これからパズルのピースのように当てハマっていくから━━


━━━━━━

【和村はみが仕掛けた事件の真相】

田中さんが倒れた後。

和村はみはまず鍵を取りに行くと言ったが、それは口実だ。

本当の目的は隠しカメラの無い隠し部屋にて3人を抱き込む為だった。

本当の事を話し、田中さんが倒れたことをダシにして、逆に"仕掛人に仕掛けよう"と提案したのだ。

真の黒幕というべき私にヘイトを向ければ、それも簡単だったろうな。

そして、色々な準備を済ませて食堂に戻った。

まずは田中さんとクリスティーンの懐柔だ。

妙だと思ったんだ。あの和村はみの謎の所信演説は、まるで時間を稼いでいるみたいだった。

実はあの時に健くんが死角をつくり、そこで筆談を行ったのだろう。

クリスティーンは難しいが簡単だ。双子であることを当てられたら協力するように言っておいたからね。

田中さんは簡単で、簡単だ。新井くん関連のことで協力するとでも言えば飛び付くだろう。

つまり、クリスティーンの件は食堂に居た全員が仕掛人だったのさ。

クリスティーンは2階を停電させるスイッチを持っていた。それで和村はみが指を弾いた瞬間に電気を落とした。叫び声を上げると、首の通信機を外して和村に渡した。

刺さったナイフと血は、おそらくシタナガくんの持ち物だろう。

血糊を着けて手品ナイフを刺し、電気を復旧させた。

そうして死体を見せたあと、もう一度電気を消してクリスティーンと和村はみは隠れた。

隠れる場所は監視カメラの死角ならどこでもいい。なにせ全員が仕掛人だからね。

そして、電気を復旧させた…

食堂から脱出したのは皆が蕗さんの部屋に向かった時だろう。

これでクリスティーンの件は完了だ。


次に蕗さんの件だ。

蕗さんは疑問を深め、そして謎を解く手掛かりをくれた。

全員が食堂に集まった時、私は食堂に居た6人が共犯だった可能性を捨ててはいなかった。

しかし蕗さんの怯えからくる怒りや、感情的な言動の"演技"に騙され、その可能性を捨てかけた…

蕗さんの行動を順に言おう。

1人で部屋に戻った蕗さんは、まず暖炉に火を着けた"フリ"をした。そのあと、化粧を落とし、思い出したかのように監視カメラに口紅を塗った。

そして血糊と手品ナイフで死を偽装。叫び声を上げたんだ。

ここまではクリスティーンの件と同じだが、ここからが難しい。

なにせ共犯じゃない私たち5人を騙さなくてはいけないんだからね。

そこで重要な役割だったのが健くんだ。私が蕗さんの脈を診たあと、"警察の為に現場保存"という名目で"暖炉"と"蕗さん"から私たちを遠ざけた。

脈は確かに停まっていたが、それは脇にゴムボールのような物を挟んでいたからだろうね。

そして停電のタイミングで、蕗さんは暖炉の隠し通路から外に出た…

これで完了だ。


引っ掛かったのは2つ。

1つは"なぜ蕗さんは化粧を落としたのか?"。

知っての通り、蕗さんは自分の素顔をどうしても見せたがらない。見られるくらいなら死んだ方がマシと言い放つくらいにね。

そんな彼女が、監視カメラの存在を忘れて化粧を落とすハズが無い。

恐らくあれは彼女のアドリブだったんだろうね。

本来ならば、暖炉に仕掛けをしてすぐに口紅で監視カメラを塗り潰す予定だったのだろうが、どうにも彼女には"流れ"が納得いかなかった。

彼女からすれば、監視カメラを塗り潰してから暖炉に火を着ける流れが正しいハズだと思っていたんだ。

そしてそれは正しい。

来るかも分からない侵入者対策よりも、現在進行形で監視されているカメラから処理したくなるのが女性の心理ってものだ。

……羞恥心のあまり無い誰かさんには分からないと思うけどね。

話を戻そう。

蕗さんは流れがおかしいと思ったが、暖炉に火を着ける行動はカメラに見せないといけない…

そこで彼女はその流れに現実味を付けるため、監視カメラを忘れていたフリをしたんだ。自身のコンプレックスを抉ってまでもね。

それが、"素顔を見せるハズが無い蕗さん"が"監視カメラを忘れていた"という矛盾を生んだんだ。


もう1つは"暖炉の火"

初めに蕗さんの部屋に着いた時、暖炉には火が焚かれていた。

しかし、停電した瞬間。何故か"火が消えたんだ"。

ここには共犯者側による2つの誤算があった。

1つは、新井くんの手によって監視カメラが復活してしまったこと。

もう1つは、現場に新井くんではなく姉さんが残ってしまったことだ。

予定では簡単な話だった。停電した時に蕗さんが暖炉の隠し通路から出て終わりなんだからね。

監視カメラは塗り潰されていて、新井くんの目は田中さんが塞ぐ手筈だったんだ。

しかし、ご存知の通り。新井くんが監視カメラを拭いてしまったし、現場に残ったのは姉さんだ。

これにより生じた不都合。それは暖炉の火の明かりによって蕗さんが脱出する瞬間を見られてしまうことだ。

その為、火を消さなければならなくなってしまった。

だから停電の時に部屋が真っ暗になったんだ。


以上と、あと1つのことから、私は2つの事件は和村、健、蕗、シタナガ、田中、クリスたち6人の自作自演だったと推理した。

━━━━━━


"ふーん"

和村はみはつまらなそうに椅子をクルクルとさせる。

「待ってくれ! 暖炉には火が焚かれていただろう。近くに水なんかは無かった。どうやって停電の瞬間に消せたんだ!?」

「それに、消せたとしても隠し扉は高温になっていた筈です。とても逃げられたとは思えませんね」

「それを解決するのが"あと1つ"さ」

「その…あと1つって…?」

「もうそろそろだ…」

タイミングを計ったのか、丁度クリスさんが"パチパチと音を鳴らし、黒い煙を巻き上げる火"を抱えてやって来た。

「1つ、未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に使われた場合は専門家に相談しろ。…そうだったね和村はみ」

"そう難解でもないじゃない"

「シタナガくん。キミの持ち物だろう、説明を頼むよ」

「バレてしまったか…いいでしょう。それは水蒸気発生装置にプロジェクションマッピングを組み合わせた商品だよ」

「プロジェクションマッピングって、壁やスクリーンに映像を映し出すアレよね」

「概ねその通り。しかし、これが映像を映し出す対象は"水蒸気"です。当然火を使わないからそこまで高温にもなりませんし、火事になる心配も無い。手軽に焚き火感覚を楽しめるインテリアということで人気です。それに少し改造を加えて黒い煙が出るように"改悪"しました。もっとも、マジシャンにとっては"改良"ですが」

「そう。これを使えば隠し扉が高温になることもないし、スイッチ1つで消すことも出来る」

「いつ気付きました?」

「おかしいと思ったのは、健くんがロクに調べずに暖炉も含めて立ち入り禁止にしたことだ。火に重要な証拠が投入されている可能性もあるのに、そのままにしたのは少し妙だと思ってね」

「…たしかに、少し早まったか」

「さて、2人は認めたぞ」

"そう。でも最後のトリックは解けているのかしら?"

やはりそうか。

「ああ。勿論さ」

「最後の…トリック…?」

それは、これから起こる最後の事件のトリックだ。


━━電気が落とされた。


「姉さん! クリスさん!」

「了解!」「かしこまりました」

組み合う音が聴こえ、やがて電気が復旧した。

「これは…」

「さて。これで閉幕だね。和村はみ」

俺の背後に、ナイフを持った和村はみが居た。

…もっとも、姉さんとクリスさんに組み敷かれているが。

「あーあ。お綺麗な仁王様もいたものね」

「あら、お上手」

「和村がここに居るということは…」

"もう、メチャクチャ失敗じゃないッ!"

モニターの人物は梟の面を外した。

「……誰?」

"私よ! 蕗!"

「素顔の、ね」

「やっぱりそっちの方が良いじゃないですか」

「ボクも…そう思っ…痛たたっ…」

「…………むーっ…」

"口が上手い奴らの言葉なんて信じられないわ。…まぁでも、少しは気が楽になったかも"

「あー。最近本当に負けばっかり。イヤになるわ」

「いや、引き分けだよ。キミは2人殺してしまって、私は2人殺させてしまった。だから引き分けだ」

「いいえ、違うわ。"だから"私の負けなのよ」

言葉とは対照的に、和村はみは勝ち誇った顔をしていた。


━━電気が落とされる。


「むっ!」

小牧くんの短い呻きとほぼ同時に、俺の腹部に衝撃が走った。

「ふふ…たまには(あるじ)とそのご学友殺しも悪くは無いですね」

クリス…だ…和村はみさえも…囮…だったのか…


━━電気が復旧する。


見ると小牧くんの頭にナイフが刺さり、血を…いや、トマトを流していた。俺の腹にも同様である。

「……やられたよクリスさん」

「成長しましたねクリスティーン」

「はい。私が姉になる日も近いかと」

「どういうことだ?」

「下らないことですのでお聞き流し下さい」

小牧くんに耳打ちで「その年の身体測定の結果で、良かった方がその1年姉になるという取り決めが本人たちの中であるんだ」と教えた。

「主催者死亡で終わったんだから、そろそろ放してくれない?」

「そうだな…離してあげて」

クリスさんと姉さんは和村はみを解放する。

「痛た…アザになるわねこれ…」

和村はみは、俺の目の前で誇らしげに立った。

「さて、私は4人…クリスティーンさんと蕗さんも入れれば6人も殺してしまったわ。私の完敗ってことで良いかしら?」

「そう言うな。明らかに"俺"の完敗だ」

腹のナイフとトマトを引き抜いた。

ナイフの刃を指で押すと収納され、その横から代わりに接着テープが付いた面が出てきた。これでくっつけるのか。

「まさかクリスさんが食べ物を粗末にするとは思いませんでした」

小牧くんは不機嫌そうに頭を拭いている。

「私の祖父の国ではトマトを投げ合う祭りがございます。これも一興かと」

「そもそも、私がクリスティーンさんに指示したのは十傘を殺すことだけだったんだけれど。どうして小牧さんまで?」

「そうですね…強いて言わせて頂くのであれば、小牧様があまりにも私の心配をしてなかったから…とでも申しましょうか」

「してたんですけどね…一応」

「そうでしょうか?」

閑話休題。

「それで、目的は何だったんだ?」

「お金よ。あそこから全員殺せれば12人殺せると思ってね。新井くんと小牧くんを2回づつとカウントして」

「はは、無茶苦茶だ。…それで本当は?」

「まぁ、試されていると気付いて少しムカついたのと、いざって時に私を止めてくれる実力のある探偵がどこかに居ないかなぁって思っただけ」

「それで、選考の結果は?」

「不合格ぅー」

ムカツク顔をされた。

「見当が付くまで現場を調べようとしないきらいがあるわ。スマートに解決しようとするっていうか、現場検証はもっとあくせくとしないと」

たしかに、クリスの件の時にもっと隅々まで調べていれば、和村とクリスを発見して終わりに出来ただろう。

「それに、蕗さんを1人にさせたのも良くないわ。ちゃんと止めないと」

「あの蕗さんを止められるか?」

「無理ね」

"…聴こえてるわよ"

「逆に、私の結果はどうだったかしら?」

「はは、不合格だよ。怪人・バジリスクになるにはトリックが単調過ぎる。殺されといて言うのはなんだけどね」

「…蕗さんの次から、バラエティーに富んだ色々なトリックを見せようと思ってたのよ」

「それは怖い。では早速そのトリックを屏風から出してくれ」

「言ってくれるわ」

「…そこの漫才師の2人。終わったならこれからどうするのか教えてくれ」

「誰が漫才師だ」「誰が漫才師よ」

思わず和村はみと目が合い、小牧は肩を竦めた。

「こほん……これでレクリエーションは終わり。ここからは本当にただのクルージングツアーだ。楽しんでいってくれ」


「すぐにご夕食の準備を致します」「私も手伝いましょう」

クリスティアナさんとクリスティーナは調理室に入っていった。

「私はそれまで素潜りしてくるわ!」

姉さんは駆け出した。

「大丈夫なのか!? 暗くなってるのに海に潜るなんて!」

「たしかに、海の生物が可哀想だな。私はシャワーを浴びてくるよ」

「待ってくれ小牧くん。また鍵を渡すのを忘れていた」

俺は皆に3階の部屋の鍵を渡した。

「3階スイートルームの鍵だ。もちろん仕掛けや監視カメラは無いよ」

"本当ッ!? 良かったぁ…やっと安らげるわ…"

「おおっと、シマッタナー」

「ど…どうしたんですか…」

「11人に対して、部屋は10しか無いンダー」

「酷い棒読みだ」

「あの…もしかして…」

「誰かと相部屋で頼むよ、"田中さん"」

「…普通はクリスティーンさんと…クリスティアナさんを相部屋にするべきですよね…」

新井くんは何かに勘づいたようだ。

「迷惑掛けちゃったのは、これで帳消しで良いかな?」

「…………やぶさかでない…」

「誤用…ですよね…?!」

「11人を乗せた船でのクルージング…終わって降りてきたのは12人…これはミステリーね」

「それは流石に下品ですよ和村さん」

「いや、でも13人かもしれないわ」

「こっちを見るな。もう用事は無いな、私はシャワーを浴びてくるぞ」

小牧は不満げに出ていった。

「…………新井くんが。イヤなら。別でもいい…」

「いや…嫌って訳じゃ…ないんですけど」

「…………だったら。ごー…」

「分かり…ました…」

新井ロボとそのパイロットも食堂を出る。

「蕗さんの鍵を。私が渡しておきます」

「いいかい?」

"降りるの面倒だし、そうして"

映像がプツンと切れた。

「俺は腹が減ったし一番に食べたいからここにいるかな」

「健くん。空気を読みなさい」

「何だ? どうしてだ?」

遣わなくても良い気を遣ったシタナガが健を引っ張っていった。


残ったのは俺と和村はみ。

「10年来の運命の再会だな。映画やドラマならここで感動のキスをしてエンドロールだが、どうする?」

「やめてよ気色悪い」

本当にイヤそうだ。

「冗談だ。どうしてクリスが双子だと分かった?」

「"この船に乗っているのは11人"と言ったアンタの言葉に嘘は無かった。それを前提として、登場人物の中に船長だけが出てこなかったからよ。それなら"船長といえば男だ"って先入観も使えるし、あとは…まぁノックスの十戒を思い出したからね。それで船長とクリスさんが双子の姉妹なんじゃないかと思ったの」

当たりだ。この船を動かせる免許を持っているのは、姉さんに色々と連れ回されるクリスティアナさんだけである。

「……あの日」

続けて訊こうとして思い(とど)まる。

この流れで訊くにはあまりに重い質問だ。

「父を裏切ったこと…かしら?」

向こうから切り出されて心臓が飛び出しそうになる。

「なんてことは無いわ。父が犯罪者で、アンタの父が捜査官だったからよ…いや当時は元・捜査官だったかしらね」

「そんなことで…実の父を裏切れたのか?」

「そんなことなんかじゃないわ。私の父は悪で、アンタの父は正義だった。だったらすることは1つじゃない」

「まさか、もともとそのつもりで…?」

「ええ。父の足を引っ張るつもりで行ったわ。…まぁ、皮肉なことにそれも正義感の強い少年に邪魔されたけどね」

「最初から気付いていたのか? その少年が俺だって」

「だったら来てないわ。途中からよ」

「そうか…それで、その後は?」

「現場から逃げて、母も居なかったし天涯孤独になった…分かってるわよアンタが居た。感謝してるって。…ともかく、探偵事務所やら何やらにお世話になってたわ。探偵として即戦力にもなれたしね」

「……父の遺産や名前を使ってのうのうと過ごしていた自分が恥ずかしいな」

「哀れむのはヤメて頂戴。哀れむくらいならお金を頂戴ってね」

「つまらないな」

「あっそう。おちゃらけたい気分だったのだけれど、ヤメておくわ」

「これから…どうするつもりだ?」

「正義のままに、探偵を続けるわ。まぁどこかで闇落ちして怪人になっても止めてくれるんでしょう?」

「ああ、必ず止めるさ」

「へぇ。アンタだけじゃあ不安だけれどね」

和村に握手を求めたが、トマト臭いとのことで断られた。

「さて、話も終わったことだし、オーディエンスに登場して頂きましょう」

和村は食堂の扉まで走ると、そのまま扉を開け放った。

「危ないですよ!」「ちょっと!」「うぉあ!」「………むーっ…」「全く…」「痛た…田中さん…誰も…触ってないって…!」

バタバタと探偵たちが倒れ込む。

「お前ら…」

「まぁ、こんだけ探偵が居れば誰かが止めてくれるでしょう?」

「そうかもな…」


「皆さま、お食事が出来上がりました」

豪勢な料理が並べられる。

「おぉー美味そうだ!」

「ですが、なぜ小牧くんにだけ同じ料理が2つも?」

「…そういうことですか。頂きます」

小牧くんは同じスープをそれぞれを1口づつ啜る。

そして少し思案し、

「左の方が美味しいですね」

片方のスープを指差した。

「当然でございます」「ちっ、肥えただけのブタが偉そうに」

「言葉遣いが汚いってレベルじゃないな…」

「どれも美味しいぞ?」

「イチゴ牛乳は無いの?」

「ございますが、お食事中に…?」

「頼むわ」

「朝飯じゃないんだぞ」

「あら、イチゴ牛乳は朝が旬だったのね。知らなかったわ」

「お待たせ致しました」

クリスがイチゴ牛乳を運んで来た。

その甘いイチゴの香りが辺りに漂う。

「やはり匂いが強いぞ、その1杯だけにしてくれ。なぁそう思うだろ傘?」

「…いや、そう悪くない匂いだ」

その匂いに何故か、父のことを思い出した。



しかし…

「サメ獲ったどーー!」

サメをかかえた姉さんが闖入し、生魚の臭いに上書きされた。

「あれ…もうご飯の時間だったの?」

「台無しだ…」

「得てしてそんなものよ。終幕なんてね」


次が最終話、その次に番外編で完結予定です。

もう推理要素は出てきませんのであしからず。


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