怪人・バジリスクを知っているか? 前編
前編、後編に分かれます
それは、若者にとっては遠い昔。
元号が変わって間もない頃の話だ。
"怪人・バジリスクを知っているか?"
そう書かれたカードが、とある宝石店に届いた。
なんのイタズラなのかと、見当も付かなかった店主は、そのカードを捨てるつもりでノートに挟み込み、そのまま忘れてしまった。
1週間後、その店先には鳥の仮面を被った黒ずくめの人間が立っていた。
当然店主は警察に連絡する。
"もしもし…お世話になっております篠原宝石店です。いま店の前に怪し━━"
…店主は全治3ヶ月の怪我を負い、出ていた宝石を全て盗まれてしまった。
これが、世紀を揺るがした怪人・バジリスクの初犯であった。
警察によりノートの間から発見されたカードも話題となり、その知名度は一気に昇った。
"怪人・バジリスクを知っているか?"
そのカードが届いた所には、1週間以内に多くのものが盗まれる。
物であったり、お金であったり、…命であったり。
予告は絶対であり、見送りや失敗は無かった。
義賊説、宗教説、宇宙人説。
様々な臆測がワイドショー内で飛び交ったが、誰も深くは切り込まなかった。それは、バジリスクの次の標的になることを恐れた為である。
というのも、バジリスクを痛烈に批判した司会者が、その1週間後に意識不明の重体にまで追い込まれたという事件あったからだ。
これにより、当時王様であったメディアに勝利したとして、ネットではバジリスクを崇拝する者が次々と現れ、真似をする偽バジリスクが流行するにまで至った。
地域一帯は無法と化し、ワイドショーでは毎回警察が頭を下げていた。もはや誰が本物のバジリスクかすら分からなくなっていったのである。
事態に困窮した警察組織は、とある捜査官に白羽の矢を当てた。
その捜査官の名が、立花 村雨であった。
優秀な捜査官であった村雨は、任に着くなり、多くの偽バジリスクを検挙した。
定期的に行われていた謝罪会見は、いつしかヒーローインタビューへと変化していった。
"また、偽者でした。国民の皆さんにはご不安をお掛けして申し訳ございません"
しかし村雨は頭を下げた。
彼にとっての勝利は、本物のバジリスクを捕まえるより他に無かったのだ。
村雨に守られていると分かったメディアは、増長を始め、バジリスクを猛烈に批判した。
つまり村雨は、神に成りかけていたバジリスクを犯罪者へと押し戻したのである。
そして、ある時。
バジリスク関連のニュースがピタリと止んだ。
バジリスクが引退した。村雨が多く捕まえた中に本物がいた。
様々な分析がなされたが、何の続報も無く、バジリスクの話題自体もパッタリと聞かなくなった。
立花村雨は任を解かれ、結婚し、十に姓が変わる。
そして、2人の子どもも儲けた。雨花と、傘である。
そして傘が小学生に上がった頃、村雨は若くして捜査官を引退した。
末期癌であった。
それに呼応したかのように、村雨の家に1枚のカードが届く。
"怪人・バジリスクを知っているか?"
村雨はメディアを呼び込み、バジリスクと決闘することを発表した。
唐突に空気が失われ、行き場を無くし燻っていた熱が、一気に燃え上がったのだ。
まるで、これからの日本を正義が担うのか、それとも悪が担うのか。それを占うかの如く、この決闘に日本中が注目した。
"私は一般人ですから、これは決闘罪に当たるのかもしれません。しかし、これを違えれば妻に、子どもに報復が行くかもしれません。どうかお許し下さい"
そう言い残し、親戚に妻と雨花と傘を預けた村雨は、独り自宅に籠った。
そして、来る日。
村雨の勝利で勝負は決した。
重傷を負ったものの、バジリスクを殺したのである。
怪人・バジリスク…本名、鳳 加賀史。
検死の結果。彼もまた、癌に犯されていた。
村雨は勝ち名乗りを挙げることなく、すぐに出頭した。
世論も後押しし、村雨には正当防衛が認められた。
しかし、その数ヵ月後に彼は鬼籍に入った。
一連の事件は真に終幕を迎えたのであった。
そして流水に石が削られるが如く、段々と時が削り去り、ほどなくして次の話題へと替わっていった。
今ではその質問をしても何の反応も返っては来ないだろう。
第5話[怪人・バジリスクを知っているか?]
俺は机の上でカードをクルクルと回す。
「傘様、お電話です」
クリスに短く返事をし、電話を受け取る。
「ハロー。こんにちは」
"もしもし、傘か?"
「おや、五塔くんじゃないか。もちろん憶えているよね?」
"この先、もし困ったことがあったら私に1度だけ電話してもいいよ。それを解決する方法を教えるから。だけどそれ以降はもう繋がらないと思って…だろ?"
記憶力の良い友人だ。
「それで、何かな?」
"水無瀬さんを…水無瀬 泉さんを助けて欲しい"
「…やはりキミは他人の為に電話を使ったね」
無気力で冷めたような雰囲気を纏っているくせ、実は誰よりも優しい人間だ。
「分かった。任せて。必ず助ける方法を見付けよう」
しかし、厄介だ。タイムトラベラーからの依頼は一筋縄ではいかない。
五塔くんの進学先は羽風高校。だったかな。
「クリス。出掛けてくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
「…ところで姉さんは?」
普段ならウザイほど構ってくる姉に、今日はまだ会ってない。
「雨花様でしたら、"エアーズロックに登りたい!"と言い放ってお出掛けになられました」
そういえば昨日、まもなくエアーズロックに登れなくなるというニュースを観た。相変わらずの行動力お化けだ。
「俺の部屋は掃除しなくて良いからね。夕食までには帰ってくるよ」
俺も負けてられないな。
「かしこまりました」
リビングから飛び出して靴を履き替える。
「クリスさん、出掛けてくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
羽風高校は少し遠いな。電車の方が早いか。
電車を乗り継いで少し歩き、スマホとにらめっこしながら羽風高校に辿り着いた。
カメラで男子生徒の制服を撮る。変装の為だ。
「━━別に、風景を撮ってると言われたらそれまでよ」
後ろから女の子の声が聞こえてドキリとする。
「それに撮ってるのは男子生徒。相当な変態か、相当な事情があるに違いないわ」
その女の子はこちらに目もくれなかった。
まるで独り言を言っている風である。
すれ違う。ふと漂うイチゴの香り。
━━彼女のその匂いに憶えがあった。
▽
「クリス! 父さんの関連の物を全て出してくれ!」
「…かしこまりました」
クリスは面食らったものの、すぐに父の遺品を集めて来た。
「父さんは、最後の数ヵ月に"とある少女"を探していた」
写真や資料をひっくり返す。
「あの決戦の日、俺は家に忍び込んだんだ。父の力になれると信じて」
結果的に足を引っ張ったのだが。
「あの日、怪人・バジリスクも子どもを連れていた!」
「初耳ですね」
「そうだ。これは語られることが無かった話だ━━
━━━━━━
【十傘の記憶】
その日は雨が降っていた。
俺は親戚の家を飛び出して、父さんの許へと向かった。
父さんは驚いた様子も無く、俺を受け入れてくれた。
そして、これからのことを話してくれた。
癌で先が長くないこと、正義としての心構え、あとは…家族を頼むと。
そして、怪人・バジリスクが現れた。
鳥の面に黒い衣裳。
父さんが捕まえた偽者は何度か見たことがあったが、"それ"はその何れにも無かった異様な雰囲気を身に纏っていた。
「俺は…お前で、お前は俺だ。鏡を挟んで隣に居る」
「確かに…そうかもな。しかし、似たまま引き分けという訳にはいかない。正義には勝つ義務がある」
初めて会ったハズなのに、父さんとバジリスクは旧くからの友人であるかのように話し始めた。
「同じく世に出て、同じく家庭を築き、同じく病魔に犯された」
「こんな時に子どもが来てしまったところも、似ているな」
「…ああ」
影から、同じく鳥の面を被った子どもが出てきた。
2対1になることを危惧した俺は、その子どもに飛び掛かった。
俺と子どもは組み合いながら転がった。
薄いイチゴの香りが鼻についたことを憶えている。
その子は軽く、簡単に組伏すことが出来た。
「せっかちは良くないな」
バジリスクはその凶刃を俺に向けた。
「危ないッ!」
ドンと衝撃が走り、俺は吹き飛んだ。
混乱する目を擦ると、そこには背中を刺された父さんが居た。
「ぐっ…!」
バジリスクとその子どもに挟まれ、絶体絶命であることは明白だ。
「父さんッ!」
俺は駆け寄ろうとした。
「やれッ!」
間に合わない。子どもがナイフを取り出した。
…しかし、意外なことが起きた。
「なッ! 何をッ!」
その子どもは身を滑らせ、父さんの股を潜ると、バジリスクの太股にナイフを突き立てたのである。
「がッ! お前ッ!」
子どもは1度転がると立ち上がり、俺の元へ歩いてきた。
「へッ! これで…イーブン、だな。どこまでも同じだ」
「これも…運命か…」
互いにナイフを引き抜き、剣戟が始まった
「……もう邪魔しないで。あの人を止められるのは、アンタの父しかいない」
女の子の声だった。
それだけ言うと、その子は闇に消えて行った。
━━━━━━
「その後の結果はニュースの通りだ」
「では、時雨様が探していた少女というのは…」
「ああ。怪人・バジリスクの娘だ」
あの父が探して何の成果も無かったとは考え辛い。
ノートや資料を目を皿にして読み込む。
"自己顕示欲ー 鳳おおとりー 加賀史かがしー かがしは古語で蛇のことー 鳥と蛇ー バジリスクー ヨーロッパの怪物ー 頭が鶏で尻尾が蛇"
なるほど、自己顕示型の犯人は、通り名に自分の名前の要素を盛り込むことが多いと分析している。
内容は怪人・バジリスクの事ばかりだ。
その娘については何の情報も書き込まれていない。
「クリス。制服は出来た?」
「はい。整っております」
これは直接調べた方が早い。
"怪人・バジリスクを知っているか?"
"はい。私の父です"
…という訳にはいかないだろう。
羽風高校に侵入した俺は、例の女の子を探す。
しかし見付からない。授業が始まる前に見付け出さなくてはならないのに。
リスクはあるが、近くに居た女子生徒を捕まえて尋ねた。
「あの、いつも1人でブツブツ言っている女の子を知りませんか?」
「あぁ~、それならぁ、和村ちゃんかなぁ」
喋りがゆっくりで気持ちを急かされる。
「うぅ~、でもぉ、珍しいねぇ、この学校のぉ、せいとならぁ、みんな知ってるのにぃ」
「そんなに有名なんですか?」
「それはもぉ、ちまたをぉ、騒がすぅ、名探偵さんですよぉ」
「名探偵…」
やはり思い違いなのか?
「仕事の時はぁ、学校休むからぁ、今日は居ないのかもねぇ」
「そうですか…分かりました。ありがとうございます」
「頑張って下さいねぇ、十くん」
名前を呼ばれて狼狽する。
「ふふふのふぅ~」
そのまま女子生徒はフラフラと去っていってしまった。
学校を出て制服を脱ぎ、即座にスマホで調べる。
"現役女子高生探偵、和村はみ"
なんでも、最近頭角を現してきた探偵であるらしい。
警察からの信頼も厚く、数多の事件を解決しているとのことだ。
彼女の活躍が書かれた記事にはどれも、羽風高校へのリンクが載っている。
恐らく、高校の広告塔になる代わりに学費などを免除されているのだろう。
…やはり気のせいだったか。
警察と協力して事件を解決する探偵が、バジリスクの娘であるハズがない。
何故だか、安心と共に少し空虚な気持ちも沸いた。
しかし、まだ確定した訳では無い。
五塔くんには悪いが、少し利用させて貰おう。
▽
「ハロー。こんにちは。どうだったかな?」
"ああ、上手く行きそうだ。ありがとう。恩に着るよ"
結果、和村はみは"そこそこ"優秀な探偵であった。
悪意を持った第3者から事件を掻き回されることに慣れていないフシがある。
「それにしてもキミが執事ねぇ…見に行っても良いかな?」
"よしてくれ、こうして電話してるだけでも同僚に睨まれてるんだ。それと、正確には従者って役割らしい。まだ勉強してないが"
「それはまた…気苦労するね…」
"でも、まぁ…好きな人の許で働けるって少し幸せだ"
五塔くんは、まだ恥ずかしいセリフをサラッと出す癖が抜けてないようだ。
"そっちはどうなんだ? 探偵としての相棒を探すって言ってたけど、見付かったのか?"
「候補は何人かね。まだ決定打が足りない」
"見付かることを祈ってるよ"
何となくの挨拶を交わして電話を切った。
「おい、せっかくのクリスさんのお弁当が乾くぞ。勿体ない、私が食べようか?」
小牧くんが俺の弁当に箸を伸ばしていた。
「駄目だよ。私が全部食べなきゃクリスに何て言われるか分からないからね」
「料理とは命を奪っているようで、命を与える行為だ。神聖なものだよ。ちゃんと感謝するんだ」
「分かってるよ。いただきます」
彼に食の話をさせたら長い。俺は話題を切り替えようとした。
「そういえば、小牧くんは"和村はみ"って知ってるかい?」
「うーん…知らん。"はみ"が名前か?」
「ああ。平仮名で"はみ"。何でも現役女子高生探偵らしい」
「ふーん…知らないことに変わりはないが、親は相当学がないか、変わり者だったんだろうな」
「…というと?」
「いや、マムシ酒の作り方を学びに九州の方に行ったことがあるんだが…もちろん飲んではいないよ。…そこで現地の人はマムシのこと"はみ"と呼んでいたんだ。なんでも別名らしい。調べたら"嫌われ者"という意味もあるらしいから、そんな名前を付けるなんて変だなと思っただけだ」
心臓が凍る感覚がした。
「まぁ、最近は語感だけで名前を付けることもあるし、深い意味は無いのかもな。ちゃんと意味も込めて名前を付けないのは好かんが」
…ダメだ、他人を介してではなく、この眼で確かめなくては。
「時に小牧くん。この前話したクルージングには来てくれるのかな?」
「探偵交流会ってやつか? 別に私は探偵じゃないし、行っても浮くだけだ」
「クリスの手料理が食べられるぞ」
「…まぁ、友人を作ることは大事だし、吝かではないよ」
こうして、俺は6人の探偵を集めた。
あとは1人…和村はみをどうにかして参加させなくては…
▼
そして当日━━
「…あぁ…本当に傘さんだ…今回ばっかりは…人が悪いですよ…」
「悪いね、新井くん。お詫び言っては何だけど、モニターで観戦出来るよ。新作のアイディアが見付かるかもしれない」
3階の広間、食堂の真上だ。監視カメラの映像が映ったモニターが並ぶ。
「…食堂に集まってますね」
"私が…とても迂闊だったわ"
「…まさか和村さんが共犯者だったとは…分かりませんでした…」
「彼女は部屋の隠し通路もすぐ見付けてしまったからね。そうとう手強いよ」
「ふぃー熱ちー」
回収役の姉さんがソーダ片手に入ってきた。
「姉さん、お疲れ」
「なかなかスリリングで面白いわ。スラムに乗り込んだ時くらいのスリルよ」
「…あ…雨花さん。ありがとうございました」
「あはは。逆にゴメンね、弟のワガママに付き合わせて」
「…いえ…そんな」
ここで食堂の面々から、小牧くん、シタナガくん、和村はみが1号室に移動した。
"さて。まず気になるのが、この血痕らしきシミだが…"
「…結局あれは何だったんですか?」
「恐らく、新井くんを犯人に見せかける為の偽装工作だ」
疑いをグループ外に向けさせるのは上手いやり方である。
「人には、最初に自分で発見したことを大事にしてしまう心理がある。今回、小牧くんは"血痕はミネストローネだった"と見破った。それによって推理は新井くんが犯人であるという方向に流れるだろう」
"可能性は幾つかある。1つは、田中が新井を殺した可能性。1つは、和村が新井を殺した可能性。そして最後に、新井が自分の死を偽装した可能性だ"
「…本当だ…引っ掛かりかけてますね」
小牧くんは"殺害方法とその処理"について語り始めている。
「…あ、合ってます…見ただけでボクの身長と体重が分かるんですね」
「元は肉塊を見て何人前か分かるようになったところから、段々と家畜の重さや大きさ、最後に人間の身長体重を当てられるようになったらしい」
「…職人業…ってやつですか」
「その上、洞察力も大したものだよ。特にキッチン関連の洞察力で彼に勝てる人間はいないんじゃないかな?」
講釈が長いのが珠にキズだが。
「…あっ! …シタナガさんが隠し通路を見付けたらしいですよ」
クローゼットに入っていく。
「残念ながらクローゼットの中は死角。音声のみだ。隠し部屋からは音声も届かない」
"それは浴衣を着てるから? だったら問題ないわ、ちゃんと下に肌着を着てるもの"
"ちょっ! はしたないですよ!"
「…一体何が…」
「彼女は少し…羞恥心がバグってるらしい」
監視カメラがあるって言ったのに裸でうろつくし。どういう神経をしているのか。
「あっ! …小牧さんと和村さんが出てきました」
2人はそのままベランダに出た。
「姉さん。頼む」
「アイアイサー」
姉さんは駆けて行った。と同時に発信器が鳴る。
「2人目は小牧くんか。意外だったね」
"その声…傘か…?"
"悪いけどすごい時間が無いわ"
「そうか、すぐ向かうよ。和村は引き続いて」
"…あぁ…やっぱりな。馬鹿馬鹿しい、考え過ぎだ…やられたよ"
"遺体の処理を第3者がやったとなれば犯行は容易じゃないか…どうして単独犯に拘った…"
"そういうこと。悪いわね、じゃあ後は頼むわ"
和村さんはクローゼットに消えた。
"到ちゃーく! うげぇ小牧くんか"
"女性がそんな崩した言葉を使うものじゃないですよ"
"あーセクハラロジハラマンだー"
「姉さん、雑談は帰ってからにして」
"りょー。しっかし重いよー。痩せたら? クリスさんに振り向いて貰えないぞー?"
"……善処します"
目撃はされてない。
「…脱落仲間が来て安心しました」
「しかし思ったよりペースが早いな…」
これは和村はみの運が良いと取るか、その運を見逃さなかったと取るか…
「だーかーらー、ヘルシー料理も料理でしょ?」
「いいえ、中にはちゃんとした料理もありますが、殆んどはレシピからカロリーを抜いただけの穴開き料理です」
口論をしながら小牧と姉さんが来た。
「傘…もう2度とこういうのはナシだぞ」
「悪い悪い。クリスに料理を作り置いて貰ってるからそれで許してくれ」
「…今回だけだからな」
「まったくチョロいなー」
2人は1階の部屋だろうか。時間が足りず、残念ながら1階には監視カメラを取り付けることが出来なかった。
「…出てきましたよ…」
「慌てて私を探してるな」
「和村ちゃん演技派だよねー」
「ああ。取るべき行動が取れてると言うべきか、騙す才能がある」
「…ところで傘。今回の目的は一体何なんだ?」
小牧くんは腕を組んで訊いてくる。
「私の相棒オーディションだよ。探偵としての素質を見て…「傘。悪いが、短くない付き合いだ。それだけの為に他人に精神的攻撃を与える人間でないことは知っているぞ」
察しがいいことだ。
言うべきか…言わないべきか…
「分かった! 傘はさ、友達を信用してないのね。うわーゴメンね2人とも。こんな弟で」
「まぁ、そんな人間だからこそ分かり合えた部分もありますよ。コイツの隠し事は今に始まったことじゃない。いっつも私は騙されて事件現場に連れていかれるんだ」
「…ボクも…映画館に行くぞって言われて行ったら殺人現場だったことがあります…」
「うわー…わが弟ながらヒクわー…」
良かれと思ってやったことなんだが…
「分かった…分かったよ! 今回の"俺"の目的を教える」
「ようやく本音になったな」
「怪人・バジリスクを知っているか?」
カードを人差し指と中指で挟んで見せる。
「…えっ! 知ってますとも! 大怪人じゃないですか!」
「強盗、殺人、破壊、何でもござれの大悪人だったな」
「…でも当時の捜査官に負けて死にましたよね…それなのに予告状が?」
「いや、確かにバジリスクは死んだ。これは最後に送られた予告状だ」
「と言うことは…傘の父親って…」
「そうよ。旧姓・立花時雨。私たちの父はバジリスク…本名・鳳加賀史を殺した捜査官だった。…まぁ殺した時は一般人だったけどね」
「何てことだ…話が見えてきたぞ…」
小牧は天を仰いだ。そう、前に話したことを思い出したのだろう。
「…ど…どういうことですか…?」
「和村はみは、怪人・バジリスクの娘だ」
「なぜ分かると言いたいところだが、傘が言ってるってことは相当な裏付けがあるんだよな」
「ああ」
生存者たちは食堂に集まり、新井くんが共犯者だという意見でまとまっている。
「……えぇ…ボクですか…」
「まぁ、最初に消えた人物が犯人というのもよくある話だからな」
マズイな…このまま纏まってしまったら、何も分からないまま和村はみの1人勝ちで終わってしまうぞ…
"…………私…信じない…"
"新井くんは。共犯者なんかじゃない"
「…たっ、田中さん…!」
「良かったな、信じて貰えて。大事にしてやれよ」
「…ち、茶化さないで下さいよ…ボクもこの感情をどう処理したら良いのか…まだよく分かってないんですから…」
田中さんが推理を語りだした。
「なんだか様子がおかしいぞ…」
「倒れましたよ! 大丈夫なんですか!?」
「クリス…容態は?」
"のちほど"
ということは大丈夫なのだろう。
「クリスさんと連絡が取れるのか?」
「ああ。一応あの首輪が通信機になってる」
しかし、田中さんが倒れてしまったのは意外だ。
こういった状況には強いと思っていたのだが…
「すまない新井くん。キミを失ったことと今の状況が合わさって、耐えられなくなってしまったようだ」
「…謝るなら田中さんに謝って下さい」
「ああ…和村はみのことに夢中になって、周りが見えてなかったかもしれない…」
「らしくないな。本当に」
食堂には田中さんとクリスが残り、4人は鍵の回収をすると出ていった。
「傘、もうやめたら?」
「……ああ、これ以上は厳しいかもしれない」
結局、和村はみのことはあまり分からなかったが、今回だけが彼女の本性を明かすチャンスではない。また機会を作ればいいのだ。
"……やめないで"
「どうした!?」
"分かってる。そこに。居るの。私は。大丈夫"
「どうした、傘?」
"どうやら田中様は途中から気付いていらっしゃった様です"
「…何ですか…?」
「ちょっと待ってくれ…スピーカーに移す……いいぞ」
クリスのマイクの出力先をスピーカーにした。
"クリスさんが。のちほど。そう言ったから。確信が。持てた"
"申し訳ございません。唐突なことに迂闊な判断をしてしまいました"
「いいや、仕方ないよ。それで、田中さんはどうする?」
"田中様はどうするか、傘様はそう質問されております"
"和村はみの。何かを。知りたい。そうでしょ"
「…その通りだ」
"その通りだ、と"
"がんばる。だから。新井くんに。見てるように。言って"
新井くんの方を見る。
「田中さん! ボクはもう頑張りようがないけど…ちゃんと見てるから!」
阿吽の呼吸と言うべきか、クリスはイヤホンを田中さんに当てていた。
"新井くん! うん。うれしい。がんばるから"
「すまない…埋め合わせは必ずするし、させる」
"新井くんが。死んじゃった。少しの可能性が。怖かっただけ。もう大丈夫"
"では、この後も変わりなく"
「頼むよ」
「しかし、傘。不味いんじゃないか?」
「本人に頑張ると言われたら何も言えないさ」
「そうじゃない。和村はみだ。彼女は探偵なんだろう? それは恐らく正義だってことだ」
「……何が言いたいんだ?」
「今お前は藪をつついてヘビを出そうとしてるのかもしれないってことだよ。…別に狙って言ったわけではないぞ」
「犯罪者の役をやらせたことが切っ掛けで、犯罪に目覚める可能性があると?」
「可能性は無限だ。良くも悪くも」
しばらくして、4人が食堂に帰って来た。
和村はみは、倒れている田中さんを一瞥すると顔を伏せた。
4人は近い距離で椅子に座ったが、大きな健が監視カメラに背中を向けて座っててしまった為、見え辛い。
"…ノックスの十戒って知ってるかしら"
「…ロナルド・ノックスが記した、推理小説を書くときのルールみたいなものです…冗談半分で書かれたとも言われています」
「へー、博識ね」
和村はみは、自身の十戒を披露している。
"つまり、オカルトでもズルでもチートでも。犯人を捕まえる為なら全力を尽くさなくてはならないのよ"
"行くわよ、家達"
「何だ…胸騒ぎがする」
監視カメラに越しに、和村はみと目が合った。
"そんな寂しいこといわないで。見ての通り、まだまだ私は探偵助手なんだから"
和村はみがパチンッと指を鳴らした。
監視カメラの映像がパッと暗くなった。
「何が起きた…?」
「2階のブレーカーが落ちたようだ…大丈夫。監視カメラも、各階の電源も孤立してるから停電したのは2階だけ。それに仕掛けの為に少しブレーカーが落ちやすくなってるんだ。クリスが持ってるスイッチ1つで落とすことも出来る」
立ち上がり、カーテンを開いた。既に日は沈んでいる。
「暗視モードにはならないんですか…?」
「悪いが…そこまで予算が無かった」
必要ないとも思っていた…
"止めて下さい! 私を殺しても━━"
クリスのマイクはまだスピーカーに繋いでいた。
「クリス!」「クリスさん!」
"ふふ…怪人・バジリスクを知っているかしら?"
「和村ッ!」
和村はみの声が聴こえ、音声が切れた。広間に一瞬の静寂が訪れる。
「落ち着け…落ち着け…クリスさんは大丈夫だ。そうだろ傘!」
「姉さん! クリスを連れて行って!」
「分かったわ!」
「クリスさんを…連れて行って?」
「新井は知らないのか、クリスさんは双子だ。雨花さん専属がクリスティアナ、傘の専属がクリスティーンさんで2人とも愛称はクリスだ」
「ええっ!」
「分からなかったら綺麗な方がクリスティーンさんで、粗野な方がクリスティアナで憶えるんだ」
「後でチクっとくわ」
「おいおい、冗談も結構だが━━」
ここで食堂の電気が復旧した。
"一体何が…ックリスさん!?"
クリスが…ナイフで刺されて血を…流して…
「和村…はみ…本当に…」
画面に和村の姿は無い。
「行って手当てを!」
「待て小牧くん! 迂闊に動くな…相手は怪人・バジリスクの娘だぞ!」
なぜクリスなんだ…彼女はルールに無かったハズ…
いや、それどころか…彼女は和村はみの救済措置として置いたハズ…
なぜ殺す必要があるんだ…
「なんだ?!」
またも食堂の電気が消えた。
"どうなってるんだ!? とにかくしゃがめ! 隠れろ!"
電気が点く。
"消え…た…?"
クリスは消えていた。
「不味いぞ傘…お前が解き放ったのは、ただのマムシどころじゃない…」
「……怪人・バジリスク…か…」
続く
【TIPS:バジリスク】
ヨーロッパの想像上の生き物。
元は単にヘビの王だったが、同じく想像上の生き物であるコカトリスと同一視され、現在の頭が鶏、尻尾がヘビの形になった。
見ただけで相手を石化させたり、強い毒を持っていたりとやりたい放題である。
ノリノリで踊る黒人男性とは関係ない。