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和村さんと家達さん  作者: 穴
6/11

和村はみの十戒 中編

中編です。キスが下手だから中編です。関係ないです。

「ご馳走さまでした。とても美味しかったですよ」

小牧(こまき)はナプキンで口を拭う。

「お気に召されましたようで、なによりです」

クリスさんは腰を折ってお辞儀する。

「ところで…傘のヤツ、なんだか遅くないか」

そう言い出したのは(けん)だ。

「もしかして…うん…むぐっ」

デリカシーの無いことを言おうとする新井(あらい)

「レディがまだ食事中です。それ以上はいけないよ」

その口をシタナガがステッキで塞いだ。

(つなし)(さん)が席を立ってから15分ほどが過ぎた頃。

男性陣はすっかり昼食を食べ終わり、談笑に花咲かせていた。

「男って何でこう下品なのかしら」

終始不機嫌そうな(ふき)

「…………」

田中(たなか)は自己紹介以来一言も発さずに黙々と食べている。

「うーん…ファミレスとの違いが分からないわ」

『キミの貧乏舌を貶すべきか、ファミレスの企業努力を褒めるべきか』

どのチェーン店でも美味しいと思えるって幸せな才能じゃない?

『キミが幸せなら何よりだ』

「何よそのトゲのある言い方」

「……は? 別にアナタに対して何も言ってないわ」

思わず声を出してしまい、蕗に反応される。

「あ…家達(いえたつ)さんが居るんですね…!」

新井は興奮気味にメモとペンを取り出した。

「誰だそれ」

和村(のどむら)さんの相棒ですよ…! 他人には見えないそうなんですが…」

「へぇ、興味深いね」

「質量を持たない物質なんてのは、ほぼ無いと考えている。だから私には家達とやらの存在もにわかには信じられないね」

「別に、信じられても信じられなくても私には関係の無い話だわ」


ここで、食堂に置かれたモニターが異音を発する。

「なんだ?」

しばらくノイズが走り、やがて収まる。

"ごきげんよう。探偵諸君"

映ったのは(ふくろう)の面を被った人間。ボイスチェンジャーが使用されており、地声は分からない。

"突然だが、これを見て欲しい"

画面がノイズと共に切り替わり、引きの画になる。そこには傷だらけでボロボロになった十傘らしき人物が椅子に縛られていた。うなだれていて顔は分からないが、服装は一致している。

「傘ッ!」

"この船は私が占拠した。今からキミたち忌々しき探偵を1人づつ始末する"

「この野郎ッ!」

「まぁ待て。どうせ傘のイタズラだ。アイツがそう簡単に捕まる性質(たち)か。捕まった振りをしてるのは船長か何かで、梟面を被ってるのが傘だろ」

前半はご明察。

"フフフ…では、まず最初に十傘。彼から始末しよう"

梟面は男の顔を持ち上げる。確かに十傘であった。

「特殊メイク…でもなさそうですね」

「おい…マジ…かよ…」

嘘です。

"さらばだ。十傘"

梟面は十傘の首にロープを掛ける。そして手にしたボタンを叩くと、床が抜け、十傘は宙吊りになってしまった。

"フフフ…ハハハハッ!"

「シタナガッ! これは手品だよな! 仕掛けだよな!」

手品で、仕掛けである。

「ええ…首をロープで吊ったように見せて、見えない服の内側などに支えのロープを巻き付け、宙吊りになるトリックならある。しかし…」

「あるってだけで、今行われているかどうかは分からない…そうだろう?」

今行われている。

「ええ…そうです」

今行われているのである。

"このままキミたちも一方的に始末しても良いのだが、それではつまらん"

「……うそ…早く傘を降ろしてよッ!」

蕗はモニターに食って掛かる。

「よせ! 探偵ならこの映像からヒントを見つけるんだ! イタズラでも、そうでなくても!」

意外に冷静だった健が蕗を止める。

"キミたちの中に私の共犯者がいる。その人物を見付けて捕らえることが出来たら、キミたちは生かして帰そう。しかし共犯者に時間を与えると何をするか分からないぞ、精々気を付けてくれたまえ"

全員が全員の顔を見回す。

"それからそこのメイド"

「…わ…私でしょうか」

"そうだ、お前以外に居ないだろう。お前は1人で3階まで上がって来い"

「…どうして」

"理由はどうでもいい。いいか、くれぐれも1人で上がってくるんだ。裏切れば船長の命も無いと思え"

「こ…心得ました」

"では探偵諸君の健闘を祈る。共犯者の活躍もね…フフフ…ハハハハッ!"

映像はプツンと切れた。

「ど、どうするんだ!」

「当然だが、携帯は圏外だったよ」

「共犯者が…この中に…」

「待ちなさい。こちらを混乱させる為の罠かもしれない」

とか言ってみる。

「わ…私は殺されたくないわ! まだ何も為してないのにッ!」

「皆さん…落ち着いて…下さい」

「そうだ落ち着くんだ。まずはクリスさんの身を案じるべきだろう」

全員がクリスさんを見る。

「…行って参ります」

「…あの…クリスさん…これを」

新井はボイスレコーダーを渡す。

「それはマズイですね。バレたらクリスさんと船長の命が無い」

「船長が殺されたら、私たちは港に戻れないって事だ。巡回船が通るのを待つか?」

それをシタナガと小牧が咎めた。

「その通りよ。これがゲームにしろ、現実にしろ、これ以上の被害者を出して主催者を喜ばせてはならないわ」

私も便乗してボイスレコーダーを取り上げ、新井に返した。

ボイスレコーダーは安物で、録音と再生以外の機能は無いようだ。

「では…改めて…行って参ります」

「待ってくれ! 相手は1人でこっちはこの人数だ、全員で殴り込めばいい!」

「確かに映っていたのは1人だった、しかしだからと言って相手が1人だけという根拠にはならないだろう」

「…うっ」

「行って参ります」

皆はもう、クリスさんの無事を祈ることしか出来なかった。


「…さて、段々と冷静になってきた。親父の言葉を思い出せ"証拠は一歩一歩"だ」

クリスさんを見送った健は、自身の頬を叩く。

「悪いが、これから行うのは自己紹介じゃなくて取り調べだ。俺の部屋で1人づつ話をして貰おう」

「待ちなさいよッ! アナタが共犯者じゃないって保証はどこにあるの!?」

「父の名に誓う。信じてくれ」

「…健さんの父は…警察署長でしたね」

新井は手帳を見ながら言う。

「信じるというのは、そんなに簡単なことではありません。特にこんな状況ではね」

シタナガは落ち着くためか、どこからかトランプを取り出して弄っている。

「しかし話し合うことが重要なのも確かだ。ここは2人づつ取り調べを受けるべきだろう。健を含む3人で取り調べをして、控えに4人が残るんだ。そうすれば共犯者も大胆な行動に出れまい。…それで良いな。健と、蕗も」

確かに、それが合理的かつ安全である。

「俺は構わない」

「…条件があるわ。私は田中さんと一緒に受けさせて。今まで一言も発してない彼女なら、私の話した内容を言いふらすこともないでしょうからね」

「だそうよ。田中さんはそれでいい?」

「………」

田中は無言で頷いた。

「じゃあ私からも条件があるわ。私は小牧と一緒に受けたい。自分で言うのもなんだけど、私の戦闘能力は0よ。もしも健が共犯者だった場合、失礼だけれど新井やシタナガと一緒ではその凶行を止められる気がしないわ」

「私は一向に構わないよ」

『上手くやったね。敵情視察は大事だ』

これまでの発言や身の振り方から見るに、1番厄介なのは小牧だ。彼を突破する糸口が欲しい。

「では、蕗・田中ペア。小牧・和村ペア。シタナガ・新井ペアの順で取り調べを行う。ここまでで異論のある者は居ないか?」

全員動かない。

「ではまず、蕗と田中。俺の部屋へ行こう」


3人は出て行き、食堂には4人と沈黙が残った。

「感情的な2人が居なくなったところで、率直に訊こう。誰が怪しいと思うかね」

それを破ったのはシタナガ。

「…ボクとしては…田中さんです。他の人たちのことは知ってるんですが…田中さんに関しては何の情報も無いんですよ…」

「騒ぎの中で落ち着き払っていたことも気になるわね」

「…そう言えば…家達さんは真実が分かるって聞いたことがあるんですが…家達さんに共犯者は誰かって訊くことは出来ないんですか?」

「だってよ家達。どうなの?」

『単純明快1つの真実。━━"共犯者はキミだ"』

「流石にまだ分からないってさ」

「…そうですか…残念ですね」

『こればっかりは「うるさい」

「えっ?」

「いや、家達が言い訳してたのよ」

「なるほどね」

小牧は腕を組んでこちらを見つめている。

「"イマジナリーフレンド"…そうじゃないのかな?」

直訳で"空想の友人"。心理現象、精神現象の1つである。

たしかに家達という存在を表現するのに1番近い言葉だ。

「1度、精神科に相談したことがあるのだけれど、その時は除霊を勧められたわ」

「どうしてかな?」

「私が知り得ないことを家達が知っているからよ。知識もそうだけど、それだけじゃあない」

「例えばどんなことをだい?」

『今日の夕食は魚料理の予定だった』

「今日の夕食は魚料理の予定だった…とかね」

小牧は無言で調理室に向かい、私たちも続いた。

「…綺麗に…整頓されていますね」

調理室はコーンポタージュの匂いが漂っていた。

「キミたちはそこで待つんだ」

小牧は白い帽子とマスクを着け、自前のアルコール液を取り出して手を消毒する。

「調理場を見ると料理人の心が分かるものだ。クリスさんは潔癖気味だね。至るところに拭き取った跡があるし、忙しいだろうに汚れた調理器具を残していない」

なるほど、小牧の武器は洞察力か。

「指紋も残っていないことから、調理場ではビニール手袋や布巾を多用しているのだろう」

小牧は布の手袋を装着して冷蔵庫を開ける。

「……間違いない。夕食は(さわら)の味噌漬けだ」

こちらからは中が見えないが、どうやら下ごしらえされた魚を見付けたらしい。

「なるほど…たしかに謎だね」

4人で食堂に戻った。

「もしかしてクリスさんに教えられていたんじゃないかな? 最も簡単なトリックは助手役に仕掛人を使うことだ」

「いや、私はクリスさんに昼食は何かと訊いたが"秘密で御座います"と隠されてしまった。夕食なら教えるってことも無いだろう」

小牧に代わりに答えられる。

「…昼食に…魚の味が混じってた…とか」

「それもない。私の舌は確かだ。それに"ファミレスと変わらない"なんて言う人間にそれが分かる筈も無い」

…聞かれてたのね。

「まぁ、そういうことよ。言っとくけど私は家達のことで悩んでないし、もうどうこうしようなんて気もサラサラ無いわ」

「すまない。余計な話だったな」

ここで、健、蕗、田中の3人が帰って来た。

「次、和村と小牧だ」

「分かったわ。行きましょう」

「ああ」


廊下に出て階段を上がり、2階の廊下の中程、4号室の前に着いた。

「ここが俺の部屋だ」

十傘の言葉の通り、内装はどの部屋も一緒のようだ。

「それで、何から話したらいい?」

「ベッドに座ってくれ。話は、"どうしてこの船に来たのか?"からだ」

私と小牧はベッドに座り、健はベッドの前の椅子に座った。

「人に訊ねる時は、まず自分から。そうじゃない?」

「そうだな。俺と傘は中学の時の同級生だった。卒業と同時に親父の都合で引っ越してから疎遠になっていたが、最近連絡が来て、今回の船旅に誘われたんだ」

当然だが嘘ではない。

「じゃあ次は私ね。受け持ったとある依頼人と十傘が知り合いだったらしくて、その繋がりで知ったのか、探偵を集めたクルージングツアーがあると急に電話で誘われたわ。実際に十傘と会ったのは数日前が初めてよ」

嘘ではない。

「次は私だな。傘とは…そうだな。同じ高校の同級生で、高級レストランを餌に仕事を手伝わされている仲だ。今回はクリスさんの手料理を餌に連れてこられた」

こんな船を用意したり、手伝いの報酬が高級レストランだったり、やはり十傘は相当な金持ちなのだろう。

「では質問だ。和村。そのとある依頼人って誰なんだ?」

「守秘義務があるわ」

「そんなことを言ってる場合か?」

「その依頼人が容疑者だというのなら話すこともあるでしょう。でもその人は今回全く関わりのない一般人よ。探偵として譲れないわ」

「そうか、すまない。次に小牧。クリスさんとは前から顔馴染みだったのか?」

「ああ、クリスさんは傘専属のメイドだ。その関係で会ったことがある。傘の弁当も作っていて、何度か私にも手料理を食べさせてくれとせがんだが、断られ続けた。恐らく今回の件に私を乗せるための傘の策略だったのだろうな」

「そうか…お互いに質問は?」

「もう済ませたわ」

「ああ、そうだな」

「そうか。じゃあ最後の質問だ…"十傘は生きてると思うか?"」

「生きてるだろう」

「そうね、ああいうタイプは切り刻んで山に埋めても翌日には表参道を歩いてそうだわ」

「ふっ、素晴らしい表現だな。まさにそんなヤツだよ」

「…時間を取らせた。食堂に戻ろう」


来た道を戻り、食堂に入ると、なんとクリスさんが居た。

「ど、な、えっと、1つ1つ説明して下さい!」

慌てる健。

「…はい。犯人様からの伝言がありました」

犯人にまで様を付けるのか…

「1つは、"3階に侵入しないこと"。破れば船長と…私の命が無いそうです」

クリスさんは首に妙な機械を付けられていた。

「クソッ! 卑劣なヤツだッ!」

健は椅子を蹴り上げた。

「もう1つはこれで御座います」

手にしているのは2つの鍵。

「片方は2階客室のマスターキー。もう片方は3階の扉を開く鍵で御座います。これを私が肌身離さず持っていろと仰いました」

「犯人の人数は?」

「1対1での指示でした。しかし、他の部屋から人の気配を感じましたので、単独犯ということは無いかと」

「それで…傘はどうなったの?」

「それが…申し訳ありません。分かりませんでした。傘様の姿自体が見当たりませんでしたので」

「…つまり…生きてる可能性が高いってことですよね…」

「新井くん。遺体が見付からなければ必ず生きているというのは、フィクションだけの法則だよ」

…ところで、

「この流れで訊くのもなんだって分かっているけれど…新井…それは一体…?」

私が言っている"それ"とは、彼女のことである。

「……………」

田中が新井のリュックであるかのように背負われているのだ。

「…あ…なんか…本の話で意気投合してたら…懐かれちゃって…」

「あ、そう…」

何も言うまい。

「………重い?」

「…いや…いや! 重くないよ。むしろ軽すぎるくらい」

しかし、このままくっつかれていたら厄介である。

「とにかく、やりかけていたことをこのまま進めよう。次は新井とシタナガだから…すまないけど田中さん、新井くんから離れてくれないか?」

「……………」

「…あの…田中さん…すぐ戻ってくるから…」

「………分かった」

新井とシタナガが連れられ、食堂には4人とリュックが1つ残された。


「クリスさん。コーンポタージュ温め直してくれるかしら?」

「私の分も頼みます」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

クリスさんは調理室に入って行った。

「…アナタたち正気? こんな時に」

「こんな時だからこそよ。いざって時にお腹を空かせてられないわ」

「ああ。それにクリスさんも気丈に振る舞ってはいるが、相当混乱している筈だ。こういう時は普段通りのことをやるに限る」

「…………遅い」

"コーンポタージュが"ではなく、"新井が"だろう。

「はぁ…ホントに来るんじゃなかったわ…こんな変人ばっかりの所に」

「蕗さんは出会いを求めてこの船に?」

「違うわよッ!」

いちいちリアクションが大きい。

「…傘に恩があるの。だから断れずに来ただけ」

「ふぅん」

これ以上深く訊いたら噛みつかれそうだ。

「田中さんは?」

「……………別に…やることなかったから」

いつの間にかリュックから田中に戻って本を読んでいた。

「事情は人それぞれ奇々怪々なものだよ。今の取り調べも実を結ぶことは無いだろうね」

『自分の常識は、他人の非常識だ。逆もしかり』

「じゃあ何で取り調べすることに乗っかったのかしら」

「私が思うに、健のような人間は抑圧されると強行手段を取る傾向がある。その内"全員を拘束すれば安心だ!"とか言いかねん。そのガス抜きだよ」

「それだけ?」

「やはり敏いな。…この先の話だが、探偵がこれだけ居るんだから、ここは順番に案を出して試していくのが最善だと思うんだ。その案の方向性や効果によって見えてくるものもあるだろう。流れ上、健が1番目の発案者になっただけだ」

それが小牧の案って訳ね。

「だから、キミたちも共犯者を見付ける案を考えておいてくれよ」

「分かったわ」

「私はパス」

「……………」

イマイチ纏まらない。


3人が帰って来た。

「…残念ながら、何も分からなかった」

でしょうね。

「これだけの人数なら、誰か矛盾したことを言うと思ったんだがな…」

「…うわ…田中さん!」

田中はシュルリとリュックにメタモルフォーゼした。

「まぁ、仕方ないわ。次に移りましょう」

「はて、次とは?」

「こっちで決めていたことだ。健が"取り調べをする"と言ったように、これから順番に共犯者を見付けるための案を出すんだ。そして実行する。これなら不平不満は無いだろう?」

ここでクリスさんがワゴンを押して来た。

「お待たせ致しました。お腹を満たしておきたいとのことでしたので、差し出がましいようですが、具材の多いミネストローネを作らせて頂きました」

「それは良い。ありがとう御座います」

「ありがとうクリスさん」

私と小牧の前に赤いスープで満たされた皿が置かれる。

「他の皆様にも用意しておりますが」

「俺も頼む。喋りっぱなしで腹が減った」

「私も、昼食が遠い昔に感じられます」

「…ボクも…お願いします」

「…………」

田中は新井の肩を顎でつつく。

「…田中さんも食べるそうです」

残るは蕗である。皆が顔を覗く。

「…分かったわよ、食べればいいんでしょ! 食べれば!」

「かしこまりました」

クリスさんは予知していたかの様に、ミネストローネを並べていった。

「頂きます」

キャベツとベーコン、それから何か豆。玉ねぎ人参くらいは分かる。

…私はバレないようにミネストローネのスープを口から小瓶に移した。

「それで、次は誰の案なんだ?」

「じゃんけんでもする?」

「これも美味しい…クリスさんは凄いですね。やはり何処かで修行を?」

「お褒めに預り光栄です。残念ながら修行のようなことはしておりません。すべて独学で御座います」

「ほぉ、独学でここまで…驚きと悔しさがあります」

「いえ、小牧様には敵いませんので。悔しく思われることもないかと」

「謙遜を、こんな料理を毎日食べられる傘が羨ましいですよ」

「友人のメイドを口説くのもいいけど、今はこの先のことを考えましょう?」

「そ、そんなんじゃない! …いや! クリスさんに魅力が無いとかそういうことを言ってるのではなくて、そんな冷やかすような冗談を言っている場合じゃないと言っているんです!」

珍しく慌てる小牧。

「ふふ、では何かありましたら御呼び付け下さい」

クリスさんは調理室に戻った。

「良いんじゃない? 人間味があって」

「今までは無かったと?」

「百歩譲って食レポマシーンだったわ」

閑話休題。

「次からの案は出た順にしましょ。じゃんけんで勝っても出す案が無いわ」

蕗は不機嫌そうにミネストローネを口に運ぶ。

『そろそろ動く時分じゃあないか?』

動かなきゃいけないのは分かってる。

何だか互いを信頼し始めているのだ。このままではここで固まったまま何日も過ごすことになりかねない。

「私に案があるわ」

意を決して手を挙げた。

「…和村さんの案…これは期待しちゃいますね…」

「…………」

田中は新井の頭を顎でつつく。

「…痛てて…どうしたの田中さん!」

これは放っといて。

「手分けして脱出の手段を探すのよ。恐らく今、共犯者は機を窺っている筈。このままでは共犯者は確実な時にしか動かないわ。それではこちらの精神が持たない。そこで、紛いなりにも脱出の方法を見付けたらどうなる?」

「焦って馬脚を現すかもしれないね」

「そう。でも正直、脱出用のボートなんてご丁寧な物を残しているなんて期待は出来ない。そこで、同時進行でイカダも作るわ」

「まるで無人島からの脱出だ」

「まさにここは無人島みたいなものじゃない」

「…クローズドサークル…ですもんね…」

「俺は賛成だ。1人用でもイカダが作れれば体力に自信のある俺が漕いで助けを求めに行けるからな!」

やはり行動派は食い付く。

「私も賛成ですね。小道具で丈夫なロープ等は持ってますので、お役に立てるかと」

「異論は無い。向こうの提示したルールにも逸脱はしてないだろう」

「力仕事を押し付けないでよね。爪が割れちゃうわ」

「ボクも賛成です。イカダの作り方なら知っています」

「……………新井くんがいいなら」

意見が通った。これで動き出せる。

「決まりね。じゃあ、食べ終わったらさっそく始めましょう」

しかし、逆に言えば"もう止まれない"ということでもあるのだ。



食べ終えた私たちは夕暮れの甲板に集合していた。

「脱出方法とイカダに使えそうな物を探す"捜索チーム"とイカダを作る"イカダチーム"に別れるわ。私の見立てだと、私・新井・田中・蕗が捜索チーム。健・シタナガ・小牧がイカダチームね」

「…イカダの作り方を知ってるボクが…捜索チームですか?」

「まずは、よ。イカダの素材になりそうな物を探すの。それからイカダチームに移行して貰うわ…それに…ね」

「……………」

「…はは…分かりました…」

「イカダチーム異論は無いそうだ」

ということで手分けした。


「筆記用具を取りたいからまずは私の部屋に寄って良いかしら?」

「良いけど、早くしてよね」

3階の廊下を渡って一番奥1号室の鍵を開ける。

「…あの…田中さん…前が…見えないんだけど」

「……………」

新井が"見ざる"状態になっていた。

「えっと…ペンペン…」

ペンを見付けた。…それと"星形消ゴム"と"朱肉"も。

「あったわ。…それから」

冷蔵庫から飲み物を取り出した。

「新井くん。田中さんは見るからに身体が弱そうだから水分補給に気を遣ってあげてね」

「…あ…はい…分かりました」

「……………飲む」

「いきなり…」

新井は蓋を開けて麦茶を飲ませる。

「手間取らせたわね。行きましょう…ん?」

私は違和感を覚えたかように、鼻を鳴らしながら蕗へ近付く。

「何よ!」

「いえ、失礼になるわ。何でもないから忘れて頂戴」

蕗は自分の身体のにおいを嗅ぐ。

「さて、行きましょう」

「……待って。シャワーを浴びたいわ」

食いついた。

「終わってからで良いんじゃないかしら?」

廊下に出て鍵を閉めると、イカダチームが机を持って階段を降りていくのが見える。

「ダメよ! 今すぐ入るわ!」

蕗は1号室の左斜め、4号室に駆け込んだ。

いや違う、3号室…?

そうだ後ろが健の4号室。漢字の"弓"のように数字が進むとは珍しい配置である。

「あっ、ちょっと待って!」

閉められる扉に私は爪先を差し込む。

「1人はダメよ」

「イヤよッ! 出てって! 見られるくらいなら死んだ方がマシだわ!」

すっぴんを、ってことだろう。見立て通りである。

「どうしても?」

「どうしてもッ!」

私は新井と田中を見る。

「……仕方ない…ですかね…」

「…そうね。出来るだけ早くしてよね」

「分かってるわッ!」

ガチャリと鍵を閉められる。

「田中…さん…田中さん? …震えてるけど…どうしたの?」

「……………おしっこ…」

「えぇっ!?」

私は慌てて1号室の鍵を開ける。

「速く!」

「はい!」

そのままトイレに入れて座らせる。扉を閉めると、トイレ用擬音装置の音が聴こえ始めた。

━━ここからが勝負である。

「ふぅ…そう言えば新井くんは作家だったのよね」

「…そ…そうです…けど」

「ふと気になったんだけど、ダンロって漢字でどう書くんだっけ?」

私は暖炉を指差しながら訊く。

「…ああ、それでしたら…」

新井がメモを取り出して書き込み始めた瞬間に、私は消ゴムに朱肉をつける。

まるで書いている文字を見ようとしているかのように後ろから覗き込む。

「…冷っ…えっ?」

首筋にヒット。

「…しーっ。大丈夫。これはゲームで、十傘は生きてるわ」

口に人差し指を当てながら、小声で伝える。

「疑問は多いだろうけど、今は黙っていて頂戴」

私は小瓶に詰めたミネストローネのスープをベッドに溢す。

『あまり血には見えないね』

まぁ仕方ない。

「…………」

振り向くと新井は口に手を当ててコクコクと頷いていた。

やはり彼を最初に選んだのは正解だった。流されるタイプだ。

暖炉の柵を外し、薪を取り出す。

「…行くわよ、着いてきて」

隠し通路を通り、1階の外通路に出る。

これで殺人の条件コンプリートだ。

イカダチームに見られないように気を配りながら、腕時計にバツを刻む。

"最初は新井くんだったか"

「…ほ…ホントに傘さんですか…?」

"ああ、今迎えに行ってるよ。甲板から見えないように壁に背中を当てながら、そこで待ってて。それと、和村さんはもう戻っていいよ"

「マークは首筋よ。急いでいるから助かるわ…と、その前に新井くん。ボイスレコーダーを頂戴」

「…は…はい」

「これは代わりの小瓶。海に捨てても良いんだけれど、海洋汚染はちょっとね」

私は小瓶の代わりに受け取ったボイスレコーダーの録音ボタンを押して、マイクの所を指で押さえる。

そして、隠し通路から部屋に戻り、薪と柵を戻した。

ここまで2分。

まだ田中はトイレだ。ほぼ成功である。

窓に影が映り、ギョッとして見ると、新井がロープを掴んだ女性に担がれ上へと召されていた。

…そういうシステムなのか。

『唖然としている場合じゃないぞ』

そうだった。

廊下へ出て鍵を閉める。

3号室の前へ行き、ボイスレコーダーのマイクから指を離して息を吸う。


「キャャァァァーーーッッ!!!」


録音停止。ボイスレコーダーを廊下の端に置く。

少し待って…

「蕗さん! 蕗さんどうしたの!」

私はドンドンとドアを叩く。

「蕗さん! 蕗さんってば!」

『迫真だな』

茶化さないでよ。

やがて騒ぎを聞き付けた皆が走って来る。

「どうした!」

「蕗さんの叫び声が聴こえたのよ!」

3号室の中からドタドタと音が聴こえる。

「蕗! 蕗どうした!」

"私じゃないわ! 誰よ今の叫び声ッ!"

部屋の中から蕗の声が聴こえた。

ここで私はハッとした表情を作り、ボイスレコーダーを指差す。

「これは…まさかッ!」

「何が起きているんでしょうか!?」

「田中さんが危ないわ!」

1号室に戻り、ドアノブをガチャガチャと回す。

開く筈がない。鍵をしめたんだから。

「鍵!」

袖から鍵を取り出し、挿して回す。

蹴破るように中に入ると、田中がペタンとへたり込んでいた。

「田中さん! 大丈夫!?」

「新井はどうしたッ?!」

「……………居ない」

田中は虚ろな目で呟く。

「…血…血があるぞ!」

健がベッドを指差す。

「……………新井くんが…殺された…?」

私は田中さんの目を隠す。

「いいえ、大丈夫よ。きっと新井くんは生きてるわ」

ついに、第1の犠牲者が出てしまったのだ。


続く

【TIPS:ラ・トマティーナ】

スペインのバレンシア州の街であるブニョールで8月の最終水曜日に行われる収穫祭のこと。

日本語で"トマト祭り"と訳されるように、互いに熟したトマトをぶつけ合うトンだお祭り。


2019年は8月28日の予定である。

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