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和村さんと家達さん  作者: 穴
5/11

和村はみの十戒 前編

前編、中編、後編に分かれます

結果から話そう。

今回の事件、その犯人は私である。

いえ、正確には"共犯者"だ。

金払いが良ければ何でもするのが探偵だと、家達も言っていた。

今回の雇い主、(つなし) (さん)から提示された条件はこうだった。

"バレずに人を1人殺す毎に5万を支払う"

原文ママ、そんな条件である。

━━断ったんだろうって?

いいえ、受けたわ。

━━理由?

初めは、私が受けなければ他の誰かが殺人を行ってしまうんだろうと思ったからだけど、途中から楽しくなっちゃったわ。

6人…殺したかしらね?

嘘は吐いてないわ。

本当のことも言ってないけどね。

過程が知りたいのなら話しましょう。

あれは…雨の降っていた日のことだったわ━━


第4話 [和村はみの十戒]


朝、電話の音に起こされた。

「ふぁい」

昨夜の"迷惑留守電"の所為で少し機嫌が悪い。

"おはよう。ハロー。もしもし"

もっと機嫌が悪くなり、受話器を置いた。

…またしても電話が鳴る。

"いきなり切らないでくれないかな?"

「声が軽いのよ。詐欺師の特徴だわ」

"これは手厳しい。それで、依頼は受けて貰えるかな?"

「生憎だけど、立て込んでて忙しいのよ」

"キミの家のすぐ近くに居るんだ。話だけでも聞いてくれないかな?"

「……この電話で警察を呼びましょうか?」

"おやおや、キミは住所を公開している。それにテレビで顔も売ってたじゃないか"

「付きまとわれることを許可した憶えは無い」

電話が切れ、代わりにインターホンの音が転がった。

「…はぁ」

"おはよう。ハロー。来ちゃったよ"

観念して手早く着替えた。


「おはよう。ハロー。初めまして」

そいつは傘を差していた。雨が降っているから、当然と言えば当然だが。

「先に言うわ。今から3回だけ嘘を許す。それ以上になるようだったら協力はしないから」

「心得てるよ」

リビングに通して、私はイチゴ牛乳をコップに注ぐ。

アイツには…オレンジジュースだ。

「おや、オレンジジュース。どうしてかな?」

「別に、いつも顔を見てから何出すか決めてるだけ。嫌ならお茶漬けでも出しましょうか?」

「いや、有り難くいただくよ」

私がコップに口を近づけると、彼も同じタイミングでコップに口を近づける。

「アンタ…心理学者か何か?」

「違うけれど、意図には気付かれてしまったようだね。失敬」

『ミラー効果 気付かれたら 逆効果』

上手くない一句ね。

「自己紹介からしよう。私は十傘、どこにでもいる平凡な高校生さ」

出たわ、一番信用できないセリフ。

「おっと。先に言わせてもらうけど、主観は嘘にないからね」

「判断するのはこっちよ」

「それは怖いなぁ。気を引き締めないとね」

いちいち演技っぽいセリフを()く奴だ。

「本題だが、"人を殺して欲しい"」

「1度目の嘘ね」

「バレずに人を1人殺す毎に5万を支払う…これでどうかな?」

「アンタにピッタリの人を紹介するわ。幻冬さんっていう人なんだけれど」

「どうしても駄目と言うなら他を当たろう」

『…キミたちは会話をするべきだ』

向こうがその気ならやぶさかではない。

「ちなみに、嘘は何回目かな?」

「1回」

「なるほどね…分かったよ。私は女だ、そして1人っ子でもある」

「…どういうつもり?」

「これで3回嘘を吐いた。ここから先は嘘を()かないってことさ」

「元から、嘘を吐かなければ問題無いのだけれど」

「気持ちの問題だよ。なんでか譲歩されてるようで気持ち悪くてね」

へぇへぇ。

「じゃあ、本当に本題に入ろうか」


━━━━━━

【十傘の依頼】

この度、7人の探偵を集めての船旅を予定しているんだ。

それに参加して、"共犯者役"をして欲しい。

シナリオはこうだ。

クルージングの最中、海上にて私が殺された感じになって、船内は謎の人物に支配される。その人物はこう言い放った。

"お前たちの中に私の共犯者がいる。共犯者を見付けられなければ1人づつ殺していく"

慌てふためく船内。脱出用のボートは無い。

探偵たちは犯人探しを始める。

1人づつリタイアしていき、疑心暗鬼。

キミが犯人だと気付かれたらそこで終了。

見事当てた探偵には報酬が与えられる。

キミは1人リタイアさせるごとに5万円の賞金を手にする。

2人になったら必然的に犯人が決定してしまうから最高5人だ。

…いや、最後の1人さえも騙せたら10万円払おう!

合計で最高35万円!

どうだろう最高のイベントじゃないか!?

━━━━━━


「失礼、少し興奮してしまった」

その興奮さえも演技のように感じる。

「あっそ、私を金持ちの道楽に付き合わせようってことね」

『金払いが良ければ何でもするのが探偵だ』

犯罪以外は、ね。

「いや、道楽イベントってワケでもないんだ。…実は私も探偵をやっててね。相棒を探しているんだよ」

ふぅん。つまり大仕掛けなオーディションってこと。

「遺失物探しは得意なんだけどね、自分の相棒は中々見付からないんだ。傑作だろう?」

佳作くらいね。

「言っとくけど、私が残ったところで相棒になんかなる気は無いわよ?」

『相棒なら既に居るしね』

まぁ、そうね。認めたくはないけれど。

「…いや、誰のことを言ってるのかしら?」

『候補は4人だ』

「私と釣り合うのはアンタくらいしか居ないでしょうが!」

『それはそれは、光栄だ』

ハッと気付く。また声に出てた。

「家達さんが居るんだね。五塔から話は聞いてるよ。話せないのが残念だ」

「こほん…アンタの相棒にならなくても良いのなら、依頼を受けるわ」

「それは構わないよ。逆にキミが合格するとも限らない」

へぇへぇへぇ。

「お金だけふんだくって、後悔させてあげるわ」

『航海しながら、ね』

アンタ、今日はどうしたの?

『私にだっておちゃらけたい時もあるさ』

そんなもんかね。

「とにかく、受けてくれるなら日時は追って連絡するよ」

「首を洗って待ってるわ」

私は意気揚々と"殺人方法"を考え始めた。

━━しかし、この時の私には知る由もなかったのだ…

まさか、あんなことが起きるなんて…



━━って跨げば、何か起きた風だけれど。

実際は何も起きなかった。

王道である"本当に殺人が起きてしまった"だとか、"難破して無人島に遭難してしまった"なんて一切ない。

本当にただのクルージングだったのだ。



航行の日。

私は留守電に声を吹き込み、忘れ物が無いか確認し、家を出た。

特に火の元や窓の鍵は要チェックだ。家の不安を思い付くことほどテンションを下げるものはない。

『ノリノリだな』

「仕方ないでしょ、旅行なんて初めてなんだから」

今まで"長距離移動"はしたことがあるが、"旅行"というものをしたことがなかった。

「鍵よしっと。家達、何か忘れ物は無いかしら」

『無いね、完璧、完全無欠だよ』

それは良かった。

そして時間ぴったり、迎えのタクシーが来た。

「和村はみです。えー、十傘の手配だと思うんですが…」

「和村はみさんですね。確認しました。大丈夫ですよ。ドア閉めます」

送迎タクシーなんて利用したことがないので手順がよく分からなかったが、大丈夫と言われたからには大丈夫なのだろう。

「シートベルトの装着にご協力下さい」

「あ、はい」

揺られること1時間ちょっと、目的地の港に着いた。

「お待たせ致しました、目的地の…矛ヶ山(ほこがやま)港です。料金は既に頂いておりますので、忘れ物にお気を付けてお降り下さい」

凄いVIP待遇である。

「ありがとうございました」

タクシーを降りると、数年ぶりの磯の薫りが鼻を刺激する。


「おはよう。ハロー。来たね、キミが最後だ」

「あら、時間に遅れたつもりはないけど?」

案内人のように十傘が立っていた。

他の客は…居ないようだ。

「港で何となく顔合わせなんて味気無いだろう? 紹介は中で、今日の昼食の時にでもしようと思ってね、時間差で呼んでいるんだ」

ふぅん。

「それから、これを」

デジタル式の腕時計を渡される。

「これは?」

「発信器兼、通信機さ。後で必要になる」

ああそう。

「それで、船は?」

…いや、とぼけて見せたが、多分アレだ。それ以外に船が無いのだから、アレなのだろう。

「アレさ」

アレだった。

「大きすぎない…?」

船に造詣が深い訳ではないので、型とかは分からないが、とにかく大きかった。

クイズ番組の特賞紹介で流れる"豪華クルージング旅行に招待しまーす"の映像に出てくるレベルだ。

「ここまで来ると、逆になんだか怖くなってきたわ…」

「いろいろと仕掛けを着けていたら、こんな大きさになってしまったんだ。まぁ、気にしないで」

法螺貝のような音が鳴り響く。

「そろそろ出航だよ。急ごう」

「…そうね」

搭乗橋を渡り、船に乗り込んだ。


船内は明るく、高級ホテルさながらだ。

「ここは2階、客室フロア。10の部屋に今は6人の探偵がいる。キミが7人目。重要なことだけど、部屋は全て同じ造りだよ」

つまり、犯行のデモンストレーションが容易になるってことね。

「さて、ここがキミの部屋だ。さ、早く中に入ろう」

入り口から一番手前の左、1号室のドアを開けると、これまた高級ホテルさながらの1室が広がっていた。

「飲み物は冷蔵庫に入ってる。キミには特別にイチゴ牛乳も用意したよ」

「気が利くじゃない」

「お風呂とトイレは別で付いてるし、その気ならバスローブや浴衣もあるよ」

…バスローブ…1回着てみたかったやつだ…

「食べ物は…残念ながらお菓子しか無いんだ。ご飯なら決められた時間に食堂で食べてね。ルームサービスを付けることも考えたんだけどね、そうすると人手が足りなくなるんだ。あまり人を乗せたら雰囲気が崩れるだろう?」

「あまり…ってことは何人かは仕掛人が乗ってるの?」

「お手伝いさんを1人、船長1人、それから私の姉の3人だ」

「なるほどね」

私含め7人の探偵に、十傘とその姉、船長、お手伝いさんの合計11人が乗っている訳か。

『見えないものは数えない…か』

そりゃあね。

「それから皆にも伝えていることだが、この船には至る所に監視カメラが設置されている。もちろんこの部屋にもね」

十傘が指差す方向に、ハリボテとも見紛うくらいの監視カメラがあった。

「名目は警備の手が薄いからってことになってるけど、実際は皆のお手並みを拝見する為と…万が一に暴力事件が起きそうになったら止める為だよ。流石にお風呂場とトイレには無いから安心して」

逆に隠し事があるならそこでしろってことか。

「ふぅん、まぁいいわ。それより、殺すって具体的に何をすればいいの? まさか事情を話して死体の振りをして貰うなんて無茶な話じゃないわよね」

「そうだったね。条件を話してなかった━━


━━━━━━

【殺人の条件】

1つはその場で1対1になっていること。

大勢の前で殺して見せるのも魅力的だが、今回それはナシで頼むよ。

そして1つは相手の背後に"星形"の(しるし)を付けること。

それが、殺せたという証明になる。印を付ける道具は何でも良いよ。

最後に、その相手を外まで連れ出すこと。

外という判定は、海との間に隔てる物がない状態を指す。

死体が残らないのは探偵側にとって相当な不利だが、死体を海に投げ棄てたという設定にすれば、それは犯人の合理的判断ということになる。

そしてここまで来たら、先程渡した腕時計の出番だ。

表面をバツ印になぞったら、位置情報が発信され、同時に私と通話が出来るようになる。

それを被害者に渡してくれ。私から説明する。

その内に"こちら側"が被害者を連行して軟禁する。

その時にバレる心配は必要ないよ。上手くやるからね。

━━━━━━


「と、まぁ。条件はこのくらいだ」

「それなら…」

私は荷物から消ゴムを取り出して星形にカットする。

「これでも大丈夫かしら」

「消ゴム判子とは懐かしいね。インクはあるかな?」

「朱肉を持って来ているわ。はい、余った消ゴムは証拠になるかもしれないからバレないように棄てておいて」

「まぁ仕方ないね。これは事前に伝え忘れてたこちらのミスだ」

そういうこと。

「さて、部屋について言えるのはここまでだよ。探偵が犯人にフェアである必要は無いからね。あとは自分の目で確かめよう!」

…大丈夫かしら?

「そうそう、鍵を渡すのを忘れていたね。はい、これだ」

ホテルお馴染み、四角柱のルームキーホルダーが付いている。振られた数字は1。

鍵自体に番号が振られている訳ではない。

「合鍵やマスターキーは?」

質問に十傘は口の前で人差し指をクロスさせた。

「有るも無いも、自分で探せってことね」

「じゃあ昼まで部屋に居てね。間違ってもこの扉から出たらダメだよ」

私が手を振ると、十傘は笑いながら扉を閉めた。

すぐに鍵をかける。


「まずは配置確認からね」

扉の前に立ち、左手を壁に当てて、そのまま部屋を1周する。

シューズボックスから冷蔵庫。次にテレビがあってその隣が机。上には電話がある。隣はクローゼットか。

少し進んで曲がると窓がある。窓の向こうはベランダ。

1面窓だ。曲がってベッド。謎の窪み、少し進んでドアがある。

中はシャワールーム。ドアを閉めて曲がると絵画があって、左に曲がるとトイレがある。そして表の扉に帰って来た。

「さて家達、時間勝負よ。気付いたことは何でも言ってね」

『先程、釣竿を見付けたな』

クルージングしながら、のんびり釣りも良いのかもね。知らないけど。

「そうだ! 魚を釣って血を抽出すれば、何かトリックに使えないかしら」

『陸上生物と魚では赤血球に違いがある』

そんなの分かんないでしょ。

「持ち物は多くないわ。変に色々持って来て、荷物検査されたら目も当てられないもの。だから細くて丈夫な釣糸って意外と使えるんじゃない?」

王道としては、鍵に引っ掛けての密室作りだ。

サムターンと呼ばれる鍵をかける為のツマミの片側に糸を巻き付け、扉の上に通す。

そして扉を閉めてから糸を引き抜けば鍵がかかるという仕組みだ。

『現代を生きる探偵たちには、化石のようなトリックだろうね』

…その通りか…密室は破られる前提で考えを進めた方が良さそうね。

「他に…他に…これは暖炉かしら」

壁の下の方に謎の窪み。意味深なスペースがあり、柵が設けられ、その向こうに薪が置かれている。

柵を外して中を覗いてみると、やはり上が煙突になっており、暖炉で間違いない。

意味は無いが、薪を出し、入って体育座りしてみる。

…私くらいならもう1人くらい入れそうだ。

「これって火事にならないのかしら…」

『"ある"ということは"大丈夫"ということだろう』

そんな適当な。

「…だけど、この季節に暖炉付きの船を手配するってのもヘンな話よね」

暖炉の奥の壁を叩いて調べてみる。

「ん、なんか音が軽くない?」

左右の壁を叩いてみると、重い音が鳴った。

「ははぁーん。仕掛け扉ね」

いろいろと触り、最後には下部を思いっきり叩いた。

「開いた!」

上開き型の仕掛けだ。

奥は暗くてよく見えないが、滑り台のような通路があった。

「行ってみましょうか」

『言われたのは"表の扉から出るな"だったな』

その通りだ。

つまり、あの婉曲な言い回しは"隠し通路があるよ"と暗に教えてくれていたって訳ね。

『取り返しのつくことを優先すべきだ』

「…分かってるわよ」

逸る気持ちを押さえ、仕掛け扉を閉めて暖炉から出る。

「窓はクレセント鍵ね」

名前の通り三日月型の鍵だ。これも釣糸で外から鍵をかけられる。

普通に窓を開けてベランダに出ると、穏やかな潮風が髪を撫でちゃったりしている。

柵の隙間に、出航した港が遠く小さく見える。

「本当に出航してたのね」

揺れが全然無かったから、まだ出航してないのかと思ってた。

「横は見えない…わね」

部屋と部屋の間に大きめの出っ張りがあり、ベランダを伝って隣の部屋へ…というのは難しそうだ。

「下は…甲板に続く通路かしら」

覗き込むと手すりが見えることから、船の全景を見たときの記憶と擦り合わせる。

ロープを垂らせば下からこのベランダに登ることも可能そうだ。

逆もしかり。

「しかし肝心のロープが無いわね」

『ロープである必要もないだろう』

確かに、カーテンやベッドのシーツでも代用出来そうだが、

「そうだけど、代用品に跡が残ったら面倒臭いことになるわ」

保留。

「あとは…クローゼットくらいかしらね」

窓を閉め、鍵をかけて今度はクローゼットを開いた。

ウォークインクローゼットだ。中には十傘が言っていた通り、バスローブと浴衣、それから布団と金庫が入っている。

「金庫はカラッポ。布団はごく普通ね」

一応バスローブに袖を通してみたが、しっくり来ない。やはり風呂上がりに着るべきものなのだろう。

「他に…他に…」

まさか隠し通路は無いだろう。

コンコンと奥の壁を叩くと…

「嘘でしょ…」

あった。またも隠し通路だ。

「…ノックスの十戒を知らないのかしら」

『キミが言うかね』

うるさい。

「こっちはスライド式なのね」

壁を横にずらすと、梯子が掛かった穴がある。下の階に行けるのだろうか。

「…さて、こんなものかしら」

冷蔵庫からイチゴ牛乳を取り出して一口飲む。

ベッドに座り、しばし休憩。

「道具は限られてくるわね」

特筆すべきは釣竿くらいしか無い。あとは懐中電灯、それからティッシュや歯ブラシ、石鹸などのアメニティグッズだけだ。

「お昼までは…あと3時間くらいかしらね」

船内の散策も済ませたいところである。

「どっちが良いと思う?」

『重ねるようだが、取り返しのつく方からだろう』

「…つまり梯子ね」

一応、懐中電灯を手に取り、クローゼットに入る。

梯子に足を掛けて、落ちないようにゆっくりと下っていく。

『転落死しても安心だ。必ず事故だと突き止めてくれるだろう』

怖いこと言わないでよ。


無事に降りると、そこは部屋であった。

部屋を降りたら部屋だったのだ。

「一粒で二度美味しい2階建て…って訳じゃないわよね…」

上の部屋と比べて手狭で、ベッドと机くらいしか無い。

窓もはめ込みである。

少ない法律の知識を引っ張り出すと、こういった部屋には換気できる装置が不可欠な筈である。

しかし、それも見当たらない。

恐らく元は倉庫だった部屋を改造して部屋風にしたのではないだろうか。

『勇者と探偵には特権がある』

「そよの机を漁れるって特権がね」

机の引き出しを開けていくと、鍵が2つ入っていた。

片方はこの部屋の鍵だろうか。

そしてもう片方は…

「1って書いてあるわ」

渡されていた鍵と全く同じルームキーホルダーが付けられていた。

思わず今居る部屋の鍵がかかっているかどうかを確認する。

「鍵はかかってる…」

『十傘の言葉を思い出すんだ』

"部屋は全て同じ造り"そう言っていたわね。

「つまり…」

鍵を開けて廊下に顔を出す。

「間違いない。10室あるわ」

1階の廊下には、上の階と同じ場所に10個の扉があった。

逆側には食堂だろうか、大きな扉が構えられている。

「へぇ、部屋に侵入する方法が増えたって訳ね」

元の部屋に戻り、鍵をかけ、"2つの鍵を机に戻して"から梯子を登った。


「ふぅ」

仕掛け扉もクローゼットも閉める。

『さて、最後かな?』

「私の予測では、暖炉裏は外に繋がってる筈よ」

釣竿を持つ。外で誰かと会ってしまった時の保険である。

釣竿を見付けて釣りがしたくなったと言えば通るだろう。

「行くわよ…」

暖炉の奥に蹴りを入れて仕掛け扉を開く。

中は緩やかな傾斜になっているが、滑れる訳ではない。

摩擦を少なくすれば滑れるかもしれないが、そこまでする意味は無いだろう。

屈みながら進むと、仕掛け扉がバタンと閉まった。

懐中電灯で確認すると、突起があり、外側からも開けられそうだ。

気を付けるべきは、内側で火が焚かれていた場合、その熱で隠し扉も高温になり、下手に触れば火傷してしまうことだろう。

振り返って、真っ暗な中を懐中電灯頼りに先に進む。

道は左に曲がっており、やがて行き止まりの壁が見えた。

「少し光が漏れてるってことは…」

蹴りを入れると、またも壁が上開きになった。

顔だけ出して外を確認すると、そこは甲板に続く通路であった。

恐らくだが、部屋の真下だと思われる。上から見た時と同じ手すりがあるから可能性は高い。

通路に飛び降りる。

仕掛け扉が閉まると、なるほど壁と同化して一見には分からない。

戻れるように場所を憶えた後、そのまま通路を渡って甲板に出た。


穏やかな陽射しと潮風にテンションが上がる。

「家達、アレやってみない?」

『あれというと』

「ほら有名な映画で、船首に立って手を広げるやつよ!」

『目を閉じて、ボクを信じて』

「…やっぱヤメた。アンタを信じられないわ」

馬鹿やってる場合じゃない。

甲板から船内に入ると、梯子で降りた部屋のある廊下だ。

向こう側からは見えなかったが、左に下へと続く階段。右に上へと続く階段がある。

「上は…通された部屋がある2階よね」

ようやく船の全容が見えてきた。

「下は…」

階段を降りたが、残念ながら途中にシャッターが降りている。

シャッターの奥は薄暗くて分かり辛いが、馴染みのあるジャンクフードチェーンの看板などがあることから、どうやら元は飲食店や土産屋、BARなどを営業している商業フロアのようだ。

次にこっそりと2階へ。

そして2階をすっ飛ばして3階へ行こうとしたのだが、

「関係以外立ち入り禁止…ね」

鍵のかかった扉に遮られた。

丸窓から中を覗くと、操舵室の端っこが見える。

逆側、つまり通された部屋の上には船員の部屋らしき扉も見えた。

バレないようにそそくさと甲板に戻る。


「まだ見れてないのは調理場とボイラー室くらいね」

調理場は押さえたいところだが、今は昼食の調理で埋まっているだろう。

「あと2時間半。随分と時間が余ってしまったわ」

『釣りでもするかな?』

「経験が無いけれど、大丈夫かしら」

甲板で釣糸を垂らすのは目立ち過ぎる。

隠し扉の前の通路まで戻り、テレビ番組で見た記憶の見よう見まねで手すりから海へ針を投げてみた。

「そもそも、航行してる船の側で魚が釣れるのかしら?」

『何事も経験さ』

━━30分後。

「釣れないわね。やっぱり餌くらい必要なんじゃない?」

『待つのも釣りの醍醐味だよ』

━━1時間後。

「…………」

『…………』

━━1時間半後。

「ヤメた」

『キミしては持った方か…』

「…釣れず(じま)いは悔しいから、次の機会は釣り堀でやってみるわ」

隠し通路から部屋に戻り、暖炉に薪と柵を戻し、釣竿を片付けた。


「うぅ、なんか体がべとべとする…」

潮風に当たりすぎたからだろうか。

シャワーを浴びることにした。

「そういえば…シャワールームは調べてなかったわね…隠し扉は無いと思うんだけれど。倫理的に」

探ってみたが、やはり特に何もない。

髪と身体を手早く洗って出る。

軽く拭いて、ドライヤーで髪を乾かしているとバスローブのことを思い出した。

クローゼットに行き、袖を通してみる。

「おぉう…」

気持ち良いような悪いような、何とも言えない肌触りである。

水気を吸ってくれていることに気付き、バスローブがただのお洒落着ではないということを知った。

『そろそろ時間だ』

ソファーに座ってワイングラスをくるくると回したいところだが、諦めよう。

下着と上下に肌着を着てから浴衣を身に纏った。

荷物から小瓶を取り出し、袖にしまう。

これでとりあえずの準備は完了だ。


イチゴ牛乳を飲みながら一息ついていると、ノックの音が転がる。

返事をして扉を開けると、これ見よがしなメイド服を着た、外国人っぽい女性が立っていた。

「お初にお目にかかります。(わたくし)、メイドのクリスと申します」

「これはどうもご丁寧に。和村はみよ」

「和村様。こちらの紙をご覧下さい」

クリスさんは1枚の紙を見せてくる。

"私の秘密を暴けたら、協力いたします"と、そう書かれている。

次の瞬間、クリスさんがライターを取り出し、その炎を紙に近づけた。

紙は一瞬で燃え上がり、パッと上に放ると、炎と共に消えた。

「お食事の準備が整いました。1階の食堂までお越し下さい。それでは」

クリスさんは恭しく礼をすると、廊下を渡り、1階へと降りて行った。


言われた通りに食堂へ向かうと、既に6人の探偵が席に着いていた。

『和やかに談笑…という雰囲気でもないな』

全員が緊張しているようだった。

「お通夜みたいだけど、誰が死んだの?」

全員がバッと振り向く。

「貴女は…和村はみさんですね。現役女子高生探偵の」

気弱そうな男の子が席を立って近付いてくる。

「あー、最近その肩書きは無くなったわ。退学になってね」

握手を求められたので応じる。

「同級生に負けたんだってね」

嫌味を飛ばしてきたのは厚化粧をした大人の女性…いや、化粧で隠しているが、恐らく私と同じくらいの年齢であろう。

「こらこらキミたち。自己紹介をし合うのは揃ってからという約束だったろう?」

大きな男が、穏やかな声で制す。

「ハロー。こんにちは。待たせたね」

最後に十傘がやって来た。

「本日は集まってくれてありがとう。みんな同年代の探偵たちだ。気兼ねなく楽しんでいってくれ」

「じゃあさっそく自己紹介を始めよう」

と、大きな男が手を挙げた。

「俺は(けん)って呼んでくれ。父が警官をやってる」

「私は小牧(こまき)だ」

次に小太りで眼鏡の男。

「シタナガです」

シルクハットを被った男の子。

「えっと…新井(あらい)です」

握手をした気弱そうな男の子。

(ふき)よ」

厚化粧。

「…………田中(たなか)

本を読んでる女の子。

「和村はみ」

「おいおい…俺以外は名前だけかよ」

「親の肩書きを喋れなんてルールは聞いてないわ」

蕗は嫌味が得意なようだ。

「…お前ら友達居ないだろ」

「友人とは気付いたらなっているもので、なろうとするものじゃないですよ」

シタナガはシルクハットを目深に被り直す。

「まぁまぁ、まずは昼食にしようじゃないか」

十傘はパチンと指を鳴らす。

「お待たせ致しました」

呼応してクリスさんがワゴンを押して料理を運び込む。

「シーザーサラダとコーンポタージュ。それからミートソーススパゲッティか」

小牧は料理を色んな角度から眺める。

「ふん。田舎者ね、今時はボロネーゼっていうのよ。それにイタリアンは普通、前菜から順番に出してくるものじゃない? どうなってるのかしら」

「いいや、トマトがたっぷり入っているからこれはミートソースだよ。太さは2ミリ程度だからスパゲッティも間違ってはいない」

小牧は眼鏡を外した。

「流行に流されたり、形式を重んじるのも悪くないが、こうして給食のように食べることも懐かしくて悪くないだろう? 逆に1人で8人分、全ての料理をいい状態で出せるクリスさんの手際を誉めるべきだ」

「お誉めに預り光栄です」

これに蕗は顔を歪めた。

「小牧さんは料理人を目指しているんでしたよね」

新井は手帳を見ながら言う。

「なんの因果か探偵扱いされているがね。頂きます」

「シタナガさんはマジシャン」

「おや、よく知っているね」

「…見たまんまじゃない」

「蕗さんは3姉妹の3女で、長女が女優、次女がモデルなんでしたよね」

「姉は関係ないでしょッ!」

ヒステリックに机を叩く蕗。

「…ご…ごめんなさい」

新井は手帳に何やら書き込む。恐らくは"姉NG"と書いているのだろう。

「和村さんはこの中で1番有名な探偵ですよね」

「あぁそう。どうりで私は誰も知らない訳だわ」

『気付いていると思うが、空気が凍りついた』

コーンポタージュが熱かったから丁度いいわ。

「えー…実は田中さんだけ知らないんですよね」

「…………」

田中は黙々とサラダを食べている。

「おい、女性陣ヤバくないか…」

「まるで好みの男がいなかった合コンのようだね」

「違いないね。…ところで、ずっと他人紹介をしているけど、新井くんは何者だ?」

「うーん…と…あの…実は推理小説家です。新井は本名でペンネームは別にあるんですけど…」

「いいじゃないか! その作品に俺たちがモデルのキャラも登場させてくれよ!」

「まぁ…わりとそのつもりで来ました」

「それはそれは、後で手品の1つでも見せないといけないね」

男性陣は何やら意気投合し始めている。

対して、

「………ふん」

「…………」

「はぁ…」

女性陣はこのザマだ。

『仲良くなる為に来た訳では無いだろう?』

分かってるわよ。

初めに殺す人間の選別をしなくてはならない。

恐らく、親が警官と言っていた健は証拠を積み上げる王道の捜査タイプ。

推理小説家の新井は過去の事例と照らし合わせるタイプ。

マジシャンのシタナガは巧妙なトリックを暴くタイプ。

小牧が謎である。料理と探偵に関わりがあるとは思えない。

蕗、田中も謎だ。情報が少ない。

1番面倒だと思うのは騒ぎ立てる蕗だが、彼女の場合は殺しても面倒臭そうだ。

殺した後に騒がれてバレたら企画倒れである。

となれば、適任は新井か。

彼なら殺されて見学に回ったとしても、喜んで見学してくれるだろう。

次点で集まりに興味がなさそうな田中。

「すまない、少し席を外すよ」

十傘が席を立った。恐らくこれが始まりだ。

さて、どうやってこの探偵たちを欺いたものか。

『腕の見せ所だ』

ええ。必ず殺しまくって十傘を後悔させてやるわ。


続く

【TIPS:ノックスの十戒】

1つ、犯人は物語の始めに登場していなければならない

1つ、探偵方法に超自然能力を用いてはならない

1つ、犯行現場に秘密の抜け穴や通路が2つ以上あってはならない

1つ、未発見の毒薬や難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない

1つ、並外れた身体能力を持つ怪人を登場させてはならない

1つ、探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない

1つ、変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない

1つ、探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない

1つ、“ワトスン役”は自分の判断をすべて読者に知らせなくてはならない

1つ、双子や変装による一人二役はあらかじめ読者に知らせなければならない

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