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和村さんと家達さん  作者: 穴
2/11

探偵とタイムトラベラーのジレンマ 前編

長くなりそうだったので分割

これは机上の話である。

私と五塔(ごとう)は机越しに向き合う。

「まったく…独り暮らしのうら若き乙女の家に押し掛けるなんて最低ね」

「二人暮らしのハズだ」

五塔はお茶を啜る。

「で、何をしに来たのかしら」

「前に俺の話したことを覚えているか?」

「タイムトラベラーってヤツ? 妄想話なら他所でやって欲しいものだわ」

『"信じてもらう"と"信じさせる"は似て非なる。彼はどちらだろうな』

私は腕を組む。

「俺が思うに…キミは今、所謂(いわゆる)カツカツのハズだ」

探偵という職業は得てして風評に弱い。

難事件を解決したとなれば電話は鳴り止まないが、失敗したとなれば電話は長期休暇に旅立つ。

しかもそれが"同じくらいの歳の少女に負けた"というものならば電話の行方はお察しである。

「ここらで汚名返上したくないか?」

「あまり興味がないわ。汚名は返すものじゃなくて塗り潰すものだっていうのが持論だからね」

それに、私には"お得意様"がいる。それほどカツカツにはなっていない。

「これは取引じゃなくて提案だ。俺が今から1週間以内に起きる"ある事件"を教える。だから━「待てまて待って。それを私に話してどうしようと言うの?」

「キミはツテを使って、その事件からみんなを守るんだ。そうすればキミに信用が戻り、俺もキミに信用される。悪いハナシじゃないだろう?」

「あまり"取引"は得意じゃないみたいね。アンタは今、"信用してもらうために信用してくれ"って言っているのよ?」

「違いないが、そうクサさないでくれ。俺も必死なんだ」

「必死というのはあの、水無瀬さんが死ぬって話に対してかしら?」

リビングルームに暫しの静寂が訪れる。

私は意に介さずイチゴ牛乳を一口飲んだ。

「自殺だ」

彼の絞り出した声に、カラスの鳴き声が紛れ込む。

「そう」

遠くで羽ばたきが聴こえた。

「水無瀬 (いずみ)。父がミナセ・フード・ホールディングスの代表取締役、水無瀬 (こうじ)…本名は(ひかり)(つかさど)ると書いて光司だったかしらね」

たしか麹発酵食品ブームの火付け役だった筈だ。

「調べてくれたのか…?」

「たまたま知ってただけよ」

『ブームとはやがて過ぎ去るモノに着けられる冠だ』

家達の言う通り、麹発酵食品は既に過去のブームとなっている。

「だけど、経営が傾いてるなんて噂は聞いてないわ」

「ああ。少し前にあった麹発酵食品のブームで一気に有名なったが、長く続かなかった。その時に売上も株価も少し落ち込んだようだが、その後は高めに止まって横這いだ。特に問題があるわけじゃない」

「なら、ご本人の問題かしらね」

何だかんだで相談に乗ってしまっていることに気付いて顔をしかめる。

『探偵である重要な条件の1つに"お人好し"というのもある』

「予求の件でそれは示したでしょ。あれ元からノーギャラなのよ?」

「ん? …ああ、すまない。もう一人の人か」

「名前は家達だそうよ。ホントかどうかは知らないけど」

「初めまして」

誰も居ない空間に顔を向けて頭を下げる五塔に、私は逆側を指差す。

「ああ」

バツが悪そうにもう一度頭を下げた。

「信じるのね」

「タイムトラベラーが信じない道理がないだろ」

タイムトラベラーを信じない私に対する皮肉だろうか。

「確かに」

またも静寂が訪れ、五塔は私を見つめる。

「ホレたの?」

「ああ」

「えぅ、はァ!?」

「明るくて、いつも笑顔で、それでいて皆に気を使える女の子だ。金持ちだが気取ってなくて、会社の新商品を配ったりしてる」

『水無瀬 泉の話だろう』

言わなくても最初の2つで気付いたつぅに。

「コホン…まぁ、何だかんだ事情は分かったわ。それが嘘でも本当でも、聞いた以上は調べなきゃ気が済まないタチだから。個人的に調査してみる」

「ホントか! 助かるよ! あぁ…良かった…」

「でも協力するに当たって、約束があるわ」

「約束?」

「故意や過失に関わらず、嘘は3回まで許す。それ以上になるならもう協力はしない。分かった?」

「ああ分かった。勿論だ」

自信満々であること以上に疑わしいことは無い。

「じゃあ最後に1つ!」

私は念のため人差し指を立てる。

「アンタのバックに居るのは誰?」

五塔は慌てて自身の手荷物を見る。

「それは"バック"じゃなくて"バッグ"でしょうが!」

しかも正確にはリュックだし。

「すまない…そうだな…バック…バックか…もう少し具体的に頼む」

『ちゃんと言葉を選んだな』

そうね。

「あの日のことは忘れもしないわ。地獄の告白ショーの直前、アンタは確かに"言われた通りだ"と言った。それって誰かに指示を仰いだってことでしょう?」

「あっ、そういうことか。すまない、隠そうとしたワケじゃあないんだ」

相談が煮詰まりだしたことを察してか、五塔はお茶を飲み干す。

「中学生の頃の同級生なんだ。共に"人助け部"ってのをやってた」

「名前は?」

「アイツなら言っても構わないと言うだろうが、大事を取って言えないことにしてくれ」

「そう」

「凄いヤツだよ。探偵としての能力ならキミ以上かもしれない」

へぇへぇへぇ。そうですか。

「じゃあソイツに頼めば良いじゃない」

「ところがそうもいかない。アイツは卒業する時に、人助け部の皆と、もちろん俺ともオカシな約束をしたんだ」

私もイチゴ牛乳を飲み干した。

「"この先、もし困ったことがあったら私に1度だけ電話してもいいよ。それを解決する方法を教えるから。だけどそれ以降はもう繋がらないと思って"と、まぁ要約するとそう言われた」

「勿論、その貴重な1回で水無瀬さんを救う方法を訊いたのよね?」

「ああ。そしたらキミと初めて会った日を指して"カルメ焼を買って、お昼に半分食べて、残りを袋に入れて口を開けたままポケットに突っ込んで1日過ごすと良い"と言われた」

『まるでテレビゲームのバグコマンドだ』

「言い得て妙だわ…それは…」

「ん…まぁとにかく。言われた通りにした結果が今だ」

要するに私は何処の誰とも知らないヤツに"使える駒"扱いされてるってことね。

『将を射んと欲すればまず馬を射よというやつだ』

「さしずめ私は便利な飛車角ってとこかしらね」

『相変わらずの自尊自大だな』

「桂馬くらいじゃないか?」

「は? 協力しないわよ」

「じょ、冗談だ」

『しかし桂馬は大事だ。三桂あって詰まぬことなし。という格言もある』

将棋には明るくないからこれ以上掘り下げないで。

「あーっと…実はこう見えて苦学生でね。あまりお金は出せないが、これは依頼料の替わりになると思う。今度は受け取ってくれよ。じゃあ、よろしく頼む」

五塔は1枚の紙を滑らせると、そそくさと席を立った。

「まったく…」

玄関まで見送り、私は紙を裏返し…た…

「…………家達…ちょっといいかしら…」

『ああ。構わないよ。勿論ね』



1週間が経った。

私は全てが終わり、再び五塔と机越しに向き合う。

「こんな大変な1週間はなかったわ」

「俺もだ…メッチャ疲れた…」

私は1枚の紙を机に叩き付ける。

「大体何よこれ。五塔の連絡先は必要だからまだ分かるけどね、問題はその下よ━━


━━━━━━

[和村はみの日曜日]

日曜日とは、あのキリストでさえ休んだ日なのだが、私は半目になりながら警察署へと向かわねばならなかった。

「お早う御座います…」

「はいはい━おっ、はみちゃんだ」

猫目(ねこめ) 七曲(ななまがり)さん。階級は…巡査だっけ。まぁいいや。

「ふっふっふぅ。流石ははみちゃん、いち速く僕の違和感に気付いたようだね。そう! 何を隠そう、僕はつい最近巡査長に昇格したのさ!」

へぇ、興味無い。

「では猫目"巡査長"。幻冬(げんとう)さんはいらっしゃいますか」

「おほーほっほ! 待っててね、今すぐこの巡査長が連れて来てあげるから!」

この人は扱いやすいから嫌いじゃない。

ややあって、

「やぁ和村さん。久しぶりだけど、こんな朝早くからどうしたんだい?」

幻冬 (あつし)さん。階級は巡査部長だ。

「少しお話があるんですが、ここではちょっと」

「ふぅむ。じゃあ会議室に行こうか」

業務中の方々に会釈をしつつ少し歩く。

「にしても、最近ずっと平和だったから和村さんとも随分久しぶりだな」

「ですねぇ、探偵からの便りがないのは良い便りってかぁ」

「逆に言えば、私がこうして来たということはですね…」

会議室に入り、着席を促される。

猫目さんが扉を閉めたことを確認し、私は言った。

「単刀直入に言いますと、近い内に銀行強盗が起きます」

「はぁ?」

「ほぅ?」

まぁそういう反応になるだろう。

「うーん。はみちゃんが凄い賢い探偵さんなのは重々分かってるけどねぇ…」

「まぁ…そうだな。銀行強盗か…」

「理解してます。セキュリティ技術が高いレベルに発展している今日日(きょうび)、銀行強盗なんてマンガやアニメでしか見なくなってることは」

「そうだね。そういったことをする連中は今、特殊詐欺へと流れているよ」

「しかしですね、私はある人物から"予言"のようなものを聞かされました。その内容こそが"近い内に銀行強盗が起きる"というものだったんです」

流石の"お得意様"も頭を抱えた。

「言いたいことは分かります! "理論と理屈"を武器に戦うべき探偵が、オカルトを信じるとは何事かと。そう言いたい気持ちは分かります。ですが、その"理論と理屈"で考えると私の言いたいことも分かるかと」

幻冬さんは顎に手を当てる。

「どういうことですか? 幻冬さん分かります?」

「ナナ。和村くんは名探偵であり、嘘に聡いというところは今まで何度も見てきただろう?」

「ナナって呼ぶのヤメて下さいよ…でもまぁ、そうですねぇ」

『肩書きや実績を上手く扱えれば、人生はこともない』

邪魔しないでよ。言葉を選んでるんだから。

「このことを伝えてきた人に嘘が無かったんだとしたら、この予言とやらは一転"根拠のある推理"ってことになる」

「えっと…つまり?」

猫目さんはまだ首を捻る。

「例えばの話だが、銀行の向かいのビルから、人の出入りを監視しつつ、銃の手入れをしている集団を見たら、ナナ。どう思う?」

「そりゃあ、銀行強盗でもするつもりか…と。ああっ! そういうことですか!」

「つまり、和村さんの言う"予言の人"は、そこまでではないにしても何か重大な事実を見てしまった可能性が高いってことだ」

「となれば、はみちゃん! 早くその人と連絡を取らないと! ボクは警部に許可を…」

慌てて会議室を出ようとする猫目さんを引き留める。

「猫目さん、ちょっと待って下さい! まだ危惧するべき"可能性"があります」

「というと?」

「その人が"予言"を"現実"にしようとしてる可能性です」

━━━━━━


「ゴホッ!ゴホッ…そ、そんなワケないだろ。なんで俺が銀行強盗なんてしなくちゃならないんだ」

五塔はコーヒーを喉に詰まらせながら言う。

「その昔、百発百中を掲げる占い師と会ったことがあるのだけれど。そのタネは簡単で"占った通りの結果を仕込む"というものだったわ」

『犯罪について、誰よりも詳しいのは犯人だ』

「だから銀行強盗なんて荒唐無稽なこと言い出す方が悪いのよ。そんな予言が真実になるなら、そこには何か仕掛けがあると疑うのが筋でしょ?」

私は新商品のイチゴ牛乳を飲む。なかなか美味しい。

「…そうか…まぁ、でも納得がいったよ。あの日のことに━━


━━━━━━

[五塔 垂の日曜日]

起きたのは昼過ぎだった。しかし日曜日はキリストでさえ休んだ日なのだ。バチは当たらないだろう。

もそもそと布団から這い出ると、待っていたかのようにスマホが鳴り出した。

画面には見知らぬ番号。しかし心当たりはあった。

「もしもし」

「━━和村よ」

心当たりは当たりだ。

「進展があったにしては早すぎないか?」

「━━会って話したいことがあるわ。この後時間いいかしら?」

「あー…そうだな…」

和村はみ。いつも不機嫌そうな顔をしているが、まさにその顔がスマホ越しに伝わってくる。

「━━嫌ならいいのだけれどね。水無瀬さんにお焼香を挙げる練習でもしとくわ」

跳ね起きた。

手当たり次第に服を引っ張り出し、胴で貫通させる。

「━━あっ、来るなら出来るだけ動きやすくて清潔感のある格好にしなさい」

と言われてもパーカーしか無いぞ…

脳内ライブラリに必死でアクセスしているが、どうにもエラーを吐き続ける。

「━━無いなら無いなりになんとかしなさい。とにかく1時間後に十堂(とうどう)駅。分かった?」

「あ…ああ分かった」

着の身着のまま家を飛び出して自転車に跨がる。

右に曲がり左に曲がり、ペダルに力を込め続け、十堂駅に着いた。

「はぁ…はぁ…」

自転車を手で押しながら和村はみを探す。

「あ…スマホ!」

さっとポケットを上からなぞると、確かな厚みを感じ、ホッとする。

慌てて出てきたので忘れたかと思ったが、習慣がスマホを連れて来てくれていた。

安堵と同時に汗が噴き出す。

現在時刻と着信履歴を照らし合わせると、まだ20分くらいの猶予があった。

「さて…」

着信履歴に和村はみと名前を着けた後、自転車は駐輪場へ。

涼と座る場所を求めて駅近くのショッピングモールに入った。

「はぁ…」

まだ季節は夏の手前なのだが、モール内はちゃんと外の気温と反比例した温度設定にされていた。

吹き抜けの設計が更に体感温度を下げてくれる。

しかし流石は日曜日。モール内は人で溢れている。

座る場所を求めてさ迷っていると、ある親子とすれ違った。

風船を持った男の子とその母親。モール内を手を繋ぎ歩く何の変哲もない親子だ。

しかしこの後、男の子は風船を手放してしまう。

吹き抜けのモール。重りの付いていない風船は、天井まで飛んで行く。

泣く男の子。焦る母親。

「…仕方ないな」

踵を返して親子に駆け寄る。

「あっくん、靴紐がほどけてるよ。危ないから結びなさい」

「はーい」

子どもこと、あっくんは靴紐を結ぶために屈む。

全意識が靴紐に向けられ、両手を使って結ぼうとする。

その結果、無意識に風船を手放してしまう。

「おっと…危ない」

何とか間に合い、手を伸ばして風船をキャッチした。

「あっ」

能天気な顔を上げるあっくん。

「どうぞ」

「うん」

うんじゃないが。

「スミマセン! ありがとうございます」

「いいえ、よい週末を」

「ほら! お礼は?」

「ありがとー」

「どういたしまして」

あっくんと手を振って別れる。

そして、座る場所を探す意味は無くなった。

「へぇへぇへぇ」

ニヤニヤしながらこっちに来る和村はみと目が合ったからだ。

「タイムトラベラーさんはお優しく御座いますネ」

「茶化して何になるんだ。別にいいだろ」

「いいえ、タイムトラベラーの秘密が少し分かっただけよ」

「ん」

恐らく家達さんと話しているのだろう。少し会話が噛み合わない。

「で、話したいことって何だ?」

「そうね。まぁ付いて来なさい」

連れられてモールの外に出る。

「自転車取ってきて」

「は?」

「ダッシュ!」

「…分かった」

駐輪場へ走り、自転車を取って戻る。

「はぁ…はぁ…それで、次…は…っ!」

待ち構えていたのは髭を蓄えたロマンスグレーの男性。首から上は完璧な紳士なのだが、何故だか不相応なアロハシャツを着ており、ソウトウ胡散臭い。

「お待ちしておりました、五塔様」

仕草も振る舞いも紳士っぽい。しかし傍らに停めてあるのはミニバンである。

「あ、えっと…」

秋水(しゅうすい)さんよ」

耳打ちされた名前も、もの凄く偽名っぽい。

「だ…誰ですか?」

「ふふ、それは後でのお楽しみ」

「まさか俺を(さら)う気なのか?」

正直、彼女の恨みは買っているだろう。これは報復なのではないかと頭をよぎり口から出た。

「そんなこと訊かなくても、タイムトラベラーなんだから分かるんじゃないの?」

「キミに関しては未来が変わっているのだから分かるハズがないだろう」

「左様で」

「では五塔様、お自転車を」

秋水さんはミニバンの荷室を空けると、流れるように俺の自転車を収納し、ハッチバックを閉めた。

「では、レディファーストで和村様から」

スィと移動し、今度は助手席のドアを開けた。

「どうもありがとう」

助手席のドアを閉めれば、次はスライド式のリアドアを開けて、俺に乗るように促す。

「もうどうとでもなれだ」

後部座席で自分の自転車と相席しつつ、車に揺られる。

「改めまして。(わたくし)、水無瀬 泉お嬢様にお仕えする秋水と申します」

その名前が出て小突かれたように心臓が跳ねる。お嬢様なのは知っていたが、執事がいるレベルだったとは知らなかった。

「えっと、俺は…」

秋水さんとバックミラー越しに目が合う。

「五塔 垂。数え年で17歳。出自は大分ややこしいから訊かないであげて」

自己紹介を横取りされたのは初めてだ。

しかも、口ぶりから察するに、俺のことは調べ上げられているのだろう。

「あら、探偵の仕事は刑事事件を解決するだけだと思ってた?」

「それか迷い猫を探すくらいかと思ってたよ」

「そう」

車内に沈黙が流れた。

「どうですかな? 学校でのお嬢様は」

気を遣わせてしまったのか、当たり障りのない話題を振られる。

「えっと…成績が良くて皆からの人望もあって、いつも誰かと楽しそうに会話してますかね」

「質問が悪かったですね。五塔様はお嬢様のことをどうお思いになられているのですか?」

全然当たり障りがあった。

「…あまり話したことは無いですけれど、いい人だと思います。いつも笑顔だし、誰にでも優しくて分け隔てが無いですからね」

口許に手を当てながら当たり障りのない回答をしていると、ガンと太股に衝撃が走った。

何事かと太股を見ると、そこに和村の顔があった。

リクライニングを限界まで倒してきていたのだ。

「嘘は良くないわ。1回目ね」

上目遣いで睨まれる。ハッと昨日の約束を思い出した。

嘘は3度まで許すというヤツだ。

「いや、別に嘘は吐いてない」

「アンタ自身が思っていることとは違うことを言っておいて、嘘じゃないって? 悪いけど私の判定はそんなに甘くないわ」

「だけどな…」

「2回目をカウントしましょうか?」

俺は何度か口ごもり、やがて観念した。

他ならぬ名探偵が言えと言うのだから、言った方が良いのだろう。

「…最初は、いけ好かない人だと思いました」

「ほう」

「親の権力や財力に溺れ、いつも同級生に食べ物をバラ蒔いて、それで優越感に浸ってるんじゃないかと思ってしまって…まるで貴族の遊びに皆も自分も付き合わされてる気がしてしまって。ハッキリ言って嫌いでした」

秋水さんは口を開かない。

和村もリクライニングを元に戻した。

「しかしある時に違和感を覚えました。水無瀬さんはいつもニコニコと笑っているのですが、人に何かを食べさせてる時だけ"笑わない"んです。やがて彼女が真剣に、食べてる人の所作や表情を見ていることに気付きました」

何故だか前を向いているのが気まずくなり、窓に流れる景色を見ながら続ける。

「既に"大学の"卒業論文の作成に着手していると耳にして愕然としましたよ。水無瀬さんは誰よりも自身の未来を見据えていたのだと。そして自分に嫌悪感を抱きました。大学すらまだ決めていない自分が、他人の表面だけをなぞって"いけ好かない"なんて、よく言えたものだなと」

「水無瀬家の家訓は"親に勝て"で御座います。お嬢様は、お父様やお母様から何かを与えられる度に、それを越えなくてはいけないというプレッシャーも与えられるのです」

秋水さんは悲しげに言う。

「良い家訓ね。普通なら"己に()て"とでも(のたま)うのでしょうが、最下位が己に克ったところで順位変わらず最下位よ」

辛辣過ぎる。

「はっはっは、実に和村様らしい考えで御座いますね」

「とにかく、その、今は水無瀬さんのことを…尊敬しています」

助手席の背中を横目で見るが、動く気配は無い。

流石にこの"嘘"は大目にみてくれたのだろう。

「着きました。ここがお嬢様のご邸宅で御座います」

車はタイヤを回すことを止め、大きな門が口を開くのを待つ。

「秋水です。ただいま戻りました」

秋水さんがインターホンに向かって声を掛けると、門が金属音を巻き込みながら開く。

「…まだ訊いてなかったんだが、俺は何をすればいいんだ?」

和村はみに耳打ちする。

「ここに住み込みで働くのよ」

「………理解するまで待ってくれるか?」

和村はみが肩を竦めている隙に考える。

えーと…住み込みで働く…すみこみではたらく…

「……はぁ?!」

「諸々の手続きは私がやっておくわ。感謝することね」

ミニバンは敷地内を蛇行しながら進む。

「ちょうど人手が足りなくなってしまいましてね。渡りに船とはこのことですな」

「同級生だから学校でもサポート出来るしね」

「み、水無瀬さんはこのことを知っているのか?」

「お嬢様には新しいお手伝いさんを連れてくると言っております」

おいおいおい…

「まさか水無瀬さんのことを私に丸投げして終わりだと思ってた訳じゃないでしょう?」

「モチロンそんなことは思ってなかったが、こんなことになるとはもっと思ってなかった…」

「はてさて。タイムトラベラーがどう未来を変えるのか、見ものね。…そうそう。嘘はあと1回までよ」

「あ、あれはそういうんじゃないだろ!」

しっかりカウントされていた。

━━━━━━


「つまり和村は、住み込みで働かせて俺の行動を制限しつつ、俺自身にお嬢様の動向を監視させたワケだ」

「王手飛車取りってやつね。私は飽くまでもプレイヤーなのよ」

『駒扱いが相当癪に障ったようだな』

「それはそうと、気がかりだったことがあるんだが」

「何かしら?」

「この1週間、銀行強盗どころか何の事件も起きていない。もしかして俺は間違ったことを書いて渡してしまったんじゃないかと」

「……あぁー、そうね。…私としては複雑な話だったわ━━


━━━━━━

[和村はみのジレンマ]

「はみちゃんドコ行ってたのさ」

「預言者を半拘束してきました」

「んーさよかぁ。銀行強盗の件を警部に掛け合ったけどさ。やっぱり捜査本部は設立出来なかったよ」

当然と言えば当然か。

事件が起きた訳ではないし、通報が胡散臭い予言だけでは本腰入れて捜査に乗り出してくれることもないだろう。

「幻冬さんはどちらに?」

「銀行に警備を強化するように呼び掛けてるよ」

「お手数掛けます」

「向こうは話し半分だろうけどね」

確かに、銀行側から言わせれば"銀行強盗が起きると分かっているならその前に捕まえてくれ"という話だ。

警備を強化するなら人件費だって掛かる。

「結局最後は人の力ってことよね…」

「そういうことだ」

幻冬さんが来た。

「お疲れ様です」

「和村さん。今回ばっかりはキツいかもしれない」

やはり銀行側の協力は難しいようだ。

「結局、私がなんとかするしかないか…」

「しっかしさ、市内だけでも銀行は4社9店舗。ATMを含めれば100は余裕で超えるらしいんだよ。全てを1週間中カバーするなんて無理ムリな話さ」

「確かに…もう少し絞りたいですね」

現在時刻は20時を越えている。

「お二人は明日もお勤めですか?」

「そうだね。働き蟻は働く以外のことを知らないのさぁ」

「なら明日、一緒にパトロールに行きましょう」

「私は構わないが…」

幻冬さんは猫目さんを見る

「いいよいいよ。何か考えがあるんだね」

協力の許可を取れたところで私は家に帰った。


━━翌日。


近所付き合いとかを考えるようなタチでは無いが、自宅前にパトカーで乗り付けられると流石に近所の目が気になる。

「幻冬さんは急用やってな」

パトカーは猫目さんが運転していた。

「そうですか」

「じゃあお客さん、どちらまで?」

八番(はちばん)神社までお願いします」

「オッケマル」

車が発進する。

『一番から七番は無いが八番神社だ』

家達をスルーしつつ私は五塔から受け取った紙を広げる。

「水曜日の深夜、八番神社前の交差点にて車の自損事故が起こるそうです」

「また予言かい?」

「はい、そんなのがあと4つも。銀行強盗を含めてですけど」

「うーん。やっぱりオカルトはあんまり信じられんのよねぇ」

「それに関してですが。恐らく、この予言のメカニズムが分かりました」

私は紙を折ってポケットに突っ込む。

「ほぅほぅ。聞かせて聞かせて」

「"行き過ぎた予測"…それがこの予言、ないしは予言者の本質だと思います」

赤信号に引っ掛かった。

「便宜上、私も予言と言っていましたが、本人はタイムトラベラーを名乗っています。だからこれは予言ではなく、"未来に起こったこと"なんだそうです」

「更に眉唾だぁ!」

「しかし納得がいくことでもあります。存在し得ないタイムトラベラーを名乗る彼に嘘は見られなかった。何故か? それは順序の逆転が起きていたからなんです」

青になり発進する。

「というと?」

「"タイムトラベラーだから未来を知っている"のではなく、"未来を知っているからタイムトラベラーなんだ"と思い込んでいるんです」

『嘘か真実か。その多くは主観により決定される』

真実だと思い込んでいる嘘は、流石に見抜きようがない。

「えっとだね…結局、その予言者だかタイムトラベラーだかは本人が知らず知らずに造り上げた虚構だってこと?」

「はい。ですが逆に言えば、"自分はもしかしたらタイムトラベラーじゃないかもしれない"と思えるような"未来との齟齬"も無かったってことになります」

まだ目覚めぬ飲み屋街を徐行で進む。

「…変なオカルトよりタチの悪い話だねぇ」

「まぁ長々と話しましたが、これは飽くまでもまだ推理です。これから銀行強盗を除いた4件の"未来"で検証しましょう」

「やっと僕にも話が見えてきた。よーし飛ばすよー! 掴まってぇ!」

「法定速度遵守でお願いします」

「言ってみたかっただけなんよ」

とか言っている内に八番神社に着いた。

パトカーは路肩に停めて辺りを検証する。

1車線のT字路。決して狭い訳ではない。

「推理が合っているのならば、ここには自損事故の起こるような何か、事故を引き起こす原因があるはずです」

「んーー変わったところの無いT字路…あっそうそう知ってた?」

「本当は"T"字路じゃなくて"(てい)"字路って話なら知っています」

「ちぇ」

あるのは信号機とセットで横断歩道とガードレール、事故防止のカーブミラーにガードレール、1本だけの電信柱、その隣にガードレール。

「カーブミラーは問題ないですね…」

見通しは余り良くないから、人が死角から飛び出して来てそれを避けようと…いや、それでは事故が起こる時期なんて分かる訳がない。

恐らく今だから起きることに限定されている筈だ。

「後ろに神社…」

神社を見ると、気が遠くなりそうな石階段と…大銀杏(おおいちょう)…っ!

「猫目さん。私はまだ自動車免許を取ってないので運転に関して明るく無いのですが、もしかして落ち葉にハンドルを取られるなんてことはありますか?」

「うんにゃ、あるよ。タイヤと道路の間に落ち葉が挟まって摩擦が少なくなるからね」

「なら…」

と思ってからその考えを棄てた。

道路には木葉の1つも落ちていない。落葉(らくよう)にはまだ季節が早すぎるのだ。

ふと脳裏に池田先生の顔が浮かんだ。

「衝撃的でキャッチーな嘘…ね」

危うく罠に掛かるところだった。

「真実なんて、もっと浅ましく下らない筈よね」

「あっ!」

猫目さんが声を上げた。

「どうしました?」

「分かったかも、かもねん」

ちょっとイラッとした。

「見てこれ。ガードレールの支柱が腐食してて片足状態になってるんや。これだと少し強めに押しただけで…」

実際に猫目さんが押すと、電信柱隣のガードレールはギギギッと向きを変える。

もう片方の支柱を支点に、そのまま90度まで曲がった。

「流石は巡査長! これですよ!」

ガードレールは短めだが、車の行く手を塞ぐには十分な程の長さがある。

「んふふ、夜中運転してる時に急にガードレールが襲い掛かって来たら、誰でも事故るよねぇ」

『もう一押し必要だ』

分かってる。

「猫目さん、お陰様で事故の原因は分かりました。ですがあともう1つ探さなきゃいけないことがあります」

「ん?」

「"タイムトラベラーが何故、事故が起きると思い至ったか"です」

「だから、ガードレールが壊れかけているのを見たからじゃないのかな?」

「それだと余りに直接的過ぎます。予言と言ってしまっては嘘になるでしょう。もっと手前の原因がある筈なんです」

つまり、もう2・3手前の何かを見て、無意識の内に事故まで思い至った筈なのだ。

「うーん…」

なんとか巻き戻せ。逆転させて辿る。

事故が結果である。ガードレールの劣化が原因。

ガードレールの劣化が結果。腐食が原因。

腐食が結果。さて原因は…?

片足立ちのガードレール…

「なるほどね…」

「分かったのかい?」

「完全に腐食しているのは電信柱側の支柱。もう片方の支柱は多少の腐食で済んでいる」

ここに原因があった。まさに浅ましく下らない原因。

「原因は電信柱に対する立ちションです」

「えっ、ま…立ちションってあの立ちション?」

「立ち小便。立派な軽犯罪です。その小便がガードレールまで流れ、支柱の腐食を進めていたのです」

「あぁ確かに、犬の糞尿が原因で道路標識が折れたって話は聞いたことがあるね」

「今回は人間が原因とは何とも情けないですが」

「でもさ、今どき立ちションなんてするかな?」

「普通ならしないでしょう。裏を返せば、普通じゃなかったらする可能性があるってことです」

私は来た道を指差す。

「ここに来る途中、飲み屋街がありました。恐らくそこでへべれけになった人が帰路の途中、ここで催して立ちションをしてしまうのでしょう」

そして、それがここで知りうる最後の原因だろう。

「やはり、タイムトラベラーの話す"未来で起こったこと"の本質は"行き過ぎた予測"の可能性が高いですね」

「立ちションしたら自損事故が発生したって…まるで小さなバタフライエフェクトみたいだねぇ」

言うほどそうかしら?

あまり原因と結果が離れていない気もするけど。

「とにかく、推理の補強くらいにはなりそうです」

恐らく五塔は立ちションの現場を見たことも覚えて無いだろう。

『人の記憶の話なんて時間の無駄だ。この言葉もいつか忘れるだろう』

忘れることが人間の美徳。まったくもって嫌な価値観ね。

「次に行きましょう」

2人でガードレールを元に戻し、キープアウトのテープで電信柱ごとぐるぐる巻きにし、ガードレールの補修が必要だと然るべき所に連絡した。


「はてさて次はぁ?」

シートベルトを締めつつ。

「"木曜日。日台(にちだい)小学校の生徒が登校中に失明"と書いてあります」

日小(にちしょう)なら、まぁ近くだね」

「ですが、これは大変そうですよ。誰の登校中かは分からないんですから」

小学校を中心として、渦巻き状ににぐるぐると調べていくしかなさそうだ。

「いやいや、さっきの件で俄然信憑性が出てきたからね! ゴールがあると分かれば頑張れるもんさ」

そういうものなのか。

「とっころでさ。気になってることを訊いていいかい?」

「何でしょうか」

「"行き過ぎた予測"って分かりやすく言うとどういうこと?」

「そうですね…タイムトラベラーは直感的に結果だけを知ってしまうんだと思うんです。風を感じたら桶屋が儲かるという結果を知ってしまうような感じで」

「そんなことってある?」

「あります。頭の中では推理を張り巡らせて結果を導いているのですが、本人はそれを理解していないんです」

「まるで家達さんみたいだね」

言われて肩が跳ねた。

「どうですかね。アイツは全てを知ってるけど教えてくれない感じがしてます」

『心外だ』

アンタは人外でしょうが。

「もしタイムトラベラーが自身の能力を自覚して、名探偵を名乗り始めたら、私のご飯のおかずが1品減っちゃうでしょう」

「へぇ、はみちゃんのライバルたりえる人ってことかぁ」

「ライバルにはまだ早いですよ」

日台小学校に着いた。時間的にはまだ授業中だろう。

「さて。ライバルに勝つ為にどうする、はみちゃん」

失明の原因としては病気や心因性など、多岐にわたるが、推理通りならば、今回は外傷によるものだろう。

「今はとにかく足を使って証拠を稼ぐしかありません。老朽化した公共物を中心に見ていきましょう」

「そうじゃね」


そうして捜査すること1時間。

「うーん」

「特に違和感はありませんね」

「子どもが失明するとなれば、何としてでも食い止めたいんだけどね」

珍しく(?)真面目な猫目さん。

そういえば、子どもを守るために警察官になったって言ってたっけ。

「辛いのが、タイムトラベラーと答え合わせが出来ないってとこですね」

「うーん。木曜日だから眼をサースでぃなんてことも無いよね」

「もう少し見て回りましょう」

「無視はツラいなぁ」

真面目だと思ったら急にそんなことを言い出す。

「…でもその線で行きましょうか」

「えっ?」

「なんだか今日の猫目巡査長は持ってますから。そういう時の勘って意外とバカにならないものです」

"木曜日だから"そんな理由で行動を起こすこともある。

「水曜日に入館料が100円安くなるプールがあるんですよ」

「へぇ。でも木曜日だからって…」

「例えば木の剪定なんてどうでしょう。高く伸びて道路にまで顔を出した木を剪定して、落ちた木の枝が眼に刺さる」

「木が道路に飛び出してる所か…」

「あったから言っています」

ナビをしつつ、パトカーを走らせる。

「あったねぇ」

降りて確認すると、一軒家だ。

私の背丈以上の高さがあるブロック塀よりも高い木が、心地よい木陰を作っていた。

「早速お家の方に聞き込みしましょう」

「気軽な聞き込みが警察官の特権だよね」

それで良いのか警察官。

インターホンを押すと、ややあってから家主であろうお爺さんが出てきた。

「何でしょ…これはこれはお巡りさん」

今日(こんにち)はお爺さん。いまって少しお時間ありますか?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「そこに生えているご立派な木ですが…「ああっ、道路に出ちゃってるよね。木曜日に剪定する予定なんですが…」

この言葉に私と猫目さんは目を見合わせる。

「剪定はお爺さんお一人でなされるんですか?」

「そうですとも」

「はみちゃん。分かるよね」

そういえば、猫目さんは老人を守るために警察官になったって言ってたっけ。

「…手伝いましょう」

「そんな…いいんですか…?」

「いいに決まってるじゃないですか。お爺さんはゆっくりしててください」

『健全な精神は健全な肉体に宿る。キミも少しは運動すべきだ』

へぃへぃ。耳が痛う御座いますことよ。


「……ちかれた」

とは言え私は猫目さんが伐り落とした枝を拾い集めるだけだったのだが。

「次が最後じゃけんもうひと踏ん張りするとよ」

まったく疲れを見せない猫目さんを見てると、やはりこの人も立派な警察官なんだなと染々思う。

「疲れませんか?」

「そりゃあ疲れるけどさ、事件や事故を未然に防げているんだからね。やりがいが勝つよ」

未然に…か…

「猫目さん。凄く嫌なことを言って良いですか?」

「どうしたんだい?」

「全ての事件や事故を未然に防げる社会になったとしたら、探偵は不要になるんですかね」

もちろん、事件や事故に対する推理が探偵の主たる仕事ではないと分かってる。

「はみちゃんが弱音なんて珍しいね」

そうかもしれない。

「目的地はここであってるかな?」

「はい」

最後の予言"牛の脱走"。

となれば市内に1つしかない牧場に向かうが必然である。

そして、原因自体は簡単な話であった。

「あら! ホントだ!」

そう叫んだのは牧場主のおばさん。

本来、牛を囲っているはずの木が落ちかけており、牛を繋ぎ止める器具も外れていたのだ。

「教えてくれてありがとうねぇ~」

曰く、牛がその気ならもぅ逃げ出せていたらしい。

『今日はよく冷える』

そんなつもりは無かったわ。

「警察官として当然の義務ですから」

「お礼と言ってはなんだけどねぇ、今朝搾りたての牛乳で作ったソフトクリームよ。どうぞお二人とも」

ここの牧場は売店も併設しており、そこではソフトクリームや牛乳などが売られている。

「お母さん本当に申し訳ないのですが、警察官の勤務中は物品金品の受け取りが出来ないんですよ」

「あら~」

牧場側の問題は解決、残るはこちら側の問題である。

その問題とはズバリ"五塔は何故牛舎のことを知り得たのか"。

これを解決しなければ私の推理はハズレということになるのだ。

「あの、最近牛舎に立ち入った人はいますか?」

私は両手に持ったソフトクリームを舐めながら訊く。

「私と主人と息子くらいかしらねぇ。最後はきっと主人ね。いっつもテキトウな仕事をするんだから」

五塔が不法侵入だなんて悪いことをしてないと信じるのなら、原因は他から知ったのだろう。

「このお店の常連に、少し髪の長い青年はいますか?」

「ん~。ちょっと分からないわねぇ~」

それは仕方ない。五塔もそんなに特徴があるわけじゃないし。

「あっ、思い出した! いたいたわ!」

話が変わった。

「少し前に来て牛乳の味が少し変だなんて失礼なこと言ってたわね」

「そういえばストレスによって牛乳の味が変わるって聞いたことがあるね」

「それって分かるもんなんですか?」

「分からないわよ~。分かったらアンバサダー級よ、牛乳アンバサダー」

確かに、そんなことはにわかに信じがたいが、状況からすれば真実なのだろう。

酪農には疎いため、これ以上のことは分かりそうにない。

牧場を出てパトカーに乗り込んだ。


「終わった~。ちかれたねぇ」

「そうですね。結局最後は証明に至らなかったですが」

「今日は弱気だね」

それにも理由がある。

「そうですね。結果的に今日は3つの事件を未然に防いだ訳ですけど、もし"そうしなかったら"この件は依頼として私の元に転がって来たのかなと思うと…少し複雑な気分です」

「それは、自分の利益が減ったから? それとも"そう思ってしまった"から?」

後者だが、本当に後者である自信も無い。

「そうだね」

猫目さんは私の表情を察してか続ける。

「はみちゃんは"そうしなかったら"を"そうしなかった"。それが全てじゃないかな?」

「……ですが結局、今まで私は他人の不幸でご飯を食べてたんですかね」

「いいや、そうじゃない。世界が回る限り、どうしても不幸な人は出てしまう。そんな人を救うのが、はみちゃんの仕事じゃないか。自信を持ちなよ」

言葉では簡単である。しかし、私の中のこのジレンマは中々解決しそうにない。


━━━━━━


「ふーん。殊勝な和村も見たかった気がするね」

『二面性は良くも悪くも人を惹き付ける』

そんな話かしら。

「それで、私の推理を明かした訳だけれども。如何かしら?」

「……正直よく分からない。でも最近の悩みを解決する案かもしれないな」

「へぇ」

五塔はコーヒーに牛乳を足した。

「それで、アンタは水無瀬さんとどうなったの?」

「…やっぱりそうだよな。話さなくちゃな」

カップの水滴を撫でながら、五塔は語り出した。


━━━━━━


続く



後編に続きます

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