番外・五塔くんと水無瀬さん
パロディ・時事ネタが含まれますご容赦を。
従者の朝は早い。
「ほら、早く速く!」
水無瀬 泉お嬢様に起こされ、着替える間もなくキッチンに連行される。
「あの、せめて着替える時間を…」
「ダメダメ。せっかくの自信作が冷えちゃうわ」
椅子を引いて俺を座らせると、お嬢様は中華鍋からオタマでご飯を掬い、皿に叩き付けた。
「ほう、チャーハンですか。大したものですね」
どんなマラソンランナーも1度は食べたことがあるらしいと噂のチャーハンである。
そして、お嬢様は謎に高い位置から何かを振り掛ける。
「へい、おまち!」
ラーメン屋の大将の真似をするお嬢様も可愛いのだが、早朝にしては油分が多過ぎないか…
秋水さんが使用人を雇うことを急いだのも頷ける。
「頂きます」
レンゲで山を崩すと、中から麺が出てきた。
「そば飯ならぬ、そばチャーハンなんだけど…どうかな?」
「たしかに、そういった商品はあまり見たことがありませんね…」
1口食べてみる。美味しい。
ご飯とソース焼きそばを混ぜたそば飯ではなく、これはM F Hのカップラーメンにチャーハンを混ぜたものか。まさにそばチャーハンだ。
馴染みの味が奥の方にある。
上に振り掛けられたのはフライ麺。これがポリポリとスナック菓子のような食感を追加してくれている。
「美味しい…ですが」
美味しいでパァっと笑顔になり、ですがでその笑顔が曇った。
「今はまだ大丈夫なラインですが、一緒に炒めた方のフライ麺がチャーハンの油を吸って大変なことになってます。ノンフライ麺にするか…いや、あまり意味がありませんよね…やはりチャーハンを諦めた…ら本末転倒だ…」
既に、このカップラーメンのそば飯バージョンは発売されている。
「ご飯を少し硬めに炊いて、一緒に炒める麺は"のびきった"状態にするのはどうでしょうか。それなら麺が油を吸うこともありませんし、米と麺に食感の違いが生まれて意味を成すんじゃないでしょうか」
「やってみる! ありがとう!」
お嬢様が次の試作品の調理に入ったので、残りを食べる。
やはり、麺が油を吸っていてオイルのワンツーを胃に叩き込まれる。
上に乗せた麺もすぐに湿気てブニブニになっていてキツい。
「ご馳走様でした」
「ありがとうね五塔くん…いやタレルちゃんか」
「もう、そのネタはやめてくださいよ」
流し台に皿を持って行き、溜まっていた調理器具と一緒に洗う。
「お米は固めで…麺は10分くらい?」
「もうこの際ですから炊けるまで待ちましょう」
「40分は掛かるよ?!」
「大丈夫でしょう」
食べるのは秋水さんと、雛菊ちゃんだし。
「注意するべきは味付けですかね。のびた麺は味が薄くなりがちなので、下手したらチャーハン味になってしまうかもしれません」
「そうだね、ありがとう! いやー五塔くんが来てくれてホントに助かるよー」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
「もう、お嬢様はヤメてって行ってるでしょ! …タレルちゃん」
「そっちこそ」
お嬢様と笑い合う。こんなに楽しいことはない。
「テテテテッ テテテッ テーテー!」
キッチンの入口からアカペラで不穏なテーマが流れる。
「事件は起きてませんよ、秋水さん」
振り向くと顔を半分だけ出している秋水さんがいた。それは別番組だ。
「いいえ、貴方たちはとんでもないモノを盗んで行こうとしています」
「?」
お嬢様は首をかしげる。
「私の健康です」
「?」
沈黙が流れる
「…お願いします朝から油ものはキツいです」
「うーん。たしかにそうよね…やっぱり油分が多いと商品化も難しいかしら」
「広いニーズに合わせるならそうでしょうね。ですが、その枠は既に満員かと」
会社は問わず、もう既に老若男女に愛される食品というのは飽和状態にある。
「これからはコアなファンを付ける時代だと思います」
「そうね! じゃあここに背油追加!」
「ぐほぉっ!」
ここでお嬢様は手を叩いた。
「秋水! メモって!」
「あぁはい。かしこまりました」
ふざけていた秋水さんはメモを取り出す。
「家系チャーハン。豚骨醤油で炊いたご飯に、卵、刻んだ白ネギ、チャーシューを入れて炒める。付け合わせにホウレン草と海苔を置いたら完成!」
「最近はハイカロリーブームなのですか…?」
げっそりする秋水さん。
「家系ラーメンとチャーハンって2つ頼むと量が多すぎるじゃない? 普通の女の子だったら食べきれないもん。でも両方食べたい。そんな願いを解消するのが家系チャーハンなの!」
「秋水さん。正確には"混ぜるハイカロリーブーム"ですね」
「ひぇー…」
「ダメ…かしら?」
「この世にダメなことなんかありませんよ。強いて言うならばチャレンジを恐れることがダメです」
カッコイイこと言えた。
「ともかく、家系チャーハンとなると…どこかのお店とタイアップってことになりますよね」
「いいえ、スープを1から作る!」
「それはダメですね…」
即オチ。
「ええーどうしてー」
「定着してきたとはいえ、家系ラーメンはまだブームの中と言えるでしょう。今からスープを作っていたら商品化まで漕ぎ着けるのに…恐らく5年は掛かります。その時にブームが去っていたら、売れにくいでしょう」
「そっか…じゃあこの案はお父さんの方に回すね」
「うぅ…」
秋水さんは泣き出した。
「どうしたの!?」
「いえ…まだ学生ながら…真剣に商品開発に取り組む今のお2人に…MFHの未来が見えるのです…輝かしい…未来が」
「もう、大げさなんだから」
「そうですよ。商品開発と言っても、まだ学生レベルです」
「はは…学生…レベル」
お嬢様の顔が曇ってしまった。
「ああっ! 別に貶して言っているワケじゃないんですよ。本来ならもっと莫大な開発費用とか人件費とかを払ってやるものなんですから」
「そ、そうよね! "個人"レベルなのによくやってる方よね!」
この、そっと言葉を入れ換えるポジティブさも好きだ。
「また鼻の下伸ばしてる…キモッ」
辛辣な言葉と共に、雛菊ちゃんが起きてきた。
「あ、おはよう雛菊ちゃん」
「お早う御座います、お嬢様。その男からお離れ下さい。そいつは女装癖のあるド変態です」
「女装癖って…もうメイド服のくだりは終わったじゃあないか…」
"女の子のフリ作戦"からの"女の子のフリ通用した作戦"は、お嬢様が普通に"五塔くん"と呼んでしまったことにより終了した。
もうメイド服を着る必要はないのである。
お嬢様は、また使用人面接ラッシュが始まるのかと気を揉んだそうだが、秋水さんにこれ以上使用人を増やす気は無いそうで、フワッと解決した。
「こら雛菊。その言葉遣いを直しなさいと何度も言っているだろう!」
「大丈夫ですよ秋水さん。俺以外にはちゃんとした言葉を遣ってますから。…雛菊ちゃん。朝は何が良いかな?」
「ド変態じゃなくてお嬢様のお作りになられたお料理が食べたいです」
「そう! 良かったー。ご飯が炊けたらすぐ作るねー」
嬉しそうにチャーハンの具材を切り始めるお嬢様。
「嬉しそうですね」
「それはもう! 私に家族ができたらこんな感じなんだろうなって」
俺と秋水さんは顔を見合わせる。
「それって…まさか…」
「秋水がお祖父ちゃんで、私が母親━━」
そして…
「五塔くんが息子で、雛菊ちゃんが娘ね」
「ズコー!」
秋水さんは嘘みたいに転んだあと、摩擦を無くしたかのように背中で滑っていってしまった。
「……器用ですよね。秋水さん」
「お嬢様の娘は良いですが、ド変態と兄妹は嫌です」
「ははは、そうか。嫌か。だったら勉強して偉くならないとな」
「…関係ないじゃん」
「いいや、勉強しないと秋水さんに頼んで養子になって、合法的にお兄ちゃんになっちゃうぞー?」
「……イヤーー!」
怖い話でも聞いたかのように、雛菊は駆けて行った。
炊飯器からご飯が炊けた音が鳴る。
「あ、炊けましたよお嬢様…お嬢様?」
見るとお嬢様は顔を真っ赤にし、ボーッとしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫…うん。何でもないから」
流石に"合法的にお兄ちゃん"発言はヤバかっただろうか。
「何かあったらすぐに言って下さいよ。お力になりますから」
「うん。ありがとう。大丈夫だから」
お嬢様は顔を両手でパタパタと扇ぐ。
「まさか熱中症じゃないですよね!?」
朝からカンカンに熱された中華鍋を振るっているのだ。有り得るハナシだ。
「失礼します」
額と首筋に手を当てて熱を測る。
「ひゃい!」
「ごめんなさい、冷たかったですか?」
よく手が冷たいと言われることを忘れていた。
「やはり熱がありますね…少しお休みになって下さい。朝食は俺が作りますので」
「そそ、そうしまひゅ」
お嬢様はギギギと音を立てそうな、それこそロボットのような動きでキッチンから出ていった。
「大丈夫か?」
━━未来が見えた。
大丈夫だ。お嬢様は無事に自分の部屋で横になっている。
「良かった…大事じゃあなさそうだ」
お嬢様のお屋敷で働き出して、1ヶ月が経った。
意外だったのが雛菊ちゃんがワリと年下だったことと、俺に味を見る才能があったことくらいで、後は元々の家事スキルでどうとでもなっている。
基本的に4人しか居ないので、調理や洗濯は楽だ。
敷地が広くて掃除には手こずるが、秋水さん雛菊ちゃんと分担すればワケない。順風満帆だ。
…しかし、未だお嬢様の自殺を食い止めるという大目標がクリア出来ないでいる。
先程の通り脈は無さそうだし、生まれてこの方、タイムトラベルしてこの方、彼女が居たことの無い俺にはアプローチの方法なんて分からない。
そんな俺が、お嬢様の心を惹くことなど出来るのだろうか…
第番外話[五塔くんと水無瀬さん]
ある日、俺はお嬢様の父である水無瀬 麹さんに呼び出され、慣れないスーツ姿でMFHの本社まで足を運んだ。
社長室と書かれた部屋のドアをノックし、返事を待つ。
"はい"
「ただいま参りました。泉お嬢様の従者の五塔 垂です」
"どうぞ"
「失礼します」
社長室内は物々しい雰囲気が漂っていた。
その中で麹さんは机に両肘を着き、両手を口の前で組んでいる。
今にも冷徹な指示を飛ばして来そうだ。
「……帰れ」
「了解致しました」
踵を返す。
「待て帰るな! ここで帰るな! 普通帰るか!?」
謎の三段活用。
「どちらでしょうか?」
「帰るな。コントをやるために呼び出した訳じゃあないんだ」
麹さんは崩れかけていた顔をキメ顔に戻す。
「テープを回してないだろうね?」
さっきからボケていてツッコミ待ちなのだろうか?
「回していません」
「私にはお前をクビにする力があるぞ」
やっぱりツッコミ待ちだよな…
「存じております」
「……キミはあれか。あまりテレビを観ないのかな?」
「はい。ご推察の通りです」
麹さんは頭をポリポリと掻く。
「だったらすまない。今のは冗談だったんだ」
「…その言葉を聞いて安心しました。そうですよね。MFHの社員は全員が"ファミリー"ですもんね」
「いや観てるよね!? 知っててスルーしてたよね!? あとキミは社員ではないよね!?」
愉快な人っぽくて安心したのは事実だ。
「こほんっ…本題に入ろう」
麹さんは顔を作り直して、声のトーンを落とす。
「他ならぬ娘のことだ」
やはりか…
「娘は…清楚で可憐で愛嬌があって勉強家で努力家で真面目でユーモアもある天使なんだ」
「はい。存じております」
「だから、家訓を守ろうとして、日夜研究に明け暮れている」
「"親に勝て"でしたよね」
「しかし親としては家訓なんてどうでも良いんだ。ただ娘には幸せになって欲しい。それだけなんだよ」
━━未来が見えた。
後ろからスーツの男が2人来て、俺を取り抑える。そして、お嬢様の使用人を辞めるというサインをさせられる。
「だから、少しでも学生らしいことをして欲しいと、娘とある約束をした…」
「"高校を卒業するまでに将来の相手を見付けろ"というやつですね」
「ああ。しかしそれも失敗だと思ったよ。1つは娘の重荷になってしまっていること」
麹さんはギロリと俺を睨む。
「もう1つは、そのことを利用しようと悪い虫が娘に寄ってくることだ!」
ドアが開け放たれる。
俺は身体を真っ直ぐにしたまま、後ろに倒れ込む。
「ん!?」
俺の予想外の行動に、後ろの2人は慌てて反射的に俺を支えようとする。
「ありがとうございます」
それを支えにして脚を蹴り上げ、バク宙する。
無事着地し、3対1で睨み合う。
「では、失礼致します」
勝てるハズはないので、そのまま後ろを振り返って走る。
「追え! 追え!」
走りながら曲がり角でスーツを脱ぐ。後ろをマジックテープで留めているだけなので引っ張れば上下共にすぐ脱げる。
中には作業員の服を着ている。
マダムの押す清掃カートにスーツの残骸を押し込み、帽子を被り、マスクを着ける。
ここで階段だ。
俺は足を止め、呼吸を整えて振り返る。
少しあってスーツの男2人とバッティングする。俺は驚いたように道を空けた。
「失礼」
気付かずに男たちは階段を下っていった。
▽
「あー…大変な目に遭いました」
俺は使用人室で大の字に転がる。
「五塔様、よくぞご無事で…」
「麹さんってヤバい人だったんですね…」
「いえ。普段は才覚溢れる立派な社長なのですが…お嬢様のこととなると、どうしても暴走する癖があるのです…」
「まぁ…その気持ちも分からないでもないですけどね」
あんなに可愛い娘さんを持ったら気が気でなくなるだろう。
「しかし、麹様の面談から無事に帰って来たのは五塔様が初めてではないでしょうか?」
やっぱりヤバい人じゃないか。
「これで終わりなら良いんですけどね…ところでお嬢様は?」
「部屋に居りますよ」
会いに行きたいが、あんまりプライベートに関わるのも悪いだろうな。
「ところで五塔様」
「何でしょうか?」
唐突に、秋水さんは神妙なような怒ったような表情になる。
「五塔様が来られてから1月ほど、そろそろイベントCGの1枚でも回収できたのですか?」
「イベントしーじー?」
よく分からず聞き返すと、秋水さんは天を仰ぐ。
「お嬢様を連れてショッピングや海や遊園地や水族館や温泉やチャペルなんかに行って━━「キモい!」
秋水さんは背後から忍び寄った雛菊ちゃんによるドロップキックを喰らった。
「こ、声…も…出ない…」
「流石に危ないぞ雛菊ちゃん。秋水さんも歳なんだからな」
「兄面しないでよキモい」
「反抗期はちゃんと育ってる証拠だ。お兄ちゃんは嬉しいぞ」
「……だから兄面しないでってば!」
雛菊ちゃんは走って逃げた。
「我が娘ながら少しキツイ性格だと思うのですが、五塔様はよく平気ですね」
「最初は同い年か年上だと思って狼狽えましたが、年下だと分かれば可愛いものですよ。それに孤児院の時は多くの弟や妹がいましたからね。心が慣れてるんでしょう」
「…失礼ですが、ご両親を探したりはしないんですか?」
「父や母に抱かれていた記憶はあるので探したい気持ちはあります。しかし今はタイムトラベラーの身、"現在の両親"はちゃんと"現在の俺"を育てているでしょうから、そこに俺が行ったら何が起こるか分かりません」
何故か秋水さんは涙を流した。
「おいたわしや五塔様…」
老いた鷲や?
「この秋水! 必ずやお嬢様と五塔様を繋げてみせます!」
「ありがとうございます。でも、お嬢様に無理強いするのはやめて下さいね」
「心得ております」
▽
Xデーというのはいつだって唐突なもので、俺にとってのXデーも例外ではなく唐突に訪れた。
「お父様がお屋敷に来られるんですか?」
その知らせは、スーパーに食材を買いに出掛けている時に受けた。
"はい。我々の能力も見たいそうで、様々なお料理をお作りすることになりました。そこで、追加の食材を購入するようお願い致します"
「了解しました…」
麹さんが来る。そこに大きな目的が無いワケが無い。
━━未来が見えた。
麹さんが見合いを強引に進めようとしている。苦にしたお嬢様はお屋敷のバルコニーへ。飛び降りなんてしないと高を括った麹さんが追い詰め、お嬢様は飛び降りる。
…遅すぎる。見えるのが遅すぎる!
「お母さん、今日はカレーですか? 目利きした食材を集めましたのでお使い下さい」
「あら、ありがとうね」
買い物かごを近くのご婦人に渡し、急いでスーパーを出た。
「………頼む…頼む出てくれ」
"はいこちら和村探偵事務所"
「五塔だ! 報酬は言い値でいいから助けてくれ」
"事情を"
自転車を手で押しながら走る。
「お屋敷に麹さんが来ている。俺の留守を狙ったんだろう。とにかく今日がXデーだったんだ!」
"分かった。すぐ手配するわ"
「助かる」
自転車に乗り、全力で漕いだ。
お屋敷の前にはガードマンが立っている。
恐らく俺を足止めする為だろう。
「ならこのまま…」
ペダルに力を込め、全速力で門を突破しようとする。
「ヘイ、ボーイ!」
「うそ…だろ…」
しかし俺の全力は、身長2メートルはあろうかという大男の片手によって止められた。
「冗談キツイぞ!」
首根っこを捕まれ、猫のように、いとも簡単に持ち上げられてしまった。
「ハハハ、オマエチイサイ」
くっそカタコトで煽られる。
「離せ! お嬢様が危ないんだ!」
もがけどももがけども、大男に身動ぎ1つさせることが出来ない。
「クソッ! 冗談やってる場合じゃないんだよ!」
その時、三筋の閃光が大男を捉えた。
「アウチ!」
俺は急に宙に浮き、尻餅をつく。
「剣客探偵リク参上!」
「なんだそれは…」
「ともかく彼を上まで届ければいいのね!?」
大男の前に、竹刀を握った3人の女の子が立ちはだかった。
「五塔くんね。コイツは私たちが抑えるから! 先に行って!」
1人は安登 愛梨。生徒会長だ。
「安登さん! この2人は?」
「自己紹介をしている場合ではないだろう」
「そーそー! 早いトコ救っちゃいなよYOU!」
彼女らは恐らく和村の派遣だろう。
「オゥ! サムライガール!」
大男は懐剣を取り出し、両手に握った。
「そんなオモチャでこの剣客探偵リクは止められないぞ!」
剣客探偵リクは竹刀を振り回す。
「てい! てい! てい!」
「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」
懐剣とぶつかり合う度に、竹刀が短くカットされていき、やがて柄だけになってしまった…
「あいやー!?」
剣客探偵リクは柄を放って後ろに隠れた。
「まったく…人生とは数奇なものだ…こんなところで刹那さんとの真剣勝負の経験が役に立つとはな…」
大男の前に、もう1人の女の子が立ち塞がった。
「愛梨! それからお前! 先に行け。こいつは私が相手をする」
「でもキミ…左腕が!!!」
その女の子は左腕に包帯を巻いていた。
「体だけで心・技の無いコヤツなど、片腕だけで十二分だ!」
「……まかせたわ。行きましょう五塔くん!」
「はい!」
俺と安登さんは、屋敷に向かって走り出す。
後ろでは"リュウショウセン!"という叫び声が聴こえた。
屋敷に入り使用人部屋へ急ぐ。
「ふぐー! ふぐー!」
やはり秋水さんと雛菊ちゃんが捕らえられていた。
猿ぐつわと縄をほどき、すぐに解放する。
「ぷぁっ! 流石は五塔様! 麹様の罠をよくぞ見破りました」
「……ふん」
沢山の食事を作れという指示も、多くの食材を買わせて少しでも俺を外に足止めするための口実だったのだ。
「お嬢様は「バルコニーですよね!」その通りです!」
「……五塔…お願い。お嬢様と結婚するのがド変態のアンタなのはイヤだけど、知らない人なのはもっとイヤ」
「ああ。お兄ちゃんに任せといて」
「……キモいけど任せる」
使用人室を出て上へ急ぐ。
その間も黒服に襲われるが、安登さんが難なく無力化する。
「強いですね…」
「これでも全国大会では歯が立たないのよ。まだまだだわ」
「このレベルでまだまだなんですか!?」
「全国大会くらいになると、空中浮遊スキルが必須になってくるのよ」
「冗談でしょ?!」
「冗談よ!」
冗談だった。
「フッフッフッ…」
ここで意味深に黒いローブを着た男が立ちはだかった。
「私はセキュリティポリス四天王が1角、不死身の富士。どうかお見知りおきを」
「セキュリティポリス四天王!? じゃあ入り口に居たアイツも…」
「あれはタダのザコに過ぎない。あんなのを倒してイキがるとは底が知れますね」
「何だって!」
「五塔くん! 問答している時間は無いわ!」
「そうだお嬢様が危ないんだ!」
「いいえ! こっちは1話を1万字近辺で纏めようとしているのに、もう8千字くらい進んでるのよ!」
「何のハナシですか!?」
「フフフ…しかしコチラには関係の無いこと。私は10の試練を乗り越えたことにより10の魂を手に入れたのです! 倒せるものなら倒してみなさい!」
「いつからファンタジーになったんだよ!」
「…五塔くん。コイツは私に任せて、貴方は先に」
「だけど、まだ四天王が3人も…」
「貴方ならやれるわ! 行くわよ富士! てりゃぁぁぁああ!」
「来なさい! 10の魂を手に入れたと思ってたけどそんなことなくて実は1回斬られただけで死ぬ私が相手になります!」
2人がぶつかり合う。
俺は目を逸らして、バルコニーへと続く最後のフロアまで走り抜けた。
「貴様がここに来たということは富士がやられたか」
「ふん、アイツはセキュリティポリス四天王の中でも最弱」
「学生ごときにやられるとは社会人の恥さらしよ」
絶望的だ…四天王が3人も一堂に会している…
「ぐあぁぁぁ! バカなぁぁぁ! この私がぁぁぁ!」
ん?
「てりゃぁぁぁああッッ!!」
後ろから富士を串刺しにしている安登が突進してきた。
「「「ぐあぁぁぁ!」」」
そのまま3人も串刺しにする。
「ふぅ、間に合いそうね。ここから先は、貴方次第よ」
安登さんはバルコニーへの道を開けた。
「ありがとうございます!」
▽
「お父様! 話が違うよ!」
「早まるな泉! 私はお前の幸せを思って…」
「お見合いは私が高校を卒業するまでしないって約束だったのに!」
バルコニーへの階段を登る途中、会話が聴こえてくる。
「そうだが…色恋の1つもしないでいるから、こうして…」
「私…もう好きな人がいるの!」
足が止まってしまった。
…そうか、もう…居たのか。
━━でも、そんなことは関係ない。今はお嬢様の命を救うことだけを考えなければ。
俺は、最後の1歩を踏み出した。
「麹様。そこまでです」
ベランダの柵の向こうに、お嬢様は立っている。
強い風が、その髪をかきあげた。
「やはり来たか五塔垂!」
俺は麹さんにツカツカと歩み寄る。
「なんだ! 暴力で解決か!? 子どもに悪影響だと思わないのか!?」
「悪いですが、もう冗談と時事ネタは終わりです」
俺は見合い写真を奪い取ると、それをビリビリに破り捨てた。
「麹様の心情を代弁致しましょう」
一呼吸入れる。
「"娘に青春を謳歌して欲しいという気持ちは本当だが、娘が選んだ相手はイヤだ。本当に、心から娘を盗られてしまう気がして。そうなるくらいなら自分が選んだ相手と結婚させた方が良い"…違いますか?」
俺の推測に、麹さんは顔を横に振った。
「違うッ! 私はただ…娘がどこの馬の骨だか分からない人間と付き合うなんて…心配で…」
「ならば! ちゃんと相手を知ればいい! それでも納得がいかなければ、そこで初めて止めるんです! 最初から何でもかんでも止めることが親の役割じゃありませんよ!」
「五塔くん…」
「俺はお嬢様に笑っていて欲しい! 今みたいに悲しい顔をしたお嬢様は嫌なんです! ……だから、応援しましょうよ…」
「…五塔くん?」
「……そうだな、私が間違っていたよ…」
麹さんは膝を折って座り込む。
「俺と、麹様で、ちゃんとその相手を見極めましょう」
「……ああ」
…良かった…これで…解決だ。
「…五塔くん、ちょっと来なさい」
「はい、ただいま」
危ない…お嬢様はまだ柵の向こうだ。こちらにお連れしなくては。
「痛っ! どうして頭を叩くんですか?」
よく見たら怒った表情をしていた。
「どうすれば鈍感なのが治るのか試してるの!」
「そんな、壊れかけのテレビじゃないんですから…」
「待て待て! やっぱりまさか泉が好きな相手って…」
麹さんが文句を言いたげにこちらに来る。
━━未来が見えた。
バルコニーに突風が吹きすさび、お嬢様が落ちてしまう。
風が吹く。
「危ない!」
「え…っ!」
間に…合わない…
お嬢様の身体は宙に放り出された。
「クソッ!」
柵を乗り越え、飛び降りる。
止まない浮遊感の中
お嬢様の手を取る
「五塔…くん…」
自分が下敷きになれるように
お嬢様を抱えて上を向く
「お嬢様…いや…水無瀬さん…実は…俺は…」
「タイムトラベラーでしょ?」
なんだか皮肉っぽい声がして、柔らかい感触が背中を包んだ。
「まさかドラマや映画みたいに、落ちる短い間にいろいろな告白が出来るとでも思ったの?」
「和村…か」
混乱する頭を叩く。
「高所降下用救助器具。…っていう名前らしいわコレ。借りてくるの大変だったんだからね」
「五塔様! ご無事ですか!?」
「……ド変態はこれしきのことでは死なないでしょ。それよりお嬢様よ」
ハッとお嬢様を見る。
「大丈夫だよ…ビックリしたけど…」
目をぱちぱちとしているが大丈夫なようだ。
「はぁー…良かった…」
大の字になる。
「ところで、五塔くん。実は…俺は…なんなの?」
イタズラっぽく笑うお嬢様。
「いえ…いま伝えるのは卑怯かと…」
「私は五塔くんのことが好き!」
突然で、頭をガンと叩かれたような衝撃を受けた。
「あーあ。女の子に先に告白させるとか甲斐性なしね」
「えっ…でももう好きな人がいるって…」
「だからそれが五塔くんなの!」
「……そ、そうだったのか」
「それで?」
「俺も…水無瀬さんのことが好きです…」
「やったね」
水無瀬さんは笑顔で俺に抱きつく。
「はいはい。終わり終わり。撤収撤収」
和村はつまらなそうに手を叩く。
「和村! マズいわ!」
安登さんが駆け付けて来た。
「どうしたの?」
「もう1万字を超えているのよ!」
「…安登ってそんなキャラだっけ?」
「では、ご両人。速やかに済ませましょうか」
秋水さんはカメラを構えた。
「済ませましょうかって…何をですか?」
「そりゃあ、想いの通じ合った男女がラストシーンですることといったら1つでしょ?」
「…それって」
キ…キス…か?
「待て待て! こんな衆人環視の中でそんなこと…」
"待て~ッ! そんなこと許さんぞ~ッ!"
上から麹さんの声がする。
「時間が無い速くするんだッ!」
「師匠! 銅鑼を持ってきました!」
「でかした!」
どんどんと人が集まりだす。
「…五塔くん。しよっか」
「え…?」
水無瀬さんは、俺に唇を近付ける。
「いえ、ダメです」
俺はそれを押し戻して起き上がった。そして━━
「女性に先に告白をさせてしまって、ここでも受け身だったら男が廃りますから」
水無瀬さんの頭を抱えて、その唇を奪った。
「はいチーズ!」「陸徳!」「了解です!」
夏の始まりを告げる穏やかで暖かな風に乗せて、シャッターと銅鑼の音が鳴り響いた。
劇終
これにて完結です。
初投稿から1ヶ月程と、短い間でしたが、書いてて楽しかったです。
またどこかで"2"を始めるかもしれません。
ここまでご覧下さりありがとう御座いました。
おやすみなさい。