野球に助っ人探偵は必要ない
初投稿です。
現役女子高生探偵・和村はみ とは、そう。まさしく私の事であるが、それは正確ではない。
正しくは現役女子高生探偵"助手"の和村はみである。
探偵は他にいるのだ。
『曇りの日こそ空を見るべきだ、青空の価値が解る』
そう、ちょうど出たコイツである。
姓は家達で、名は知らない。
男と言われれば男だし、女と言われても疑問はない。
家達という名前だって恐らくは偽名であろう。
「おはよ」
窓から外を眺めていた家達に声を掛ける。
『憂鬱な気分になるにはまだ早い。感情と天気がリンクするのは小説の中の話だ』
相変わらず、会話をする気があるのか無いのか分からない。
「逆に言えば、この厚ぼったい雲を散らせばアンタも消えてくれるのかしら?」
私の言葉半ば、正確には分からないが瞬く間に家達は消えた。
「はぁ…」
いつものことである。突然現れて突然消える。それが家達。
「…レイニーブルー・エブリデイね」
制服に着替える今日は火曜日。昨日と同じく曇り時々雨。
「あっ、そうだ昨日餃子買ったんだった。うへぇ食べるの忘れてた」
近所の中華料理屋は雨の日に持ち帰りの餃子が半額になるのだ。
だが流石に、韮の臭いをお供に登校する気概はない。
朝は別のものだ。
「まぁ、ここはシリアルね」
シリアルと牛乳で朝に必要な栄養素を余すことなく摂取できる。
外箱にデフォルメして描かれた学者さんが言っているから間違いない。
『人を騙すのに必ずしも嘘を要するとは限らない』
また出てきた。
「それは一番信頼を落とすやつね」
よく見ると、箱には"自社調べ"と書かれていた。
「メーカーを信用しましょ」
私は箱を潰してゴミ箱に放り込んだ。
『真実は否応なしに突き付けられる。与えられる権利は、見るか、見ないか。それしかない』
「当たり前のことをキメ顔で言わないでよ」
だいたいの朝はこんな風だ。取り立てて紹介する必要も無い、平均的な1日の始まりである。
しかし、古くは平家物語の冒頭にて語られている通り、諸行無常。平均や均衡なんてものは崩れて当然のことなのである。
そして本日のそれは、まだ晴れ間の見えない昼のことであった。
第1話 [野球に助っ人探偵は必要ない]
「和村さん!どうか助けてくれ!」
お昼ご飯を食べ終え、私はデザートであるイチゴ牛乳のパックにストローを通していた。
「聞いているのか!?」
「五月蝿いわね、そうがならなくても聞こえてるわ」
彼は有名人だ。
名前は知らないが野球部のピッチャー四番、ワンマンエースらしい。
「とにかく聞いてくれ!」
私はイチゴ牛乳を一口飲む。
「和村さん!?」
「聞こえてるって言ったでしょ。それともなに?私が耳でイチゴ牛乳を飲んでるように見える?」
「じゃ…じゃあそのままで良いから聞いてくれ」
私は相槌すら億劫である。
「俺たちの野球部が危機なんだ!大事な試合前だってのに活動停止にされて!話では廃部の話もあがってるらしんだ!」
ぐちゃぐちゃな日本語に辟易しそうだ。彼の進学のほうが危機に瀕しているのではないだろうか。
「御愁傷様」
間違えた、御馳走様だ。
パックを綺麗に折り畳んでゴミ箱に捨てる。
「私は生徒会役員でも風紀委員でもないし、教員校長教育委員会その他もろもろに顔が利くわけでもないわ」
「いや!いや違うんだ!無理を通して欲しい訳じゃない!」
無視して教室を出ようとしたが、遮られた。
『愚者から学べるのが賢者だ。そして、彼は単なる愚者という訳でもないらしい』
そう、家達に。
「無実を晴らして欲しんだ」
正しくは"無実の罪を晴らす"だ。ぐしゃぐしゃだ。
「退いて」
『その必要はない。分かっているはずだろう?』
「気分の問題」
『天邪鬼はキミの癖だったな』
「学校生活はつつがなく終えたいだけよ」
「和村さん?!さっきから誰と話してるんだ!?」
私が答えるまでもなく、教室の端から「はみちゃんのビョーキよ」と答えが帰ってきた。
「ここにいけ好かないヤツが立ってるのよ」
「は?」
「アンタに理解できたら私はこんなに苦労してないわ」
「まさか幽霊とかそういう…」
「霊媒師には精神科を勧められて、精神科医には除霊を勧められたわ」
「た、大変だな…」
引いている彼に罪はない。私だってこんな話をされたら引く。
「とにかく一生お願いだ!話だけでも聞いてくれ!」
『彼はあと"何生"あるんだろうな』
オマエはコイツの味方じゃなかったのか。
「はぁ…もういいわ。こうして押し問答してるほうが疲れそう」
「聞いてくれるのか!」
「その代わり条件があるわ。話はできるだけ客観的に、そして故意や過失に関わらず嘘は三回まで許す。それ以上になるようならもう協力はしない。分かった?」
「モチロンだ!」
経験上、こういうヤツが一番分かってないのだ。
そしてコイツも分かってないだろう。
「あれは昨日のことだ……」
予想は的中し、話は前後したり主観が大いに含まれたり…まとめるとこういう話だった。
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【事件概要】
昨日の放課後、校舎4階の窓ガラスが"外側から"割られた。
その廊下に落ちていた野球ボールから、野球部の仕業と断定。
それだけならば反省文を書いて手打ちにでもなったのだろうが、野球部キャプテンである彼─予求 理が野球部の無実を主張したため、反省の色が見られない。と、部の活動停止を言い渡されたのだそうだ。
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「なによ、結局アンタの所為じゃない」
「どこがだ!?ちゃんと話を聞いていたのか?!」
いちいち!マークが五月蝿い奴だ。
「聞いてたわ。正義感とかいうナマクラを振り翳して返り討ちに遭った話でしょ」
「違うぞ!?」
『下らない話を先にするとキミも愚者と呼ばれるぞ』
ふん、分かってるわよ…
「解釈の違いは置いといて…まずは1回ね」
「は?!」
「嘘よ、言ったでしょ3回まで許す嘘」
「嘘なんてついてないぞ!」
「人を騙すのに必ずしも嘘を要するとは限らない」
あっ、これ朝に聞いたセリフだわ…
『賢者が名言をつくり、愚者がそれを繰り返す──これは賢者の言葉だ』
じゃあアンタも愚者じゃない。
「単刀直入に言うと、嘘を吐かなくても意図的に情報をボカして私に勘違いをさせようとしてるわ。それも嘘の内よ」
「どういうことだ!?」
「これが数学のテストなら途中式無しで△を食らうトコだけど、これは数学でもないしテストでもないから単純明快な答えをそのまま言うわ。窓を割ったと疑惑を掛けられているのも、活動停止を言い渡されたのも、"野球部"ではなくて"予求理"…アンタ個人に、なんでしょ?」
「そ、そうだが…同じことじゃないか!」
まさかコイツは事件の概要すら把握できてないのかしら?
『愚者らしく傲慢だ。自分を組織の一部ではなく、組織そのものだと思っている』
「はぁこれだから困るのよ…じゃあ仕方ないわ、最初から理路整然と話してあげる」
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【新・事件概要】
ワンマンエース、ピッチャーで四番の予求。その実力を裏付けているのは努力である。
そんな予求は昨日の放課後もグラウンドに向かっていた。
しかし昨日は小雨が降っていたため、他の部員たちは室内練習に向かっていた。
そこには意識の違いがあった。
小雨程度で練習が中止になるわけが無いと思っている予求。
雨が降っているので楽な室内練習だと思った他の部員たち。
その温度差が、予求をグラウンドに1人きりにさせたのだ。
そんな中、校舎4階の窓ガラスが野球ボールによって"外から"割られる。
外で野球ボールを扱っていたのは予求だけである。
更に、校舎の4階の窓ガラスを突き破るような球を投げられる人間はそう居ない。エースピッチャーである予求を除いて…
以上のことから犯人は予求であるとし、反省文を書かせようとした。
しかし予求はこれを拒否。反省の色が見られないとして、学校はしばらく部活動への参加を禁じた。
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「ってとこかしら?」
「だから…昨日は誰も来なかったのか…!」
『彼は傲慢というより純粋だ。トラブルを生み出すという点では同じ意味だが』
純粋ってのはバカを着飾らせた言葉でもあるけどね。
「てか何も変わらないじゃないか!結局!」
「全然変わったわ」
『誤用だ』
五月蝿い。
「もしこの件に悪意ある犯人が居たとして、アンタ個人に対して怨みを抱いている可能性が高くなったの」
「どうしてだ!?」
あーもう説明メンドクサイ!
「野球部を陥れようとしただけなら何も昨日じゃなくてもいいのよ。天気も悪かったしね。犯人はアンタが1人でグラウンドにいる時を狙ったの。ピンポイントで」
「そ、そうだったのか…!」
「それで?」
「は?!」
『キミも学習しないな。彼には聖書のように噛み砕いて言って聞かせるべきだ』
「怨まれる覚えとかないの?」
「ないぞ!」
即答かよ。
「まぁいいわ…そのうち明らかになるでしょ」
『宝物はカギの掛かった小部屋にあるものだ。早くしないと誰かに奪われるぞ』
「そうね、じゃあ部室に案内して頂戴。調べたいことがあるから」
「分かった!」
移動すること3分。
「うぇ…くっさ…」
『血と汗と涙の臭いだ。我慢しろ』
「さっさと終わらせましょ。ボールを全部出して」
「分かった!」
予求は籠やらなんやらを引っ張り出し、ボールを部屋一面に転がした。
「当然、球数の管理はしてるんでしょ?」
「ああ!丁度50球だ!」
「数えて」
「分かった!」
分かったマシーンかコイツは。
数えること暫し…………
「48…49…50…51…あれおかしいぞ!?1球多い!」
「はぁーーー……」
でかい溜め息も出るわ…
『もう出番は終わりそうだな』
「ホントよ…役不足とはこのことだわ…正しい意味で…」
「分かるように説明してくれ!」
「はいはい…廊下に転がってたというボールがここに戻されて合計51個。つまり廊下のボールは野球部の物じゃなかったのよ」
私は見た目一番綺麗なボールを手に取る。
「つまり野球部以外の誰かが野球ボールを持ち込んでたってワケ。多分これね」
「確かにこのボールだけ綺麗だ!」
「良かったじゃない。野球部の面々はシロよ」
「ど…「はいはい、野球部員がアンタの犯行に見せかけたかったのなら、部室からボールを一個ちょろまかせば良いだけだもの。わざわざ新しいボールを用意する必要はない…というより、新しいボールを使って、今みたいにそれがバレたら、即ちアンタの無実に繋がるわ。ハイリスクローリターンよ」
「なるほど?!」
「なんで?マークが浮かんでんのよ」
「どうしてこのボールが新しかったら俺が無実になるんだ?」
「だからアンタがと言うよりは、野球部全員が無実なの。なんでこんなにボールがあるのに新しいボールを1つだけ持ってくる意味があるのよ」
「あぁ!確かにな!」
「だから犯人はアンタを貶めようとしてボールを使って窓を割ったの。さらに言うなら犯人は球技の部活動には入っていないでしょうね」
「ど「どうせ犯人はいっぱいあるボールの中に持ってきたボールが混ざってもバレないと思ってたんでしょ?球技の部活動は球数の管理が義務とも知らずに」
さて、教室に帰ろ帰ろ。
『写真を撮っておくべきだ。後々面倒なことになるぞ』
メンドクサイな。
『更にメンドクサイぞ』
ちっ…
「ボール数えながら籠に戻してもらえる?動画で撮っておくわ」
「分かった!」
オーケー分かったマシーン。
暫し……………
「49…50…51!確かに一個多いぞ!」
●REC終了。
━━━━━━
【顛末】
真実を教師に伝えたところ、アッサリと予求の部活動禁止は解かれたわ。
流石に教師は理解が早くて助かったわね。
あと家達に指示されて撮った動画が決め手になったみたい。…アイツの手柄みたいで悔しいけど。
まぁ、ともあれこれにて一件落着。
━━━━━━
……とはいかなかった。
陰鬱な天気は晴れず、いささか洗濯物が溜まってきた翌日のことである。
「助けてくれ!」
登校してすぐコレだ。
「今度は何…?試合の人数が足りなくなりでもしたの?残念ながら私には野球の経験なんて無いわよ」
「違うんだ!今度は退学まであるらしんだよ!」
「はぁ…」
━━━━━━
【急展開】
解決した事件に、待ったを掛けたのは生徒会長の安登愛梨だった。
何でも、予求が窓を割った瞬間を目撃した者がいるらしい。
その目撃者によると、犯人は予求で間違いないらしいのだ。
もしそれが本当ならば器物損壊および、隠蔽を謀った罪で、予求には退学が突き付けられるそうだ。
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話を聞き、私は天を仰いだ。
…もっとも、教室の中なので、天と言っても低い天井なのだが。
「…家達」
『またかい。そろそろキミ1人のチカラで解決してくれると有り難いんだけどね』
「家達っ!」
『あーはいはい。分かっているよ。単純明快1つの真実──"彼は犯人ではない"』
私はズルをしている。
『こればっかりは、太陽が西から昇ろうとも、川が山を登ろうとも、揺るがない』
名探偵である家達は事実"だけ"を知っている。
それを聞くのだからこれはズルだ。
『あとはキミ次第だ。せいぜい完璧な道を見つけてくれ』
「ええ、ありがと」
そう。あとは助手である私の仕事である。
その真実に至る道を見つけるのだ。
「予求」
「な、なんだ!?」
「これはつまり、野球部と私に対する宣戦布告よ」
「そ、そうなのか!」
「そう。だから━━少し本気を出すわ」
奇しくもその時、晴れ間が覗いた。
▽
「ここが窓ガラスが割られたっていう現場ね」
『やけに説明口調じゃないか』
五月蝿い。
「結構派手に割れてるわね」
ガラスは未だ交換されておらず、段ボールとガムテープで塞ぐという応急処置がなされていた。
「そうでしょう、そうですとも」
「いきなり出てきて何よ。ってか誰よ」
私の横に眼鏡を掛けた男子生徒が立っていた。
「答えましょう。2年Bクラス、出席番号5番。襟元 正です」
「生真面目なのは分かったけど構っている暇はないわ」
「その前に答えましょう。貴女のもう一つの疑問です。いきなり面識の無い貴女の前に出てきたのには理由があります」
『回りくどさ加減はキミとあいこだな』
「僕はこの件の被害者なんです」
「そう。ところでそろそろホームルームが始まるわ。早く戻らないと皆勤賞取り逃すわよ」
「おや、よく分かりましたね。僕が皆勤記録を伸ばし続けていることに」
「別に、皮肉で言っただけよ」
そろそろ鬱陶しくなってきた。
「ではチャイムが鳴る前に、手早く本題に入ります」
━━━━━━
【自称被害者・襟元正の話】
昨日の放課後のことである。
僕がこの廊下を歩いていると、後ろから大きな音が聴こえた。
ガシャンッ! と、それはもう大きな音だった。
あまりのことに僕は気を失ってその場に倒れてしまったんだ。
次に目を覚ましたら保健室だった。
━━━━━━
「それで、被害者としては早く犯人を特定して欲しいってことかしら?」
「その通りです。事の大小、故意過失を問わず、器物損壊はれっきとした犯罪です。相応の罰が必要でしょう」
「そうね」
「おっと、時間です。では、お願い致します」
襟元が教室に入ると同時にチャイムが鳴った。
『折り目正しい人間は、いつか誰かに折られる』
「その時に成長するものよ」
と、ここで教師がやって来た。
「お~い、もうチャイム鳴ってるぞ。……って何だ、和村か」
「はい、この件を調べてる最中ですのでお気になさらず」
「大変だったんだぞ、ウチの襟元が全身にガラスを被っちまって」
「……成る程」
『疑問を解かずに話を進めるのは、靴紐を結ばずに外へ出掛けるようなものだ』
分かってるわよ。
「先生、2・3伺いたいことが」
「何だ?」
「襟元くんは、廊下と平行に倒れてましたか?」
「ん?……あぁ、確かそうだったな」
「分かりました、ではもう一つ。廊下にはガラス片と野球ボール、他に何か落ちていましたか?」
「いや、その二つだけだった筈だ。生徒が廊下を通れるようにすぐ片付けたから間違いない」
「成る程、では最後に一つ。ガラス片は今どこにありますか?」
「ゴミ捨て場だ」
「分かりました。協力有難うございます」
「おう、頑張れよ」
私が浅く頭を下げると、教師は教室に入っていった。
『近年稀に見る収穫だ』
「ワインみたいに言わないでよ」
所は変わってゴミ捨て場。
普段は鍵が掛かっている為、職員室を経由した。
「すぅ~~はぁ~~~」
息を止められるように深呼吸し、いざ突入である。
「んー」
アレでもない。
「ん?」
コレでもない。
「んぐっ!」
息継ぎの為に外に出る。
「ぷぁっ!」
服にゴミの臭いが染み付いてないか心配だ。
…というか何で私がこんなことをしなくてはならないのか。そもそも野球部員一人がどうこうなったところで私の人生に差し障りなんてないだろ。腹立って来た。
「家達、ガラスあった?」
問いかけは空に消えた。
「家達?」
こんな時に限って居やがらない。
「ちょっとアンタ! 何やってんだい!」
恐らく用務員さんであろう、おばちゃんに見つかった。
「あー、2-Aの和村です。先日の窓ガラス破損の件で調べ事をしていました。ちゃんと許可は貰っています」
「かぁーっ! 最近の若い教師はホントに教師かいっ!?」
なにやら哲学的だ。
「子供がサボるのを許容するどころか! 助長じゃないかいこれじゃあ!」
「あの、私は探偵という職業をやらさせて貰っていまして、その件で学校に来られなかったりするものですから、ある種の特別待遇として、授業の出欠席に自由が利くんですよ」
「だぁから! その待遇がおかしな話だっていってるのさ!」
「なら校長に直訴したらどうです? 止めろと言われたら止めますよ」
その場合、この学校も辞めるが。
「イヤよ! 藪をつついてお給金が減ったらどうしてくれるのよ!」
「行動にリスクは付き物です。もちろん、私にも」
「……可愛くない子だねぇ!」
聞き飽きた言葉だ。
「それでは、私は探し物の途中ですので」
「ガラスなら無いよ。今日が回収日だったからね」
オバちゃんは嫌そうに、不貞腐れて言う。
「そうですか。貴重な情報を有難うございます」
「ふん。鍵閉めるの忘れるんじゃないよ!」
そう吐き捨てて、オバちゃんは去っていった。
「…さて」
ガラス片が回収されてしまったとなれば、少し…いや、かなり面倒なことになる。
『急いては事を仕損じる。なるほど、徐では事を失うか』
「どちらがマシかなんて議論は無駄よ。両方ダメなんだから」
ダメの優劣争いほど虚しいものはない。
「ふぅ…こうなったら正面突破しかないわね」
この場合、正面とは安登愛梨と目撃者である。
彼女らと話をするのに、放課後まで待たなければならなかった。
▽
「さて、お茶の一杯でも出して欲しいところね。貴女の所為で私は学校中を駆けずり回らなきゃいけなくなったのよ?」
「頼んでないわ」
安登愛梨は書類から目を上げようともしない。
「そう。じゃあ単刀直入にいきましょ。目撃者って誰なの?」
「守秘義務があるから言えないわ。彼女もこんなことで有名になりたくないそうよ」
彼女…ね。
「ならこっちにも考えがあるわ。……家達」
『まったく、呼ばれて出てくる方も甘いな』
「誰のことかしら?」
「目撃者は何年生? 1年……2年……3年」
「だから言えないって言ってるでしょう?」
『2年だ』
「オーケー、2年生ね」
「は?」
「次に組ね。A…B…C…D…E」
「ちょっ、何を言っているの!?」
「家達?」
『CとEをもう一度』
「C組……それかE組」
『E組だ』
「オーケー分かったわ。安登さん、協力どうも有り難う」
「ちょっと! 一体何を…」
話も半ばに私は生徒会室を出た。
…っと、そうだ。
「安登さん。図星を突かれたら右手の親指を反らす癖、直した方がいいですよ」
それだけ言い残して、扉を強く閉めた。
向かうは2-Eだ。
階段を昇り、4階。Eの看板を探す。
「さて…」
一息入れて、私はバンッと教室に乗り込む。
中には部活動の開始を待つ生徒が何人か残っていた。
「先日の、窓ガラスが割れた件で話があります」
教師のように教壇に立ち、全員の注目を集める。
「私は真犯人を突き止めるためにここに来ました」
…
……
………暫し。
『彼だ。掃除用具箱の前、少し髪の長い男』
「ええ、私も分かったわ」
私はその男子生徒にツカツカと詰め寄る。ふと、焦げた様で甘い匂いが鼻についた。
「今、すぐに撤回すれば水に流すわよ」
「……いや、さて、なんのことかな?」
「あ…そう、なるほど。残念ね、今のが最後のチャンスだったのに」
『キミも意地が悪いな。赦す気などサラサラ無かった癖に』
私はそのままの足で教室を後にした。
『急いては事を仕損じる。これはタイムアタックではないぞ』
「でも、徐では事を失うんでしょ」
階段を降りて、次に向かうは職員室だ。
「失礼します。科学部の顧問の先生はどちらに?」
教師達はお互いの顔を見合せる。
「池谷先生なら今は理科実験室にいる筈だが」
「分かりました。有り難うございます」
東奔西走とはこの事だ。
次に理科実験室に向かう。たしか2階だ。
更に階段を降りる。
左を見て右を見て、見つけた理科実験室。
「失礼します、池谷先生。2・3お話があります」
「キミは~、…ええっと…和村くんか」
池谷先生はバーナーを使い、皺くちゃの手でカルメ焼きを作っている。
部屋にはあの男子生徒から漂ったものと同じ匂いが充満していた。
「なにかね」
「実験器具、それもガラス製の物で不足はありませんか?」
「あぁ~…あぁあぁ! 確かにビーカーが1つ無くなっているよ。誰か持って帰ったのかねぇ」
「分かりました、有難うございます。それともう1つ、最近…遠くても半年以内に科学部を辞めた生徒はいますか?」
「ん~…あぁあぁそうそう、ちょうど学年が変わるときに一人止めたねぇ。ん、正確には継続しなかった…だけどね」
「そういえば部活動は1年毎に更新しなきゃいけないんでしたね」
「私は部活動なんて枠組みは必要ないと思ってるんだがねぇ。晴れの日は身を高め、雨の日は知を高める。それこそが真の成長なんだよ。しかしそれもこの枠組みの中では難しく…」
「あの、ご高説の最中にすみませんが、その生徒の名前は…?」
「流石に個人情報だからねぇ。言えないよ。でもキミならすぐ調べられるだろう?」
「そうですか。では最後の質問です、過去にガラス製品が割れたりしたことはありましたか?」
「んん~…あぁあぁあったよ。半年くらい前かな、ウチの部員がね、丸めた紙と箒で野球の真似事をしてたんだ。そして私がこの部屋に来たまさにその時、こうバリーンッとね。ビーカーを1つ割ってしまったんだ。それこそ窓ガラスでも割れたんじゃないかと思うほどの散乱っぷりだったねぇ。やんちゃでそそっかしい子たちなんだ。ついこの前も、この部屋の鍵を無くされちゃったりね」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
理科実験室を去ろうとする私を、池谷先生は呼び止める。
「キミは~、飛行機が飛べる理由を知っているかい?」
「それは哲学的な質問でしょうか?」
「いやいや、原理だよ」
質問の意図を察することは難しいが、答えは簡単だ。
「飛行機を引く重力に揚力が勝るから…では不十分ですか?」
「おぉおぉ、知っていたか」
どうやら正解だったらしいが、求められていた解答では無かった様だ。
「私は旅行が趣味でねぇ、少なからず飛行機に乗るんだが、その時にこう自慢気に話す人がよく居るんだ」
「"飛行機が飛ぶ原理は実はよく解ってない"…ですか?」
「あぁあぁ、そうそう。その半ば都市伝説のような話を得意気に話すんだ」
池谷先生は黒板に向かうと白いチョークを手に、数式を描き出した。
「みんなが何となく"そうなっているんだから、そういう風になっているんだろう"と思っている中で、そこに疑問を持つことは悪くない。いやいや、逆に良いことだ」
数学も物理学も専門では無いので目が滑る。
「そうして抱いた疑問を調べると、そこには罠が大口を開けてまっているんだ。"飛行機の揚力の計算で使われるベルヌーイの定理では完全な説明が出来ない"とか"同着の原理は誤りであるから、ベルヌーイの定理も誤りである"…何てねぇ」
「先生。大変為になるご鞭撻ですが、時間が余り無いです」
「あぁあぁ、これは失敬。つまり何が言いたいのかと言うとだねぇ。真実の前には得てして魅力的で、キャッチーで、衝撃的な嘘が散りばめられてるものなんだ。まるで罠のように」
「私がその罠に掛かると?」
「いやいや、キミは大丈夫だろう。心配なのは生徒会長をやってる子だ」
「では、今の話を当人にしてみては?」
「塩を見てしょっぱいと思えるのは、塩を舐めたことがある者だけだ。罠は掛からないと危険だと分からないものだからね。いやはや、言葉では伝わらない。だからキミにはその時に彼女を優しく諭してあげて欲しい」
「何故そこまで気に掛けるんですか?」
「それはもう、彼女が理事長の一人娘だから。…なぁんて嘘うそ、冗談だよ。若い頃の私に似てるんだ彼女は。勿論性別も違えば、あんな整った顔はしてなかったけどねぇ」
ここは笑う所だろうか?
「善処します」
「頼むよ」
私は軽く頷き、理科実験室を後にした。
『まったく、人間関係とは全てをややこしくするな』
「ややこしく生きたい生き物なのよ、人間は」
階段を昇り、生徒会室に戻る。
「安登さん…は留守かしら」
生徒会室に彼女の姿は無かった。
「あぁ~、はみちゃんだぁ、こんにちはぁ」
代わりに苦手な相手と対面して少し顔が歪む。
「会長ぉ、ならぁ、部活にぃ、行かれましたよぉ」
「それはどうもご丁寧に」
「ちなみにぃ、剣道部ぅ、ですぅ」
私が別段せっかちな訳ではないが、副会長の新部 智香は喋るのが遅すぎるのだ。
「それは、どうも、ご丁寧に」
「あぁ~、真似っこ、ですねぇ」
最後まで聞かずに生徒会室を飛び出す。
「もし弁論大会があったとして、彼女には勝てる気がしないわ…」
向かうは体育館。そこで剣道部の練習が行われている筈である。
『その前に向かうべきところがあるだろう?』
それもそうである。私の推理の根幹だ。
「頼むわよ…」
向かったのは屋上である。
そして今は屋上へと出る扉の前にいる。
『安全面から多くの場合は施錠されているだろう』
「だけど、ここしかないわ」
私は力を込めてドアノブを回す。
「……開かない」
鍵が掛かっていた。
「はぁ、メンドイ…」
工程が増えてしまった…
重い足取りで職員室へと向かう。
「先生ぇ~…」
「和村か。どうしたその顔は」
「重要な工程をすっ飛ばしてしまって、それを一番いけ好かない奴に指摘された探偵助手の顔です」
「大変そうだな」
「さておき、屋上の鍵ってありますか?」
「あるが…生徒に貸し出しは出来ないな」
「ではマスターキーがありますね?」
「マスターキー…あったかな?」
先生は他の先生に確認をとる。
「あるらしい。が、こちらも生徒への貸し出しは出来ない」
「結構です。ありがとう御座いました」
これにて全工程の終了……
『じゃないぞ。生徒会長と決着を着けなくてはな』
「分かってるわよ」
体育館では竹刀を叩き付け合う音と奇声が入り乱れていた。
「聡明な安登生徒会長。少しばかりお話があります」
私の鼻にかけた態度に、安登愛梨はムッとした表情を浮かべた。
『鼻にかけてる自覚はあるんだな』
「なにかしら、天才女子高生探偵の和村さん」
「ホントのこと言わないでよ、照れるじゃない」
『火花が散っているが、酸素は消費されない』
「例の件の真相が分かったわ」
「そう、遅かったわね。私はとっくに分かっていたわ」
「じゃあ話は簡単ね「そう。明日、全校集会を開くわ。そこで決めましょう。どちらが正しいのか」
…ダメだこりゃ。
「文句は無いわよね? 明日は風邪を引く予定があると言うなら日程は任せるわ」
「あぁキレそう…。もう受けて立つしか無いわね」
『真実をとっておきにする必要はない』
「それもそうだけど、向こうには耳が付いていない様よ」
『真実の鮮度が落ちると大変だ。食あたりでは済まないぞ』
「じゃあ冷蔵庫にでも仕舞っておくとするわ」
「ふん。噂の、見えない人が見えるってやつ? 不思議ちゃんアピールして、そんなにみんなから構って欲しいのかしら」
「はぁ…明日が楽しみ過ぎて夜も眠れなさそう」
『キレたな』
かくして、勝手にセッティングされた決戦は木曜日になった。
そして、その決戦は最良の結果を迎えることとなる。
▽
木曜日。
大きな体育館に全校生徒が集められた。
壇上に立つのは私と予求、そして安登愛梨だ。
「これより、窓ガラス破損事件についての審議を行いたいと思います。司会進行は私、放送部部長の舘 七菜です」
1つのイベント気分なのだろうか、生徒たちの奇異な視線が吐き気を催す。
「えー、我が校の、生徒の自主性を育むという方針により、原則的に教師は介入致しません。判決は、お互いが主張を出し尽くした後に行われる、全校生徒の投票によって決まります」
自主性という名の職務怠慢ね。
「早いとこ終わらせましょ」
「大丈夫なのか!?」
「大丈夫に決まってるじゃない」
既に真相は見えている筈だ。
「では、生徒会長の安登愛梨さん。事件の概要をお願いします」
「分かったわ」
━━━━━━
【事件概要】
三日前の月曜日の放課後。小雨の中で事件は起こったわ。
校舎の四階、グラウンド側の窓ガラスが硬式野球のボールによって割られたの。
その時、グラウンドには被疑者の予求しか居なかったことは元より。グラウンドから四階の割られた窓ガラスまでの距離を計算して、先月行われた体力測定のハンドボール投げの記録と照らし合わせた結果、犯行が可能な生徒は数名に絞られたの。
そしてその数名、予求を除く全員のアリバイを確認したわ。
以上のことから予求を犯人と断定し、賠償とは言わないけれど謹慎と反省文を求めたの。
しかし予求はこれを拒否。無実を訴えて来た。
天才女子高生探偵さんの入れ知恵を携えてね。
被疑者の主張はこう。
"窓ガラスを割ったボールは外部から持ち込まれた物である。よって野球部は無実である"と。
現に、野球部の所持している球の数は普段より1つ多かった。
論理的には間違ってないわ。
故意にしろ事故にしろ突発的にしろ、ボールを持ち込むメリットは少ない。
これで無罪放免と思われたのだけれど、目撃者の存在によってひっくり返ったわ。
目撃者曰く。事件当日に予求がボールを投げて窓ガラスを割ってしまうところを見たのだそうよ。
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まばらに起きた拍手を、安登愛梨は制して続ける。
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【安登愛梨の結論】
予求は元々自分のボールを持っていて、窓ガラスを破壊してしまった後、そのボールを野球部のボールと混ぜたのよ。
野球部以外の犯行に見せ掛ける為にね。
しかし、その姑息な手段に誰も気付かず処分が下されてしまった。
自分で言い出したら角がたってしまう。
そこで、巷で噂の天才女子高生探偵さんに頼めば必ずこの作り物の真実に辿り着いてくれる。そう思ったのでしょう。
予求は和村はみに相談し、計画通りに事が進んだ。
…しかし、悪いことは出来ないものね。
そんなに手を尽くしたところで、目撃されていては何にもならない。
犯人の予求理及び、図らずとも手を貸してしまった和村はみに相応の罰を要求するわ。
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「以上が安登愛梨さんの主張です。予求理さん、和村はみさん。反論があればお願いします」
勿論。
「違う! 俺はやってない!!」
「ちょっと黙りなさい。ここまで来たら仕方がないから、行くところまで行くわ、覚悟しなさい」
「分かった!」
返事だけは良い。
「…まず先に言いたいことがあるわ。この審議はフェアではない」
「そうね犯人を抱えている側は不利になる」
「ズレてる。この審議に破れたら、予求はよくて停学、私は名声と食い扶持を失い、貴女は信頼と地位を失う。みんなリスクを負ってるわ。しかし、そんな中でこの事件を勝手に掻き回しておいて、何のリスクを負わない者がいるじゃない」
「目撃者…かしら?」
「そう。私たちは顔を晒しインファイトで殴り合う。その輪に加わって貰おうじゃない。仲間外れは可愛想だわ」
「それは出来「解ってる。目撃者を晒してしまっては、その人に報復が行くかもしれない。そうなれば、今だけではない、これから、犯罪を目撃したとしても通報はしない方が良いという風潮が出来てしまう」
「…解ってるなら結構よ」
「しかし、私は断言する。目撃者は故意に嘘を吐いて予求を陥れていると」
「自信より根拠が欲しいわ、何をもって目撃者の証言を嘘とするのか」
私は考え込む。
「大丈夫なのか!? 根拠なんてあるのか!?」
「五月蝿いわね、根拠なんて無いわよ。だけど、この事件の登場人物は頭の中に出揃ってるわ」
今は正解なんていらない。とにかく目撃者を引っ張り出す。
「根拠の1つ。それは目撃者の少なさよ」
「……あまり意味が分からないわ」
「事件当日は雨が降っていてグラウンドに出ている生徒は居なかった。それに、…えっと、何だっけ、野球するところ「ダイヤモンドだ!」そうそれ。ダイヤモンドは校舎から凄く離れた所に敷かれている。校舎からそこに居る野球部員が予求であると特定するなんて双眼鏡でも持ってなきゃ無理よ。だから目撃者は一人しか居なかった」
「そうね」
「逆に何故、目撃者は予求だと分かったのか。甚だ疑問ね」
「答えるわ。きっと順序が逆なのよ。目撃者は一人の野球部員が窓ガラスを割るところを見た、後で聞くとそれは予求でしかあり得なかったんじゃないかしら」
「それは苦しい話だわ。つまり、目撃者は状況を加味して予求らしき人物を目撃しただけで、予求自身を目撃した訳じゃないのね」
「…いいえ、目撃者はちゃんと予求自身を目撃しているわ」
「なんだか生徒会長様の発言には一貫性が無いわね。ついさっき、目撃者は後で予求だと分かったと言っておいて、今は予求だと分かっていたって?」
「…前者を撤回するわ。あまり言い過ぎると目撃者が特定されると思って言葉を濁してしまったの」
「それはそれは、ご立派なことで。見逃しましょう。それで、証拠はあるの?」
「証拠?」
「目撃者が見たのは確実に予求だったって証拠よ」
「……あるわ。だけど」
「もう、いいんじゃない? 目撃者に出てきて貰わないと水掛け論よ」
「だけど…」
ここで、一人の生徒が震える手を挙げた。
▽
目撃者の名前は尾生 明里。2年E組。
予求の話によると、今年度から野球部のマネージャーを務めているらしい。
「尾生さん、ゴメンなさい。私の力不足と、名探偵様の言い掛かりで出てきて貰うことになっちゃって」
「いいい、いいえ、わ私も出ないのはズルいかなと、思ったり思わなかったり…」
「では、さっそく。事件当日に見たことを話して」
「わわ分かりました」
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【目撃者、尾生明里】
あれは…雨の降る放課後でした。
えっ、知ってますか? ごめんなさい…
あの…野球部は雨の日に屋内で筋力トレーニングをするんです。
だけど予求くんが来てなくて、私、呼びに行ったんです。
みんなが言うにはよくあることらしくて、小雨の日は誰かが呼びに行かないと外で練習を始めてしまうそうなんです。
だからマネージャーである私が呼びに行きました。
一階からグラウンドを確認すると、やはり予求くんは一人で練習をしてました。
いつも見てる彼の動きからして、予求くんであったことは確かです。
そして、その時でした。
予求くんがこちら…つまり校舎に向かってボールを投げたのです。
しばらくして窓の割れる音が聞こえました。
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「いや! 俺はやってないぞ!」
「だからアンタはちょっと黙ってなさい」
違和感があった。目撃者と犯人は同一人物だとおもっていたのだが、どうやら違ったらしい。
「違う! これは重要なことだ! 野球部のルールとして、校舎側に向かって投球をしてはいけないんだ! たとえキャッチボールでも校舎の窓とは平行に行われる!」
「ごめんなさい。それは確かに重要な情報ね」
しかし、やはり彼女は見間違えたのではなく、故意に嘘を吐いている。ならばやることは変わらない。
「分かったかしら? どうしてグラウンドに居たのが予求だと断定できたのか」
「ええ。そしてアナタがどうして目撃者を信用してるのかもね」
「そう。この件を隠蔽するならまだしも、彼女には野球部のエースである予求を告発するメリットが無い。むしろデメリットの方が多いはず。しかし、それでも彼女は正義に動いた。その行動に私は敬意を表したい」
「あっ、そう。私たちはアナタの敬意とやらの犠牲になり掛けてるってわけね」
「罪が暴かれることを、犠牲とは言わないわ」
言わせておく。
「やはり目撃者の正体は目撃者ではなかったようね。1階から4階の窓が割れる瞬間を見ることは不可能よ。それに、断言するわ。尾生さんは事件の瞬間、1階には居なかった」
「どどど、どういうことですか!?」
「突然だけど、尾生さんは今年度から野球部のマネージャーをやってるそうね。その前は何部に所属してたの?」
「えっ、それは…科学部ですけど…」
「そう。分かったわ。全てがつつがなく繋がった」
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【和村はみが語る真相の一端】
小雨の放課後。
犯人はこの時を待っていた。予求理に復讐するために。
予定通り、予求はグラウンドに一人である。
先ずは4階の廊下に予め用意したボールを転がす。気付かれないように隅に置く程度に、だ。
そうしてから窓を割り、疑いの目が予求に向くように仕向けた。
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安登愛梨は頭を抱えている。
「何と言うか…貴女は本当に巷を騒がせる探偵なのかしら…?」
「正しくは探偵助手ね」
「なら探偵の方を連れて来なさい! 苦し紛れが過ぎるわ!」
「何を興奮しているのか分からないのだけれど、今語ったのは真相の一端に過ぎない」
「窓は外から割られていたし、現場にはガラスを被った被害者と呼ぶべき生徒も居た。その生徒から、廊下には自分の他に人は居なかったと証言も取れているわ」
「ええ。窓は外から割られていたし、廊下には被害者以外に誰も居なかったでしょうね」
「おちょくってるのかしら?」
「いいえ。私は声を大にして言いたいだけ」
そして、実際に声を大にして言った。
「犯人に告ぐ! 無駄な抵抗は止めて自首しなさい! 今ならまだ暴かないであげることもある! 傷付くのは誰か、良く考えることね!」
静まり返った体育館。
その静寂を乱す者は現れなかった。
「そうこなくっちゃ」
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【和村はみが語る全ての真相】
先ずは自称目撃者を片付けましょう。
尾生さんは予求くんを呼ぶ前に寄り道をしていた。
それは前年度まで所属していた科学部の部室である理科実験室。
前の仲間とお喋りをしたり、密かに想いを寄せていた男子生徒の様子を見たり。
しかし、科学部にはその男子生徒の姿が見えない。
程なくして窓ガラスが割れる。
慌てふためく校内とは対照的に悠々と戻って来た男子生徒。彼は少し雨に濡れていた。
後に事実に気付いた尾生さんは、彼を庇うために、予求が犯人であると押し切るために、嘘の目撃者となった。
やりたくもないマネージャーをやっている野球部の存亡と、想いを寄せる男子生徒。
天秤に掛ける必要すらなかったでしょうね。
彼女に関しては以上。ヘドが出るほどつまらない話ね。
そして犯人。
彼は先にも言った通り、廊下にボールを転がしてから、屋上に出た。
何も4階の窓を割るのに強肩は必要ない。
犯人はビーカーに紐を括り付け、屋上から放り投げた。
ビーカーは紐に引かれ弧を描いて窓に激突。窓と一緒に粉々に砕ける。そうしたら後は紐だけを引いて回収するだけ。
現場に残るは割れた窓とビーカーの破片、そしてボール。
さぞや完璧だと思ったでしょうね、浮かれたでしょうね。
しかし事実は必ず暴かれる。
もう自首は不可能よ。犯人さん。
そうそう、動機も先に言った通り予求理への復讐。
想いを寄せる同じ部の女子生徒が、急に科学部を辞めて野球部へと入部してしまった。
マネージャーとして予求に尽くす彼女を見て、二人は付き合ってるんじゃないかというありがちな浮わついた噂話を聞いて、怒りが込み上げたのでしょうね。
何も行動を起こさずに、何も伝えずに、ただただ時の変化に身を委ねた自分の不甲斐なさを棚に上げて、予求を憎んだ。
それも杞憂とは知らずに、ね。
現に彼女は此処まで出てきた。
アンタを守るためにね。
あの時点で、もう分かっていたはずよ。
彼女の心がずっと誰に向いていたのか。
次はアンタが彼女を守る番だった。…だけど、もう遅いわ。
私は全てを暴く。いや、もう暴いた。
もう時は何も解決しない。残るは瓦礫だけ。
私が傷付け砕いた彼女の心は二度と癒えないでしょうね。
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尾生さんは顔を覆い、しゃがみ込んだ。
「お…おい、やり過ぎじゃないのか?!」
「あら、随分優しいのね。自分を陥れた二人に同情するなんて」
「言わなくて良いこともあっただろ!」
「私はまどろっこしいことは嫌いなの。どうせあの生徒会長様に追求されて言わなくてはならなかったことよ」
細い声で、待った。っと聴こえた。
「…あ、貴女の主張、辻褄が合わないことだらけよ」
「言ってみなさい。回答するわ」
「まず生徒は屋上に出ることは出来ないわ。施錠されているし、鍵は生徒への貸し出しをしていないはずよ」
「事件当日、理科実験室の鍵が無くなっていた。代わりに使われたのがマスターキー。勿論それは屋上のドアも開く」
「そ、そのマスターキーが使われたって証拠は?」
「証拠は無いけれど、証言は取れるでしょうね。事件当日、マスターキーは何処に貸し出されていたのか」
「えー、テステス。…放送部部長の舘です。事件当日、鍵の貸し出し記録を参照して貰いましたが…マスターキーは科学部の顧問である池谷先生に貸し出した記録があるそうです」
私はわざとらしく肩をすくめて次の矛盾をねだる。
「貴女の言っていることは推測に過ぎないわ! 証拠が何も無いもの!」
「証拠を見付けるなんて被疑者の仕事ではないわ」
「いいえ! 貴女は尾生明里と科学部の男子生徒を告発したのよ! 証拠も無しに人を犯人呼ばわりする気!?」
「その言葉、誰に言っているのかしら? あっ、もしかして過去の自分? とんだお笑いね」
安登愛梨の苦虫を噛み潰したような顔に、思わず笑ってしまう。
「和村はみさん、安登愛梨さん。ここは口喧嘩の場ではありません。そして…不条理とは思いますが、生徒はみんな、和村さんによる証拠の提示を期待しています。何卒宜しくお願いします」
「ホントに不条理ね。いいわ、2年Bクラス出席番号5番、襟元正くん出てきなさい」
少し間があり、襟元正が出てきた。
「何でしょうか。事前に何も連絡は頂いておりません」
「私にした証言をもう一度お願い」
「はい。不肖、私の証言が事件解決の一助になるのなら喜んで」
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【被害者・襟元正の証言】
事件当日の放課後のことである。
僕が4階の廊下を歩いていると、後ろから大きな音が聴こえた。
ガシャンッ! と、それはもう大きな音だった。
あまりのことに僕は気を失ってその場に倒れてしまったんだ。
次に目を覚ましたら保健室だった。
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「襟元くんの証言なら私も聴いたわ」
「じゃあ、おかしな事に気付かなかったの?」
「おかしな事…?」
「襟元正はガラスを被って廊下と平行に倒れていた。にも関わらず、音を聴いたのは横からではなく後ろから。矛盾してると思わない?」
「それは…ショックで記憶が混乱しているんでしょう」
「その意見に半分賛成よ」
「ちょっと待ってください。僕は混乱してませんし、嘘を吐いているわけでもありませんよ」
「ええ、そうでしょうね。混乱はしてない。ただ記憶が抜け落ちているだけ」
「抜け落ちている…ですか?」
「襟元正は廊下を歩いていると、ボールを見付けた。誰かが踏んで転んではいけないと拾おうと下を向いて屈んだその瞬間、真横の窓ガラスが割れたのよ」
「…あっ!」
「思い出せて何よりよ。つまり、ボールは窓ガラスが割れる前に既に廊下に存在していたってこと。まだ不十分かしら? だとしたら襟元正、上着の腰ポケットの中を慎重に調べてみなさい」
「腰のポケットですか。残念ですが、マナーですからポケットには何も入れて無…痛っ!」
「だから慎重にって言ったのに」
「これは…ガラスですね…血かと思いましたが違う、赤い線が入ってます」
「さて生徒会長の安登愛梨様。これは何の破片でしょうか? ヒントとして、この学校の窓ガラスには間違っても赤い線なんて入ってませんよ」
「………ビーカー」
「そう! 流石は聡明な生徒会長様であらせられますね。赤い線はビーカーのメモリの線です。付け加えるなら、理科実験室から1つビーカーが無くなってるそうです」
安登愛梨は手を付き顔を伏せた。
「じゃあそろそろ、この演劇の主役に登場して貰いましょう」
私は壇上から飛び降りた。
「まさか、待っていれば晒されることなく終わってくれるなんて思ってはないでしょう」
座る生徒の合間を縫い、2年E組の列に到着する。
そして、少し髪の長い男の横に立った。
「来て貰おうかしら」
━━━後に語るのならば、ここであった。
私のミス。そして最良の結果を生んでしまったミスである。
その男は不敵に、不適に笑ったのである。
「まさに、ここだったのか。言われた通りだ。この一瞬の為に、俺は好きでもないカルメ焼きを食べて、トボけて見せた。彼には必要だったんだ。この一瞬が」
「アンタ…何を!?」
『そう、気付いただろう。いや、気付いていた』
家達が現れる。
『彼は犯人ではない』
「尾生さんッ!」
そう叫ぶ声が聞こえたのは遠くはない遠くからだった。
「安与くん…?」
そう呼ばれた男子生徒は人をかき分けて尾生明里の許へと駆けた。
「俺…一人で勘違いして…暴走して…尾生さんにも迷惑掛けちゃって…ホントにゴメン」
「ううん…いいの…私こそゴメンなさい…力になれなくて…」
「そんなことない! そして…あのさ」
「何…?」
「えっと…こんな時に言うのもなんだけどさ…俺と付き合って下さいッ!」
「…っ…もちろん! 喜んでっ!」
体育館は少しの間の後に沸き立ち、二人を囃すように歓声が上がる。
周りの生徒が立ち上がり、つられた生徒たちが波状に立ち上がる。歓声で自分の声も聞こえにくい。
突如として起こった目の前の超常現象に、眩暈と吐き気で頭痛が痛くなった。
「さて、和村さん。壇上に戻るべきだ」
「アンタ…何をしたの?」
「いいや、何も。ただあの日にカルメ焼を食べただけさ」
「……っ」
「和村さん。判決に移ります。壇上に戻って来て下さい」
言いたいことは山ほどあったが、渋々壇上に上がる。
生徒たちの熱気とは対照的に、壇上はお通夜であった。
「それでは投票に入ります! 静粛にお願いします! 投票に入ります!」
▽
後日談である。
「いや、はぁ…そうね。今回ばかりは参ったわ」
「そうか。君でも参ることがあるのだな」
応接室。
私は朝っぱらから呼び出され、強面の理事長・安登 鉱脈と世間話をする羽目になっていた。
「で、用件は何? まさか死体蹴りをする為に呼び出したんじゃないでしょうね」
「今回の結果は残念だった。生徒達は目の前のドラマに心を奪われ、真っ当な判断が出来なくなっていた」
「それも自主性。でしょ?」
そう。私はあの裁判モドキで負けたのだ。
結果は無効票を除外して250対300。端数は忘れた。
「孫娘さんとの約束通り、予求と私は自主退学するわ。残念だけれどね」
「それは困る。君は有名人だ。君が活躍し、テレビに出る度に我が校も紹介され、知名度もぐんと上がる」
「でしょうね」
「今回の件の真実は明らかに君ら側だ。罰を負う必要は無いだろう」
「私は未熟なりにもプロとして仕事やお金を貰ってるの。それなのに、結果は至らなかったけど内容は良く出来たから許してね。なんて、口が裂けても言えないわ」
それに、私にも落ち度はあった。まさか犯人を見誤るなんて思いもよらない事だった。
あの時の間が無ければ、あの地獄の告白ショーも阻止できていただろう。
ニヤついて抱き合う二人の顔が、タチの悪いブラクラ画像のように頭から離れない。
「では、これで失礼します」
呼び止められるが、無視して応接室を出た。
「はぁ…」
外で待ち構えていた生徒を見て、ため息が漏れた。
「やぁ、和村さん。調子はどうかな?」
例の髪の長い男だ。
「意外と悪くないわ。むしろサイコー」
「自己紹介もまだだったか。俺は五塔垂。五つの塔が垂直に立つ、で覚えてくれ」
「それはそれは素敵な名前。だからそんな素敵な人間に育っているのでしょうね」
「そう敵視しないでくれ。個人的感情では和村さんに謝罪したいとこだけど、現実的に見ればキミが一人で転んだだけだ」
「そう。じゃあ良い1日を」
「予求くんならグラウンドだ。そろそろ最後の朝練を終える頃だろう」
彼の耳を探そうと思ったけど止めておいた。
「少し、話をさせてくれないか?」
「付いて来ないで。話すことは何もないわ」
「そうか…じゃあこれは独り言だが。もしも先日の裁判でキミたちが勝っていたらどうなっていたかを呟こう」
階段を降りる。
「このSNS飽和時代に随分とアナログな呟きもあったものね」
「この件を機に、予求は野球部員の選別を行い、嫌気が差した部員たちに逃げられ、野球部は崩壊してしまった」
靴を履き替えた。
「安登さんは生徒会長の座を退き、加害者も退学。校内には暗い空気が一ヵ月ほど立ち込めた」
「まるで見てきたかのように妄想を語るのね。将来の夢は劇作家かしら?」
「いいや、これは事実だ」
「朝練終了! 解散!」
威勢の良い声が響く。
「予求…力になれなくて悪かったわね。あれだけの大言壮語吐いといて、恥ずかしい限りだわ」
『意外だ。キミにも恥という概念があったのか』
うるさい。
「いいや! 和村さんには感謝してる! みんな俺が無実だったってことだけは分かってくれてたからな!」
気を遣われているのだろうか、やるせなさが込み上げる。
「あ、それ何だっけ…」
予求は一人で、なんかよく見る地面をシャッシャッってやるやつを担いでいた。
「これはトンボって言うんだ。正式名は忘れたけど皆トンボって呼んでる。グランドを均すのが目的だな!」
一本差し出された。
「和村さんもやるか?」
「イヤよ他の部員にでも手伝わせたら?」
『殊勝なキミもここまでか』
「申し出たヤツも何人かいたけどさ、今日は最後だし一人でやりたくてね」
「ふーん」
予求も自主退学が決まっていた。
「野球って面白いんだ。どれだけ練習を積もうと、どれだけ才能があろうと、どれだけ運が良かろうと、あるときふとミスをして敗ける」
『盛者必衰というのは、どの分野でも共通らしい』
「知らないだけで、完全無敗だった人だって居るでしょう」
「かもしれないな! でも俺はミスして敗けることもある。でかいミスしたらさ、最後にこうして念入りにグランドを均すんだ。そして、自分には才能が無いかもしれない、自分の努力は実らないかもしれない。そんな、何となくの根拠の無い不安を埋めるんだ。そして次に何が出来るかを考える頭にするんだよ」
「へぇ」
ベンチに置いてあったトンボを持つ。いやに重い。
「おぉ! やっぱり和村さんもやるか?!」
「気まぐれ」
「こうして、こうだ!」
抽象的過ぎてよく分からないが、とりあえず見よう見まねでやってみる。
「親御さんは何か言ってた?」
「ああ! 学校は辞めてもいいけど、野球は辞めるなだってさ!」
「そう。じゃあ朗報になりそうね」
「何がだ?」
呼び込んだ訳では無いが、一人の男がグランドに入ってきた。
「ツテをフル稼働して来て貰ったわ」
「誰だ?」
「私が答えよう。春日野高校で野球部のコーチをしてる遠崎だ」
「春日野高校って…屈指の強豪校じゃないか!」
「予求理くん。キミ次第だが、我が校の試験を受けてみないか?」
「えっ?」
「何せ相談されたのは昨日の今日だ。転入なのか編入なのかはまだ把握してないが、教育を受ける権利を剥奪された訳ではあるまい」
「えっと…つまり?」
「春日野高校に入れる可能性があるってことよ」
「マジ?」
「マジだが、受けるか?」
「う、受けるます!!」
誤植を疑われそうだ。
「さて、和村くんに頼まれたのはここまでだ。当然、試験は厳正に行われるし、試験に通って野球部に入ったとしてもスタメン争いは厳しいぞ」
「はい!」
「話がまとまったなら、これをさっさと終わらせましょ」
「ああ! よーし! やるぞッ!!」
切り換えが速いことで。
「ねぇ遠崎さん。転入枠ってまだ空いてるんでしょ? しばらく暇しそうだし、ルールブック読んだら簡単そうだったし、私も野球やろうかしら」
「グランドレーキすら満足に持てない和村くんには、残念でも何でもなく無理だな」
「…冗談よ」
まぁた知らない名称が出てきた。
「まぁ、ウチに入りたいなら、あのくらいのガッツは無いとな」
「うぉぉぉぉッ!!」
予求は引くくらいとんでもない速度でトンボをかけている。
『野球に助っ人探偵は必要なさそうだな』
「まったく…その通りね」
終
待ち伏せるようなことをして悪いね。
尾生さんと安与くんは仲良くやってるよ。安登さんは相変わらずさ、内心は分からないけど。
予求くんは野球強豪校に転入して熾烈なレギュラー争いを繰り広げてる。…というのはキミに言うまでもないか。
…さて、今回の件なんだが。
キミを負かすことには意味があったんだ。
そうでもしないと、今から話すことをキミは信じてくれなかった。
いいか?
これから話すことは紛れもなく本当のことだ。どうか信じてくれ。
いいか?
言うぞ?
───俺はタイムトラベラーだ。
笑うなよ。
いや、笑ったのならそれは良い兆候かもしれない。
キミはいつもしかめっ面で、聞き流していた。
少しでも信じてくれたのなら、頼みがあるんだ。
遠くない未来、水無瀬さんを助けることに協力して欲しい。
これは俺の連絡先だ。
頼む…このままでは彼女は…水無瀬さんは…
死んでしまうんだ…
事件は小さくを心がけております。