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4 お約束の事故

「なんで俺をさそわないか、貴様ら!」

 須藤はどこかから送られて来たらしい写真を画面にだして冴につきつけて言った。和尚さんになった根津をとりかこんで、寮生たちとピースしている写真だ。立川が須藤を見上げて口をとがらせていった。

「すどうくん探したけどいなかったんだもーん。…楽しかったんだぜ。どこいってたの。」

「…軽音の部会に出てた。…くそっ、もうやめるかな、軽音。いても意味ねーし。こんなイベント逃すし。」

 冴は苦笑した。

「ミュージシャンは楽器を手放すとさびしかろう。」

「…高等部のブラスバンドがもーちょいレベルたかけりゃな。…くそ集団で話にならん。中学よりレベル低いってどういうことなんだ。」

「…オケは?」

 …冴のつたない耳できいたかぎりでは、その中学時代の優秀なバンドマンたちは、どうやら高校ではオーケストラにながれたらしいのだ。何しろS-23高等部には音楽科がある。

「…俺ピアノやってねーからな。オケは音楽科の連中多くて。」

 須藤はため息をついた。

「オケにも管あるだろう。」

「…それより今度中学のときのやつらとバンド組もうかとおもって。そんで古いポップスとかのスカアレンジやって遊ぼうかって話になってる。俺はやっぱり管やりたいし、個人枠のほうがステージとりやすいし。」

 …そのほうが、須藤には合っているのかもしれない。

「…ライブのときはチケット買うぞ。」

「有難う。おまえ、そんな顔のわりにけっこう義理堅いよな。」

「…顔は関係ない。」

「…サングラスしてこいよな。客がさわいで演奏どころじゃなくなるから。」

 …手厳しい。

「…すどうくん、顔がいいのは月島のせいじゃないぜ。」

 立川がそうかばってくれたが、須藤は無視して立ち去った。多分、昨日のイベントをのがして腐っているのだろう。時間がたてば機嫌もなおるはずだ。…冴がそういうと、立川は冴の顔を両手で挟んで「なんてやさしーんだ月島!」といって、おでこにチュ-した。…ちょっとチュ-はやりすぎかな、と冴は考えたが、周囲がだれも気にしていないようすだったので、とりあえずその場は見逃しておいた。

 冴は昼休みに藤原が購買部でパンを買おうしているのを見つけたが、その手許に札が見えたので、肩を叩いて学食にさそった。朝は怒っていた須藤だったが、予想通り、昼にはもう機嫌が直っていた。

「あっ、なんだ今日お前ら学食?」

 先にきていた藤原が席を作ってくれた。3人で窓に近い一角を陣取った。

「…今週って、午後は授業ないんだろ。…飯食ったらもう学祭準備でいいんだよな?」

「そうそう。」

 藤原が楽しそうに言った。

「なっ、根津の原稿まにあうかどうか、賭けねえ?」

 須藤はすぐにのった。

「よし、俺はまにあうほうにかけるぞ。」

「じゃおれ間に合わないほう。…何賭ける?」

「温泉卵くらいなら負担にならんな。」

「よし、じゃ、おまえ温泉卵な。…月島は?」

 冴は今一つ乗り気でなかった。根津は頑張っているのだろうと思うし、苦労している。…それを賭けの対象にして遊ぶのは、気が引けた。

「…俺も間に合うと思うが。」

 ちょっと批難するように言ったつもりだったが、藤原はおかまいなしに言った。

「お前は何賭ける?納豆か?」

 なにやら少し強引というか、やつあたり気味なのだな、というのは分かったので、冴はとりあえず譲ってみることにした。

「…須藤は納豆と俺の組み合わせが嫌いなんだ。…味噌汁を賭けよう。」

「俺ランチかけるわ。間に合わないほうに。ただし負けても一人前でたのむ。二人で食え。」

「大きく出たな?!」

 須藤はびっくりした。藤原は自信ありげに笑った。

「ふっふっふ、みていなさい、きみたち。」

 須藤と冴は顔を見合わせた。

「…なんか知ってるのか、藤原。」

「ぶえっつにいいい。」

 藤原はニヤニヤするだけだった。そして自分から話をかえた。

「…そういえばさあ、寮で1年が噂してた1-Eの駿河タイキ、…あれって、ついにチュ-まで始めた変態立川のライバルなんだろ。」

 …怨念が籠っていた。

 冴は「あっ、それか、こいつが気にしてたか、しくじった」と思った。

 須藤は小さく咳払いして言った。

「タッチ-のライバルはお前だろ、フジ…」

「イッコ下なんか本気で相手するかフツー。馬鹿じゃね?」

 須藤も冴も、内容よりも口調について、それは友達の口調ではないと感じたが、とりあえず一回は見逃した。

 須藤は言った。

「…もう張り合うのはやめたんだろ。壁画制作から手、ひいたんだし。」

「立川に逃げられて、怒りのやり場もねーわな、するがクン。」

「…怒り?」

 冴が聞きとがめると、藤原は小声で言った。

「…あの二人、きったねえいやがらせしあってたらしいぜ。教室忍び込んで画面に落書きしたり、絵の具のビン割ったり。…なんか絵も似てるよな。似た者同士なんじゃね?」

「…絵を描く奴が他人のかいた絵に落書きしたりするか?」

「さーねえ。俺はかかない奴だからわっかんない。」

 藤原は涼しくそう言って、ランチを口にかっこんだ。

「…ワンマンで周り中から恨まれてるのも同じ。壁画班なんか、それなりにみんな絵の好きな奴が集まってンのに、『お前下手だからすっこんでろ』とかいわれたらカチーンだよな?いくら自分がたいして上手くないってーのがホントだったとしてもだぜ?いや、本当だったらなおさら、か。」

「…」

 須藤は黙ってしまった。…どうやらそれは立川が本当に言っていたことだったらしい。

「…結局、最後の一週間はひもじいの我慢しつつ黙々と一人泊まり込みで描くのが恒例ってわけ。賞とってもクラスの誰も喜ばないし、とらなきゃ袋叩き。自業自得だわな。」

 …エスカレートしてきたので、冴は静かに言った。

「…そうか、中学時代の行いがたたって友達も少なく、転校生がきたら飛びついたというわけだな?何も知らない俺は好都合だったというわけだ?」 

 藤原は気配が察せずに、「そうそう」と残りの飯を全部食べた。

 冴は言った。

「…立川が絵筆を折るのもいい気味だというわけか。」

 藤原は小鉢を持ったまま、手をとめた。

 須藤が急いで口を挟んだ。

「月島、そこまではいってねーよ。藤原も立川が上手いのは認めてるさ。…な?」

 須藤は「この助け舟に乗れ」という強い命令をこめて藤原を見た。藤原は圧倒されて、

「ああ…まあな。」

と同意した。


     +++

「…そうやってタッチ-ばっかりかばうから、フジが拗ねるんじゃねーか。大人気ないぞ、月島。」

「…」

「フジは弱いものイジメが嫌いなんだ。タッチ-が猛威を奮った学級にいたら、きっとフジが一戦やって止めてたはずだ。大弓の件でお前だってフジのことわかってるだろ。あのときフジは大嫌いな立川をかばって一戦やったんだぞ、隣のクラスの人気者敵に回して、たった一人で…。残念なことに、フジとタッチーは、中学部では同じクラスになったことがなくて…。もしなってたら…。」

「…」

 月島は立ち止まって須藤をふりかえった。

「…だが、今は立川を叩くときじゃない。今、立川を叩いたら、立川は潰れるぞ。立川は今は何もしてない。絵の具に触ってさえいないんだ。さわれないんだ。美術部にも行ってないんだぞ?」

「何もしてなくはない。お前にべたべた触ってる。藤原はそれが我慢できないんだ。」

「俺が誰に触られようが俺の勝手だ。」

「月島、もう少し気をつかってやれよ、藤原はお前のことが好きなのに…」

「それが立川の絵と何の関係があるんだ。」

「関係ないさ。でもそうなんだよ。理屈がつかないからって現実を否定してたら何も進まないぜ。」

「…」

「…とにかく、少しタッチ-を躾けろ。立川がどんなツワモノだか、これでわかっただろ。お前が言わなきゃ立川は誰の言うことも聞かないぞ。」

 冴はため息をついた。

「…チュ-は駄目だと言っておく。確かにちょっとやりすぎかもしれんとは思った。…俺もちょっとあそこまでいくと、恋人にうしろめたい。」

「えっ!!」

 須藤はものすごくびっくりしてずざーっと引いた。

「おまえってお相手様いたのかよ?!」

「…?なんでそんなに驚く?」

 須藤は「これ以上知りたくない」という顔で、首を左右に振った。


     +++

 教室に戻ると、壁画班の作業が止まっていた。

 …険悪な雰囲気が流れていた。

「…どうしたんだ?」

「…きいてくるわ。」

 須藤が月島のそばを離れて、パネルの近くに移動した。すると、先に帰っていた藤原が寄って来た。

「…絵の具、割ったんだってよ、ビン。…ばたばたしてたから。…しかもほら、絵が。」

 …つまり、パネルの上に、塗料の入ったビンをおとして、容器は割れて、絵は台なし、ということらしかった。

 須藤がもどってきて冴にひそひそ言った。

「…あれは修正に3日はかかるな。」

「…ぎりぎりか。」

「…まにあえばいいけどな。」

 女子の声が聞こえた。

「…責任のなすりあいしても始まらないから、絵の具申請したら、今日はみんなガッキューのほう、てつだお。どうせ乾くのに丸一日かかるし、絵の具が配給になるのも明日だよ。」

 壁画チームはその女子と、責任者と…おそらく、事故の当人、を残してばらばらと解散した。

 責任者はハケと紙で塗料をすくえるだけすくい、空き瓶にもどしていた。 …赤の塗料は、まるで血のりのようだった。

 事故の当人は、だまってガラスのカケラをかたづけていた。女子が言った。

「…まあ、そんなにあんただけが悪いってわけじゃないとおもうけどさ、ただ、みんな真剣だから、どうしてもね。」

「…危ないって言ったのに…。」

「うん、…騒いでたやつも悪いよ。とっとときえちゃったけどね。」

 女子はわざと最後だけ響くように大きな声で言った。

「…あの赤は、消えない。」

 ぼそっ、と後ろで声がして、冴はふりかえった。

 悲痛そうに、立川が見ていた。

「…どんなにぬっても、あの赤はきえない。あそこに赤が透けても生きる図案を組み込むしかない。中1のとき、やられたことがある…」

 藤原が言った。

「…てつだってやったらいいじゃないか。」

 立川は首を横に振った。

 …当事者たちより、よほど落ち込んでいた。吐きそうな顔色になっている。

 冴は言った。

「…立川、ちょっと座れ。顔色が悪い。…そっちがいい。」

 絵が見えないほうを指した。立川は冴を見上げて、笑った。

「はは、大丈夫だよ。…どうってことないよ。気にすんなって。」

 立川はそういうと、冴の背中をポンとたたいて立ち去った。

 藤原は黙って立川のどんよりとした背中を見送った。

 冴は小声で藤原に言った。

「…藤原、1-E見に行くが、つきあわないか?」

 藤原は顔を上げた。

 冴は大股にあるいて、前のほうの席ヘ行くと、スキンヘッドを飾るバンダナの縛り方をあれこれやっていた根津から、眼鏡を取り上げた。


     +++

「…月島、お前、眼鏡かけるとまたいっそう二枚目なんだけど…」

「…駄目か。」

「いや、いいけど…。俺は別に…。嬉しいけど…。」

 最後を小声で言って藤原はため息をついた。

「…月島は中学部にいなかっただろ。…中学部のときってさ、あんなもんじゃなかったんだ、ああいう事故がおこるとさ。まあ、昨日、3年もいってたけど…もう、隣のクラスまで見に来るような怒鳴りあいで、罵りあいで…当事者はすぐハブキにあってさ…2-3日学校こられなくなったりしてさ…。そりゃどこのクラスでも。

 昨日の話はやけに悲劇的だったけど、もっとどうしようもない展開のときもあったんだ。チームのだれか、倫理感の低いやつが、気をきかせたつもりで、修正のせいで足りなくなった色、もっと首尾よくばれないように隣のクラスから盗んでくるわけ。半分くらいつかってから、描いてるやつもさすがに量がおかしいと気がついて、…でも盗品だとわかっても使っちまったら返せない。盗んだ奴が誰かはだいたいすぐ目星つくんだよ。でも、それを弾劾したら、逆に、クラスのことを考えないで、こまかい倫理感にこだわるだけの使えないやつとして外されたりする。まあ、空気読めとかいう…。…だからみんな見てみないふりだ。」

「…」

「…先生は昨日の話のとおりの方針で、一切介入してこない。…みんなで出てこなくなった奴んちまで迎えにいったりしてさ、ほんと大変で…。俺は迎えにいくほうで…」

「…立川は怒鳴るほう。」

「…うん。だから俺立川のこと正直、いやなやつだと思ってた。ずっと。たとえ別のクラスでも、だ。…あんなにしてまで賞とることに、何の意味があるんだろうって…。」

 藤原はそういって、黙った。

 …また冴が怒るのではないかと思って、言いたいことを遠慮しているのだ。

 冴は言った。

「…立川の絵を見て来たよ、一昨日。中学部で。」

「…上手いだろ。…でもさ、壁画って、ひとりで描くもんじゃないきがする。」

「それはクラスの方針次第だろう。ひとりに任せて賞をとるもよし、みんなで描いて団結たかめて達成感をわかちあうもよし、だ。」

「…そうかな?…でも…描きたいやつはひとりじゃないし…それに、本当は、一人ではなおせない歪みや、足りない能力を補いあって、ひとりでは為せない大業を為すのが目的なんじゃないのかな。」

「…どうかな。俺は自分が上手くないから言うんだが、へたくそが沢山あつまっても足を引っぱりあうのが関の山だという気がするが。」

「まあそうだけど…。でも、…個人の才能なんてもんは、巨大壁画でなく普段の美術でも発揮できると思う。」

「…自分が自分が、ではなく、他人を信頼して任せるのも人生では大切だ。」

「そうだろ、だから、…」

「ひとりでかくんじゃなくて…」「一人にかかせる」

 一瞬沿いかけたように思われた二人だったが、その結論は、真っ向ぶつかった。

 二人は黙った。

 …なんとなく、二人とも、お互いに世界の広さが少しわかった気がした。

 二人が1-Eの廊下へ近付くと、物凄い怒鳴り合いが聞こえ始めた。

 …見覚えのある坊主頭が覗き込んでいる。

「…カトー、ミズノ。」

 藤原がそっと声をかけると、二人とも駆け寄って来た。

「…先輩、偵察っすか。1年のを?」

「いや、散歩だよ。二枚目つれて。女子に注目されて、豪華気分が味わえる。」

 藤原はそういって背後の冴を親指で指した。二人の一年生は笑った。

「…1-Eあれてるじゃん。」

「…落書きらしいっす。」

「落書き?」

「…今日作業のために覆いをとったら。…それで駿河がヒステリー。あいつうしろめたいもんだから、クラスのやつが腹いせにやったと思ってるらしいっす。」

「…中学部の悪夢再来だな。高校生になったんだから、もうすこし落ち着けばいいのに。…周囲をへたくそ呼ばわりするからそういう目にあうんだ。」

「まったくっす。」

 冴は近付いて、二人にひそひそと尋ねた。

「…駿河って、どいつだ?」

「…うしろのほうで、深緑のエプロンしてるやつです。」

 冴はいかにも通りすがりのふうを装って、戸口からのぞいて見た。

 そして目を開けた。

「…嵐だ…」

 思わず呟いた。

 ばりばりと電撃みたいなものがおちて、あちこちを打っている。

 しばしばそれは周囲の人間にも当たった。

 その中心にいるのは…。

「…お。…高そうなエプロンしてる。似合うじゃないか、二枚目だ。…絵は…うーん、落書きがひどくてわからん。」

 …エプロンには詳しい冴だった。

 みんなが不安や苛立ちの色になっている中で、一人だけ満足の色になっている奴がいた。…なるほど、駿河の読みは当たりらしかった。

「…俺のほうが二枚目だわい。…月島の浮気者…。」

 月島のつぶやきに藤原がぶつぶつ言い返したので、月島はふりかえってにっこりした。

「勿論、藤原のほうが二枚目だ。なんたって正義漢だし、勇気があって性格がいいからな。藤原はうちのクラスの男子で一番かっこいいぞ。」

「そうだよな!」

 藤原がすごく嬉しそうな顏になった。

 …二人の1年生が背後で呆れていた。

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