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10 打ち上げ

 土曜日は帰ると陽介が寿司をとってくれていた。とりいそぎ風呂から上がると、酒まで出て来た。明日はクラスのうちあげだろ、うちは今日一足早くまあなんてーか中間御苦労さん会な、明日も頑張って稼げよ、といって、注いでくれた。…感激だ。

 酔っぱらって少し「根津と浮気したよな?」とか責めてしまったが、陽介は「なんつーギャグだ」といって笑うばかりで、相手にもしなかった。

「根津とはどんな話をしたんですか。」

 気をとりなおしてきくと、陽介は

「…ソシュールが機嫌の悪いときどこをいじればいいかとか、そういう話。」

と言った。

 ソシュールというのは例の2年前発行の裏会誌で、陽介の相手役をつとめていた男の名だったので、「誰だ」ときいた。すると陽介に「文芸部の印刷機の名前」といわれて、物凄く拍子抜けした。ちなみに、その他は、「ジャイ子の秘密」だの「裁断機のありか」だの、「野良猫との出会い方」だの話したらしい。…野良猫との出会い方なぞ、絶対冴のほうが詳しいと思うのだが、そこはつっこむのはやめた。先輩の威厳は守ってやるべきだ。

「…冴、今日…怒った?」

「何を。ソシュールと昔、出来てたってことをですか?」

「ううん、違うよ。…遊びに行って、俺が勝手にみんなに会って…怒った?…なんか、立ち止まってたから。」

 冴は首を振った。

「…吃驚しただけだ。変な格好だったしな、俺が。…まあ、陽さんはOBなんだし…学祭にきても俺から責められる筋合いはない。」

「…」

 その微妙な言い方が、陽介はひっかかる様子だった。

「筋合いはなくても…責めたい?」

 冴は軽くまわった酒の勢いで言った。

「…責めたいさ。あんたを誰かに盗まれたくないし、…盗まれたくなかったら、大事なものは、見られないように隠しておいたほうがいい。

 盗むほうは盗まれるほうの事情なんざかまってくれないからな。まして宝石の気分を考えるやつがどこにいる?隠す意外にどうすればいい?

 …でもあんたは宝石つきのアクセサリーじゃないから、金庫にしまっておくことはできない。あんただって生きてるんだ、行きたいところもあるだろうし、勿論考えていることもある、金庫の中じゃ、呼吸もできやせんだろう。…だから責めない。」

 最後に残してあった、宝石のようなイクラののった軍艦巻きを食べた。…本物のイクラなぞ手に入るわけもないので、勿論人工の加工品だが、味は本物とほとんど変わらないそうだ。冴は本物など、生まれてこの方食ったことどころか、見たこともない。

「…あんたはブランドの靴をいれた靴箱に鍵をつけた奴を馬鹿だといったが…靴もはいて歩かなきゃ意味がないから、つらいところだな。…運良く靴が買えたことは、それほど恥じることだろうか…?」

「…ふうん。まあ、少なくとも恥じることではないね。遠慮しろといわれるならともかく。」

 陽介はそう答えて、自分でも少し飲んだ。

 食事の後片付けをしてから、並んで歯磨きをした。ベッドでは少し触りあう程度で、二人とも満足して眠った。


     +++

 日曜日も冴は藤原と玄関でチケット売りにはげみ、S-23放送局の取材をうけた。ド-ムスタッフがやってるネットTVだ。例のカワウソのところだった。

「すごい人気だね、何年生?」

「2-Bだ。貴様、撮るならチケットを買え。」

「…月島…放送局は仕事なんだから…」

 そんなこんなで無事、夕方4時の終了時刻を迎えた。

 5時まで後片付けをし、5時半に解散となった。6時から、エリアの繁華街で打ち上げが行なわれた。

「えー、本日はみなさんの頑張りの甲斐ありまして、驚くほどの売り上げとなりました。会計で計算してもらって、仕入れの支払いが済んだあと、可能であれば先日の300払い戻しのうえ、運がよければ今日の打ち上げ費用も払い戻しとなる可能性が大です。みなさん御苦労さまでした! おおいに楽しんで行ってクダサーイ!! 壁画も金賞入賞おめでとーっ!」

 すっかり運営をひきうけている女子に、皆、拍手した。

「…深川はなにしてるんだ?」

「…乾杯の音頭くらいとるだろ。」

 須藤の読み通り、乾杯のときになってやっと深川が出て来た。

「では、お茶漬け屋の大成功と、壁画の金賞入賞を祝って、かんぱーい!」

 乾杯が済むと飲みよりもまだまだ食い気の高校生たちは一斉に料理にハシを伸ばした。

「…最後まで適当なリーダーだったな。」

「…まあ、うまくいったんだし、いいじゃないか。」

 半日ひたすら裏でおにぎりを作っていたという須藤はもうどうでもいいとばかりにビールを飲み干した。

 少しすると、すぐにどこかから立川と根津がやってきた。

「あれ、藤原がいない。」

「…あっちでモテてる。」

 須藤がさした先には、女子にかこまれてお酌されている藤原のでれでれ顔があった。

「…しかしなんでフジはあんなにモテているのに月島のところには女が来ないんだ。」

 須藤がいうと、根津がこたえた。

「…女子は危険な男がわかんじゃねーの?藤原は無難な男だから。」

 冴は抗議した。

「俺のどこが危険な男だ。」

「…俺が先輩と会誌つくったくらいで闇討ちあわすとか脅すやつのどこが安全な男よ…?」

「俺は女は撲らんぞ。」

「撲らなくても投げ飛ばしたりしめたりすんじゃねーの?」

「…それは否定できない。」

「…」「…」「…」

 聞いた3人はちょっと沈黙した。

 立川が言った。

「…そうじゃなくて、男同士で群れてるから入って来にくいんだと思う。」

「なんだ、俺達のせいか。撤退すっか。」

「いや、是非いてくれ。…俺は陽さんの飯つくりをして学校にいかにゃならん。女にひっかかってる暇はないんだ。」 

 立川が笑った。

「…女と浮気してる暇、だろ?」

 根津が言った。

「…それで思い出したけど、タッチ、あれ読んだ?」

「なに。」

「チップ、買ってたろ。」

「あー、まだ読んでない。昨日疲れててさ。今日は一日お茶っ葉の交換とおにぎりの海苔貼りしてたし。」

「…や、読んでないならいいよ。」

 …そのやりとりを聞いて、「俺もかっときゃよかったな」と冴は少し不安になった。一体、なにがかいてあるのだろう。

 そのとき、立川があっけからんと言った。

「ねーねー、あれ、男同士でやるやり方書いてある?俺、知りたいな-。」

「知らなくていい、そういうことは。」「しってどうするんだ?」

 須藤と月島が一斉に言うと、立川はゴロゴロと冴に抱き着いた。

「修学旅行で月島の布団に行くんだ~♪12月じゃん。たのしみ~♪」

「…タッチ、ああいうものに書いてあるのは、ファンタジーだからね?…真に受けてもそうそう簡単にはいんないよ。」

 根津が真面目に言うと、立川は言った。

「えー、なんでそんなこと知ってんの、根津。」

「俺はいろいろ読んでる勉強家だから。」

「うそだー、やったろ! やってないと、その確信はないと思う!」

「…タッチ、足で登らなければ目の前の山の高さがわからないのは、愚か者だ。」

 おおっ、と須藤と冴は思わず拍手した。

「なんかわからんがかっこいいぞ根津。」

「…本当にやってないよな?」

「ねえ、まじでさ、男同士って、どうやってやるの、根津。俺すごく気になってるんだけど。よめばわかる?」

 …という凄い話題のさなかに、女子がひとりやってきた。

 小坂だった。

 須藤に引っぱられて、冴と根津は場所をかえた。根津が須藤に訊ねた。

「…小坂は乗り換えたの?タッチに。」

「そ。」

 須藤が当り前に答えた。

 すると根津が言った。

「…かわいそうに。タッチは今は駄目だよ、頭ン中月島でみっしりだもん。俺は一ヶ月以内に、月島の絵を狂ったようにかきはじめると予想してんだけど。」

 冴は言った。

「いや、大丈夫。女のフェロモンは偉大だ。きっと立川をまっとうな道にひきもどしてくれることだろう。」

 すると根津はさらっと言った。

「…どうかな。体液の交換までいけばいいけど…S-23は基本、インテリ学校だからね、性的発育の遅れている女子や歪んでる女子も多いから。…月島は、守り固くしとかないと、久鹿さんに秘密つくる羽目になると思うよ。」

「待て。」

「だって、月島タッチすきじゃん。撲ったり冷たくしたりできないだろ。まあわかるよ、あの悪名高き壁画職人・タッチが、月島にはあんな優しいんだもんな。」

「…好きだがそれとこれとは。」

 3人ひとまとまりになって座ると、藤原がやってきた。

「よーっす、のんでっかー?」

「お、もてもてくんがやってきたぞ。」

「なにがモテモテくんだよ。」藤原はつかれた顔でため息をついた。「…変な服着てあんな見ず知らずの人間に次から次へと写真撮られて、…疲れ果てた。俺は結婚式はゼッタイ紋付袴にするぞ。嫁がなんといっても、だ。」

「…まあ未来まで拒絶するな、あんなもんは2~3回やれば慣れる。」

 月島の台詞に、3人は呆れた。

「…慣れてんのかよ、あんな騒ぎに。」

「おまえって、なんかたまに凄く可哀相な奴なんだけど…。」

「…慣れたくないよな、できれば。」

 3人は次々にそういって、冴の皿に食べ物をとって載せてくれた。

 須藤が言った。

「…フジ、根津が、タッチーは月島の貞操を狙っているっていうんだぜ。」

「俺が言い出したんじゃないよ、タッチが修学旅行で食います宣言したんじゃん。」

 根津が訂正した。

 けっ、と言って、藤原が立川を探すと、テーブルのあっちの方で、小坂と二人で話をしているのをみつけたようだった。

「…女ついてるじゃん。…いや、月島がどんだけ素敵な人間でも、やっぱし女のがいいと思うよ、ヤル相手は。」

「…一般的にはそうだが、タッチーに一般論が通用するんだろうか。」

「とりあえず俺の見ている前ではやらせねぇから安心しろ。」

 藤原が請け合うと、須藤が根本的解決になってねーよという口調で言った。

「…ずっとみててくれよ?藤原。俺たち友達がそんなことになったらいたたまれないから。」

 藤原は含みは無視して、おうよ、と言った。

「じゃあどっちか修学旅行実行委員会に入って、俺が毎晩月島と同室になるように仕組め。」

 …冴は心中複雑だった。藤原はたしかに冴を襲ったりはしないだろうが、冴が、イライラした勢いだとか、人肌恋しくてだとかで、うっかり布団をはぐりそうなのは、どちらかというと立川ではなく藤原のほうに思えたのだった。


     +++

 月曜火曜は振り替え休日だ。冴は月曜日、陽介を送りだしたあとの時間を、ぼけーっとひとりで過ごした。とても退屈で、寂しかった。昼食も作る気になれなかったので、近所のコンビニで適当なものを買って食べた。どんな味だったかおぼえていない。俺は母親からも父親からもとっとと無事に卒業したのに、ここへきて陽さんと相互依存の泥沼にはまるのだろうか、と思うと心中複雑だった。複雑の内訳は、若干のうんざり感と、不安と、そして、でもそんなあたりが恋なんだろ、みたいなハチミツ味…といったあたりだ。

 午後、ふと思い出して、根津と陽介が作った会誌をひっぱりだした。

コーヒーを飲みながら根津の書いた短い怪談を楽しくよみ…それはストーリーが面白いとかでなく、根津がこっそり一人で何を考えているのかが垣間見えて、そういう部分が面白かったのだが…、それから後半の短いエッセイに目をとおした。最初、根津が別名でかいたのかとおもったが、読んでいるうちに違う人間が書いたことにきがついた。漢字の割合や、てにをはのクセが違うのだった。文体はふざけて軽妙だったが、中味はガチな教育論というか、S-23が教育実験校であるために生じている特殊性のプラスとマイナスについてだった。多分、状況から考えて陽介が書いたのは間違いないと思われたが、いつものふわふわしたカワイイか弱い「俺の陽さん」からは想像もつかないような牙だらけのエッセイだった。

 穴埋めの雑文には「鹿内功徳」という人物と「鹿内藁生」という人物がいてなにごとかとおもったが、藁のほうを読んだら、功徳が先輩だとかいてあったので、ああそうかいと思った。多分わざと真似して書いたのだろう、両方とも同じように少ない字数で強引に展開して、4コマまんがのように起承転結がついていた。根津は器用だな、と思った。

 ひととおり読んだら意外と面白かったので、なんとなく、裏本もかってくればよかったな、と思った。この会誌は全文が男子のもので、女子の影がまったくない。冴は女子の文が読みたかった。女断ちしているせいで、女に餓えているのだな、と自分で気がつき、困った。もしかしたら、自分が無難に両親を卒業できたのは、いろんなところで、元気な女達がたくさん助けてくれていたせいなのかもしれないと思った。 

 火曜日さすがに観念して、陽介を送りだしたあと、あちこち電話してみた。立川と根津がうまいことつかまって、学祭資金の残りで安いリバイバル映画を見ようということになった。

 立川と電話で話したときに、冴は、例のチップを貸してくれと頼んだ。立川は駄目、と言った。文芸部の財源のために読みたきゃ根津から買え、とのことだった。仕方ないので根津に頼むと、手許にあるのでよければもってくよ、と言われた。

 待ち合わせ場所には冴が一番について、次にやってきたのが立川だった。

 立川は冴をしげしげと見て、

「…あのタキシードは、やっぱり祭の夢だったんだな。」

としみじみ言った。

「あのタキシードそんなによかったか?」と聞くと、立川はなつかしそうにうっとりして、「うん」とうなづいた。

「…結局、賞とったな、壁画。朝、須藤と見に行った。目立つな、お前の絵は。」

 冴がいうと、立川はうん、とだけ言った。

 冴はいろいろ考えたが、短く言った。

「…描けよ、立川。」

 立川は少し笑って言った。

「うん…。まあ、絵の具がある間は描くよ。…学祭期間て、おれ必要以上に…なんてーか、ナーバスなんだよ。終わったから、少しおちついたわ。」

「そうか。…ならいい。」

 立川は話をかえた。

「あのさ、写真、家族にみせたら、みんなびっくりしてたよ。今度ぜひ家に遊びにくるように誘いなさいってさ。」

「みんなって…おまえんち、兄弟いないだろ?」

 立川はうなづいた。

「…じいちゃんばーちゃんが一緒。」

「え、そうなのか。珍しいな。」

「うん。うちは姥捨てしないうち。」

 …姥捨てというのは、エリア税の負担のあまりの重さから、老人をエリアの外に出すことをいう。エリアの外の老人ホームには、エリア税より安く上がるところもあるため、しばしば苦肉の策に選ばれる、ありがちな生き残り策だった。…おそらく、立川の家に金がないのは、老夫婦を養っているせいもあるのだろう。

 老人の人口そのものも、紫外線やその他食物汚染等のせいで、全世界的に少ない。エリアで祖父母同居というのはいろんな意味で珍しかった。

 フィールド、つまりエリアやドームのない、冴の故郷の山のようなところでは事情はぜんぜんちがって、今も地域社会をがっちりささえているのは、中年や若者ではなく、矍鑠とした老人たちである。

「…俺の祖父や祖母は、母方は健在だが、父方は俺がうまれるまえに死んでいる。父方の祖父が俺に似ていたとかで、みんなから話はきくが、会ったことがない。」

「…ちょっと寂しいだろ、じーちゃんばーちゃんいないと。」

「そうだな。母方の親戚はみな可愛がってくれるので、父方の親戚もいたら楽しかったのに、と思う。とくに、そのじーさんには会ってみたかった。」

「…じゃ、あの従姉妹のおねーさんは、母方なの?」

 立川になにげなく聞かれて、冴はしまったと思った。

「…いや、あいつは…父の親戚は父が若いころに亡くなったので、父はその養子みたいな状態だったんだ。それで、そこの…世話になっていたうちの、長男の娘なんだ、あいつは。…俺の祖父になぞあったこともないクセに、見て来たような口をきくぞ。」

「…じゃ、血は…」

「…つながってない。」

 立川がいきなりうさんくさそうな目になった。

「…あのな、月島、…お前は、多分一切悪気はないんだと思うんだけど…あの美人と血がつながっているかどうかは、かなり重要な問題だと思うよ。」

「いや、たいした問題ではない。あいつからして俺の親父のことを叔父と呼んでいる。」

「…家主さんなにもいわねーの?…根津の会誌みる限り、凄まじく攻撃的で批判的で上から目線で破れかぶれで、…優雅な見かけと全然違う人格らしいけど…。」

「…なんでそこで陽さんの話が出てくるんだ。」

「なんでって、おまえ家主さんと…」

 立川がそこまで言ったとき、「おーい」と声がして、根津がやってきた。

 二人はそこで話をやめて、根津を迎えた。

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