惚れた人は気の強い女性でした
初対面は高校だった。
見た目、頭脳、運動神経全て普通の自分は何故か2年の時から突然イジメの標的にされていた。
多分、少し気が弱かったから暇潰しの相手として選ばれてしまったんだろう。
あの日も人気のない校舎裏に連れていかれて、クラスのギャルやギャル男(死語か?)達に罵倒されていた。
何を言われていたか正直覚えていない。聞いていなかったから。
多分、キモいとかウザイとかその程度だったかな。
蹴られたりもしていた。
早く終わらないかな
そう思っていた時だった。
「ねぇ、何やってんの?」
遊びに混ざろうとしている幼子のように明るい声だった。
校舎の陰から顔を出したのは、制服のリボンの色からして一年上。
高い位置で結ったポニーテールが風に揺れていたのが印象に残っている。
大きめでパッチリとした目が僕とクラスメイトを交互に見ていた。
リーダー格の男が素っ気なく、別に……と答えて去ろうと、彼女の隣を通り過ぎようとしていた時だった。
「アンタ達、馬鹿じゃねぇの?」
ドン、と大きな音と共に、その男は尻餅をついていた。
どうやら足を払われたらしい。
「イジメとか高校生にもなってやること?暇なら今から受験勉強でもしてたら?かっこ悪いよ」
さっきのとは真逆の冷たい声。
その後も彼らに何か言っていたようだけど聞いていなかった。いや、聞こえていなかった。
彼女に見惚れていた。一目惚れというやつか。イジメられているところを助けられて一目惚れってかっこ悪いけれど。
「あんたもさぁ」
ハッとしたときには既にクラスメイトはいなかった。どうやって追い払ったのかわからないけれど、教師が来たわけでもなく、彼女の身なりが乱れていないところを見ると言い負かしたか。
「負けてんじゃねぇよ」
呆然と立ちすくんだままの僕にそう言って、またポニーテールを揺らして去っていった。
その後は、イジメもなくなりいたって普通の生活を送った。
彼女とはすれ違うこともあったけれど、声をかけることもできずに彼女も僕も卒業した。
せめてお礼は言いたかったのに。
そして無事に大学に進学してバイトを始めた。大学近くのコンビニだ。
そこで、半年ほど働いたころかな。彼女は家が近いらしく、新人アルバイトとして入って来た。
「よろしくお願いします」
深く頭を下げた彼女の髪は相変わらずのポニーテール。
前は彼女が先輩だったけれど、今は僕が先輩。やたらとドキドキしたのは逆の立場ということに対してなのか、綺麗になっていた彼女に対してなのか。
当然、彼女と一緒になることもあって、あの日は休憩室で一緒だった。
「少しは頼れるようになったのかな?」
まさか覚えていてくれていたとは思わなくて、笑った彼女が可愛くて、鼓動がうるさく鳴った。
彼女は上司であっても先輩であっても間違っていることははっきり指摘する子だった。指摘された側は面白くないようだけれど、彼女は周りから男女関係なく好かれていた。
そして従業員だけでなく、客にも好かれていて何度か手紙を貰っていたのを見たことがある。
どれくらい経った時だったか。帰りが一緒になった時だ。
「ね、私達付き合おうよ」
わけがわからなかった。何で?どうして?
「あんたほっとけなくて。私みたいなのがついていないとダメでしょ」
何度も頷くので精一杯だった。
それからは毎日毎日一緒にいた。
気の弱い僕は気の強い彼女に頼りきりだったけれど、楽しくて幸せだった。
そんな僕は一度、一生に一度と言っていいくらいの勇気を出した時があった。
付き合って5年目の記念日。
お互いに就職して同棲して、ケンカすることもあったけれど(といっても僕は言い返せず謝るだけ)仲は良くて、この人しかいないと思っていた。
結婚してください。
頭を下げてたった一言。
たった一言だけれど、とても勇気がいった。
手は震えて汗かいて、用意した指輪もケースが上手く開けられなかった。
「あんたは本当……かっこつかないね」
初めて聞いた、彼女の震えた声。
恐る恐る顔を上げると、笑いながら目を真っ赤にしていた。
「でも、あんたらしいよ」
この時の笑顔は一生忘れない。
3年後、子供が生まれた。
逆子がなおらなくて帝王切開になったけれど、元気な女の子。
ただここで問題が1つ。
たまたま遊びに来ていた叔母(僕はあまり叔母が好きじゃない)が、赤ちゃんを見たいと言ってきた。
会わせたのはいいが、叔母は厄介なことに帝王切開は本当の出産じゃないと言い出した。
陣痛で苦しんで痛みを知ってこそ出産だと。それでみんな母親になると。
そこで負けないのが僕の奥さんだった。
貧血プラス傷の痛みでフラフラなのに
「だったらアンタも腹切ってみろ!経膣分娩すれば母親になれるなら苦労しねぇわ!!」
叔母はブツブツ言いながら帰っていった。
うん。大丈夫だ。きっと頼もしい母親になる。
ただ、これだけでは終わらなかった。
彼女は母乳が出ない人だった。どれだけ赤ちゃんに吸わせてもマッサージをしても出なかった。
けれど病院は母乳母乳と。ミルクはダメだという所だった。
ここでもやはり彼女は強かった。
「出ないもんは出ないんだよ!私はミルクで育ったけどデメリットなんて何も感じてないわ!」
もうこの先何があっても大丈夫だと思った。
心配していた娘の性格だが、良いのかどうなのか、おっとりした子に育った。
いつの間にかショートヘアになっていた彼女。
子育てするのに長い髪は邪魔!といって突然バッサリ切ってきたっけ。綺麗な髪だったのに勿体無いなと思った反面、ショートもボーイッシュで可愛いなと思った。
絵に描いたような平凡な生活だった。
気が強いけれど大好きな奥さんに、おっとりした可愛い娘。
仕事は特に出世できたわけではないけれど、普通で十分だった。
娘の進学、家に連れてくる彼氏、初任給でのプレゼント、結婚報告……あっという間だった。
ロクでもない彼氏を連れてきた時は彼女が追い返してしまった。その後は娘と喧嘩していたけれど、結局その彼氏は浮気ぐせがある人だったらしく、彼女はわんわん泣く娘をずっと慰めていた。
やっぱり女の子の恋愛ごとには母親なのか……
初孫が生まれた時もだ。
娘が陣痛に耐えながら痛い痛いと騒いでいたときに彼女は
「だから何だ!一番苦しいのは赤ちゃんだろうが!これから母親になるんだからしっかりしろ!!」
僕はどうしたらいいのかと、義理の息子と狼狽えるだけだった。
娘が家を出てからはまた2人の生活。
歳を取っても綺麗だった。おでこのシワやほうれい線は気にしていたけれど、目尻のシワはウェルカム!と言っていた。
「目尻のシワって、それだけ笑ってるって証拠なんだよ」
シワを深くして笑う彼女を見て、本当敵わないなぁと思った。
彼女と一緒になってもう60年か。
こうして考えると幸せな思い出しかないな。
いつも君は笑って怒って、涙を見せたのはプロポーズしたときだけかな。
娘の結婚式ですら泣かなかったね。僕は号泣していたのに。
でも知っているよ。帰ってからアルバムを見て泣いていたこと。
子育てでたくさん悩んでいたね。それでも君は弱音吐くことなく、1人で悩みを抱えてさ。
悩んでるのに気付いた僕は悩みの内容を予想して、さりげなくアドバイスしたり気分転換できるように旅行だったり子守をしたりしたけど、悩みは解決できていたかな?
もっと僕が頼れる男だったら相談してくれていたのかな。
頼りなくてごめんね。
君のおかげで娘は素晴らしい子に育って素敵な旦那さんを見つけて、可愛い孫も生まれたよ。
頑張ってくれてありがとう。
気が強くて男勝りだけれど、抱きしめた身体は小さくて柔らかくて、女の子なんだなぁって再認識する度に君のことがもっと好きになって、愛おしくて、守ってあげなきゃって。
君のことだから、私が守ってあげるんじゃなくて?って笑うだろうね。
それでも僕は男だから、大事な人は守ってあげたいんだよ。
まだ伝えたいことがたくさんあるけれど……最後に1つだけ。1つだけ絶対に伝えたいことがあるんだ。緊張するけれど、勇気を出すよ。
「生まれ変わっても、また結婚してくれますか?」
「当然でしょ」
君が僕の前で見せた2度目の涙。
握ってくれた手に落ちた涙の温度も感覚も、もうわからないけれど
僕の最期の記憶が君の笑顔で良かった。
向こうで会えたなら聞きたいんだ。
何で僕を選んだの?って。
何度か聞いたことがあるけれど、君はいつも同じ答えだったね。
あんたがほっとけないからだよって。
あれ本当?
「優しくて、心が綺麗な人だったからだよ」
振り返った先の懐かしいポニーテールに僕は微笑んだーーー
思いつきで書きました。
帝王切開と母乳どうこうの話が書きたかっただけです。
私は言われたことありませんが、実際にあるらしいです。
ネットで見て、イラっときたのでここで吐き出しました。
母乳に関しては助産師さんも病院の方針で仕方なくっていう方もいらっしゃるんでしょうし……大変なお仕事です。