いつの間にか
結局、翔の制服は今まで通りの短ランとボンタンとなり、それも認められた。
まさか使い魔にそんな好みやこだわりがあるとは講師たちも、召喚士族の上の人間たちも思わなかったんだろう。
観察対象が学校に来なくなっては困るのか、あっさり認められた時はぽかーんとしてしまったものだ。
そして――――
「おらおらおらおらぁあああっ!」
「くぅ、ほっ! そこっ!? くぅうう!」
「まだまだだろうが! 全然本気じゃねぇぞごらぁ!」
「かふっ……ぁ、ダメ……」
「調子こいて寝てんじゃねぇ! 腹に何発か入れりゃ喜んで起きるだろうがぁ!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
翔には拳士特有の体術を重点的に仕込まれ、
「はーい、そこで魔法力を供給」
「こう、か?」
「ちっがーうっ! そこに力を入れちゃうと発射が強制的になっちゃうてあれ程言ったでしょ! 魔法力供給だけは優しく! そう、女の子を扱うように! 触れるように優しくやるのよ!」
「説明にやや曲解できそうな部分があるんだけど……――」
「――うっさいうっさいうっさーい! とにかく、魔法は召喚と違ってデリケートなの! 次間違えたら八王子スクエアの支払い風土の奢りだからね!」
「そんな嘘だろっ!?」
楓には魔法士のイロハを厳しく指導され、
「そうです、風土。召喚の一番重要なモノはイメージ力。翔と楓の訓練により、風土の召喚力が向上しているのがわかりますか?」
「あぁ……感じる。ナイアだけで手一杯だった召喚力に隙間が出来たような感覚だ」
「そう。正に目から鱗という異例の成長とも言えます。楓のおかげで、風土の魔法力が成長し、翔のおかげで風土の中に拳力が覚醒し始めています。相反するはずの力が、互いの力の居場所を確保、維持するために多の容量を押し広げていると推察されます」
「……そうだな。今なら……今なら更なる召喚が出来そうな気がするよ……」
ナイアは召喚士としての指導、そしてトータル的な成長を助けてもらった。
そうこうしている内に、日はどんどん進み、いつの間にか選考会の前日となっていた。
――二○一五年 七月二十四日 水曜日
夜、夕食時に俺は純太と雫と一緒に食事をとっていた。
「おー、いちちちちちち…………くぅっ」
「なんかお前、最近ずっとそんな感じじゃないか? そんなんで明日大丈夫なのかよ?」
純太が気遣うように聞いてくる。
ここ最近、翔たちの…………いや、主に翔なんだが、その訓練のせいか生傷が絶えない。
そんなボロボロの俺を、純太も、正面に座る雫も心配そうに見つめてくる。
「大丈夫大丈夫。一回戦の相手は問題ないだろう」
「そりゃ統一杯だったら何日かに分けてやるからそうかもしれないけど、明日は決勝まで一気にやるんだからな? そこんとこ、本当にわかってるのかね、コイツは?」
「そうですそうですっ」
ぶんぶんと首を縦に振ると雫。
言いたい事は言えなかったが、純太が言ってくれてホッとしているようだな。
日本人的というか大和撫子というか、雫の性格も最近ようやくわかってきた気がする。
「それに、優勝しなくても、決勝までいけば統一杯に出られるかもしれないんだろう? 幸いこっちのブロックには二人はいないし、楽に出来ると思うぞ?」
「おいおいおい、書記長の一部将太郎の事忘れてるんじゃねぇのか? こっちはこっちで雫がいるから大変だけど、お前、二回戦まで上がればウチのクラスの優等生、丸中だっているんだぜ?」
「はっはっはっはっは」
「ったく、乾いた笑いしやがって。……まぁいいや。俺も明日、手を抜くつもりはないからな」
立ち上がってそう言った純太は強い目で雫を見つめた。
一瞬、肩を震わせた雫だったが、同じく席を立ち上がって言った。
「ま、負けません!」
口の端を少し上げた純太は、そのまま自分の部屋に帰って行き。
ホッとして胸を撫で下ろした雫も、
「私、頑張りますねっ! それでは、おやすみなさいっ」
まるで自分に気合いを入れるかのようにそう言って部屋に戻って行った。
さて、明日の一回戦……相手は誰だったっけか?
俺は胸の内ポケットから、選考会のトーナメント表を取り出して開いた。
「うげ…………また嵐山か……」
◇◆◇ ◆◇◆
――二○一五年 七月二十五日 木曜日
選考会は放課後。
しかし、夏季休校も近いおかげか、授業自体は昼で終わる。
したがって放課後と言っても、皆が昼食を終え落ち着いた昼過ぎである。
そして選考会の会場は平時使われるテスト会場ではなく、仮設ではあるがグラウンドに作られた。
流石に選考会を観ようって同学年の人間は多い。二年や三年の姿もちらほら見える。
それ以外の目的といえば、雫やジェシー、そしてナイアを見たい……いや、視たいという欲求だろう。
「カカカカカ、こりゃ面白そうな行事やな」
「翔、気を抜いてはダメですよ」
「わかってますって姉御ぉ!」
気合いを入れる翔の声が発された時、俺は目の端でビクンと身体を揺らす男子生徒を発見した。
…………あ、嵐山君だ。
だが、今日は俺の晴れ舞台。翔もナイアも極力手を貸さないと言うのだ。
勿論、危なくなったら手を出すとの事だが、それ以前に俺が負けてしまったら問題だ。
「嵐山! 火水! 入れ!」
塚本講師の声がグラウンドに響き、嵐山が緊張気味の足取りで歩を進める。
「そんじゃ火水。俺様が出るまでに負けたら……ひき肉の刑だ」
翔の殺意を帯びた赤い目が怪しく光る。
何あの人、本当に怖い。
「カカカカ!」
そんな殺害予告の後、翔はナイアの無召喚によって消されてしまった。
そう、使い魔といえど、戦闘開始の際は消しておかなければならないのだ。
最初から二人がいるならば俺は難なく優勝出来たかもしれないが、統一杯と同じルールであれば全てのスタートがフェアでなくてはならない。
「では風土、ご存分に……!」
ナイアはゆっくりと頭を下げた。
俺はナイアの頭が下がっている間に無召喚を発動し、銀の砂は風に乗るように消えていった。
どうやらその光景を見る始めての者もいるようで、多少会場がざわついている。
俺は嵐山の前まで歩いて行く。一歩、また一歩と。
選考会の仮設テント下にいるのは、出場選手の一部を除いた全原会長率いる生徒会。
好奇の目が俺に向けられる中、俺は無用な意識を首を振って追い出した。
「火水。ソッコーで片付けてやるからな……!」
嵐山の挑発。
そう、嵐山が勝つためにはそれしかない。
俺がナイアを召喚する前に仕留めてしまえばいいのだ。
ファーストサモンが勝負。嵐山はそう思っているだろう。
「やれるもんならやってみろ……!」
自然と震える足。
恐怖からではない。これが武者震いってやつだろうか。
初めての感覚に不思議な気持ちになるが、今は塚本講師の声に意識を集中させる事が大事だ。
「……っ! 始め!」
耳に届いた!
嵐山の召喚速度はそこまで速くない。
しかし、一年の生徒全体で考えるならば速い方だ。そりゃ選考会に出場するくらいだからな。
嵐山が召喚陣を空に描き始めた頃、俺の耳には観客の声が届き始める。
「おい、何でアイツ召喚陣を描かないんだ?」
「あーあ、緊張でブルっちまったか?」
「おい、風土! 負けちまうぞ!」
「火水さんっ!」
野次以外に純太と雫の声が聞こえる。
大丈夫。俺は何も失敗なんかしていない。
集中、集中だ。翔の言った通り、教えられた通りやれば出来る……くっ!!
「せいやぁっ!!」
腹から会場に届く俺の気合い。
一瞬、野次が止まり、その集中故か左側にいる全原会長の声が聞こえた。
「これは……剣力っ!?」
違う、違うぜ会長っ!
これは使い魔の使い魔が俺をボコボコにしながら、ゴミでも見るかのように高笑いしながら、俺という存在に文字通り叩き込んだ男の……いや、漢の力!
「拳力だ!」
腰を落とせ、足を踏み抜け、グラウンドが潰れる程、地球に俺の息吹を聴かせてやるんだ!
「おぉおおおおおおおおおっ! せいっ!!」
「がぁっ!?」
一瞬で嵐山の懐に潜り込んだ俺の姿を捉えられた人間は数少なかっただろう!
翔によって身体に覚え込まされた鳩尾の位置。今の俺が間違えるはずもないだろう!
拳が腹部に当たる瞬間、捻りを加え、腕力を抜き、拳力を加える。
刹那のタイミングで振り、打ちぬく。
「……か……かか……っ」
これが……血みどろの翔ちゃん直伝の『漢の拳』だ!
「しょ、勝負有りっ!!」
塚本講師の声が再び耳に届いた時、歓声は届かなかった。
しかし、確かに届いたのは二つの拍手。
純太と雫が……大歓声にも負けない拍手を届けてくれた。
俺は右手を掲げ、痛くなった鼻と熱くなった目を隠すために下を向いた。
「よし! ……よしっ!」
震えながら絞り出した自身の歓喜の声は、俺の耳にしばらく残っていた。
徐々に頭角をあらわしていきますね、風土君。




