序章 異世界に誘われた男
異世界に転移した大人の男の物語です。
難しいことは一切ありません。
ハッピーエンドまで突っ走ります。
強い男の痛快なアクションをお楽しみ下さい。
様々な木々が青く色づき、巨木が無数にそびえ立つ、生命溢れる巨大な森。
ラバス王国、東に位置する不滅の森と呼ばれる樹海シーダ。
無数の生命を内包し受け入れるこの森は、動物だけでなく多種多様な生態をもつ魔物まで暮らしている。
森の木々には豊かに実が成り生命を育み、バランスの取れた生態系を維持している。
同時に新たに踏み入れた者は、生命のヒエラルキーに組み込まれる為、生存競争の中で勝ち取らねばならず、相応の覚悟が必要となる。
例えそれが不本意な事だとしても・・・・・・
「この辺りは殆ど実が食べつくされているわね」
狼の血が流れ、獣の耳と尾を持つランガ族、族長の娘ミーナ。
流れる様な美しく長い黒髪に黒曜石を思わせる黒く大きな瞳。
整った顔立ちと美しい肢体は、男の目を引きつけて止まない。
獣人特有の身体を包み込むゆったりとした白いドレスが、非常に良く似合う。
彼女はラバス王国の兵士に追われ、シーダへと逃れてきた。
亜人と呼ばれ蔑まれる彼女達獣の特徴を残す獣人は、迫害の対象とされている。
オウガ大陸の先住民であり多くの種族を纏め上げていたランガ族ではあるが、海を渡り別大陸から来た人族は獣人族には無い強力な科学と魔法で、瞬く間に生存域を減らされてしまった。
亜人と言われながらも、容姿の美しい獣人は慰み者となり、多くが奴隷として連れ去られてしまう。
ミーナはランガ族の長の娘として抵抗を続けていたが、新興のラバス王国近辺まで追いやられ、シーダの森に逃げざるをえなかった。
妹のティーナと熊族の幼い双子の娘、ラナとリムを連れ森で生活し、今だ抗戦し続ける父の助けを待つしか出来ない。
歯痒く思いながらも、今は耐えるしかないと、慣れない生活に苦労していた。
15歳と成人になった彼女ではあるが、助けなしでの1人での狩りは経験は無く、食べられる実の判断も殆ど知らない。
13歳の妹も同様であり、5歳の子供2人も当然である。
森へと足を踏み入れて3日。
強力な魔物との遭遇は運が良かった為無いが、食事もままなら無い。
飲み水は、清流があるので問題は無く、寝床も小さな岩の窪みを発見出来た。
だが、どうしても食べ物が足りていなかった。
何とか食べられる実を少し見つけ誤魔化していたが、空腹は限界でラナとリムは動けなくなり、警戒の為ティーナを寝床に残して、ミーナ1人で探している。
1人で歩くのは危ないと分かっていたが、体力の残っていない子供を連れ歩くのは余程危険である。
動物や魔物の格好の餌になってしまうだろう。
「戻ろうかしら。でもあの子達がっかりするわね」
空腹であるのは自身も同じである。
最年長の自身が頑張らねばという気持ちが、判断力を鈍らせていた事に気付かなかった。
はやる気持ちが警戒心を押し留め無理をした結果、彼女は追跡者に発見されてしまう。
「大人しく捕まれ亜人の娘。お前の美しい容姿なら奴隷としても厚い待遇が受けられるだろう」
ミーナを取り囲む兵士の中から一際体格が良く、鍛えられた男が前にでて最後通告をしてきた。
ラバス王国、亜人追跡部隊・隊長ザッパ。
亜人の追跡専門部隊の隊長である彼は、どの様な状況にでも対応出来る動きやすい皮製の鎧を纏い、腰には大型のナイフ、手には柄の短い槍を持っている。
油断が無く隙の無い動きから実戦経験の少ないミーナにも、手だれだと理解出来た。
「近づかないでください!」
一息に捕まえられるのに茂みからわざわざ姿を現し、じりじりと追い詰めるのは獲物が恐怖し怯えるのを楽しんでいるからだ。
ザッパのミーナを見る目は好色に濁り染まっており、舌なめずりでもしそうな程興奮している。
「味見をしてからでも問題は無いだろう。お前達、傷は付けるなよ」
ザッパの言葉を聞いたミーナはこれから自の身に降りかかるであろう陵辱に恐怖し、震え、手に持った小さなナイフで意味の無い抵抗を示す事しか出来ない。
叫びを上げても誰も来てくれない。
恐ろしい魔物を呼び寄せてしまうかもしれない。
叫びなど上げられないと理解しているザッパはゆっくりと、怯える彼女を楽しみながら近づく。
ミーナはあと一歩で手が届きそうな距離に男が近づき、涙の浮かんだ目を思わず閉じてしまった。
「子供相手に何をしている」
低く静かで、怒りを含んだ男の声が側から聞こえた。
続いてザッパのくぐもった呻き声と、風をはらむバンという衝撃音。
更にバキバキという生木の折れる音が響く。
恐る恐る目をゆっくり開けると、彼女を守るかの様に190を超える長身の、フードを目深にかぶった男が立っていた。
広く大きな背中から受ける気配は自信を感じさせ、ミーナは男が側に立つだけで安心感を得てしまう。
袖無しのフード付きジャケットは高級な毛皮が使われているのが分かるが、裁縫が雑なのか所々ほつれている。
上半身裸の上に直接着ているので、細部まで鍛えられ引き締まった身体が窺える。
胸筋、腹筋、二の腕と無駄な肉は一切無く、実用一辺倒の戦いの為の筋肉。
背後からの為、フードを目深にかぶっている事もあり表情は窺えないが、閉じられた口元は無精髭が見えた。
「貴様、何者だ!亜人を庇い俺に手を出すとは死罪に値するぞ!」
ザッパは倒れた木を背に、立ち上がった。
派手に吹き飛んだが、無傷の様だ。
「まさか、貴様、亜人か?フードを取り顔を見せろ!」
楽しみを邪魔され激昂するザッパとは対照的に、フードの男は静かにたたずみ、彼の威圧の言葉に揺らぎもしない。
「・・・・・頃合か。そろそろ動いても良いか・・・・・・」
低く渋い声で呟くと、ゆっくりとフードを下げる。
現れた顔は額から右目を通り、頬にまで掛かる古傷を持った、20代後半程に見える精悍な男だった。
しばらく手入れしていないのか、長く伸びた黒髪をうなじで纏め、一括りにしている。
鋭い黒目は猛禽類を連想させ、油断無くザッパを見据えていた。
「亜人ではない?見ない顔だ。名は?」
「人に名を尋ねる時はまず己からだと思うが・・・・・・まあいい、お前の名前など覚えるつもりは無い・・・・・・内藤健吾だ」
静かに名乗る男、内藤 健吾。
ミーナと彼の出会いは、世界を巡る壮大な冒険の始まりを告げるものだった。
次回、1話、誘われた男。