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第肆話 クモリ ゾラ

 僕は、入学式のあの一件を、幻覚だと言うことにした。人間は、臭いものにふたをしたがる生き物だ。都合の悪いものは見なかったことにする、なかったことにするのもきっと、おそらく、たぶん生きていくうえで必要なスキルだ。

 ちょっとくらい目を疑うような物と遭遇しても、衣食住、勉強、睡眠……それらの当り前のルーチンワークにより、時間が過ぎれば風化し記憶は色あせていく。現にあれから、二週間普通に退屈で怠惰な日々を送っている。


「だから、マジなんだって。特別棟で人が消えるのを、見たってやつがいるんだよ。それもさ、入学式の時、すっげぜーぼいんなおねえちゃんたちが、ブラジルのカーニバルとかできている衣装で練り歩いてたの見たってさわいでいたらしいぜ。俺もだけどそんなアンビリーバボなのを見たやつ全然いないんだぜ。千歳も見てないだろう?」


 げほげほっ。炭酸飲料をあおっていた時に、余りにも身に覚えがある話が宇野の口から飛び出し、思わず咳き込む。きらきらと輝かした目とわくわくとした声で語る宇野を一瞥し、頬をかく。それ、僕も見たんだけどなんて、言えない。こいつに言ったら最後、おもしろおかしく尾ひれがついた噂話が全校中に駆け巡る気がする。


「だ、大丈夫か。千歳」

「はぁ……おぉ、もう大丈夫。お前本当にそういう怪談っていうか噂話本当に好きだな。いったい、いつもどこから入手してくるんだ。この前は、人の喰い桜とか、学校の埋蔵金説だったよな」


 小学校の頃は当たり前のように身近に会った怪談は中、高と上がっていくうちにどんどん薄れ、そもそも自分の学校に怪談があったのかさえ知らないものがほとんどだ。それは、学校という閉鎖された小さな世界に押し込められている時間より、睡眠時間が短くなったせいか、はたまたいつでも、どこでも、誰とでも繋がれる便利なネット社会の発達のせいかはわからない。少なくとも僕は通っていた中学の怪談話なんて聞いたことがない。


「ふふふ、じゃじゃーん。最近うちの学校、緑園高校七不思議っていうタグをつけてつぶやくのが流行ってるんだぜ。この学校、異常なほど怪談であふれているから、今度新聞部で特集組もうとしているんだ。千歳も何かあったら教えてくれ。ネタの提供はいつでも歓迎だって、あれ。ネットに繋がらない。なんでだ」


「場所が悪いんじゃない? 僕のも圏外だ。山奥だから仕方ないよ」

「でも、この間はこの廊下でもつながった気がするんだけどな。よっと、うっと」


 宇野は、電波を探してスマホを上に向けたり窓際に向けたりと腕を伸ばして踊っている。


「じゃあ、昨日の雷とか。夜中にすごく大きいの落ちただろう?」

「あ、そうか。そうかもしれない。でも、今朝はつながっていた気がしなくもないんだけどな。えぇ、いつになったらなおるんだろう。早く繋がんないかな」


 だけど、今僕が通っている私立緑園高校には不思議と七不思議が満ち溢れている。いや、七というのはあくまで便宜的な数字だ。実際は両の手では数えきれないほど無数のパターンが存在している。王道のものから、邪道のものまで多種多様だ。


「僕が知っているのは、多分宇野も知っていると思うけど……まずは、オーソドックスに保健室のベッドの下の青白い手、あの世とつながる職員室前の公衆電話、血のしたたる音楽室のピアノ、家庭科室の包丁を持って襲い掛かる着せ替え人形」


 山の中にある全寮制の高校。そんな陸の孤島をほうふつさせる密室じみた土地柄のせいか、それともスマホや携帯に使用制限が設けられているせいかもしれない。使用制限がなくとも山の中の成果場所によってつながらないこともある。とにかく、退屈で娯楽が少ないのだ。だから、暇な人間は藪をつつくのだ。


 かくいうこの僕も、そんな一人なのかもしれない。学校の裏庭に神社がある成果、そういうオカルトじみた噂は発生しやすい。


「最後のはいろいろ突っ込みどころがあるけど、それは全部知ってるぜ」

「だよな。他に何かあったかな……あ、そういえば、夜な夜な鈴の鳴る音が学校の方からするなんて言うのがあったかもしれない」

「あぁー、それもしってるわぁ。うちの部活の先輩、それ確かめるために学校忍び込んで、鬼公におこられたらしいぜ。それも、こってりと」


 鬼公って、生徒指導の西東先生のことか……。よく、くわっと目を見開いて生徒を追いかけている姿を見る。あの巨体であのスピードが出せるとか、どんだけ生徒と鬼ごっこしてるんだろう。噂をすればなんとやらとばかりに、唾を飛ばしながら西東先生が、真っ赤な顔で生徒を追いかけている。廊下を走るなと注意する先生が、全速力で廊下を駆け抜けている様は、若干笑える。あれに、追いかけられるのは御免だ。


「それはそれはご愁傷さま。僕は、部活どうしようかな~。選ばなきゃまずいかな。正直、めんどいんだけどさ。宇野は、新聞部なんだよな。この学校って委員会じゃなくて部活って、変わってんな」

「そういえばそうだな。うちの部活めちゃくちゃおもしれえぞ。主に、部員が。というか、部長が」

「それって、お前も含まれてるよな。新聞部なんだから面白いのは記事の内容じゃなきゃだめだろう」


 新聞部だけは入部しないことにしよう。こいつが面白いっていうからには碌な人たちじゃないはずだ。それに、四六時中こいつとばかりつるむのは御免だ。中学の時は、初めにテニス部に入って、その後顧問の熱血ぷりに引きまくって、退部して以来、部活とは疎遠だ。正直、部活の人間関係ってめんどくさい。群れるより一人で、自由気ままにしている方が性に合っている。こいつは、そうおもうと多分僕とは真逆のタイプかもしれない。


「まぁ、ある意味、ウチの記事は面白いよ。先輩が次考えてるのは何だっけな。そう、確かUFOによる生徒連れ去られ事件だったか。なんでもかんでもUFOに搦めたがる先輩だけど、今回のはちょっとこれまた現実味があるんだ」

「はぁ。UFOね」

「おう。俺の情報網にこれとよく似た話が最近ひっかかってるんだ。霧の深い夜に生徒が神隠しに合うってやつなんだが、翌日には何事もなかったようにベッドで寝てるんだとさ」


 日が陰り始めた学校の廊下、声を潜めて、独特のペースで宇野は語る。雰囲気は十分にあるのだが、ただ内容がおしい。及第点にはたりない。


「それって、ただこっそり部屋を抜け出したからじゃないのか。どこが神隠しなんだよ」

「まぁまぁ、ちゃんとこの話には続きがあってな。戻っては、来るんだけど、まるで魂をどこかに置いてきてしまったかのように抜け殻なんだとさ。笑いもなきもしないし、話しかけても返事がない。ただ、機械仕掛けの人形のように生きていくうえで必要な作業をこなすだけになる」


 想像する。断片的なイメージが脳内にシャボンのように浮かんでは弾けて消える。魂を奪われれば、何も感じなくなるのだろうか。自分から何かをすることはなく、ただ言われるがままに動く人形。それは、ひどく楽だ。このままならない心ってやつをどこかに捨てられれば、いいのに。人形であれば、きっと傷つかないし、誰かを傷つけることもない。甘い誘惑。

 ふと隣を見るとこちらのリアクションを期待するようなきらきらとした目が向けられる。


「……それは、別の意味で怖いな」


 口から出たのはそんな当たり障りのないもの。だけど、テンションマックスの宇野には、なぁなぁの返事でも問題がなかったらしい。滑らかになった舌はさらに早口にまくしたてていく。



「だろう。一番近いのだと、三組の酒井さんがそうかな」

「だれだそれ」

「知ってたけど、千歳って自分と関わり合いのないやつの名前も顔も全く覚える気がないよな。いっそすがすがしいほどに」

「お前が、無駄に知りすぎてるんだろう。この前、全校女子の名前と顔を一致させたぜとか叫んでたよな」


 普段こんなに喋り捲るこいつがしゃべらなくなったら、それはもうぞっとするだろうなとぼんやりとおもう。


「千歳も今度読んでみなって。それにしてもこの学校七不思議多いよな。取材するにしても、どれにするかって結構問題なんだよな。定番じゃあ、つまらないだろうし、いまいち新聞の記事にするにはインパクトが足りないんだよな。んあぁ……俺、部室こっちだから、またあとでな」

「おう、がんばれ」

「おうよ」


 ふと、背中にちりちりとした視線のようなものを感じ、振り向く。特にこちらを見ている奴はいない。いつもの放課後の風景だ。気のせいかとおもい、頭を掻気ながらバス停に向かった。





 寮の中は、ひどく静かで閑散としていた。一つ階段を昇った右奥の部屋に鍵を差し込み、回す。寮の部屋は、あまり広くない。僕も宇野も花粉症ではないので、大きく窓を開け、風を取り込む。


「疲れたぁ」


 五限目の体力測定で疲れた身体を包み込むように、寮のベッドが沈むはずもなく軋んだ音を立てる。手から離れたスクールバックが、ぱたりと倒れる。絶えず誰かに見られているというのは、人間にとってかなりのストレスにさらされることのようだ。芸能人とか本当にすごいなと妙なところに感心しながら、仰向けになる。


 蛍光灯の丸い輪が、部屋をやんわりと照らす。少しだけ空気の入れ替えを兼ねて開けた窓の隙間から、風がひゅうっと入り込んで、宇野の机に合った漫画本のページをめくっていく。


「神経質になってんのかな」


 集団行動が必須の生活になれていないせいで、誰かにずっと見られているなんて言う被害妄想が発生したのかもしれない。リラックスできるはずのバスタイムも、時間制限付き、しかも大勢で入るからのんびりなんてできない。風呂場は音が反響して一人一人の話し声はさほどでもないかもしれないがとにかくうるさいのだ。


 でも、不思議と寮内ではあの視線にさらされることがなくて済んでいる。学校にいるときだけなのだ。こめかみをもむようなしぐさを数回したあとスマホを見る。


「あれ、電波あるじゃん」


 受信メールを確認する。迷惑メールの件数に、一瞥し未読のままゴミ箱へ放り込む。喉の奥になにかが詰まったような気がして乾いた咳を吐き出す。受信メールのクーポン付きの広告メールを、こんな山奥じゃ、活用のしようがないので削除していく。淡々とした作業を繰り返していた指先が、差出人欄を見て止まる。


「父さんから?」


 珍しい。いや、珍しいというより初めてかもしれない。さすがに、無理やりここに突っ込んだことに少しは、思うところがあの人にもあるのかもしれない。なんて、淡い期待をしていたのかもしれない。相部屋のやつに迷惑をかけるな、勉強をしっかりしろ、基本的にはそんな感じの内容で事務的な内容ばかり、勝手に期待しただけなのにその期待がはずれただけなのに、不快な胸の痛みが走る。もともと、あの人が自分を心配するようなことを書くとは思えない。メールを送ってきただけでも、上出来だと思わなければと自分に説得する。


 ただぼぉーっと、メールを見つめる。返信しなくてはならないだろうか。ベッドに投げ出した手足が鉛が付いたように重たく感じる。


「何を書けばいいんだよ。こんなんおくられても、善処します的な事しか書けないっていうのにさ」


 まともに会話したことのない父親のことを想い重たい溜息をこぼす。突然鳴り響いた寮内放送のチャイム音に、驚き、右手の親指がふっと、突き上がり、画面がスクロールする。


「っう」


 繰り返しの改行で気が付かなかった文を読み瞠目する。どくん、心臓が早鐘を打つ。プールの底から、音を聞いているかのように、廊下のスピーカーから流れるアナウンスがやけに遠くに感じる。


 ―――千歳くん、人に云えないような困った出来事に巻き込まれた場合、父さんか、迷うことなく学長先生に相談しなさい。必ず力になるから。


 キーーーンと耳鳴りがする。

 周りの音が、甲高い金属音にかき消されていく。わけのわからない、最後一の文に、胎児の様に体を丸め、服の胸元を強く握りこむ。胸の中にある温かいような、真っ黒なような、ピリリと痛みを発するようなそれは、どこか春の嵐に似ていた。






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