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第弐話 ニュウガクシキ

第零話、第壱話の内容が書き換わっているのでご注意ください。

 入学式、始業式、終業式、卒業式……式典ってやつにつきものの大人の中身のない定型文ばかりの祝いの挨拶を聞き流す。定型文で祝われても、なんかありがたみってやつが全然感じない。


「やぁやぁ、生徒諸君。君たちの入学を心待ちにしてたよ。昨日はちゃんと寝れたかい? それとも、緊張で眠れなかったかな」


 遠足前の小学生じゃあるまいし、入園式を含めて人生で入学式を四回もやってんだから、そんなことあるわけないじゃないか。思わず突っ込みを入れる。誰が話しているのか気になって、舞台へ視線を向ける。

 異様なほどに合っている真っ白なタキシードをきた長身な男性が、マイクを握って滅茶苦茶楽しそうに熱弁していた。


「ボクは眠れなかったよ。毎年この時期はワクワクそわそわしてしまってね。新入生諸君、これから君たちは親元を離れて、ご存知とは思うけど、この自然豊かなといえば聞こえはいいけれど、近くの町まで下山しないといけないような辺鄙なところで3年間過ごしてもらうね。衣食住、そして学生の本文である勉強をしてもらうわけだけど……三つ、僕と約束してくれないかな」


 プログラムと時計を見てみると、おそらくこれは学長の挨拶ってやつだ。これが、この学園のトップなのか。白いスクリーンが上から降りてきて、そこに三つの約束がかわいいイラスト入りで文字が列挙される。


「一つ、夜は絶対に寮から出ないこと。たまに、野生のシカとか熊とか猪だとかでて気て危ないからね。万が一蛇に噛まれた場合は、すぐに保健室の先生のもとに言ってね。今朝も噛まれちゃった災難な子がいてさ。毎年、肝試しに挑戦しよう夜に学校来る子たちがいるんだけど、本当に危ないんだよ。ちゃんと、夏には肝試し大会を用意しているからその時にお願いね。あと、くれぐれも、男子は女子寮に侵入しないようにね」


 災難な子って、僕のことか。学長さん、すごく威厳とかがなくて、頭悪そうなしゃべり方のわりに、情報をきちんと握ってるってことか。人は見た目によらないって本当なんだな。


「二つ、学校内で起こったトラブルとか事件とか、恋愛相談、進路相談、困ったことがあったら一人で抱え込まずに先生とか、寮長とか寮母さんとか、あと、僕とかね。誰でもいいから相談すること」


 スクリーンに学長室や、寮長室、相談室……いくつかの部屋とおすすめ相談相手の顔写真がどんと映し出される。


「三つ、これが一番大事なんだけど、三年間を振り返ってよかったなって笑ったり泣いたりできるように”みんなで卒業する”こと。以上! 入学式は僕のこのあいさつで終わりだ。今日の寮のご飯は豪華だよ。先生の指示に従っててきぱき動いて、美味しいご飯を食べてね」


 白いタキシードを着たド派手な学長が、舞台上で優雅に礼を取る。シルクハットの帽子を脱ぎ、クルリと手品師の様に翻す。そして、ぽんと一度シルクハットの底を意味ありげにノックする。ちりっと走った首筋の皮膚が攣ったような感覚。


「は?」


 目を見開いた。あんぐりと開けた口から、掠れた空気が、体育館内に零れる。明らかに物理法則を無視したような、いやそもそも実在する生物かどうかすら怪しいものが舞台のライトを浴びて目に痛い白のシルクハットからそれらは出てきた。がたっと、椅子が音を鳴らす。


 にゅるんとまるで、ところてんでもおしだすように飛び出したそれは、とても色鮮やかで、肌色過多だ。一体何の手品だろうか。鳩でも兎でもなく、飛び出してきたのは派手な衣装を身にまとった豊満な肉体の女性たち。次々に現れては、椅子と椅子の間を縫うようにして、踊り練り歩く。一言でいうならそう、いつかテレビの番組で見たお祭り―――「カーニバル」。思わず、目で追ってしまう。だれかが、僕の心の声を代弁するように、そう叫ぶ。踊りながら大きく振り回された手が、かすりそうになりとっさによけようと身体を逸らす。


「どうしたの」


 隣の女子が、僕の行動に不思議そうに小声で尋ねる。心底不思議そうなその表情に、思わず周囲を見渡す。


「え?」


 おかしい、あまりにも静かなのだ。


 お祭り騒ぎのシルクハットから出てきた女性たちが打ち鳴らす太鼓や笛の音は煩いくらいだというのに、生徒や先生の声があまりにも不自然なほどに上がらないのだ。まるで、目の前のカーニバルなぞ、初めから存在していないように。見えても聞こえてもいないように。無視しているわけではない。あまりにも普通なのだ。そう、まるでおかしいのは、僕や「カーニバル」と声を挙げた生徒であるかのようだ。

 サァっと血の気がひく。とっさに隣の席の子に「虫がいてさ」と返答すると、納得いった表情を浮かべた。


 この不思議な事態をもたらした舞台上の犯人を見据える。


 目が合った。


 僕は学長を仰ぎ見た。学長は、僕を見ていた。視線が交差する。

 ゾワリ。背筋が泡立つ。

 舞台の上で一人学長は口元を抑えもせず、笑っていた。酷く楽し気な笑みを浮かべて。


 間違いなく、やつにはこの光景が見えているのだ。





 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている……。

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