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第壱話 ハジマリ ト デアイ

 受験を目前に控えた正月。単身赴任で滅多に家に寄り付かない父親が帰ってきて、脈略もなく急にこういった。


「お前は、全寮制の緑園高校に入学しろ。それ以外は認めん」


 僕のことなど無関心で、全てを母さん任せにしていた父親が、初めて僕の事に関して口出ししてきたとおもったらこれだ。あの人が何を考えているのか本当によくわからない。ただ、以前あったときに比べてだいぶくたびれて、何というか老けたなって感じがした。

 家から近い公立の高校に通うつもりだった僕の人生設計は無慈悲で横暴な父親によってそれ以外の選択肢を封じられた。もちろん僕も言われるがままなんて受け入れられるはずがなく、抵抗を試みたものの学費だけでなく生活費まで出さないと脅迫された。


 子どもとは何て無力な生き物なのだろうかとあの時ほどしみじみと思ったことはない。しかも、母さんを人質に取られているようなもんで、僕には「YES]以外の選択肢がない。母さんを見捨てるっていう選択肢は選べるはずもなく、しぶしぶ受験して、合格した。中卒になるよりかは、自由のない高校への入学の方が何倍もましだ。元より頭はそんなに悪くないし、もともとの志望校が結構高めの偏差値だったこともあって、緑園高校への受験は思いのほか楽だった。

 結局僕は、どうしたいんだろう。進路の選択、将来の自分……なんかそういうもんがすべて遠くて夢物語のように感じてしまう。全部現実で、近い将来逃れられはしないとわかっているにもかかわらず。


「はぁ~」

 首筋に張られた大きめな絆創膏を爪でひっかきながら、ゆるく息を吐き出す。

 桜舞う四月、真新しく少し大き目な制服を着こんで、心うかれるような春の日差しと温かい空気の中、目をキラキラとして歩く同級生たちの中で、死んだ魚のような目をした僕は一人浮いていた。


「最悪だ。はぁ~」


 クラス表が張り出される初日はきっと人が混むだろう。そう思って、新入生が乗るには一歩速いバスに乗って、学校に向かったものの、蛇に噛まれるというアクシデントのせいで結局人込みに巻き込まれた。まさか、自分の教室に行くよりも先に、保健室に行くとは思わなかった。無毒ヘビだったから、ちくっと刺された程度の痛みがあるだけで、強くなく、すぐに痛みはなくなった。保健の先生は災難だったねと苦笑しながら、消毒して抗生物質入りのステロイド系軟膏でも塗った。わりと、この学校ではあることらしく、その処方の手つきは手慣れてた。

 なんか、本当に僕は無力だなってこういう時思う。早く大人になりたい。自分ことは自分で何でもできるようになりたい。

 これから訪れる長くてつらい三年間を脳裏に思い浮かべ、重々しい足取りで鬱屈とした溜息をまた一つ吐き出す。

「よっ、朝っぱらから、なにため息ばっかついてんだよ。俺が今見ただけで、ざっと三回ため息ついてたぞ。知ってるか、ため息つくと幸せは逃げていくんだぞ」

 後ろから、肩をポンと軽く叩かれる。なれなれしく声をかけてきたのは、顔よりも大きめな眼鏡をかけたどこか軽そうに見える印象の男子生徒だった。「ため息つくくらいで逃げる幸せなら、それまでの幸せなんだろ」

「おぉ、言うねぇ。うん、でも一理あるな。 俺、宇野甲賀っていうんだ。よろしく頼むぜ。ルームメイトさんよ」

「ルームメイト」

「おう。おまえ、宿木千歳だろう?」 


 名乗ってないのに何でこいつ名前知ってんだろう。あぁ、ルームメイトだって言ってたから、部屋の前の名札か。あの部屋から出入りするところを見てたのなら、その時挨拶してくればいいのに。変わったやつだ。こいつが、同居人か。


 レモンスカッシュのように甘酸っぱくて弾けているような青春。

 僕の学生生活はそんなさわやかで弾けるような、いいものではない。僕の学生生活を飲み物で例えるのならば、どす黒い色をしたココアに抹茶の粉末を大量にかき混ぜたてクリープを一滴垂らしたような日々。

 学校が代わったって人の中身ってやつはそうそう変りようがない。だから、高校生活もそんなもんだろう。


 先生の指示に従い、まだ何がどこにあるかわからない同じような教室が続く廊下をぞろぞろと歩く。

「なぁ、なぁ。千歳は、何中? 俺は、二宮中なんだけどさ」

「教えてもいいけど多分知らないと思うよ。なんせ、県違うし」

「はぁはぁ~ん。さては、千歳、君は訳あり組だな」

「なんだそりゃ。別に、訳ありなんかじゃないよ。ここが父親の出身校だったからだしね。理由」


 あの人ほんと、なんでこの学校すすめたんだろう。自分の出身校にわざわざ生かせるって、わけわからない。


「そうなのか。この学校って結構よその県から来てる奴いるからな。なんせ、全寮制だしさ。いろいろあるよ。まぁ、俺にはそんなもんないけど。この学校って結構うちの中学で有名でさ。もう、その話聞いた時から絶対ここ入学するって決めてたんだよな」

「へぇ。そんなに有名なのか。ここ」

「知る人ぞ知るってやつ? ここは、県内きってのミステリースポットなんだ。他のスポットと違って、ここは部外者立ち入り禁止の私有地じゃん。だが、ここは、学校だ。生徒としてなら部外者じゃない。好き勝手に動き回れる。しかも、猶予は三年もあるんだぜ」


ほおを紅潮させながら、早口で語る様は、餌を前に尻尾を振りまくる犬のようだ。ルームメイトにそんなことを思われているとは知らずに、まだまだしゃべりまくる。黒縁のめがねに、陽光が当たりきらりと反射する。


「しかもなんと、この学校にはお宝が眠っているという噂もある。なんと、初代学長の遺産らしい」

「ふぅーん。徳川の埋蔵金とかそういうのよりはリアルっぽいよな。でも、偉人でもなんでもない個人の遺産なんだから、高額じゃないんじゃ」

「そういうわけでもないぞ。なんせ、何にもない山の中に学校まるまる一戸ぽーんと建てちまうやつだぜ。初代学長の逸話は、他にもいろいろあるんだぜ。あ、やべそろそろ俺、列前の方戻らないと先生に怒られる。そんじゃ、また」


あとで、続き話そうぜというが、ひたすら宇野だけがしゃべっている気がする。でもまぁ、ちょっと心惹かれるものはある。やっぱり、不思議なものってやつは人の心を揺り動かす。どうやら、僕も少し春の陽気にあてられてきたようだ。

ふぅっと息を吐き出す。宇野のなれなれしさは、気になるものの、打てば響くような会話のテンポはこぎみよい。まぁ、同居人とはこの様子なら、なんとか仲良くやれそうだ。新生活の懸念事項が一つ減った。






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