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サイレンが鳴ったというのに、商店街に活気は蘇らない。きっと最初の一撃目、二撃目でほとんどがやられてしまったのだろう。建物の中にまで血の蒸発した臭いが蔓延し、改めて悪夢の果てを見ている気分にさせられる。
「田北きいろ。それがキズイエローことたきたっきーの本名だよ」
横たわる四体の中心を指差して、赤香は尚にそう語った。彼女の変身は解けていて、買い物中と同じジャージ姿に戻っていた。
さっきまでカプセルがあった場所にはくすんだ金髪の女がいて、右手に手にした人形を優しく撫でていた。身長は尚と同じくらいで、女子としてはかなり高い方だろう。
その見た目ははっきり言って異常だ。来ている洋服は黒と白のレースが踊るゴシックロリータで、しかも明らかに短い。肩とヘソを大胆に出し、スカート丈は膝からより腰から計った方が早そうだ。露出狂の類いかと勘違いするほどで、よく見るとスカートや袖口はビリビリに引き千切られていることが分かる。
そこから伸びる白い太ももにはカラーテープが巻かれ、ラジオペンチが固定されていた。右に一つ、左に二つの計三つ。それぞれ持ち手の色がオレンジ、黄、黄緑となっている。
くすんだ髪はキューティクルが欠乏していて、一本一本が荒野の枯れ草のようだ。それらが彼女の頭から背中まで伸びている。前髪も顔半分を隠せるほど長いので、表情を読み取ることも難しかった。
そんな金髪の向こうに見える頬っぺたには、おそらくステッカー(英字か何かが派手に燃えているやつ)が貼られている。下まぶたには深い隈が刻み込まれていた。
異様な風貌。
時折、持っている人形に向かって囁く「ふふふふ……」という笑い声も、おぞましさを助長させている。
(関わりたくねえー……)
「たきたっきー、こっちが新入りのヒーローで、アオくんっていうの」
そんな赤香の呼びかけを興味なさげに受け流して、周りとキョロキョロと見渡している。
「今回のアジトはあっちだからね。近くまで行けば司令が気付いてくれると思うから」
それを聞くと、人形を撫でたまま赤香の指す方へと歩いていった。
なんだかバランスが悪そう……少なからず肉体を鍛えている尚から見れば、田北の歩き方は見ていて気持ち悪いくらいだった。
背中は曲がり、一歩進むごとにフラフラと揺れ、首もすわらぬ赤ん坊のように頭を交互に傾けているのだった。
「なあ赤香……あの人ってこれまで病院か何かに入院してたのか?」
「ううん、違うよ。たきたっきーは警察に捕まちゃってたんだ」
「警察だって!?」
「そう、自殺未遂のとこを取り押さえられてね。しかも他県で」
……分からない、赤香や鳥海とはまったく別次元で田北きいろのことが分からないと、尚は無事な左手で頭を抱えたくなった。
「順を追ってでいいけどさ、同じ戦隊のメンバーとして、あいつのことを教えてくれないか?」
「もちろん、アタシは司令ほど人間嫌いじゃないからそうするつもりだけど……それよりアオくん、ちょっと探し物に付き合ってくれない?」
「探し物? まあいいけど」
あれだけのスピードで走ったのだ、何か落としてたって不思議じゃない。
「探し物って言っても、アタシじゃなくてアオくんのなんだけどね」
「お、俺? なんだっけ、財布とか? いや、それはお前が持ってたはずだし……」
「違う違う。それだよ」
赤香が指差したのは、尚の腕に巻き付いた手ぬぐいだった。
「右手、無いと困るでしょ?」
「それはそうだけど、切り落とされたわけじゃないんだぜ? あれはカマイタチ……ってよりか透明な波動砲に近かったし、もう跡形も残ってないだろ」
「さすがミミちゃんだよねー」
「おい!」
「ごめんごめん。さっきは気が動転してたんだけど、よく考えれば司令ならさ、死体の手首をアオくんに繋げることぐらいできるはずなんだよ。あの人立場上は司令だけど、元々学者気質なとこがあるんだ。普段からスーツの調整も怪我の治療もやってくれるし、だからきっと大丈夫だよ!」
「馬鹿な……ブラックジャックじゃあるまいし」
「ん? 黒いクジャクは関係ないけど、とにかく司令が治せない患者なんてほとんどいないことは確かだよ! 噂だと、斬られた瞬間の首もくっつけたって話だもん」
そんな神様じみた医者がいるかと疑ったが、結局は赤香の熱い勧めに従うことになった。
損壊が少なく、太さがちょうど合う手首を探している間、赤香は田北に関する情報を話してくれた。
「たきたっきーは性格にちょっと問題アリで、司令の言うことも全然きかないんだけど、実はすごい能力を持ってるんだ」
「あのカプセルみたいなやつか? 見た限りとてつもない装甲らしいな」
「うん。あれがたきたっきーの十八番、『爪カプセル』だよ」
つ、爪?
「うん。たきたっきーの《傷》はズバリ『爪を剥ぐこと』。その剥いだ爪は、変幻自在の最硬の盾になるんだ。さっきのカプセルだけじゃなくって、『爪シールド』に『爪ドーム』って技も持ってるんだよ……どれも形と大きさが違うだけなんだけどね」
道理で、やけに生々しい色だったわけだあのカプセル。
しかしあの不健康そうな髪の毛に肌……そんな《傷》を持っているとしたら心労だってたまったもんじゃないだろう。
「よっぽど辛いんだろうなあ……毎回毎回そんな変身して、正気を保ってられないのも分かる気がしてきた」
恐怖心が、そっくりそのまま同情へと移り変わろうとした――が
「いや、たきたっきー超楽しんでるよ」
「え?」
「出会ったときからあんな感じで、出撃するときはいつも『私を殺せる化け物はどっこかっしらんっ♪』って言ってるよ」
「な、なんだって……」減るはずの恐怖心が、更に倍へ。
「だから、爪を攻撃には使わないんだ。そもそもアタシだって、たきたっきーが爪を刀とか槍みたいに変化させるとこ見たことないし。ニコニコ笑いながらペンチで爪を剥いだと思ったら、一瞬で盾になっちゃうんだもん」
想像してまた倍。
「とにかく、たきたっきーについて語り出したらキリがないよ。目を離したらすぐ自殺しようとするし、自分の爪は大事に保存してるし、私服のすぐ下は裸――」
「分かった分かった、それだけ聞ければ十分だ!」
聞いてるだけで頭がパンクしそうだ。アジト内でグリアは田北の説明を省いたが、もしかすると情報漏洩の問題だけじゃなく、語り尽くせないから言えなかったんじゃないだろうか。
道路を転がっている死体はどれも損傷が激しくて、綺麗なものが見つかったとしても尚の腕にはまりそうなものは中々見つからない。
ちょうど良い手首を探しながら田北のことを頭から追い出すと、今度は元の世界のことが思い出されてきた。
慣れ親しんだ町……といっても治安はひどく、貧乏人しか住んでないような地域だった。
近所のコンビニの時給は、昼間なのに千円は超える。町から外に出る車は全速力でエンジンを吹かし、町へ向かう車はのろのろと鈍行する、そんなところだ。
こうしてわんわん団を二度も撃退し、これから《悪は許しま戦隊キィズダラー》の一員として迎い入れられるとなると、むこうの世界はどうなる?
――きっと近いうち、怪物に襲われて壊滅するだろう。
だが正直に言うと、あの世界に戻りたいかどうかと問われたら迷うところだ。
この世界にだってヒーローはいて、それに敵対する強大な怪物が存在する。
彼女らの力は強力だが、それぞれ重大な欠点を抱えている。対するわんわん団は、おそらく尚のいた世界の敵より数段強い。ヒーロー同士が力を合わせないと勝てないような状況。
ヒーローは孤独だと信じていたけれど、少なくともこの世界では違う。
(ここでなら俺は……仲間をつくれるんじゃないか?)
「どう? いいやつ見つかったー?」
赤香が声をかける。尚は鼻で笑いながら首を振った。
それなりの高確率で、ここでの生活は楽しいものになるかもしれない。今まで誰かと戦ったことがあったか? こんな奴らと出会うのは初めてだ。ここまでに絶体絶命なスリルを味わったことがあったか? 苦戦の痛みというのも何年振りかになる。
「……いや、そんなことは関係ない」
思い出す。家の中とは違い、本を読んでいるときだけ清楚になる思杏の横顔を。
(思杏ともう一度会うため、あの顔を見て、手作りの夕食を食べ、一緒に図書委員の仕事をするために、俺は戻らないといけないんだ。その方法はまだ分からない。でも、もう一度あの世界に――思杏に会うんだ!)
「あ! これなんかどうだろう? こっち来て確かめてみてよ」
(そうだ、元の世界に戻る前に確かめておきたいことが一つあった。ここがパラレルワールドだとしたら存在するかもしれない『もう一人の思杏』。俺がよく知ってる彼女とは別人なんだろうけど、それでもどんな人なのか、どんな眼鏡をかけていて、どんな音楽を聴くのかが知りたい。もし、仮にだけど、元の世界に戻れなくなっても『宇内園思杏』と離れ離れにならずにすむように……)
「アーオーくーん! 早く来てよ! 腐ったらどうすんのさ!」
「……ああ、すまん。今行く」
赤香はとあるファミレスの中に立っていて、大きく手招きをしている。
目当ての体というのは客席の窓に頭から突っ込んだ女性で、ヘソの辺りを境にして上半身が店内に、下半身が外に出るかたちになっていた。割れたガラスが腹に突き刺さっていて、腸が窓の桟から垂れ下がっていた。外にぶら下がる足は、右膝が逆方向に曲がっていて、左は根元から皮一枚で繋がっている。加工かどうかも見分けがつかなくなったダメージ系のホットパンツはホコリと血に塗れていた。
それを見た尚は――血など見慣れているはずの尚は、なぜか悪寒のようなものを感じた。
店内に入って女性を見ると、上半身は大して汚れていない。降りかかったガラスの破片がうなじに刺さっているものの、頭のすぐ下に置かれた右手にはダメージが少ないようだった。
「女の人なんだけどさ、アオくんって男の子にしては細い方でしょ? だから同じくらいだと思うんだよねー」
そう言って、赤香は女性の頭をどかせた。
直後、尚は先ほど感じた悪寒の正体を知るのだった。
息を飲む。
「し…………し…………」
言葉には、ならなかった。
オーソドックスな黒縁眼鏡は割れている。口からは吐血のあとが見え、形相は恐怖のまま固まっていた。
それは尚の知っているものとは骨格が少々異なり、眼鏡の色、髪型、まぶたのつくり、他にも様々な部分が異なっていたが――
漂う知的さ。ユーモアを紡ぎそうな柔らかい唇。感情と一致した表情の作り方。
彼にはそれが宇内園思杏であると確信できた。確信できてしまった。
「ぐ……! う、うぷ……」
「ア、アオくん!?」
瞬時にそれを認めてしまった自分に気付いたとき、胃の奥から何かがこみ上げてきた。
この時点において、彼らは知る由もない。
「レッド、グリーン、イエロー……それにブルーか」
低く、静かに唸るような声だ。
モニターの光が薄暗い室内を照らす。大きな部屋だ、教室程度の面積はあるだろう。窓に貼られた木材からはわずかな光が射し、床には土がこべりついている。小さな肉片がついた骨がそこらじゅうに散らばり、声の主はそのうちの一本を拾って長い舌で丹念にしゃぶり始めた。
「待った……じつに待ったぞ。貴様がそうなんだな! この時を何年待ち焦がれたことか! クックック、面白い……。その雄姿しかと見せてもらうぞ、『青き鎧』の旅人よ!」
オオオオーーン!
遠吠えが室内に反響した。
第二話 終




