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みぞおちヒーロー  作者: 藤本乗降
第二話 ふさふさすぎるポメラニアン
6/19

★★

       ★★


 グリアから聞いた話によると、この世界では地軸の傾き・自転方向・公転方向が尚のいた地球とは真逆になっているらしい。それゆえ四季の周期は同じでも、太陽の昇る方角が西から東へとなっているのだ。

 だがそれを聞いたところで、尚の頭には「やっぱり異世界説という見方で間違ってなかったみたいだな」という感慨があるだけで、それ以上のことは考えようとしなかった。

 そんなことより重要なのは、今この世界における『悪は許しま戦隊キィズダラー』と『わんわん団』の戦力についてである。

 キィズダラーは現在、グリアを司令として三人のヒーローが配備されている。

 『紅炎の赤』キズレッドこと笹呉赤香。

 キズグリーンこと月弓つきゆみ鳥海(鳥海、が苗字でなかったことに少し驚いた)。

 そしてキズイエローの三人。


「なあ、司令」


 現状確認をしている間、赤香と鳥海は別室へと引っ込んでいた。尚の服も返されたが、ベルトと携帯はどこかへ没収されたままだった。


「馴れ馴れしく呼んでんじゃねえよ。……お次はなんだ?」


「鳥海の方には、赤香の言ってたような二つ名はないのか? その『紅炎』みたいな」


「ねえよ。ていうか、赤香以外がそう呼んでんの見たことねえゼ。ありゃシュミだよシュミ」


 つまり自分で勝手に名づけたってわけか。恥ずかしく……ないんだろうなあ。

 聞いてるこっちが寒くなりそうなヒーローオタだ、と尚は顔をしかめた。


「赤香の力は見ただろう? あいつはスピード特化の前衛タイプだ。小型なら体当たりだけで一発K.O. 大型なら口から入って内臓ズタズタにすんのサ、昨夜のでくのぼうみたいに」


「それはすごいな。……でもあんな音速並みのスピードが出せるんなら、欠点もあるんじゃないか? 俺からすればどうも、無条件であんな超スピードを得られるとは考えられない」


「欠点? Hahaha! おいおい、俺はまだお前さんを完全に信用したわけじゃねえんだゼ? そんな情報知ってどうする気だ? 敵にでも売るのか?」


 売ったところで、あの犬たちに理解できるとは到底思わないが……。


「分かったよ。得意分野と苦手分野を知っておいた方が何かと都合がいいんじゃないかと思ったけど、そういうことならまだ教えてもらわなくたっていい」


「『まだ』ねえ……」


 いちいち揚げ足を取るような言い方が、微量のストレスを腹に溜めていく。


「……鳥海の戦力はどうなんだ? これもやっぱり秘匿情報ってか?」


「まあ秘密は秘密なんだがな……うむ、特別に一つ教えてやろうじゃねえの。赤香を助けてくれた礼もあるしな」


 グリアはここでようやくマスクを外して、小声で言った。


「『最強』――――いち個人が有する制圧能力において、月弓鳥海の右に出る者はいない」


 尚はごくり、と唾を飲んだ。見た目ではまったく信じられない、あの眠たげでぼーっとした小さい女の子に、そんな似合わない称号が冠せられているなど。

 そのように断言するということは、彼女は赤香よりも速く動き、巨大ダックスフントをも凌ぐ破壊力を持っているのだろうか? そんな人間がいたとしたら、それはもう常識外れどころではない。まるで反則、規格外、チート級だ。

 だが……グリアの言が正しいとすると、なぜ昨日あの場には赤香しかいなかったのか、という疑問が生じる。

 やはり鳥海の能力には何か多用できない欠点があるのだ、と尚は推測した。

 グリアは、彼女についての情報はこれで以上だ、とでも言うように口を閉ざした。サングラスの奥の瞳がじろりと尚を見つめる。

 続いて尚が、最後のヒーローについて聞きだそうとしたとき


「パーティをやりましょう!」


 バン! と勢いよく扉が開かれる。


「いきなりどうしたよ、お前ら」


 赤ジャージに着替えた赤香と、彼女に首根っこを掴まれている緑ジャージの鳥海に向かって、グリアは呆れたように言った。


「だからパーティですよパーティ。歓迎パーティ!」


 尚の「はあ?」に構うことなく、赤香はずんずんと大股で歩み寄ってきて、問答無用という風に尚の手を掴んだ。


「ちょっと待てよ! 俺はまだ他に聞いておきたいことが――」


「ん? いや、もう話すことはねえゼ。イエローのことも、下手に吹聴されちゃ困るからな」


 グリアはそう言って、ヒヒッと笑った。

 無表情の鳥海を左手に、尚を右手に引く赤香。パワフルなその様子からは、さっきまで寝込んでいたとはとても想像できない。


「どこ行くんだよ!」


「買い出しだよ買い出し。だってここ、ろくなもん揃ってないんだから」


 部屋を出ていく寸前、尚は首だけをグリアに向けて言った。


「出てる間、頼みたいことが二つある! 一つはもう一度携帯を調べて、何でもいいから手掛かりが見つからないかどうか調べてほしい! もう一つは、この世界に『宇内園思杏』って名前のやつが本当にいないかどうか、確かめてほしい! たった一晩の情報収集で俺が納得したと思ったら大間違いだからな!」


「ずいぶん図々しいねえ……だけど、ふむ」


 グリアは赤香に体重を預けている鳥海へ向き直った。


「まだなのか?」


 首を一センチほど縦に振る鳥海。それを確認するとグリアは尚に向かって「いいだろう」と返事をした。



 三人は買い物袋を持った赤香を挟む形で、太陽に照りつけられながら歩いていた。

 街の中央にある商店街は喧噪――とは言わないにしろ、主婦を中心とした活気で賑わっていた。八百屋からは今日は何々が安いという客寄せ文句が叫ばれ、肉屋からはへたくそだけどアップテンポなイメージソングが流れている。夏の気温と商売人たちの熱気が店と店の間を覆っていたが、不思議とそこに暑苦しさは感じられなかった。


「……驚いたな。わんわん団が出現するっていうのに、よく人が減らないもんだ。みんなヒーローのことを信頼してる証拠か」


 つい昨日まで怪物多発地域に住んでいた尚には、この人ごみに目を見張るものがあった。

 目を丸くしている尚だったが、赤香は苦い顔をして言う。


「や、実はそういうわけじゃないんだよね……。単純に逃げ場がないだけなんだよ。日本にも、世界にも」


 そう言って赤香は、人ごみの一角を指差した。そこには五十代くらいの中年女性が泣きながら、二、三人いる友人らしき女達に慰められている光景があった。

 耳を集中させると、「○○くんが――」「可哀想に――」「まだ若いのに――」「もっとヒーローさんたちが――」といった言葉が断片的に聞こえてくる。おそらく、被害者の家族なのだろう。あのコンビニにいた男たちの誰かか、それとも道路にこべりついていた血の主の……。

 赤香は尚を一瞥し、涙を浮かべた。と思うと、すぐに目を擦って続きを語りだす。鳥海の手が赤香の背をさすっていた。

 彼女によると、怪物被害が起きる場所は毎回ランダムなのだという。わんわん団が出現するのは日本だけだが、海外に逃げたところで待っているのは別の怪物か、または戦争か貧困か、という実状らしい。目の前の活気の裏側で荒んだ世界が大口を開けている、それも人々のすぐ真後ろに。


「待てよ、じゃあもしも自分たちが琉球にいて、敵が蝦夷に現れた場合はどうなるんだ? とてもじゃないけど間に合わないだろ」


「へ? ……ああそっか。ええと……まあ意図するところは何となく分かるけど」


「うん?」


 どうやら話が噛み合っていない予感がしたので赤香に尋ねると、尚の知っている地名の多くはこの世界において別の名称になっているらしい。


「『ホッカイドー』に『オキナワ』ねえ……。まあどちらにせよ、ヒーローは遅れてやってくる、どころの話じゃねえぜ」


「ううんと……」


 答えてよいものか、と考えあぐねる様子を見せ、赤香は「よし」とうなずいた。


「ねえミミちゃん、あれ、まだこないの?」


 ミミちゃん、とは鳥海の愛称のようだ。尚はしかめっ面をして抗議した。


「……あのな、そういう話は外でするんじゃねえよ。しかも男子のいるとこで」


「――――な、なななななッ!」


 赤香は顔を真っ赤にして、それから手首のスナップを効かせて尚にビンタした。

 ばちいん! と風船が弾けるような音がして、周りの主婦たちが何事かと振り向く。


「あ、アンタねえ……それセクハラだよ!? サイッテー、見損なった! もうこれ返してやんないんだから!」


 そう言って買い物袋を後ろ手に回す赤香。


「もしかして、ベルト取ってきてくれたのか?」


 赤香はぷい、と横を向く。図星ということだろう。

 ビルを出てからずっと宙を眺めていた鳥海は、ここで初めて口を開いた。


「……まだ。んー的には、んーが来るのはんーのまま……だと思う。ん」


「そっかあ。時間的にはどんな感じ?」


「んーは微妙。……でも多分、んーぐらい。ん」


「なるほど。じゃあジャージ着てて正解だったかもしれないね」


 全然話が見えない。二人だけで喋っているのもあるが、鳥海の言葉をすんなり受け入れる赤香に、尚は尊敬にも近い感情を抱いていた。

 どうして『んー』だけで通じる!?

 鳥海語を理解するのに比べたら、ギリシャ語やアラビア語を習う方がずっと楽に思えてきた。


「なあ、別に俺は何も言ってないだろ? そっちが勝手に妄想したんだから――」


「う、うるさいうるさい! いくら借りがあるからって、変態を許すつもりなんかないんだからっ!」


 また顔が赤くなる。こりゃ、理屈で通せる相手じゃなさそうだ。尚はごほんと一つ咳払いして問いかける。


「話の腰を折ってしまって申し訳ないんですが赤香さん。土下座でも何でもしますから、そのベルト返してもらえないでしょうか。去年亡くなった親の形見なんです、頼みます」


「そ、そんなかしこまらなくても……って土下座!? 形見!? え、ええええ!」


 あわわわわ、と今度は慌てた様子を見せる赤香。目に焦点が合ってない。震える手で買い物袋からベルトを取り出し、泣きそうな顔で尚に差し出した。


「サンキュ。あと、親の形見っていうのは嘘だから」


「えええええ!?」


 ぱしん、とベルトを奪い取る。

 やっぱりこいつ馬鹿だ、と再認識する。あたふたと手を踊らす赤香の向こうから、鳥海の視線が突き刺さる。う、ちょっとからかい過ぎたか……?

 いったん赤香を落ち着かせたあと、尚はもう一度さっきの質問を尋ねた。


「それで、離れた場所にあの犬どもが現れたら戦隊はどうするんだよ。サンダーバードでも使うのか?」


「そんな鳥は知らないけど、うちにはわんわん団の出現位置をある程度予測できる秘策があるんだよ。本当なら一般の人たちにも教えてあげたいんだけどね……パニックになるからって、上から禁止されてるの」


 分からない話ではない。事実を知ってからだと、商店街に溢れる活気や陽気も、どこか空元気のように聞こえてきた。この世界でも、死はいつ訪れるか分からない。


「……その秘策ってのは?」


「ミミちゃんの能力」


 鳥海を見ると、彼女は軽くうなずいてみせた。


「んーは分かるの……んーが次、来るところ……」


「ただし場所だけね。予知した二週間後に現れることもあれば、一分も待たずに襲ってくることもある。今回の場合、アタシ達は四日前にこの街に来て、ずっとわんわん団が来るのを待ってたの。だからミミちゃんは戦隊になくてはならない存在なんだ」


 最強、そして予知能力者。その二つが月弓鳥海の代名詞というわけか。尚はいよいよ、隣の無口少女の異様さを思い知らされていく。


「だが、グリアのおっさんにも聞いたんだけど、能力ってのは変身時にしか使えねえんだろ? さっきからお前もおっさんも、素面しらふの月弓に尋ねてるじゃねえか」


 自分で言って、素面という表現はどうなんだろうと思ってしまったが顔には出さない。


「いや、ミミちゃんの場合、変身したら精度が増すって話で、今の状態でも予知自体は可能なんだよ。ねー、ミミちゃん?」


「ん」


 短く応じる鳥海。


「じゃあお前も、ここであんなスピードが出せるってのか!?」


「あ、違う違う! それはミミちゃんだけ、パワーが有り余るほど強いっていうか。とにかく、そこまでの力はアタシに無いからさ……」


 頭を掻きながらそう言う赤香に、鳥海は人差指を突き立てて呟く。


「百メートル走……タイ記録保持者……」


「ま、まあ、非公式だけどね。えへへへ……」


 赤香は照れくさそうにはにかんでいる。話を聞いている限り、変身時の能力は多かれ少なかれ彼女ら自身にも影響を与えているらしい。

(猪突猛進の前衛タイプに、予知能力の秘密兵器か)

 赤香たちの能力を知って、尚は少し寂しさを感じていた。それぞれに特技がある、それと対になる欠点がある。そのことは個性の象徴のようで、自分にはそれが無いように思えたからだ。また、はっきり言ってこの世界の敵は強い。何でもできるということは何もできないことの裏返しではないのか? 自分は果たして戦力になりうるのか? そんな不安が頭をよぎる。

 肩を叩かれ、ハッと顔をあげると、赤香は目の前の建物を指し示していた。


「ほら、着いたよ」


 尚は二人とともにスーパーの中に入った。昨晩から今まで、色んな情報や疑問が尚の頭にどんどん積み重なっている。ガンガンに効かせてあるクーラーは、脳みそをクールダウンさせてくれるかな……と期待して。



 看板を見忘れていたため店名は分からないが、昼間でも人の多い大型スーパー内――の男子トイレ。

 本来ならベルトを真っ先に外すべきこの場所で、尚は逆の行為をしようとしていた。個室に入って鍵をかけ、派手な青色のそれを装着。


変身アブセッション!」


 の掛け声とともに個室内が青海の輝きに包まれた。

 敵も来ていないというのにどうしてこんな場所で変身したのかといえば、思杏と連絡を取るためである。前回の戦いで、鎧に内蔵された通信機だけは機能を維持していることが分かっていたからだ。


「尚くん、家出したくなる気持――ザザ――分からないでもないよ。あの――ザザ――ンジくんだって逃げ出したんだから、尚くんがどっか遠くに行きたくなるのは仕方ない、うん。若さゆえの旅立ち――ザザザ――とはお姉さんだってよぉ~く分かってる。でもさ、警視庁やらICPOが総力挙げ――ザザザ――見つからないって、ちょっと本気過ぎない? その本気度、もう少し――ザザザザ――に活かしてほしいもんだけどねー!」


 通信が回復すると同時に、激流のような小言が尚の耳に飛び込んできた。心なしか、前回よりもノイズが激しくなった気がする。

 尚はひとまず、今の自分の現状を包み隠さず教えた。異世界のこと、地軸や土地名の差異、戦隊とわんわん団について……。期待はしていなかったが、やはり思杏もこの世界に関する情報は持ち合わせていないみたいだった。


「複数いるヒーローに犬型の怪物か。――ザザザ――そこがどういった次元での『異世界』かも分からないんじゃ、見つかるわけないかあ――ザザ」


「それより、そっちは大丈夫なのか? 俺がいないんじゃ今頃大変なことに……」


「ううん、それがそうでもない――ザ――だよ。昨日までのハードスケジュールで現存してた勢力はあらかた片付いたって感じだし、――ザザザ――残党の処理は警察機関で間に合ってる。――ザザザザ――が出る幕もないくらいにはね」


 肩の荷が下りたのを感じ、尚はトイレの壁に体をあずけた。


「ふう、よかった……。だけど早いとこ帰り方を見つけないと、またすぐに別のやつらが出てくるだろうしな。思杏、何かいいアイデアが浮かんだらどんどん言ってくれ」


「そう言われても、携帯壊れてるならこっちから連絡しようがないじゃん。――ザザ――まあ言われなくても調べるつもりだけどさ」


「よろしくお願いします」


「うむ、尚くんの方でも色々実験してみるといいよ」


「実験て……」


 プルトニウムを使って自動車を走らせれば……ってそれは時間移動か。

 理系知識にはあまり明るくない尚からすると、そういう学問分野は思杏に頼るものでしかなかった。


「あー!」急に大声を出されたのでビクッとなる。


「なんだよ?」


「そうだそうだ、――ザザザ――これを先に伝えとくんだった――ザザザザザ」


「え? なに、何の話?」


「いい、尚くん? い――ザザザザ――ままでちょっとした家出だと思っ――ザザ――から――ザザザ――でも、ずっとそこにいる気なら大変――ザザザザザ」


 ノイズが強くなってきた。さっきまで問題なく聞こえていた思杏の声も、フィルターにかかったように遠く、かすかになっていく。


「おい、もっとデカい声で喋ってくれよ! 肝心なとこが全然分かんないんだけど!」


「――ザザザザザザ――だんだん尚くんは――ザザザ――く――ザザ――ザ―――」ぶつんっ。


 ひどく唐突に回線は切られた。尚はヘルメットの横に当てていた右手をゆっくりと下ろし、思杏が最後に言おうとしたことについて考えようとした。だが、手が下がりきるよりも先に

 びいいいいいいいい!

 天にまで届くラッパのようなサイレンは地区全体へ広がっていき、それはこの狭い空間の中でも、痛いほど耳に入った。



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