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みぞおちヒーロー  作者: 藤本乗降
第三話(後) 傷だらけのチワワ
19/19

★★★★★★

       ★★★★★★


 かくして『超大型犬種発生事件』通称『犬事件』と呼ばれる一連の騒動は解決の一途を辿り、これ以後、あの見た瞬間に自分の認識を疑うようなダックスフントやらポメラニアンやら柴犬やらを目にすることは無くなった。

 戦隊は正体を明かさぬまま、事件の手柄は警察庁公安部特殊機動部隊『スカー』という架空の部隊の功績として記録された。

 人々は安堵した。サイレンに怯え、シェルターに駆け込む不安は解消されたのだと。

 しかし依然として謎は残ったままだった。

 爬苦俚獅子郎――彼は一体何を目的として、何を訴えたくて、この惨劇を計画したのか。

 また、彼はあれほどまでに強力な超能力をどのようにして会得したのか。

 盛んに口にしていた『青き鎧』、そしてその所有者との関係はあるのか。

 何より、彼の年齢、出自、人間関係、本名、素顔、何から何までが不明のままであった。

 そんな数々の煮え切らない不詳情報の中で、最も重大かつ性急に調査しなければならない事案が一つ。


「……そうか、分かった。引き続きよろしく頼む。毛の一本でもいい、一刻も早く手掛かりを見つけ出せ」


 ガチャン! と腹立たしげに受話器を下ろすグリアは、隊員会議室と名付けられた室内に座る三人を見渡した。

 いつものごとく寝息を立てる鳥海。

 車いすに乗り、両腕をギプスで固めた赤香。

 人形相手に微笑みかける田北。


「きいろ……何度も何度も言うようだがよォ、お前さんはどうして奴を見逃しやがったんだ!? おかげで俺もスタッフも連日連夜てんてこ舞いだゼ! テメエのせいで! このcrazy psycho野郎が!」


「ま、まあまあ司令……アタシもアオくんも、たきたっきーがいち早く駆けつけてなかったら危なかったですし……。アタシは炎のおかげで傷口が塞がってたからマシですけど、アオくんなんか昨日まで眠ってわけですから……」


「そうよ司令。貴方たちのような無能集団に代わって、鬼も恐れぬ私が堂々の現地入りしていなかったらどうなっていたことやら」


 基地待機の命令は無かったことにされてやがる、とグリアはこめかみに皺を寄せた。


「それとこれとは話が別だ! お前さんがその場で瀕死の爬苦俚をとっ捕まえていたら、今頃やつの行方を探すなんて面倒はしなくて済んだんだよ!」


 天井を向き、怒り狂う怪獣のごとく吠えている。

 なだめる赤香。ちっとも気にしない田北。そしてそんな喧噪の中でも熟睡中の鳥海。

 まあ鳥海にはそもそも、こんな騒音などまったく意識しようがないのだが……。


「お前さんが北海道基地に現れたとき、持っていたのはその人形と二人の重症患者! スタッフに報告したのは『ああ、その変な奴なら私をちょこっとだけプッシュして、それで死にましたよ。多分』だけ! 現場に直行するスタッフが見つけたのは、瓦礫と血の痕跡と、途中で途切れた犬の足跡のみ!」


「その節はお世話になりました~」頭を下げる赤香。


「……ふん」


「呑気な挨拶してる場合じゃねえんだよ赤香! いいか、爬苦俚獅子郎は手負いの獣だ、今のうちに対処して完璧に息の音を潰してやらねえと、またいつ次の襲撃があるか分かったもんじゃねえぞ!」


「それは大変ですねー」


「いいじゃない、歓迎するわよ」


「……フニャフニャ……むう」


「Ahhhhh! テメエら本当にヒーローか!? どうしてそう楽天的に構えられるんだッ! 戦隊はこうしてテメエらの足りない頭と少ない記憶に頼るほど捜査に行き詰ってるんだゼ! もうちっと協力的な態度をとれよクソヒーローどもめ!」


 罵詈雑言を吐くグリアだが、それでも彼女らは変わらずこう言うだけだった。


「でも――死んでますし」


「死んでるわよ」


「……何言ってるか分かんないけど、そのとーり……ふあぁ」


「だーかーらッ! それならどうして爬苦俚の奴は姿を消したんだっつーの!」


       *


 そのころ、飛白尚は波止場に立っていた。

 鳥海に教えてもらった監視網の抜け道を駆使し、公共交通機関を乗り継いでやってきたのだ。

 ちなみに彼が現在寝ているはずのベッドには『恒星戦隊スペクトル』スペクトルブルーの等身大ビニール人形が寝かされている。


(さすがに、長く誤魔化せるとは思ってないけど……)


 どこまでも青い空の下、松葉づえを両手に立つミイラ男のような尚。そこに近づく小さな影。


「……ん?」


 海辺の動物と言えばカモメ、そして猫が定番であるが、果たしてその正体は一匹の犬だった。

 尖った耳に茶色い毛並み、膝くらいの高さといった、ごく一般的な雑種犬。

 それは黒い瞳で尚を見上げると、何も言わず彼の隣へと座った。


「海、見てるのか」


 犬は深い蒼をたたえた海の向こう、今もなお『犬捨島』と呼ばれ続ける島の方をじっと眺めていた。

 尚はその犬の肉体を足から順に観察する。野良犬にしては太い足だ、飼い犬のように贅肉をつけることもなく、かといって栄養不足というわけではあるまい。球のような筋肉が足のあちこちに見られる。表情は穏やかなものの、体温は近くにいるだけでも異常と分かるほど高温だ。

 一見すると普通の野犬だが、こいつは多分普通じゃない。


「お前のご主人、この先にいるのか?」


 犬は答えなかった。

 だがその視線は、質問の解答を示しているかのように思われた。

 無論、戦隊による犬捨島での捜索活動は真っ先に行われている。そこに生息する、筋力や五感等が異常発達した犬たちは大多数が処分され、残りは戦隊の生類学研究部へ送られたことも、尚は知っていた。

 もう一度犬の体を眺める。

 いくら彼の恩恵を授かっているからといって、あの巨体を運んで島まで泳げるほどのパワーがあるとは考えにくい。せいぜいこの波止場まで引っ張るのが関の山だろう。


「……」


 尚は犬と同じように、あの『鎧』と同じ色をする波間へ顔を向けた。

 三十分か、一時間か、一人と一匹は物言わぬまま波に耳を澄ましていた。

 尚の耳の片方は、前の戦いのときから聞こえなくなっている。その分だけ、海の色が網膜に焼き付いていくような感覚がした。

 尚の瞳は海を映し、どこまでもどこまでも青に染まっていく。

 その青の最も深いところ、光も届かぬ深海の奥底……青の終わり、そして黒の始まりのところに、尚は見た。

 激闘の一瞬、垣間見えた爬苦俚獅子郎の『目』。

 尚はその目のことが心にずっと引っかかっていた。「どこかで見たことのある目だ」と。

 それを確かめようと廃病院跡をあちこち歩き回った末、島へも足を運ぼうとしたのだが


「……船に乗るまでもなかったな」


 どこまでも続く青と向かい合い、そこに爬苦俚獅子郎の目を想像して、尚は溜め息を吐いた。


「なにが『ヒーローは孤独だ』だよ。ちゃーんといたじゃねえか、この世界の『俺』」


 この世界には宇内園思杏と同じ顔の人間がいて

 この世界にはデパートで死んだ少女を彷彿とさせるヒーローがいて

 この世界には、最後まで顔を見せなかった男がいた。見えたのはただ、覚えのある瞳のみ。


「……」


 飛白尚は松葉づえを器用に操り、波止場を後にした。

 爬苦俚の犯行動機、それは明確には分からないものの、尚はある推測を立てていた。今日自分が感じたことと、彼の名前。そして瞳の奥に見えた一つの感情。

 誰に聞いたのか彼は語らなかったが、『青き鎧』のことを知ったときに、爬苦俚はその持ち主のことも同じく聞かされたのだろう。

 爬苦俚獅子郎の孤独を癒す存在、それは自身の相似存在である飛白尚以外にあり得ない。

 以前鳥海が言っていた。『何故今回に限り、爬苦俚の位置が特定できたのか』と。

 彼の能力ならば、鳥海のレーダーをやり過ごすこともできたはずなのだ。現に今までそうやってきたからこそ、爬苦俚は闇の存在であり続けることができた。

 それが破られたのは、尚が現れてから数日後のことだ。

 偶然……ではないのだろう。

 爬苦俚獅子郎がこの事件を起こしたのは、単に人間を殺そうという犬の願いを叶えるためだけでなく、いつか訪れると知っていた片割れと接触するために……


「……ばかばかしい」


 それではまるで、この世界に来ること自体が仕組まれていたようじゃないか。

 空を見上げるとウミネコの声が聞こえる。

 ふと後ろを振り返ると、犬はまだそこにいた。


       *


「あ、おかえりアオくん」


 途中で『飛白尚緊急捜索任務』に就いていたスタッフに連行される形で帰還した尚を、赤香はそう出迎えた。時刻は既に夜の八時である。

 そのスタッフに軽く注意を受けた後、赤香と共に隊員寮内談話室へ。


「あんまりスタッフさんたちに迷惑かけたらダメだよ。今司令も含めてみんなピリピリしてるんだから」


「ピリピリって、まだ手掛かり一つ見つけてねえの?」


「うん。いつまた逆襲されるか分かんないってさ」


「いや、でもあいつ絶対死んでるって」


「死体見たの?」


「……いや」


「じゃ無意味だね。司令はバトル漫画のお約束よろしく、死体未発見は復活フラグだと思い込んでるんだから。ちょっとは現実見ろって話だよね」


「ああ。……でもお前が言えることかよ、ヒーローバカ」


 尚のツッコミも聞かず、赤香はテレビのリモコンを押す。

 液晶に映ったのは、この世界で何度目かの再放送となる『恒星戦隊スペクトル』のロゴマークだ。

 見た瞬間に赤香は目を輝かせ、車いすをテレビ前へと突進。前かがみのおでこが画面と激突する、というところで急ブレーキ。キキィ! とゴムの焼ける臭いがした。

 目え悪くすっぞと忠告したところで、どうせ馬の耳に念仏、田北きいろに親切心を説くようなものだろう。

 尚は肩をすくませ、赤香の肩口から見える画面の断片と、音声だけを楽しむことにした。


『クックック……こうしてお前と向き合うのも何年ぶりだろうな、レッド』


『黙れ。絶対に仲間たちを返してもらう。俺はそのためだけに、ここに立っている!』


『そう急くな。我々は立場こそ違えど、その友情は変わらず――そう言ってくれたのはお前じゃないかレッド……いや、獅子郎』


『壊したのはお前だッ!』


『いや、お前が先に壊したのだ! 私と道を同じくするはずだった貴様が、くだらん正義を謳いだしたとき、裏切られた私がどれだけ失望したか分かるか!?』


『裏切りじゃないんだ爬苦俚! 俺は君のやり方がどうしても――』


『ククククク、ククク。……いや、もういいんだ赤桐あかぎり。あのときああ言ってくれて、今では感謝しているんだよ』


『なんだと?』


『私は気付いたのだよ。過去の偉人たちの記録、数々の名作と呼ばれる物語で語られるように、真の友とは志を対立させ合うものだと。君はくだらん正義に一旦身を預け、その後私の配下となり、この友情をより高次元へと導いてくれるのだ!』


『戯れ言を……言うなああああ!』


 エンドロールが流れるころには、尚も赤香も背中を汗で濡らしていた。


「えーっと、たしか来週が最終回だっけ?」


「うん、そうだよ」


 尚は幼少の頃に見た記憶を手探りしながら思い出す。しかし脳裏に浮かぶのはあちらの世界で実際に戦った数々の怪物ばかりで、肝心のラスボスとのシーンがどうしても思い出せない。


「なあ赤香、この最後ってどんな感じだったっけ?」


「えー? ネタバレだよそれ」


「どうしても気になるんだよ。な、頼むから」


「しょうがないなあ」


 赤香はゴホンと咳払いをしてから、尚へ向き直った。


「最初のうちレッド、赤桐獅子郎は苦戦するんだけど、亜空間に閉じ込められたブルーたちの必死の呼びかけで、最後の力を振り絞るんだよ。そしてホワイトダークが怯んだ隙にブルーたちは亜空間から脱出。ホワイトダークこと爬苦俚影近かげちかは巨大化して、レッドたちはロボットに乗り込んで対抗。最後はあの伝説となったバトルシーンで決着。巨大ロボの断面をリアルに描写させたのはスペクトルのこれが初めて、っていうのは知ってるよね?」


 そこまでは尚も覚えている流れだった。聞きたいのはそのあと、後日談である。

 尚がゴクリ、と息を飲んで、真剣に赤香を見つめる。視線に気づいた彼女の頬が赤く染まるが、尚はそんなこと気にも留めない。


「その後は?」「その、後は……」


 数秒の沈黙のあと……


「やっぱダメ! ネタバレなんて悪だよ悪! ヒーローたるもの悪事に手を染めるわけにはいかないんだから!」


「はあ!? お前途中までバラしてたじゃねーか!」


「そそそそんなことないもん! いや、そんなことあるんだけど……ええと、そうだ! アオくんが聞かなかったことにすればいいんだ! うん、そうだ、そうすべき! 一件落着万々歳だよ!」


「んなわけねえだろ!」


「じゃ、じゃあ記憶を無くせばいいんだ! ほら、今すぐそこの机の角に頭ぶつけて! ほら早く! アオくんはアタシを大罪人にしたいの!?」


「怪我人にそんな真似させようとしている時点で、お前は充分大罪人だ!」


「手伝うから! 机の角に頭ぶつける勇気がないんなら、アタシが手伝ったげる!」


「わ、馬鹿! 頭打ってんのはお前だ! おい待て! く、来るなーー!」


 そこへ、寮の引き戸を開ける音が。


「飛白いるかァ? お前さんの正式な入隊証、やっと発行されたから――」


「尚さァん? 帰ったのなら早速私と一方的な嬲り合いでも――」


 グリア、田北、そして『歓迎パーティがうやむやになってた件』と書かれたスケッチブックを持った鳥海が目にしたものは……


「お前さん……」「あらあら」「にゃっ!」


 仰向けに倒れた尚と、全身で覆いかぶさっている赤香。


「ち、違う、これはこいつが! ……おいどけ赤香!」


「痛たたた! そこ怪我してるとこだよ!」「うわっ! 暴れんな、骨に! 骨に響くうう!」


 ギャーギャーと騒ぎ立てる喧噪――見方を変えれば微笑ましい光景――に気を緩ませたのか、グリアの手から一枚の紙がヒラヒラと舞い降りた。

 そこには堂々と大きな文字でこう書かれていた。


『飛白尚 本日付で上記の者を第四特殊隊員キズブルーに任ずる

          悪は許しま戦隊キィズダラー第一司令官 織骨グリア』


 キィズダラー本部地下。男性隊員宿舎にある個室の一つが尚の部屋だ。

 質素なベッドとクローゼット、机と椅子、そしてダンベルしか置いていない殺風景な空間だが、まだ使い始めて間もないのだから仕方ない。

 グリアから受け取った青のジャージと隊員章を机に置いて、松葉づえを壁に立てかける。

 ベッドに腰掛けたものの、まだ眠る気にもなれず、ダンベルを手にトレーニングを始める。

 額に汗を浮かばせ、何度も何度もダンベルを上げ下げしていると、ある部分がしきりに目に入ってくる。

 今では驚くほど馴染み、ほとんど違和感なく定着している芝詩杏の右手。


(これが『鎧』の毒を打ち消した……ってホントかよ)


 尚はつい先日、処置室でグリアに言われたことを思い返していた。


『その毒は俺の腕でもどうしようもねえ、オカルト的な力だろうな。科学でなんとかできる範囲から完全に逸脱しちまってる。皮膚に関してはお手上げだゼ。だがお前さんを診察したところ、右腕辺りの細胞があまりに被害を受けてなさすぎる。――もちろん爬苦俚に受けた傷は別だが――そこ以外にも、お前さんが言う情報との食い違いが激しいと俺は思うゼ。内臓器官の損傷や機能不全、分泌物の異常、その他もろもろあったが、なあに、この織骨グリアにかかれば造作もねえよ』


 口調は頼もしいが、だからといって長時間使用しても大丈夫なわけではないらしい。まあ、それは尚自身が一番分かっていることだが。

 前の戦闘での『神変』のおかげで、『鎧』の塗装は融けてしまった。時間を置けばある程度修復される性質を持つ『鎧』だが、あの塗装は一度剥がれてしまえば回復することがない。再び塗装し直すしかないのだ。

 しかし、その技術を開発した学者連中は世界の壁を越えた先……。着用者でしかない尚がその方法を知るはずもなく、よって『鎧』は『帯』と共に戦隊によって管理・研究されることとなった。

 今この時も、『鎧』はどこか人目につかない場所で、厳重注意のもとに分析が進められているはずだ。


「五十一、五十二、五十三――」


 汗で湿ってきたせいか、包帯の一部がズレてきた。左手と首から素肌が露出する。

 そこは黒に限りなく近い色、深い紺色をしていた。


 『皮膚に関してはお手上げだゼ』


 グリアの言葉通り、シャワーを浴びてもこの肌の色は元に戻らない。尚の体の至る所に残された黒い爪痕は、これからも彼の傍にあり続けるだろう。


(皮膚移植すれは何とかなる、ってグリアは言ってたけど、そこまでする気はねえよ……)


「七十四、七十五、七十六――」


 わんわん団という敵がいなくなって戦隊は解散するのではないかと思っていたが、それは尚の勘違いらしかった。

 悪は許しま戦隊キィズダラー。

 なるほど、たしかにどこにも「対わんわん団」とは書かれていない。

 今後も持ち前の秘匿性と少数精鋭の兵力を活かして、様々な事件を裏から解決していくだろう。そう考えると、尚は少しわくわくしてきた。人目につくような華々しい戦い方を経験したことのある彼にとって、こういう諜報機関的なポジションは新鮮だったから。


(でも、わんわん団並みの脅威がそうそう起こるとも思えないんだよな。これじゃ近い内に職が無くなってホームレスに転落したりして……)


 不安を感じながらも、ダンベルを動かす手は止まらない。


「九十七、九十八、九十九――」


 ひゃ――と口を開きかけたとき


『緊急出動命令! 緊急出動命令! 第一から第四特殊隊員は至急司令室へ! 繰り返す。第一から第四特殊隊員は至急司令室へ!』


 上げかけたダンベルを床に落とす。肩を下ろし、溜め息を吐きながら、先ほど貰ったばかりのジャージに腕を通す。


「ったくよォ、こちとら怪我人だぞ?」


 尚はまだ本調子から遠く、赤香に至っては車椅子から降りてもいない。

 尚はまだ知らない、織骨グリアが無茶で鬼畜な指示を出すのは日常だということを。そして、これからゆっくり思い知らされていくのだろう。まずはこの日を起点として。


「悪は許しま戦隊キィズダラー・キズブルー、出動します」


 目尻の古傷を抉ることで変身するヒーロー、飛白尚。


『悪は許しま戦隊キィズダラー・キズグリーン、待機』


 頸椎をチョップされることで変身するヒーロー、月弓鳥海。


「ふふふ……胸が躍るわ」


 爪を剥がされることで変身するヒーロー、田北きいろ。


「悪は許しま戦隊キィズダラー・『紅炎の赤』キズレッド、いざ行かん!」


 鳩尾を殴られることで変身するヒーロー、笹呉赤香。


「お前は待機だ、馬鹿」


 グリアは書類の角で赤香の頭を叩いた。

 この程度の打撃で涙目を浮かべるところはちっとも変わらない。

 しかし彼女はどうしようもなくヒーローなのだ。

 今回の任務で主戦力となるのは慣れない青スーツを着た怪我人ヒーローと、命令違反上等の問題児ヒーロー。これで本当に何とかなるのか? いや、何とかするしかない。

 それでも、どうしようもなくなったときは――


「頼りにしてるぜ、みぞおちヒーロー」


 誰にも聞こえないように、尚は小さく呟いた。

                           第三話(後) 終

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