第一話 人間はじめました
短編としてテスト投稿していた連載一話の再投稿版です。
ひもろぎ~連載始めました。
■第01話 人間始めました
山の麓に広大な平野と森が広がり、噴き出た溶岩が海岸へと流れ込み、蒸気を上げ続けている。
新たな大地を次々と生み出す活火山が、森を焼き払い岩肌が露出して草もまばらな土地に、人がひとり横たわっている。
行き倒れた姿のまま干物のように干からびて目は落ち窪み、全身は骨と皮だけのようにやせ細っていて、地熱を受けて乾燥し始めており、よく出来た木乃伊のような有様だ。
小動物がかじった跡なども至る所についていた。格好の獲物とばかりにねずみ達が周囲を這いまわり、食べやすい所を探してしきりに動き回っている。
彼らが今日の食事にありつこうと歯をたてると、行き倒れた人間の干物が突然身震いしたように動き、驚いたねずみ達が距離をとった。
さらに内側から空気の抜けるような音が聞こえてきて、その音が名残惜しそうに周囲に残っていたねずみ達を完全に追い払う。
「コッ…コォォ……」
吐く息すら既に乾燥し水気はなく、誰が見ても干物と見間違えるような姿ながら、その男の命の火は、まったく消えていないのだった。
周囲に動く気配もなく、時折地鳴りが響いて地面が揺れている。
逃げていく動物たちの気配を感じつつ、男は出ないため息をつきつつ安堵する。
振り絞って出した声と体の動きで、体をかじろうとした動物達を追い払うことが出来たようだ。
「よし、どうやら追い払えたか…ケホッケホッ」
引きつったような感覚と無理やり動いたことで酷くなる身体の痛みや、さらに増した飢えや乾きを感じながら、男はどこか他人事のように思考を続けていた。
「…腹が減って力がでない、喉渇いたし、…」
さらに口の中を通る吐く息の乾燥具合を感じつつ動かない口でぶつぶつと独り言をつぶやく。
「動けなくなって随分たつが、雨を待っていればいいと思っていたのに、まずいかなぁ」
声にならない声を発し、男が現在の状況とはとても似つかわしくない暢気なことを考えていると、地鳴りと共に山が噴火し始めた。
既に眼球を動かすことすら出来ないが、動かない目の端に黒煙が昇るのが見える。
黒煙と混ざりながら男の目の前の空に黒雲がひろがるにしたがい、周囲に燃えるにおいが強くなっていく。
「このままだと燃える川に飲まれてしまうかも、手足がもっと動けばいいんだけど…」
背中のあたりに急激な温度の上昇を感じ
「この身体は燃える川には入れないだろうし…」
事態の急変にもどこか危機感のない男を尻目に、噴煙が天候を変化させていく。
広がる黒雲の隙間から雷鳴と風が強くなっていくと、ぽつりぽつりと雨が落ちると時を置かず勢いをまして降りはじめる。
「お…雨だ!」
熱せられた空気が上空に昇ったことで急変した天気が雨雲を呼び、雨が降りだしたようだ。
自分の身体がメキメキと音を立てながら水分を吸うという形容しがたい体験をしながら男は身体に力が戻ってきているのを感じる。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
潤いを取り戻すと、皮膚が張り、筋肉や内臓が弾力を取り戻し、男の身体は急速に元通りになっていく。
いまだ降り注ぐ雨の中、文字通り息を吹き返した男は身体を起こし這い出し、出来たばかりの近くの水溜りへ身体ごと漬けるように雨水を啜りだす。
「ああ~っ水が旨い、身体の内側に染み渡るな…」
しばらく貪るように雨水を飲み続けていた男は満足して起き上がる。
男の姿は先ほどまでの木乃伊から、まだ若さの残る青年の姿へと変わっていた。
軋む手足を伸ばしながら動きを確かめている。
「よし、また動けなくなる前に、ここを離れないと…」
遠くに見える海岸へ向かって歩きだす。
「海に出れば水には困らないだろうし、なにか食べるものにありつけるだろう…」
この作品は作者の独自解釈が多分に含まれております。ライトに古事記を読めるようなものを目指しています。詳しい方は気になるところを指摘していただけると幸いです。