1.好きな人、いる?
二年に進級してもうすぐで1ヶ月半。
クラスでは6月の中旬にある体育祭の出場種目を決める時間が設けられていた。
黒板に次々と名前が書き込まれていくのを私、瀬良晴夏は周りの席に集まった友達の会話を耳にしながらぼんやりと見ていた。
体育祭など学校行事には私のような人には活躍の場はないし、目立たず裏方作業が定番。
そしてクラスが関わると楽しい思い出は少ない。
だが、今年は最悪な一年生を過ごした時よりかは行事は楽しめそうだ。
種目決めは運動部の子や係りの子たちで盛り上がっており、だいたいが決まっていた。
ただクラスの中から半々で出場しなければならない騎馬戦か棒倒しがまだ決まっていなかった。
なぜどっちも危険な種目なんだ。
ふーと息を吐いたところに二年生になってから友達になった、小松亜美に話しかけられた。
「晴夏は騎馬戦と棒倒し、どっちがいい?」
「えー、棒倒しかな。どっちも嫌だけどね」
私の意見を聞いたこちらも二年になってからの友達、本城かなえがくるっとこっちを向いた。
「やっぱり棒倒しかー」
「かなえはどうする?」
「まだ決めてないけど、亜美ちゃんと晴夏が棒倒しにするならそっちにする」
委員の子に伝えようかとかなえが立ち上がろうとしたところにクラス委員長の島森恵が記入用紙を持ってこっちにやって来た。
「決まった?私と椿、友梨は騎馬戦にしたよ」
恵と椿、友梨もいわゆる「いつめん」でだいたいは私を含めた6人で行動していることが多い。
窓際の席に座っている二人は種目決めそっちのけで携帯を覗き込んでおしゃべりに夢中になっていた。
「私たちは棒倒しにする」
「オッケー、じゃあここに名前書いて」
差し出された紙にそれぞれ名前を書きながら、いつもしている漫画の話をしていると亜美の目つきが変わった。
「見て!田宮くんと谷内くんの距離」
「え?」
亜美の声に視線を向けると田宮健二と谷内翔が名簿用紙を見ている距離が近く、恵とかなえと私は同時にあぁ…と声をそろえた。
「いい距離だよ、あれはネタになる」
「いや、ただ名簿見てるだけだから」
「亜美は相変わらずだね」
腐女子であり趣味で漫画も描いているらしい亜美の萌語りを私たちは楽しく聞いていた。
そして私たちは漫画とかが好きな周りから見たらオタクグループなのです。
オタクがどこからかは知らないけど、好きなことを好きと言って何が悪いと内心思ってたりしてます。
「いーんちょー、ちょっと来てー!」
萌語りが一通り盛り上がったところに係りの声がクラスに響いた。
「あー、まだ決まってないのかよ」
ちょっとした苛立ちを見せた恵はあっち戻るねと、記入用紙を持って係りの子たちのほうに戻っていくのを頑張れーと見送った先には田宮くんや谷内くんたちの運動部が話し合っていた。
「田宮くんはリレー出るかな」
「次期エースなんだから出るでしょ」
亜美はさっきとは違い恋する乙女みたいな目で田宮くんを見ながら呟いた。
「亜美ちゃんは田宮くんのこと好きだけど妄想するんだよね?」
「妄想というかはネタとか萌探しかな、田宮くんと谷内くんが絡んで付き合っててもそれはそれでありだね」
「それって結局どっちになるの?」
「うーん、でもやっぱり両想いとかになったら嬉しいな」
ほんのり顔を赤くして言う亜美は可愛かった。
かなえと二人でそんな姿をいじっている間に出場種目は決まり、授業と授業の間の休み時間に変わっていた。
「二人して私の事いじるけど、好きな人とかいないの?」
「私はそういうのいいや、付き合うなら年上がいい」
亜美の問いにかなえはそう答えた。
かなえは以前付き合っていた彼氏が子供っぽいとこが嫌だったとかなんとか言ってるのを聞いたことがある。
「そっかー、かなえは同い年には興味ないか、晴夏は?好きな人出来た?」
「私は、」
(いる、なんて言えない。)
「いないよ」と答えた瞬間
ガチャっと教室のドアが開き
「あ、せんせーい」
「先生来るの早すぎ」
次の授業の先生が入ってきた。
「お、体育祭の種目か?」
先生の発言に女子の黄色い声と男子の声がワッと増えた。
「先生は何か出るんすか?」
「先生が出るなら応援しちゃう」
黒板前での盛り上がりをチラッと見てからもう一度言った。
「好きな人、いないよ」
「だよねー、好きな人出来たらすぐ教えるって言ってたしね」
机に項垂れた亜美に「好きな人いないけど亜美ちゃんの恋、協力するね」とかなえが言ったところで授業開始のチャイムが鳴りみんながバタバタ席に戻っていく。
「授業始めるぞ、さっさと座れー。」
私は教科書とノートを確認して顔を上げた。
お、今日はメガネなしだ。
ぼーっと見ていると出欠確認している先生と一瞬目が合った気がした。
あ、見すぎたかな…?
「欠席はいないな、昨日の確認からするぞ」
黒板に書かれていく数式をノートに書き写していきながら先ほどの会話を思い返す。
本当は好きな人いるよ、と教えたい。
でも相手が相手なので教えられない。
今、教壇で例題を解説している先生…数学担当の峰本悠史
数字を書き込んでいく先生の背中を見つめた。
そう、私はこの人が好きです。