魔法少女 3
元々掃除は嫌いではなかった真那だが、さすがに複数人を想定した範囲の清掃には骨が折れた。
用具入れの戸を閉め、鍵をかけ、職員室に鍵を返してようやく一息つく。
気付けば廊下には斜陽が差し、はるか遠くの空は茜色に染まりつつあった。
部活動に所属していない真那は普通ならそのまま家にまっすぐ帰るところだが、なぜかそうする気は起きず、すこしくたびれた足はあてどなくぶらつくことを選んでいた。
学校近くのモールを冷やかし、いつもは通らない道を通り、いつもと違う風景を横切る。なにかを求めているのか、なにを求めているのかもわからない旅路にどうしようもない不毛さと、歪んだ充足感を覚えていると。
不意に、横合いに伸びた路地裏に視線を奪われた。
細く伸びた隙間は夕陽が完全に入らないのか暗く、先を見通すことができない。得体の知れない闇。そこに蠢く影を見た気がして真那は釘づけにされてしまう。
いくばくかの沈黙の後。
闇から這い出るように現れたのは――
「あー……しんど……。これだから……まったく」
すこしばかり季節外れな気がする露出過多な服装の、妖艶な雰囲気をまとった女性だった。
気だるげに足をひきずり、まさに這い出るように現れた女性は、自分を注視している真那に気付き、首を傾げた。
「……どしたん、少年」
「えっ、いえ……」
仕種の一々が色っぽさを伴う女性を前に、真那は途端に気恥ずかしさを覚え、誤魔化すように目を泳がす。
対して女性は、面白いものを見つけたと言わんばかりに目を弓なりに曲げ、口端を妖しく吊り上げた。
「ふぅん。そっかそっか。少年、キミは面白いなぁ」
「え! お、面白い、ですか……?」
「うむ。いやはや、っつかこれやばくねー?」
綺麗な線を描く頤に白く細やかな指を添え、女性は唸る。
色々と呟いてはいるものの真那の耳にはっきり届く声量でないため、真那の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
「あの……?」
「あん? ああ、そうね。うん。ごめんごめん。考え事してると周りが目に入らない悪癖があってねー」
「はあ」
「キミ、名前はなんつーの?」
「え……? 名前ですか」
「そんな怪しまなくていーって。おねえさん傷付いちゃう」
白々しい仕種ではあったが、この状況に少なからず動転していた真那は真に受け止めてしまっていた。
「えと、源真那っていいます、です」
「アッハハ、そんなカタくならなくていーって。そうだなぁ……うん、こうしよう」
朗らかに笑いながら、女性は真那の額に手をかざす。
なめらかな気配に心音を高めながら、気を紛らわすように訊ねた。
「あの、お姉さんの名前は」
「アタシの名前ぇ? そんなん聞いてどうすんのさ」
「えっ? それは、いえ……そうです、ね?」
「くっふふ、ホント面白いなぁキミ」
心底愉快そうな表情の女性は、上機嫌に微笑むと、軽やかに身を翻して再び闇へと半身を躍らせた。
「アタシの名前を教えるにはまだ好感度が足りないようじゃな。くふっ……まー、キミがキミのままでいたらきっとそのうち知る時が来ると思うよん? そう、遠くないと思うわ」
妖しく囁き、現れた時のように深い闇の中へと消えて行った。
「なん……だったんだろう……?」
額をさすりながら独りごちる。なまめかしい感触が未だ残っているかのように、額が常より熱を持っていて、それがどこか気持ちよくもあった。
気付けば陽はその姿をほとんど隠し、夕焼けの残滓が地平線にわずかに残るばかりとなっていた。