魔法少女 1
少年・源真那は取り立てて特徴のない男子だった。
身長174cm体重53kg、小学生時から現在高校一年まで一貫して帰宅部。特技や長所を自身で見出すことが苦手で、高校受験の時は苦労をした経験がある。親からは優柔不断だと言われ、過去にクラスメート(決して友人とはいえない)からはお人好しと評価されたこともある。中学三年の時には担任教師から「もっと自分というものを持て」とまで言われたことがある、どちらかというとダメな部類の男子である。
なにかこれというものを持とうと思っても、その『なにか』は真那の手には馴染まず、意欲か興味か体力か、いずれにせよ長続きはしなかった。
ひょろっと、そしてぬぼーっとしたいわゆる木偶の坊とでも言おうか。そんな印象を持たせるのが源真那という少年だった。
平々凡々、至って中庸。すべてが平均というまでではなく何事にもある程度の振れ幅があるものの、それも飛び抜けたものではない。いっそすべてがすべて平均であったなら、それはそれで特異な存在とも言えたかもしれないが。とにもかくにも平凡な少年が源真那なのである。
そのことを必要以上に嘆くことは、実はそれほどない。彼が周りを見渡せば、似たような人もごろごろいるのだから。
たとえば後ろの席で早弁をしている四宮という男子生徒。彼は真那の持たざるものをたくさん持ってはいるが、しかしそれがこの世界で『特別』かといえば別にそうでもない。真那の印象では、彼はバスケ部だが部に不可欠なエース的存在というわけではないし、彼は友人が多い方だがそのだれもが殊更に彼だけと親しいというわけではないように見受ける。
たとえばすぐ横の席で黒板を凝視している帚木という女子生徒。彼女は比較的恵まれた容姿をしているように思うが、野暮ったい眼鏡や前髪、おとなしく地味そうな雰囲気でそれらが隠れているようだ。真那に負けず劣らずの運動オンチのようだし、なにかとそそっかしく、またコミュニケーションが一々拙かった記憶しかなかった。
他にも多くの者が多少の差異はあれど、世界から見れば平凡な存在なのだ。それ自体が慰めになるわけではないが、それでも真那は必要以上に卑屈になることもないと思っていた。
――たとえ、多くはなくともこの世界に『特別』が存在すると痛感していても、だ。
真那の通う高校にも、多くを持って生きる人間が何人かいる。そのいずれもが真那にとって異性であることは劣等感を過剰に刺激しない、不幸中の幸いというものなのかもしれない。まだそこまで達観しきれない学生のうちに間近で、その絶望的なまでの差を見せつけられるのはあまりにも酷な話ではないか。
真那はすぐ横のガラス窓から校庭を見下ろせば、健康的な肢体を存分にふるって走る少年少女たちが目に映る。
そのなかでも一際目立っている女子生徒。彼女こそ、おそらく真那にとって一番近くにいて、同時に一番遠い存在である少女。古くからの知人であり、古くは誰よりも親しかった仲であり、今は声をかけることすら叶わない。同年代でも飛び抜けた美しさを整然と保ったまま、均整の取れた長い脚でレーンを駆け抜け、競争相手と距離を離したままゴールの白線を勢い良く越えたその姿は、周囲の視線を惹きつけて離さない。軽く息を整える様さえ艶やかに映り、異性はおろか同性からもどこか色めいた視線を集める彼女は、間違いなく『特別』な存在であった。
桐壺更衣。真那の初恋の相手であり、ひとつ年上の幼馴染み。なんの因果か高校まで同じであるものの、中学からは一度も同じクラスにはならず、真那とは対照的に歳を重ねるごと魅力を増していく彼女と真那の接点は共有する過去以外に皆無。彼女の現在など、年齢と公になっている情報以外知らない真那はもはや他人といっても過言ではないほどに関係性を失っていた。
しかし、それでよかったのかも、とどこかで諦めてもいた。
中途半端に近くにいても余計みじめなだけだろうと。どうあがいても彼女の一番にはなれないのだからと。
彼女は真那の知らないところで彼女だけの人生を送り、『特別』な存在に違わぬ相応しい未来を築いていくのだろう。そして、そこに真那の居られるスペースはありはしない。過去に関わりを持っていたというだけでも十分すぎるほど恵まれていたのだ。
毎度の諦観めいた卑屈を、視線を教室のなかに戻すことで強制的に終わらせ、真那は授業に集中し始めた。
どうせ勉学に勤しんだところで成績は大して良くならない。地頭からして平凡の域を出ないのだから。それでもある程度以上身を入れてやらなければ、良くはならなくとも悪くはなるのだ。