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プロローグ・運命の夜に

 ――某月某日某時刻。雲ひとつない、綺麗な濃紺の帳が空を覆い尽くす夜。

 少年・源真那(みなもと・さねやす)は眼を可能な限り(みは)り、目前で起きている事象の理解に努めていた。


 ほんの一時前まではなんということはない、いつもの静かな放課後だった。学校を後にしてもすぐには帰らず、ぶらぶらと寄り道に寄り道を重ね、どこか満たされないはずの退屈な日常になぜか不可思議な充足を覚える、そんな放課後。

 非日常の介在を許さず、非現実的なことなど漫画や小説の中、次元を隔てた向こう側の出来事だと、それが当たり前のことなのだと弛緩しきっていた、そんな日常。


 手放しに謳歌していた平穏が、この手から離れていく……掌から、『既知』という安心感がもれなく零れていく錯覚に、真那少年の心はどうしようもなく怯えていた。


 「そ……んな、バカな……あわ、あわわ」


 退行のケすらあるほど慌てふためくその姿を、しかし一体他の誰が笑うことができようか?


 誰もが、誰しもがきっと、同じ状況に陥った時に、同じような反応を示すであろう。

 なぜなら――


 『ゲアァァァァァァアアア――――――――アッ!!』


 咆哮――それは、少年の知るどんな生物のものとも違う、獣の雄叫び。

 イヌのようなネコのような、どちらとも言えないような頭部にニワトリのようなトサカ。胴体はもはや形状という形状を持たず、名状しがたい不快さを象っている。手とも足ともつかない触手器官は生理的嫌悪感を煽るように蠕動(ぜんどう)し、這うように動いた跡には粘液のようなものがこびりついている。


 一目で判る。この世のものではない。いっそ生物ですらないのかもしれない。有り得ない。


 そんな存在が、数メートル先に、あと数秒も動かずにいれば呑み込まれそうなほど近くにいる。


 この感情を、彼は知っている。


 恐怖、と。


 ――某月某日某時刻。雲ひとつない、綺麗な濃紺の帳が空を覆い尽くす夜。

 少年・源真那は逃避するように瞼を固く閉ざし、目前で起きている事象の理解を放棄した。


 瞬間。


 そよぐ風に乗って、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 非現実的なことなど漫画や小説の中、次元を隔てた向こう側の出来事。――その法則に則るのなら、あるいはこれは夢のようなものなのかもしれない。


 真那はまたも瞠目する。


 怪物の存在も十分すぎるほど有り得なかったが、それすらも霞むインパクトを伴って、それは現れた。


 異質な存在感を放つ身形の、まだあどけなさを残した少女。

 鈍く紅蓮の輝きを放つ剣を携えたその姿はまるで――


 「……キレイだ……」


 息を呑む美しさ。それはそう、まるで女神のようだと。


 真那は、息を吐くのも忘れ、忘我の中で夢なら覚めよとばかり、痛いくらいに自らの腕を抱き締めていた。  

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