世界の主人公
目覚めのいい朝が来た。カーテンから指す光が何ともたまらない。私は伸びをした。うーん、毎日これならいいのに……
「おはよう、千里ちゃん!」
ああうん、良くないね。朝から魚だね。……って何!?チーズだと!?
「御坂さん!チーズ作れるようになったの!?」
「んもうー、海ちゃんのお手製よ」
ああ、今の感動返して……。すると、足元にフワフワした何かがすりよってきた。御坂さんの使い魔の大和だった。使い魔は実は2人いる魔法使いもいるんだよ。
「チサト、イツモコトネガモウシワケナイ」
「そんな…って、琥珀。犬仲間じゃないの」
目を擦る琥珀は大和をゆっくり見た。
「かっ可愛い!」
琥珀は大和を抱いた。うーん、キティちゃんが猫を抱いてるみたいだ。
「コハク、キモチイイ」
大和が琥珀の頬を舐めた。平和だなあ。
「さて、千里ちゃん。彩奈ちゃんが起きてきたら修行をするわよ」
「よしきた、やらない」
何でよー、と御坂さんは拗ねる。理由はシンプル、勉強や修行が大嫌いだから!しかも……周りの皆は私を馬鹿呼ばわりばっかするもん。御坂さんはまだマシかな?だけど特に彼奴は……畜生。あ、彩奈姉じゃないよ。また別の魔法使いだよ。
「さて、千里。やるぞ」
彩奈姉が起きた…。嫌だよ、絶対嫌だー!
「水枷!」
御坂さん!魔法使わないでー!
「いいか、千里。魔法には3つあるんに」
「はい、知ってます。極大魔法、小魔法、混成魔法です」
「せやけ、ほんでもって…」
ちなみにこの話を聞くのは8回目。話を流すので、皆さんに分かっていただくために違いを説明します。
極大魔法とは、世界をも揺るがす大きな魔法。呪文もタラタラ長い。そして、小魔法。御坂さんが使った水枷のように名前のついた魔法。呪文もいらないし、魔法を出すスピードも極大魔法よりも速い。ただ威力は極大魔法よりも遥かに小さいけどね。そして、混成魔法。私達には必ず1つずつ主となる属性を持っている。私なら雷、彩奈姉は土、御坂さんは水、のようにあるよ。そして、その属性を交えた時に新たなる属性ができる。そして、その属性でまた別の魔法ができる。それが、混成魔法。
「よし、千里。檸檬と混成魔法をしろ」
「ほえ!?」
「お主、檸檬を舐めてはいかんぞ」
「いいけど…御坂さんの家じゃできないよ」
せやね、と彩奈姉は納得する。とりあえず私達は湖の畔へと移動した。
一方琥珀のほうは、琴音と勉強中だった。琴音は魔法に関してだけはまだ長けていた。
「そもそも琥珀ちゃんは聖霊回路などをご存知かしら?」
「ちーちゃんは全く教えてくれませんでした」
あらら、と苦笑する琴音。琴音は琥珀の腕を指した。
「目には見えないけども使い魔には必ず聖霊回路が廻っているわ。聖霊回路とは精霊を呼び寄せるための重要な回線みたいなものよ」
「あっ何かちーちゃん聖霊回路を起動してみたいなこと、言ってました」
「そう、まさにそれよ。そして、精霊とは神ならぬ者、またしても使い魔とも言わぬ者よ。中には精霊自体が使い魔ということもあるけどね」
はあ…ととりあえず琥珀は頷く。
「私は何に当たりますか?」
「琥珀ちゃんは純粋な使い魔よ。そういったものにもちゃんとランクがあるの」
琴音はノートにピラミッド型を書き、5つに分けた。
「一番は勿論神様よ。まあ、神様にも強さに優劣はあるけどね。そして、二番は精霊主と悪魔や天使などの神様と人間の狭間の者達ね。神様に最も近い存在よ。精霊主とは、精霊を統括する者達だけど、彼らに関してはまだ見たことはないわ。そして、精霊。精霊に関してはさっきと同じこと。そして…」
あれ?と琥珀は首を傾げた。ピラミッド型の四番目が空白なのだ。
「四番目はないのですか?」
「ええ、使い魔と精霊には越えられない壁が存在するの。だから四番目には何もないのよ」
なるほど、と納得する。同時に使い魔が底辺ということにショックを感じた。
「私、一番弱いんだ…」
「そんなことないわ。使い魔はこの中で一番連携が取りやすいのよ」
瞬時に琥珀の顔が明るくなった。琴音もつられて笑う。
「あっ、そうだ!琥珀ちゃんに教えなきゃいけない魔法があるの」
「難しいですか?」
「普通の人間でも簡単にできる魔法よ。調律魔法というの」
聞いたことのない魔法だなあ、と思う琥珀。ちなみに琥珀はまだ何も魔法使いの魔法の名前を聞いたことがない。矛盾?違います、琥珀はテレビや本に出てくる話の魔法の名前なら知っているからです。要はパロディなら知っているということです。
「これは聖霊回路を正しく作動させるための魔法。少し辛いかもしれないわ。まず、目を閉じて」
はい、と琥珀は頷いて目を閉じた。
「次に苦い記憶を思い出して。調律魔法は邪念を取り払う魔法。大丈夫、貴方ならきっと今の自分を打ち払えるわ」
生まれた時から私は嫌われた。親が虐待をしなかったのは良かったけど、兄弟も姉妹もいなかったし、家では孤独だった。決して甘えは通じなかった。幼稚園に入園早々から嫌われた。何もしていない、まだ喋ってすらない。それなのに嫌われた。
『近寄らないで』
『何か気持ち悪い』
『貴方なんか死ねばいい』
どうしてこんなことになったのだろう。高校の最初からもこんな言葉ばかり浴びていた。ごめんなさい、そればかり言っていた。いつしかこの言葉達に何も感じなくなっていた。ああ、これが人生なんだと思った。
『ああ、そうだね。貴方には罵倒の言葉がお似合いだよね』
目の前に私が現れた。琥珀じゃない、香苗の姿が。不気味に笑っている。周りの皆みたいに私を見ている。
『何で皆が貴方を嫌うかもう分かっているのじゃないの?』
何も言えない。返す言葉が分からない。だって、もう知っているから。
『貴方が何でもできるから。違うかな、貴方がこの世界に生まれたからかな』
「私は何もできないよ……!」
『まあ、鈍臭いのは仕方ないけど、勉強も運動も顔も本当は抜群だよね。周りに嫌われないようにあえて出来ないフリをしていただけで』
それが逆手になってるんだよ、って言いたいのかな……。だけど、それを知っているからって対処は何も無かったと思う。あ……、
『いや、あるよ。私に身を任せれば良かっただけだと思うよ』
「その…逆だよ、貴方がいなかったら良かっただけなんだ」
何言ってんの?と惚けた顔をする「私」。
「迷いがあるから道に迷う。迷いが無いから一直線に突っ走る。同じこと。貴方がいたから自分を忘れる。貴方がいなかったら自分を見つけれる。だから、………」
いなくなって、臆病者。切り離せ、今の世界を。怯えるな、道を見つけろ。私が世界の主人公。
琴音は安堵の表情で琥珀を見つめていた。琥珀はゆっくりと目を開け、琴音を見る。琥珀の視線に迷いは1つも無かった。前とは違う、強い視線に琴音は満足気な笑みを浮かべた。