暗雲
彩奈姉はちゃんと戸棚から再び魔導書を持ってきた。驚くほど私には分からない文字がいっぱいだ。
「お主は378ページを見とけ」
あっ、ちゃんと英語だ……でも英語も駄目なんだけどなあ……。仕方ない、静かに魔法道具を使うぞ…。ちなみに魔法道具とはまんまで半永久的にかかっている魔法の道具。私が今使っているのは透明な下敷きみたいなものだが、重ねた対象を自分の分かりやすいように変換してくれる。でも、魔法に関わる文字に関してはポンコツ。
「おい千里。事態は一刻を争う。早くしろ」
「あっ…うんー。えっと、まず」
………………ムズいな…。とまあ、魔法は何とかした。次は琥珀の治療だ。彩奈姉は針にキラキラ輝く糸を通して、琥珀の皮膚に縫っていく。琥珀はとても苦い顔をする。麻酔も一応かかってはいるがそうにもいかなさそうだ。
「ところでその糸は何か違いそうだけど…」
「精霊と治癒魔法が施されている。それらが聖霊回路を正常に導くのやけん」
なるほど…道理で縫い方が独特なんだ。まるでボディステッチをしてるみたいな感じ。
「まあ、使い魔がこういった事態に陥るのは当たり前じゃ。檸檬かて昔は……」
「えっ檸檬も?」
まあな、と苦笑いする彩奈姉。誰だって楽な道を通ることは滅多にないか…。特に琥珀は…。
「せやかて千里。いつまでも友人感覚で接するのはやめろ。共に朽ちるだけだ」
「うん……」
私は琥珀を見る。手をそっと握った。
「よし、終わったぞ」
琥珀の表情はみるみるうち安堵を取り戻していった。良かった……
「おーい彩奈ちーん」
扉の外から檸檬の声がする。うんじゃこらあ、と彩奈姉は扉を開けた。
「ロボットまた来たよ。とりあえず全部潰したのと、はいこれ」
檸檬の手には小さなデータチップが握られていた。
「でかしたぞ、檸檬。あとは琴の音に渡すだけじゃ」
「彩奈姉、御坂さんのところへ行くの?」
ああ、と彩奈姉は頷く。御坂さんとは翠の魔法使いだ。御坂 琴音と言う。ちなみに私もある程度彩奈姉に修行してもらったら行こうと思ってた。でも、彩奈姉も行くのなら御坂さんと一緒に教えてもらえるかな?
「私も行く!」
「何を抜かしよる。お主をとうに連れていくとは儂の心で決めとうたわ」
あ…断っても連れていかれるパターンだ…。まあ…いいや。と思ったと同時に外で爆発音が響いた。揺れる地面によろめきながらも檸檬が琥珀を抱きかかえ、表へ私達は飛び出した。立っていたのは柔らかそうな茶髪の男子。なんかチャラい…私には苦手なタイプっぽい。人間かな……?
「すみませーん、迷惑しましたかー?」
「人間か、お主は…?」
爽やかぁーな男子はニコッと笑う。ん?こいつ、本気で人間かな?何かね、服装が黒いのと、首筋から何か妙にチカチカしてる。てかこれ、絶対違うよね?ね?
「あ、そうそう思い出した。このへんにウォーリア来ましたよね?」
「あー、来たよ。俺っちが全部何とかしたよ?」
「ほほーう、なかなかのお手前で……」
彩奈姉も若干歪んだ顔をする。もう、分かったよね?ね?こいつは………ね?
「お主、人間だよな」
「何言ってんの!?彩奈姉、こいつはウォーリアだよ馬鹿ー!」
馬鹿とは何じゃ、と怒りを露にしながらも再びこの爽やかもどき男子を見る。あ、別に嫌いじゃないんだよ?っていうのは嘘だよ。男子は、目をずっと瞬きしてる。
「根拠あるのか、千里」
「殺気?」
ずっと見てて思ってたことの1つ。こいつに油断も隙もない。いつ手を出すかずっとうかがってる様子がすんごい分かったからだ。男子はクスクスと笑い出した。
「いやあー山吹の魔法使い、気づくのが遅いんじゃないかな?」
前に激しく同意。ってそんな場合じゃないっ!ウォーリアと決まったならこのイケメンみたいなのをとっとと片付けなければ!!
「お主…儂をからかっていたのか!!」
「いやいや、からかいには来てないので。いやあ、彼奴が何にも言わなかったら首持っていくのに…」
頭を掻くこいつ。畜生……オーラに圧倒されて動けないっていう屈辱!もう!彩奈姉も動けないとは相当な強さだ。
「あー、だからこれをドライブスルーでよろしく」
気づけば手には何か黒い物体を持っている。まさか…データチップだとお!?彩奈姉、何してるの!?セキュリティは万全にするんだよ!!
「全く、テイルーも弱ったもんだ。これは駄目だな」
手から電気の光が見える。すると、データチップは黒焦げに変身だー!これは本気でおいしょだな。色んな意味で。
「貴様っ!」
「回復できない仕組みになってるんでそこはよろしくね。全く、雑魚なんだったらちゃんと渡してくれたらいいのに……」
てかこれじゃあ彩奈姉は御坂さんに会う理由消えたじゃないの。どうしてくれんじゃこらあ!
「てことで僕は寝に帰ります」
「次会ったらぶち殺すね!」
「酷い言い草だよ、女子が放つ言葉じゃない」
余計なお世話だー!神様、落雷でウォーリアをぶっ潰してくれよ!
「じゃあ1つ良いこと教えてあげるよ」
「100文字以内でまとめてね」
「無理な話だね。山吹の魔法使いは知ってるんじゃないかな?マスターのこと」
マスター?何だそれは…。彩奈姉は、歯を噛みしめた。誰だよ、勿体ぶるなよー。
「マスター、もうすぐ目覚めるよ」
「中二病に?」
「………………」
ごめんなさい。2人からだと視線めっちゃ痛いんだよ?1人でも強烈に痛いときあるからね?
「まあ、それだけ。じゃっ」
「待って!」
私はついこれを止めてしまう。1個訊かねばならぬことがあるんだ。
「名前……」
「え?告白してくれるの?」
「しないよ!!何か今度会ったらまた……その……」
「いーよ、名前くらい。ルーって言うんでまた会ったら次は無いから」
一瞬だけ、カレールーの目は鋭く、かつ冷酷になった。何かこいつ持ってんな。あ、変な意味じゃないよ?強さみたいなものだよ。再びニコッとして、テレビの砂嵐みたいな音と共に消えた。そして私達も解放される。テスト終わりみたいな気持ちだ。
「くっ…折角何か掴めると思って手に入ったデータチップが粉砕されるとは儂も怠った……!」
はい、そう思います。次はちゃんとセキュリティしましょう。
「そしたら彩奈姉、御坂さんとこ行くの?」
「ああ、それは行く。マスターとか………」
あっ、マスターって何か訊くの忘れてた。
「マスターって誰?」
「お主は知らんよな。まあ、今度説明するきに」
流された…。彩奈姉…酷い…。
「よし、そうとなれば早速出発するぞ」
何かは分からないけど心に靄がずっとかかっていた。それは、何に対してなのか。それを知る者はまだいない。