橙の魔法使い
第1尋問室。ウォーリアが禁忌を犯した際に連れて来られる場所である。大方そこで尋問、というより拷問をかけられる。そして、そのウォーリアは人間においての死を味わう。まさに『死の部屋』を象徴している。その部屋に今、千里は……………
目を開けたら一面人が広がっていた。いや、人じゃない。ウォーリア、ウォーリア、ウォーリア。ああ、これが今の世界か。あれから、私は気を失って………。よくよく見たら体を椅子に縛り付けられている。ロープに魔法が効かない、何で…?
「マスターからの伝言を読み上げる。答えよ、八重樫 千里こと朱の魔法使い。貴公に問いが存在する」
紙を持った女が流暢に読み上げていく。暗い部屋にスポットライトの様な灯りが私を一気に注目した。薄暗いながらもウォーリア達の顔が映った。………怖い……。
「織幡 柚葉、に関しての問いだ」
…………………。
「織幡は世界の原点を象徴する最初の朱の魔法使いであることに違いはないか?」
答えたくない質問をぶつけられた。柚葉姉関連だけは世界に漏らしてはいけない掟。柚葉姉の意志を受け継いだんだ、絶対に口には出したくない。
「そこで、織幡 柚葉の知恵を全てアテンダントに捧げることを命ずる。拒否権は無い」「そもそも織幡 柚葉って誰?」
見張りの片方の男がもう一方に訊く。もう一方の男はいつか見たソラというウォーリアだった。若干戸惑いの表情を見せている。知ってるの……?ソラは溜め息を吐いた。
「ただの魔法使いとは言い難い奴だ。最初に世界を創ったという伝説に生ける最初の朱の魔法使い。『神の近くを歩きし魔女』。10年前のマスターのことは覚えているか?」
「勿論、知ってなかったら首パーンだろ」
「最も10年前の出来事を妨げた女だ。マスターからしたら欲しい知恵もあっただろうが、織幡は聞かなかったようだ。そこからは織幡は再び消息を絶った後………病死した」
「病死なんかじゃないっ!」
誰かが叫ぶ。私が叫んでいた。広い空間に大響音を響かせて。
「柚葉姉は病気で死んだんじゃない!殺したのはお前達だろ!!お前達がっ……あの笑顔を奪ったのは………!!」
「まあまあ、穏便に行こうじゃないか」
誰かが私の近くへ歩み寄ってくる。金髪の男…。
「ラッライド様!」
片方の見張りが敬礼する。ソラのほうも小さくお辞儀した。どういった立場の奴だ?ライドという男はへらへらと笑っていた。
「ちさちゃん…だっけ?」
「八重樫 千里……」
ああ、そっか。と笑顔を絶やさずに立ち止まるライド。こいつ、のうのうと……。ライドはルービックキューブを私に見せる。何の変哲もない、ただの揃ったルービックキューブ。
「ちさちゃんはパズルとか得意?」
「………苦手」
ライドはルービックキューブの色を変えていく。
「パズルとは1つ1つに気持ちが必要だ。それは、魂を宿らせるものと言っても過言ではない。そして、」
「…………」
「最後のピースは君だ、八重樫 千里」
ルービックキューブの音が止まる。気づけば一瞬で全て元通りに色が揃っていた。
「君が全てをもたらしてくれたら苦にならない。だが、君達魔法使いはそういう訳にもいかないだろ?」
何時までも笑顔を絶やさないライド。その瞳に写っているのは闇なのだろうか……。
「ウィル、ソラ。第2尋問室に連行。団長さんがユリアちゃんと橙の魔法使いと居るから指導に従え」
御意、と2人は言った。
「今暫く静かにしてもらうよ、ちさちゃん」
ライドは私の首を叩く。そこで意識は途絶えた。
数分前に遡ることである。
「マイロード、マイマスター……私達は何処で道を踏み外したのでしょうか…?」
第2尋問室で静かに呟く白銀の乙女、ユリア。その姿はウォーリアという言葉には到底似つかわない。事実上もそれは同じように。そして、隣に座る茅緒。苦い思いを胸に抱きながらもユリアにはふと笑ってみせた。
「道を踏み外した訳じゃないよ、ユリア。僕らにはまだアテンダントでやらなければならないことがあるんだ」
「もう辞めましょう!こんな嘘に何時までも浸っては………私は何処までも着いて行きますから……だから……」
嘘か…と目を落とす茅緒。視線の先に映る輝く指輪はある家族の魔法使いを示すものだった。
「今は嘘でも何れは真実へ変わる。その為にも今必要なのは、」
「八重樫 千里ですか…?」
「柚葉姉の意志を受け継ぎし者。血縁は無いけど家族も同然の存在だよ。はっきし会ったことはまだ無いが…」
重い空気を担ぐ茅緒の視界にふと小さな影が映った。目をやると目前には少女が立っていた。1つに結った暖色の髪。背丈の小さく子供同然の容姿。僅かな年で7人の魔法使いになり、尖り帽子の色からして分かること。
「橙の魔法使い…!」
橙の魔法使い、古都橋 いろりは八重歯を見せて笑った。茅緒には幼子の面影がとても目に映った。
「やっほーとぐまん!」
「貴方にそう言われる価値も無い……」
「そんなことないよー!!キミのやりたいことはお見通しだじょー」
うふふーと両手で口を押さえて笑う。茅緒はただ冷淡な表情をしたままだった。
「ちっちゃんを洗脳……でしょ?」
「理解されているならば邪魔は避けてほしい」
「いやいや、交渉があって……ね?」
いろりは相変わらず無邪気な笑いで茅緒を見る。だが、その中には悪童を予想させるような部分も見えた。
「ところでこの装置は?」
いろりは大きな鉛色の物体に触れる。ひやりと冷たい感触が指を伝った。
「それが……」
「あっ、やっぱいい!」
いろりは笑い飛ばす。もともと茅緒は言えないことにいろりは察したのだった。
「にしても高そう!」
「コストもかかる…なかなかの強者だ…」
「その言葉を待っていた!」
いろりは突然両手を広げた。茅緒とユリアは少し肩を上げた。
「多分これ、一旦アテンダント内のサーバをシャットアウトするから費用もかかるしウォーリアが必要とする『燃料』が使われるからウォーリアも動かないとか何とかでしょ?」
「『燃料』まで知っているのか……」
「え?全部なっつんが………」
いろりは暫し沈黙に落ちる。何か悪寒がしたのか肩を震わせた。茅緒は首を傾げたが特に何も気にしなかった。
「だからっ、ワタシが手伝うよ!」
茅緒は目を見開いた。悪気は一切感じていないいろり。ただ太陽のように明るく笑っていた。
「だけど、ここの監視カメラを全部壊してね!!ワタシ、カメラ恐怖症だから!」
「だが、魔法使い側には何のメリットも…」
「いーの!気にしないで!」
茅緒の肩を自信満々に叩くいろり。茅緒は何も言わなかった。そして薄く笑った。