プロローグ
彼は素晴らしい人、美しい人、優しい人。
愛するに、足る人。
なのに私は彼が愛せないのだ。
妖精伯爵8代目、クランド伯爵家15代目当主、アルザス。
22という若さで家督を得た彼は人望も才能のある人だ。
さらに彼は優しい人で、明るい人で、美しい人で。
そして、私が愛さなくてはならない人。
なぜならそれが私の使命だからだ。
でも、でも私は、
「ユリア、愛してるよ」
彼はーーアルザスは私が嫁いでから1年の間まるで癖のようにこの言葉を紡いだ。
そして私も同じ言葉を繰り返す。
「ありがとうございます」
昔から無表情だと言われるが、無理してでも女性らしく照れたふりでもするべきなのだろうか。
そんなことを考えていると彼はふわりと微笑んで私を抱き寄せた。
「ユリアは?」
「愛してますよ」
考える間もなく言葉が出ていた。
まるで機械のようだと自嘲気味に比喩した。
目の前の彼は、美しい淡い色の髪が揺れる下の深い青い瞳に私を映して、どこか悲しげに笑った。
「アルザス?」
彼は私の呼び掛けには答えず、無言で私を抱き締めた。
何故だろう、なにが不満なのだろう。
望む答えをちゃんと答えてるはずなのに。
彼が望む、答えを。
なのに彼はいつも悲しそうに私を抱き締めるのだ。
抱き締める彼の表情は当然見えなくて。
私は少しそれに安心する。
彼も私の表情が見えないから。
私はいつも以上になにもない、なんの感情もない顔をしているだろうから。
愛想笑いをして、彼を見ればよいとわかっている。
そうすればきっと彼も少しは落ち着くのではないか、と。
でも、わかっていながら私はできないのだ。
多分それは私が彼を愛していないからだ。
どこかで彼を憎んでいるからだ。
嫌いなのではない。
ただただ、彼が憎らしい。