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赤の聖騎士  作者: ミロ
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隷属


 幸次の意識が薄くなる。ふわりと浮かぶような、酒に酔ったような感覚。遠くから聞こえてくる、悲鳴と甘い声。悍ましくも、永遠に身を委ねていたくなる忘れがたい快楽。


(あ、うぁ……)


 ふわふわと薄い意識の中、遠くから聞こえるのは、自分の、ディアーナの悲鳴だ。


(や……め、ろ)


 絶え間なく体に送り込まれる、最悪な感覚に流されそうになる意識を必死に繋ぐ止めることが、今できる精いっぱいだ。


(クソっ! 畜生!)


 自身に発動している隷属術式は、幸次の人格を押し込め、ディアーナの人格を浮かび上がらせてしまう。その上で、より隷属術が掛かりやすいディアーナを隷属させる底意地の悪い最低の術式だ。この術式は、幸次とディアーナが融合する際に仕込まれた術式であり、聖女たるディアーナにも、幸次にも解くことができないものだ。今代の聖女は異世界から呼び出した幸次の魂が入っているイリーガルな存在だ。その魂がもたらしたものは、絶大だ。強力だ。故に「教会」の人間たちは警戒する。聖女は我々の制御下に置かなければならない!


(このっ! エロオヤジが!)


 隷属術式を発動させて上で、ディアーナの心を折るのが手っ取り早く「教会」の手足にすること。これが彼らの取った手だ。最低な奴らだ。ディアーナの絶望と悲しみが幸次にも伝わってくる。


(う、わ……ディアーナ……!)


 ひときわ大きく押し寄せた波に飲み込まれるように、幸次の意識も闇に沈んでいく。









 幸次の意識が浮上する。擦り切れていくディアーナの意識を補完するかのように幸次の意識が覚醒していく。

 まだ熱を持つ体。かいた汗がそれを覚ましていく感覚。まだ、体に潜む悍ましい甘い感覚に身を震わせる。


「……くっ……」


 その、男性であった頃には無かった刺激に、体を丸く縮めて耐える。はやく、はやく、去ってくれと願いながら、はぁ、はぁ、と体内の熱を逃がすように息を吐き出す。

 どれだけ、叫んでいたのか喉も痛い。目は現在も流れ出ている涙で視界が滲む。無理もない、まだディアーナはまだ年若い女の子なのだ。異世界に残した娘よりも年若いのである。出来ることならその苦痛を耐える役割を替わってやりたいとも思う。


 幸次が持つ力は、魔法陣の構成構築力だ。魔術は、魔力を練り、その魔力を用いて魔法陣を構築し、構築した魔法陣に魔力を流して必要に応じて特定のキーワードを口にして起動する。

 魔法陣は組み合わせや規模に応じて、複雑さを増していき、それを補うように大規模化していく。当然、流れる魔力は大きくなり、複雑な魔法陣は繊細になり強度が弱くなっていく。それを補うために、別途魔法陣を強化する術式をさらに組み込んでいき、更に複雑化していくのだ。故に、複数の魔術師が修業を積み同期をとって、一つの魔法陣を組み、行使するのだ。

 これらの制約を幸次の技術は、簡単に乗り越える。効率的な術式、最小限の魔力で小さな術式を素早く組み上げ、最小限の魔力を流すと最大限の効果を上げるべく魔術が起動する。

 従来の技術では考えられなかった、魔術の構成をごく自然に編み出し、行使する異世界人。それを取り込んだ最大魔力を持つ聖女。先代までの聖人を見ても、飛びぬけた実力を持つ存在だ。これだけの力を得たのだ。フィアーセは。

 

 故に、彼女の身を苛むのだ、ここの人間は。


「ふう……ふう……はぁ……」


 艶を含んだため息を吐き、気怠そうに身を起こす。自身に纏わりつく雄の臭いと、下腹部に残る体液の残滓を流すべく、ふらふらと浴室に入る。夜も更けているので、手伝いの無い1人での入浴だ。

 歯型や何をされたのか想像もしたくない痣を治癒で消し、以前では考えられないくらい神経質に体を洗い、バスタブに浸かる。芒硝泉のピリリとした、それでいて体に馴染む泉質に身を委ねると体から緊張が抜け出ていくような吐息か漏れる。


 幸次は、自身に同居するディアーナに語り掛ける。何も穢れてなどいない、と。君を許す、受け入れる、肯定する人間がここにいるのだと。


 ちょろちょろと湯が注がれる音と、静かにひっそりと漏れる嗚咽と共に夜が更けていく。





「異教徒制圧? ……ですか?」

 ラルスは、外套を胸元に引き寄せ、冷たい風が入るのを防ぐ。

 そうだ、と答えたのは黄色い軍衣を纏うラルスの上司、エスティヴァン。苦々しい思いを隠そうともしない、その渋面は彼と彼が守るべき聖女の気持ちを代弁しているかのようだ。


 バスティーラ。フィアーセの南を流れる大河を挟んだ王国だ。河に作られた港街、フィンクスから南に下った森の中をエスティブァン率いる魔物討伐隊は行軍中だ。フィアーセから連絡が届いたのはつい先刻。間の悪いことに、聖女を守護する各聖騎士は、サクラと改名するらしいララがいるのみだ。交渉に長けたサロも別に討伐隊を率いて、西のバルラトアに出兵中だ。恐らく異世界人の人格を封じたうえで、合議を行い押し切られてしまったのだろう。老獪な「運営」のやり口がこれか、と歯噛みするが目標は目の前である。これは正式な要請があった住人のための、教徒のための戦いなのだ。途中で投げ出してしまえば、聖女とフィアーセの求心力がそれだけ弱まるということだ。エスティヴァンは一時停止していた隊に更新再開を命じた。


 異教徒制圧。ラルスはそれを聞いても特に何の感慨も抱くことはなかった。ラルスが聞いている制圧とは、一部の過激な思想を持つ者を誅し、教会の教えを広めていく物であるからだ。フィアーセの教徒はその認識が常識である。故にラルスにはエスティブァンが作る渋面の意味が分からない。それを尋ねようと視線を向けるも、ゆっくりと首を横に振るのみだ。


 ただ、「お嬢には気の毒な思いをさせてしまうな……いや、いまさらか……」

 という自嘲を思わせる乾いた笑いを浮かべるのであった。


 吹雪の中野営となっても、この隊は慌てることなど無い。全ての事態に備えているのだ。3分の1の兵士に飲酒を許可し、設営したキャンプで眠りにつく。この寒さでは、気付け替わりに持っている度数の高いアルコールは、数少ない兵士の嗜好品だ。流石に騎士は飲むことはないが。


 だから、暗闇の中に赤く光る眼が無数に現れたときも、歩哨に立った兵士も慌てることなく合図の笛を吹く。


ピィィィィ……


 笛の音とともに皮の鎧を着こんだままの騎士たちが外に飛び出て、陣形を整える。無数のオークが放つ赤い目の光を認めると、ラルスはすらりと剣を抜く。緊張の面持ちで剣を構えるラルスを横目で認めると、エスティヴァンはニヤリと笑って、ラルスの肩を叩く。はっとして、己の肩に力が入りすぎていることを自覚したラルスは、バツが悪そうに頬を掻く。


「まあ、気負うのは悪いことじゃないさ」


 再び前を向いたエスティブァンの顔は、相変わらず不敵な笑みを崩さない。


「囲まれているようであるが、我々は恐れる理由はない! 何故だ!」


周囲の兵士がそれに答える。


「我々が魔を狩る兵士だからだ!」


「そうだ! 我々の剣は敬虔なる者を守り、討つ『聖なる』の名を与えられた強者の剣! 聖女を守る何物も通すことなき盾! その剣と盾を持つ者は!」


「フィアーセ!」


「我に続けぇ!」


 野太い声が森の中に響き渡り、虐殺(誅伐)が始まる。



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