異世界に飛ばされたTS聖女父の朝
サブタイトルを付けるようにしました。私は、その方がどうやら書きやすいみたいです。
教会の朝は早い。当然、聖女であるところの幸次の朝もまた早い。フィアーセがこの大陸では寒冷な地方に位置しているため、年の3分の1は雪に閉ざされる。そして、今日も寒い一日の始まりであった。
幸次は25年以上も会社員を経験し、電車で2時間近く揺られて通勤してきたわけで、毎朝5:00には起床する生活をしていた。それは、家族を支えるためであり、明確な目標があったために毎朝早起きをしていたのであった。土日は決まって昼近くまでグースカと眠るのである。基本、幸次は寝汚い。
異世界に来てからというもの、その辺の責務から解放された(と本人は思い込んでいる)幸次は、侍女に起こされるまでうじうじとベッドに籠るのである。ましてや、外はマイナス10度を下回るような寒さである。濡れたタオルを振り回すと凍ってしまう寒さだ。室内まで冷え込んでくるこの寒さの中においては、布団の魔力にはさすがの聖女も抗いがたいのである。
薄暗い廊下をカツカツと木靴の音を立てながら、僧服を着た女性が歩く。この大聖堂の敷地では、ここに住まう者、活動に従事する者は全ての人間が僧服を着ることになっている。身分、というか役割を示すものは、帽子や首飾りなどである。侍女であるこの女性の身分を示すものは、髪をまとめたうえですっぽりと髪を隠すようにかぶせられた帽子である。
おっとりとした印象を与える僅かに垂れた目、豊満な胸など、見た目に関してはこの侍女のほうが幸次よりよほど聖女っぽい。幸次が初めて見たときには、(この娘が聖女でいいんじゃないか)と思ったほどである。
その侍女が、途中の衛兵(彼も鎧の上に短い上衣を着ている)に会釈をして、聖女が眠る部屋のドアをノックする。返事が無いのを確認して、ドアを開けてそろりと中に入る。
「ディアーナ様~! お目覚めの時間ですよ~」
見た目通りの、のんびりした口調でベッド上のこんもりした部分に声をかける。
こんもりは動かない。動かない布団のふくらみを見やって、ふむ。と頷く侍女。
「……では~、いつものように~10数えますからね~」
「10~~」
「9~~」
「8~~」
「7~~」
「6~~」
「5~~」
「4~~」
「3~~」
「2~~」
「1~~」
「は~い! おはようございます~~」
と、侍女は何の躊躇もなく布団をはぎ取った。はぎ取った布団の中には、くるりと丸まった夜着を纏った幸次。布団をはぎ取ってすぐに、全身をぶるりと震わせパタパタと手を動かす。はぎ取られた布団を探しているのである。しばし布団を捜し、ようやく侍女に布団を取られたことに気が付いた幸次は、「……寒い」と呟いて起き上がった。
もぞもぞのろのろと侍女に手伝われながら着替え、顔を整えられ、髪を梳かされると、ようやく目が覚めてくる。
「……おはよう、エマ」
「はい~おはようございます~」
にこにことディアーナの身だしなみを整え、手を取って歩き出す。行き先は大聖堂である。朝のお勤めである。この敷地内に住まう者ほとんどすべての人間が、この朝の礼拝から1日が始まるのである。幸次が初めて顔を出したとき(といってもいきなり最前列のど真ん中で聖句を独唱させられたのだが)は、(なんか寺の坊さんみたいだな)と思ったのであるが、大体合っているのである。ここに住まう者は、概ね聖職者だ。これまた初めて朝の礼拝に参加した時は、周りを偉い人で固められていたので、朝が早いのは年寄りばかりだからだな。と思ったものであるが、そんなこともなく後ろの席のほうには小さな子供まで参加しているのであるところから見ると、そして侍女や兵士や騎士を見ると、存外平均年齢は低そうでもある。
ディアーナが執り行う礼拝は、聖堂のいちばん大きな礼拝堂で行われる。この大聖堂の敷地内には、幾つもの塔や宿泊所、修道院、宮殿(ここにディアーナも住んでいる)などの建物があり、それぞれ大小様々な礼拝堂が設置されている。礼拝堂にはそれぞれ呼び名が付けられており(多くは時計の塔に設置されている礼拝堂であれば「時計の塔の礼拝堂」のような適当な名前である。中には歴代聖者の名前を冠する礼拝堂もある)、礼拝堂の識別を行うのであるが、この大聖堂に設置されている礼拝堂はただ「礼拝堂」とのみ呼ばれる。「礼拝堂で戴冠式を執り行った」といえば、この大聖堂で聖者に執り行ってもらったことを指し、政治的にも大きなステータスではある。つまり、教会側はそのような権威付けをすることで教会中央部の求心力を維持しようという狙いもあり、ディアーナ(というか幸次は)そのようなところに俗っぽいところを感じるのである。そして、そういうところがちょっと人間臭くて嫌いじゃないなと思うのであった。
渡り廊下を歩いていると、この地方特有の強い風(つまり吹雪だ)が起こすビュービューという音が聞こえてくる。「うーさむ」と手をこすり合わせながら少し足早に、大聖堂へ向かう。
大聖堂の高位職のみが使用する通路を通って、礼拝堂にたどり着く。ここで侍女とはいったんお別れだ。侍女のエマは参列者の後ろに立ち、ディアーナは真ん中に用意され、聖者のみが歩くことを許された青い絨毯の上を歩いて祭壇の前に向かう。
祭壇の前にディアーナが跪くと、大きな鐘の音が鳴る。
朝の礼拝が始まった。
朝の礼拝が終わるころには、ようやく空が白み始める。そして腹ペコであるところのディアーナのお腹も鳴る。朝食の時間である。
ディアーナは朝からよく食べる。あるとき、突然ディアーナの感情が豊かになり、よくしゃべりよく動くようになってからは、そのエネルギーを補給するために朝から食べる量が増えたのではないかと、厨房の担当や侍女たちの間では噂されていたが、なんのことはない幸次が目覚めただけのことである。幸次は元々寝汚い上に、食いしん坊で大酒のみである。ディアーナに宿る魂のイニシアティブを握っている幸次が、いつものように振る舞った結果というだけのことだ。
朝食は、お偉方(といっても自分より身分が上、という人間はどうもいないらしいが)と食卓を共にすることもあるのだが、本日は自分の部屋でのんびり食べられる日だ。夜はコース料理(コースは単体だと妙な味付けに戸惑うことが多い)だが、朝は食卓に様々な料理が並ぶ。侍女二人がワゴンで持ってきた料理の数々をのんびりと食す。このフィアーセには、これといった主食に当たる食べ物が存在しない。つまり料理は、何かの穀物に合わせた味付けというのが成されないのである。今日の朝食は蕎麦粉っぽい穀物からつくったクレープ状のものに、スクランブルエッグ(なんの卵かわからぬ)や何かの魚をパテにしたものなどが包まれた料理がメインのようである。
ここは港町でもあり、海が荒れていなければ海産物には困らない土地柄である。大陸の南部では、虫なども普通に食すらしく、そういうところに出張(社畜であった幸次は各地への訪問をこう呼んでいる)とかやだなぁ。と思う。
食後のお茶(マテ茶みたいな味だ)を楽しみつつ呟く。「さあ、今日も」
「だらだらするぞー!!」
即座に侍女からのツッコミが入り、ディアーナががっくりを肩を落とし、周囲の侍女から笑いが漏れる。
ここまでが、異世界に飛ばされたTS聖女父の日常における朝の風景である。
2014.9.27 名前が被っていたので修正しました。ご指摘ありがとうございました。