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Clock Game  作者: やくも
9/11

stage9:合図と時計


「……答えって……」

「ど、どういうことだよ? 何で答えが……」

 そう。

 普通に考えたら、答えがすでに配られているなんて、ありえない。

 そして事実として、明確な答えは何一つとして僕達には与えられていなかった。

 回りくどい言葉を使ったせいで混乱を招いたかもしれないけど、僕が言いたいのはそういうことではない。

 つまり。

「例えば、このゲームに僕達が負けたとする。そうなれば僕達は、館ごと炎の中に置き去りにされるわけだけど……」

 皆が息を呑む。

 空気の塊がごくりと音を立て、肺の奥に転がっていくのが手に取るように分かった。

「そうなった場合、トリックの答えが証明されないままになるとは思わない?」

「あ……」

「た、確かに、言われてみれば……」

「極端な話、出題側は違うと言い張りさえすれば、いくらでも僕達を負かすことができるんだ。いや、もしかしたら最初から答えなんて用意されていないのかもしれない」

「そ、それじゃあ……」

「うん、最初からこのゲーム、僕達に勝ち目なんかないってことになる。けど、それは逆にありえないよ。だったらなおのこと、こんなルールを書き記した紙を配る必要なんてないんだから」

 そして再び、全員の視線が紙に向かう。

 僕はそれを見越し、続ける。

「……つまり、このゲームはとりあえずは公平に……僕達にも勝ちの目が出るようには作られてるってこと。その上でこんな紙を配ったっていうことは、それ自体が僕達の勝利条件に関わっているアイテムだから……」

「……ってことは」

「うん。トリックはこの紙に書かれた、ルールの中に隠されてるんだと思う。けど……」

 僕は紙から視線を戻し、皆に言う。


「分かったのはここまでなんだ。結局のところ、肝心のトリックがどう仕掛けられているか、そしてそれが何なのかは、まだ分からない」

「……でも、もしも信吾の言うことが正しいとしたら、大きな手がかりだ」

「……正直、自信はないよ。僕がこう考えることだって、もしかしたら出題者にはお見通しのことなのかもしれないしね」

「そうだとしても、現状じゃ他にそれっぽい意見もないだろ?」

 浩二が聞きながら見回すと、やはり皆は黙って頷いた。

「……やってみる価値はあると思うわ。話を聞いた限りでも、納得できることは多かったもの」

「私もそう思う。どの道、このままじゃ時間切れになっちゃうもん」

「……そうだな。俺も信吾の意見を取り入れるべきだと思う」

 まるで暗闇に差し込んだ一筋の光にすがるように、皆の意見が一つになっていく。

 こういう極限状態で恐ろしいことは、皆の意見がバラバラになって孤立と対立を繰り返してしまうことだ。

 そういう観点から考えれば、この団結は悪いことではない。

 だがそれだけに、僕にも見えない圧力がのしかかる。

 ここまで意見をまとめておいて、その判断がもし間違っていたら?

 全くの見当はずれな、単なる妄想だったら?

 全てを言い終えた今だからこそ、僕は後悔する。

 本当は何も言わず、黙っていればよかったのかもしれない。

 もしも間違いだった場合、僕はその責任を取ることなどできない。

 いや、それ以前に皆死んでしまうだろう。

 そう考えるなら、何もしないよりははるかにマシなのかもしれない。

 けど、それでも……。

「…………」

 苦しい。

 気が重くなって仕方がない。

 自分の居場所がここにはもうないようで。

 いっそのこと、逃げ出してしまいたくなる。


 ……そうさ。

 大輝達が言っていたように、この人数全員でならば時任一人くらいなんてどうにだってできる。

 万が一殺してしまったとしても、僕達が受けた被害を考えれば、正当防衛だって成り立つはずだ。

 いっそ、殺してしまえばいい。

 そして扉を蹴破り、館の外に逃げてしまえばいいんだ。

 橋の問題は残るが、その気になれば崖下の河に飛び込んだって構わない。

 むしろそっちのほうが、助かる可能性はずっと……。

「っ……!」

 奥歯が軋んだ。

 いつの間にか指先が震えている。

 皆は各々に紙に目を落とし、あらゆる可能性を示唆している。

 そんな光景を見ていると、ひどく居心地が悪い。

 まるで、皆を操っているようで……。

 真っ直ぐに見ていられない。

 俯き、視線を逸らした。

 そんなときだ。

 震える手に、誰かの温度が重なる。

「……志保?」

 少し視線を逸らすと、志保が隣で僕の手を握っていた。

 その手は僕の手よりも一回りほど小さく、ひどく細く華奢なものだった。

「大丈夫。信吾は、間違ってないよ」

 志保は小声で、僕にだけ聞こえるように呟く。

「助かるよ、きっと。皆一緒に」

 その言葉は、根拠のないものだった。

 志保が無理して笑っているのは明らかだった。

 けれど、それでも。

 震える指先は、いつの間にか落ち着いている。

「がんばろう。ね?」

「…………うん」

 見えない重圧が、風に飛ばされたようにふと軽くなる。

 昔から、何一つ変わらない。

 いつでもどこでも、どんなときでも。

 僕はいつも、最後には志保に励まされてばかりだ。

 ……考えろ。

 僕だって、まだこんなところで死にたくなんかない。

 絶対に生きて帰るんだ。

 十二人のうち、誰一人として欠けることなく……。


 時間が経つにつれて、焦りは必ず出てくる。

 言葉にこそ誰も出さないが、内心では必死だった。

 だが、その反面、色々な意見も出るようにはなっていた。

 しかし、そのどれもが決定力に欠けるものばかり。

 着眼点はいいものの、トリックを見破ったと豪語するには最後の一押しが足りないものばかり。

「……これもダメか」

「いい線だと思ったんだけどな」

「……仕方ないよ。他、何かある?」

 と、ここで一度意見が途切れた。

 しばらくの間ぶっ通しで意見を出し合っていたので、さすがに疲れの色が見え始めている。

 が、のんびりと休んでいる暇はない。

 休憩時間と称されたこの思考時間は、刻一刻とリミットに向かっている。

 この休憩が終わればゲームの後半戦が始まり、それが終わることはそのままタイムリミットを意味することになる。

 そうなれば、仮にゲーム途中でトリックを見破っても何の意味もない。

 ようするに、僕達はこの休憩時間の間にトリックを見破らないといけないのだ。

「……少し、休憩しよう。のども渇いた」

「……そうね。煮詰めすぎても、逆に頭が痛くなっちゃう」

 各々に立ち上がると、トイレに向かったり少し横になったり、冷蔵庫の中から飲み物を取り出し始める。

「信吾、飲むか?」

「うん、ありがとう」

 秦が持ってきたミネラルウォーターのペットボトルを受け取る。

 のどはカラカラだった。

 一口含むと、のどの奥で微かに痛みを覚える。

 皆、ほとんど無言だった。

 無理もない。

 あれだけ様々な意見を交し合ったのに、決定的なものは一つもなかったのだから。

 一番多かった意見は、やはりというかあれだった。


 ――勝利条件と敗北条件が重なっている矛盾が、トリックであるということ。


 確かに、この意見は嫌でも目に付くものだ。

 実際言葉としての矛盾が目に見えて明らかなだけ、気にするなというのが無理な話である。

 だからこそ、逆にそこには何も仕掛けがないと考えることも定石。

 しかし、さらにその裏をかいて……というように、堂々巡りの議論になってしまうのだ。

 結論から言うと、僕はこの矛盾はトリックではないと思っている。

 仮にこれがトリックだったとしても、それを見破ったことによって浮上する新事実がどこにもないからだ。

 トリックが仕掛けられている以上、嘘を見破れば代わりの真実が出てくるはず。

 が、この矛盾を見破っても、新しい事実が何も出てこない。

 いや、逆だ。

 この場合、二つの真実が出てしまうのだ。

 一つは、僕達の勝利条件が別のものであるという可能性。

 もう一つは、敗北条件が別のものであるという可能性。

 そのどちらに関しても、その別のものとして該当する新たな条件が見出せない。

 なので、やはりこの矛盾はトリックではありえない。

 ……おかしな話だ。

 矛盾とは、意味の取り方によってはそのままトリックであるということに繋がりそうなものだ。

 その矛盾がこれだけ堂々と目の前にあるのに、それゆえにトリックではありえない。

 奇術師は、そのマジックに仕込んだタネが大掛かりであればあるほど、人目につきやすい場所に堂々と晒しておくという。

 このトリックとやらも、そうなのか?

 それともやはり裏をかいて、極力目に付かないところにうまく隠しているのだろうか。

 それとも……。


「……なぁ、ところで今何時なんだ?」

 ふと、康祐が聞いた。

「……私達、何時間くらい話してたっけ?」

「ていうか、時間なんて分かるわけないじゃない。私達、ゲーム始めるときに時計とか携帯とか、全部取り上げられてるんだよ?」

「げ、そうだった……」

「あ、それなら大丈夫。外に出て、時任さんに聞けば教えてくれるよ。僕も起きたばっかりのとき、時間が分からなくて聞いてきたから」

「でもよ、それでデタラメな時間教えるとかしてんじゃねぇの?」

「いくら何でもそこまでしないだろ。仮にも二十四時間きっかりで終わらせるゲームだって、ルールに書いてあるくらいなんだぜ?」

「ま、それもそうだな。んじゃ、俺聞いてくるわ」

 康祐が立ち上がり、部屋の扉に向かう。

「……それにしても、ゲームっていうくらいならもうちょっとマシなものを用意してほしいよな」

「同感ね。そもそも参加なんてしたくもなかったのが本音だけど」

「部屋を渡り歩いて待つだけのゲームなんて、聞いたことないぜ」

「だな。俺なんて、一時間ごとにあの時任ってのが覗きに来るんだ。鐘の音といい、時計代わりもいいところだ。そんなに時間厳守させたいなら、最初から時計や携帯を取り上げなければいいのによ」

「携帯はまぁ、連絡手段を遮断するためだとしても、時計まで取らなくてもいいっていうのは賛成ね」

「そもそも、ここって圏外だった気がするんだけど」


 そんな、愚痴にも似た会話の中に。

「…………」

 僕は、何かを見つけたような気がした。

 ガチャリと、康祐がドアノブをまわす音がして、その音で僕は立ち上がった。

 ゴトンと、手の中のペットボトルが床の上に転がる。

 その様子に、扉に手をかけた康祐も含めて、全員の視線が集中していた。

 しかし、僕はそんな様子など気にも留めなかった。

「……信吾?」

 志保が不思議そうに聞く声。

 それさえも今は遠い。

「……おい、どうしたんだ信吾?」

「具合でも悪いの?」

「大丈夫か?」

「……何か、思い出したの?」

 皆の声が響く。

 けど、それはすぐに雑音となって掻き消える。

 ノイズが消え、クリアな音だけが残る。

 それが、真実かどうか。

 今はまだ確信はない。

 だから、繰り返し確かめる。

「……康祐」

「何だ?」

 ドアノブを一度離し、康祐は振り返る。

「……今言ってた、一時間おきに……っていうのは?」

「ああ、それか。ほら、このゲームって、一時間でそれぞれ一部屋ずつ進むわけだけどさ、最後の一人……つまり夏樹だけは、移動した先の部屋に誰もいないことになるだろ? そうなると、俺の部屋を訪ねてくるのがいなくなるから、アイツが毎回俺のところに開始の合図を言いにくるんだよ」

「……開始の、合図……」

「別にそんなことしなくても、鐘の音が三度鳴ったら俺は動けばいいわけだしさ。意味あんのか分かんなかったんだけど……」

「…………」

「……でも、それがどうかしたのか?」


 ――開始の合図を言いにくるんだよ。


 ――鐘の音が三度鳴ったら、俺は動けばいいわけだしさ。


「……康祐、ごめん。もう一つだけ、答えて」

「あ、ああ。何だ?」

「その開始の合図って、いつから?」

「いつって……そりゃ、ゲームが始まった最初からだよ。全員が割り当てられた部屋に入って、六時になった直後から」

「……最初、から。間違いない?」

「……ああ、間違いない」

 何かが。

 僕の中で、何かが見え始めていた。

 トリックはルールの中にある。

 嘘、本当、矛盾。

 トリックとは、嘘であるとは限らない。

 嘘とは、本当ではないということだ。

 つまり、トリックとは……本当ではないということ。

 ルールの中に、本当ではないことがある。

 それは……?

「……もういいか? 俺、時間聞いてくるぞ?」

「あ、うん。引き止めてごめん……」

 と、言いかけて。


 ――現在、午前五時二十三分です。


 今朝の、その会話が。

 違和感を覚えた、わずかなやりとりの、その正体が。

「…………そう、か……」

 全てが、見えた。

「待って、康祐!」

「な、何だよ? まだ何かあるのか?」

「ううん、そうじゃない。皆で行こう」

「行こうって……どこへ?」

「時任さんのところ」

「時間聞くのに、わざわざ全員で行かなくてもいいんじゃ……」

「違うよ。時間を聞きに行くんじゃない」

「え?」

 全員の視線が集まる。

 一拍の間を置いて、僕は宣言した。


 「――出るよ。この館を」



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