stage7:夜
「…………」
誰からともなく、無言でいることは多くなっていた。
無理もない、こんな単調で面白みのカケラもないようなゲーム……しかも延々と部屋の移動と待機を繰り返すだけの時間の流れの中では、肉体的な疲労ももちろんだが精神的にもきつい状態になってくるのは明らかだろう。
半ば機械的に同じ動作を繰り返すだけ。
耳に響く鐘の音も、途中から何度目のものか分からなくなってきている。
唯一分かるのは、三度続けてなる鐘の音が一時間の区切りを報せてくれるということだけだった。
そして。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン…………。
これがちょうど、六度目の響きだった。
ゲーム開始から六時間が経過し、ようやく前半戦が終了したところだ。
「……休憩、か」
僕は部屋の中で一人呟いた。
さすがに疲れは顔にも出ていそうだった。
まず眠気が強い。
三時間が過ぎた頃からうとうとし始めて、五分刻みの鐘の音に毎回起こされていたくらいだ。
とりあえず、一度皆で集まったほうがいいだろう。
僕は眠気を押し殺しながら立ち上がる。
ちょうどそのときだった。
「――皆さん、まずは前半戦お疲れ様でした」
その声はあの、時任と名乗った男性のものだった。
どうやらこの声は、部屋の中に備え付けられたスピーカーの向こうから聞こえているらしい。
「ただいまから十二時間を休憩時間とし、後半戦の開始は正午ちょうどからとします。それまでの間は自由ですので、食事なり睡眠なり、各自部屋でご自由にお過ごしください。一箇所に集まったりしてもらっても構いません。何かあれば私は部屋の外、中央におりますのでお気軽にどうぞ」
そう言い終えると、ブツッという放送が途切れる音が室内にこだました。
ひとまず僕は、両隣の部屋の扉をノックし、押し開けてみる。
「あ……」
と、隣の八番の部屋には、すでに何人かのメンバーが集まってきていた。
「高居も無事か」
「うん、とりあえずは」
それぞれに腰を下ろしたり、ベッドに座ったりしている様子を見て、僕も床に座る。
直後に、今度は僕がいた吸盤の部屋の向こうの扉が開き、残ったメンバーがやってきた。
六時間ぶりに十二人揃って顔を会わせることとなったが、誰の顔にもやはり疲労の色が見て取れた。
「とりあえず、皆無事みたいね」
全員が互いにそれを確認して、僕達は安堵の息をついた。
「けど、正直疲れた。時間も時間だし、眠いやつもいるんじゃないか?」
時計はないが、ゲームの進行具合と開始時間から考えれば、現在の時刻は日付が変わった夜中の十二時過ぎのはず。
ざっと顔を見るだけでも、疲れと眠気は明らかだ。
「本当なら悠長に休んでる暇はないのだけれど……」
「けど、このまま話し合いなんかしてもどうにもならないだろ。まずは少し寝るなり食うなりして、体を休ませないと」
「そうしてくれると、ありがたいな……」
「ああ。悪いけど俺も、もう限界だ……」
昼間歩き詰めだったことも後押ししているのだろう。
皆の疲労はすでに限界で、こうしている今もうとうとして目を閉じかけている。
色々と話すことはあったけど、確かにまずは休息が必要だ。
その後僕達は少しだけ話をして、そのあと四つの部屋に分かれて休むことにした。
使う部屋は七から十までの四つの部屋。
各部屋に三人ずつが一緒にいることにした。
外側の七番と十番の部屋に、男子が三人ずつ。
間の八番と吸盤の部屋には、それぞれ女子が三人ずつ配置された。
僕は七番の部屋に、豊、そして秦とともに過ごすことになった。
「それにしても……」
ボスンと、ベッドに倒れこみながら秦はぼやいた。
「信吾、豊。お前ら何か分かったか? このゲームのトリックとかについてさ」
「いや、さっぱり」
豊は即答する。
「色々考えては見たけど、考えると逆にこんがらがってくる感じだ。それに今は、疲れてそれどころじゃない」
「……だよなぁ」
豊は仰向けに寝転がり、続ける。
「信吾、お前は?」
「え? あ、うん……まぁ……」
「……何か、気になることがあるのか?」
隣に座っている秦が聞いた。
「……まぁ、あるにはあるんだけど……」
「分かったのか? あの、トリックが」
「ううん、そこまでは分からない。何か分かったっていうより、分からないことが増えたっていうのかな……」
それはつまり、何かしら疑問を覚えることがあるということだ。
けどそれにも確信めいたものは何一つなく、そんなことを言いふらせば逆に混乱を招いてしまうんじゃないかと僕は不安だった。
「増えたって……それじゃ意味ねーじゃん」
「……そうかも」
秦はハァと溜め息を吐き出したが、豊はそうじゃないとつけ加える。
「信吾は、疑問に思ってることがあるんだろ。だから、もしかしたらその疑問の答えがトリックに繋がるかもしれない。そう考えてるんじゃないか?」
「……その可能性もあるかもしれないけど、今はまだ何とも言えない。それに、ヘタな発言で混乱させたくないから」
「……で、何なんだ? その疑問ってのはさ」
「それは……」
言っていいものなのだろうかと、僕は悩んだ。
何の根拠もなしに、希望を与えるような言葉を口にしていいのだろうか。
結果として、それが全くの見当はずれだったら?
そのときの落胆振りは計り知れないものになるだろう。
「……ごめん、今はまだ軽々しくは言えない。ひとまず休んで、起きてまた皆が揃ったときに言うよ」
「……分かった。それじゃ、もう寝るか……っと、その前に俺はシャワーでも浴びてくるかな」
秦は部屋の隅にある脱衣所に向かう。
「信吾、何か飲むか?」
豊は備え付けの冷蔵庫を開け、聞いた。
中には色々な飲み物が入っているらしく、僕はその中からスポーツドリンクを一本もらう。
他にも色々食料などが入っているようだ。
サンドイッチやサラダも見えるが、生ものだけに賞味期限が気になるところだ。
まさかとは思ったが、薬物の混入なども考えられないわけではない。
とも思ったが、ここにきてそんな小細工を仕掛ける理由も見当たらないので、僕と豊はしばらく悩んだ末に、冷蔵庫の中の食品を口に運び始めた。
その後、秦がシャワーを浴び終えて食事を取り、僕と豊が交代でシャワーを浴び、それぞれが寝る準備をした。
どうやら休憩時間中には、ゲーム中のあの鐘の音は鳴らないようになっているらしい。
まぁ、さすがに寝ている間にも五分おきに鐘の音が響いたんじゃ休憩になりゃしないだろう。
一つのベッドに男三人が潜り込むわけにもいかないので、僕と豊はクローゼットの中から予備の布団を引っ張り出し、その上に横になった。
電気を消し、それぞれに横になる。
間もなくして、部屋には二人分の静かな寝息が響き始めた。
僕は一人、色のない天井を見上げながら、まだ眠ることができないでいた。
すっかり目が冴えてしまっている。
疲れはどっぷりと溜まっているはずなのに。
「…………」
こんな風にのんびりと休んでいていいのだろうか。
タイムリミットは確実になくなっているというのに……。
……だめだ。
時間の感覚がおかしくなっている。
ゲーム中は鐘の音が時間経過を物語ってくれていたけど、今ではそれすらもない。
身の回りの時計や時間が分かるものも予め回収されているし、時間を確認する手段がない。
これじゃあこの仮眠を終えた時点で、あとどれだけの休憩時間が残されているのかすら分かりはしないだろう。
精神的にどんどんと追い詰められていくのが分かる。
僕は……いや、僕達はすでに狂い始めているのかもしれない。
時の流れが体感できない、この閉じられた小さな空間で。
何も分からずに、謎めいたゲームにただ集中する。
一種の集団催眠のようなものに似ているかもしれない。
とはいえ、たかがゲームだとバカにすることもできない。
何しろ、このゲームには僕達の命がかかっているのだから。
勝てば無事に館を脱出、負ければ館ごと炎に包まれて死を待つばかり。
今にして思えば、ずいぶんと自分勝手なルールだ。
負ければ死という、逃れられないほど重いペナルティがあるにもかかわらず、勝ってもそれ相当の見返りがない。
確かに、命の保障という意味ではこの上ない見返りにはなるのかもしれない。
が、この手のものは例えば、巨万の富であるとか、嘘でも願いを一つかなえてやるとか、そういうものが定番のような気もする。
その代わりに、敗北は死という大きすぎるペナルティが課せられるわけで。
……うまくは言えないのだけど。
まるでこのゲームを考案した館の主という人物は、最初からゲームの結果を見通しているような気がする。
それは勝利を確信し、僕達が迷い戸惑う様を見て笑みを浮かべているとか、そういう意味ではなく。
まるで正反対なのだ。
――こんなゲーム、勝てて当たり前だと言わんばかりに……。
そうでなくては説明がつかない。
生還か死かという二択。
生と死は確かに対極だ。
それは一見、天秤がつりあっているかのようにも思える。
……だが。
本当に、そうなのだろうか……?
この状況に当てはめれば、何もおかしくはないようにも思える。
事実僕達は、死にたくないからこそゲームに参加し、勝利を目指しているのだから。
いや、安直な考えはよせ。
どんなギャンブルだって、親と子では親のほうが有利になる。
カードを配るのはいつだって親側だ。
僕達はただ、一見して公平に配られたであろうそれらのカードで手作りをしているに過ぎない。
例えその山札が予め、子には絶対に勝てないように細工されたものだとしても……。
「何か……」
僕は起き上がり、最初に配られたルールの書かれた紙を取り出す。
「何か、あるはずなんだ。このゲームに仕掛けられた、トリックが……」
書き連ねられるルールの一覧。
そこに矛盾はないか。
違和感はないか。
些細なことでいい。
服についた糸くずほどの、わずかな解れを見つけることができれば……。
どうやら、今夜は眠れそうにもない。
時任は円形の十二の部屋の外、最初にルールを説明したその場所に立っていた。
すでに夜は更け、日付が変わってから一時間が経とうとしている。
相変わらず白い仮面を貼り付けたまま、時任は最小限の動作で自分の腕時計に目を落とした。
アナログ式の時計、その秒針がチッチッと音を立て、一つまた一つと時を刻む。
「……あと、十一時間」
静かに呟き、時任は再び薄闇の中で立ち尽くした。




