stage6:一時間経過
三番の部屋を出て、四番の部屋へ。
そこでは縁が座っていた。
「あ、高居君……」
「どうかした?」
「ううん、どうってわけでもないんだけど……」
そう言うと、縁はそのまま口を閉ざしてしまう。
僕は隣に座り、そんな縁の様子を窺った。
「……私達、どうなるのかなぁ」
「……どうだろう。まだ、分からないことだらけだしね」
「本当に、ゲームクリアできなかったら死んじゃうのかな」
「……それは困るけど……」
「だよね……」
「……でも、ゲームって言ったからには、僕達にもチャンスはあるわけだから。ただ、今の段階じゃそのトリックっていうのが一体どんなものなのか、見当もつかないけど」
「トリック、かぁ……考えても分からないよ。私、バカだから」
「そんなことないって。それに、まだ皆何も分かってないのは一緒だよ」
「そう、だけど……」
縁は溜め息をついて、膝を抱えてしまう。
気持ちは分かる。
僕だって、今はまだ時間に余裕があるからこうしていられるけど、残り一時間とかの切羽詰った状況に追い込まれたら、きっと落ち着いてなんかいられないだろう。
それもきっと、皆同じはずだ。
だから、少しでも考えなくちゃいけない。
このゲームのどこかに仕掛けられているという、トリックを見つけるためにも。
とはいっても、やはり今の段階では手がかりが少なすぎる。
一人で考えるよりも大勢で意見を出し合ったほうがきっと得策なのだけど、ゲーム中はそういう相談ごともできない。
せいぜい今のような、部屋移動直後のわずかな時間で二人で話し合うことが限界だ。
次に全員が顔を合わせることが出来るのは、六時間後の夜の十二時。
ちょうど日付が変わり、十二時間の休憩を与えられるときだ。
その頃になれば皆、きっとクタクタに疲れているだろう。
当然眠気も出てくるだろうし、休息も必要になってくる。
そういう時間を割きながら、僕達は考えなくてはいけない。
最終的に生き延びるためにも。
――ゴーン…………。
そして再び鐘の音が鳴る。
「それじゃ、私も行くね」
「うん。あ、縁」
「何?」
「いい加減なことかもしれないけどさ、まだ時間はあるんだし……あんまり、悪いように考えないほうがいいよ。皆一緒なんだからさ」
「……うん。ありがと」
そう答えると縁は少しだけ笑い、扉を開けて五番の部屋へと入っていった。
四番の部屋に残った僕は、深く息を吐き出し、壁に背を預けた。
ああは言ったものの、僕も結局は何も分からないままだった。
ゲーム開始からまだわずかとはいえ、時間は確実に消費されていき、決して戻ることはない。
二十四時間など、それこそあっという間に過ぎていくものだと僕達は知っている。
焦らずにいられるはずがない。
考えるしかないんだ。
時間は限られているのだから。
何か、トリックにたどり着くべきヒントがあるはず。
今手元にある情報からでも、何か分かるかもしれない。
「……そうだ、さっきもらったあの紙」
僕は折りたたんでポケットの中にしまいこんだそれを取り出す。
クロックゲームのルールが書かれた一枚の紙。
もしかしたら、この中に何かしらのヒントが隠されているかもしれない。
なぜなら、現時点で僕達が考えるための判断材料になるものはこれしかないからだ。
なら、そこに何かがある可能性は少なくないはず。
答えがそのまま書かれていることこそ期待できなくても、手がかりくらいなら……。
「……でも、一体このルールのどこに……」
紙を床の上に広げ、何度も読み直しながら僕は考える。
まず、基本的な動き方の説明。
五分ごとに各部屋を一つずつ移動。
移動する人物は常に一人。
十二人がそれぞれ一回の移動を終えると一時間が経過し、初期配置の部屋から一つずつずれた部屋に移動していることになる。
この一時間の動きを一サイクルとし、六サイクル繰り返すことで前半が終了。
前半終了後、休息時間として十二時間が与えられる。
居遅く時間終了後、後半が開始される。
合計十二サクイル終了でゲーム終了。
そして、勝利条件と敗北条件の説明。
勝利条件:ゲーム終了の時点で生存していること、あるいはトリックを見破っていること。
敗北条件:二十四時間経過の時点で、館から脱出できていないこと。
勝利条件を満たした場合の報酬は、館の外へと出る権利。
つまり、勝利条件とは最終的に館の外に出ることだ。
しかし、敗北条件はそれを否定するようなものになっている。
これでは同時に条件を満たしたことになってしまい、僕達は館から出る権利を得ると同時に敗北してしまうことになる。
そして、敗北はこの館と共に炎上すること……つまり、死を意味する。
ということは、僕達が無事にこの館を脱出するためには、休息として与えられる十二時間が終了するまでにトリックを見つけ、そしてそれが正しい答えでなくてはいけない。
この幾重にも置かれたハードルを、果たしてクリアできるのだろうか。
……いや、できるのだろうかじゃ済まされない。
「……クリアするんだ、絶対に。こんなところで、死んでたまるか……!」
誰だって死ぬのは怖い。
もちろん僕だって同じだ。
そしてそれ以上に、僕は皆にも死んでほしくない。
大切な友達なんだ。
この先、進学とかできっと皆バラバラの道を歩くことになるだろう。
その前に一つでもいい思い出を作ろうと、こうしてやってきた小旅行。
その中で誰か一人でも不幸なことになってしまうなんて、僕は考えたくない。
だから、考えろ。
時間はまだ十分に残されている。
二十四時間しかないんじゃない。
まだ、二十四時間あるんだ。
だったら、一分一秒でも思考を停止させるな。
あらゆる可能性を考えろ。
どんな些細なことでもいい、見つけるんだ。
きっとある。
目には見えない、見落としてしまいがちな何かが……。
「それじゃ、行くわ」
「うん、気をつけてね」
「大丈夫だって。さすがにあの時任ってのも、部屋の扉破って襲ってきたりはしないだろ」
「あ、危ないこと言わないでよ……」
「悪い悪い」
そう笑いながら、浩二は六番の部屋へ。
時間だけが流れていく。
無造作に、そして二度と還ることはなく。
そしてまた一つ、また一つと、響く鐘の音。
「あ、行かないと」
「ああ。大丈夫だとは思うけど、一応気をつけろよ」
「……だといいんだけど」
少々怯えつつも、こだまが七番の部屋へ移動。
「何かあったら大声出せよ。扉ぶち破ってでも皆くるだろ」
「うん、分かった」
誰一人として、落ち着いていられるはずもなく。
考えなくてはならないことよりも、目先の不安ばかりが優先して。
今はまだ遠い死の恐怖が、しかし刻一刻と近づいてくる感覚。
まるで、聞こえない足音が常に背中に張り付いているようで。
それは時として、この世のものとは思えない悪寒を走らせる。
「さて、行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」
「平気平気」
大輝が八番の部屋へと向かう。
ゲーム開始からまだ一時間も経っていない。
が、この時点で少しずつ平静さが失われてくることになる。
その理由は、ゲーム開始前に時計や携帯など、時間の分かるものを手放しているということ。
時任はゲームに集中してもらうためと言い、皆それを承諾こそしたものの、いざゲームをやってみると、時間の経過を知らせてくれるの
はこの鐘の音だけである。
鐘の音は五分ごとに鳴り、一時間が経過したときは三度続けて鳴らされる。
それだけが唯一、時間経過を知るための手段であり、その他には部屋のどこにも時計などの時間が分かるものは設置されていなかった。
テレビがないのも、番組によっては画面の中に現在の時刻が表示されてしまうからだろう。
何と言うか、本当に徹底している。
室内には監視するためのようなカメラなどは見受けられないが、それでもどこかから見られているような視線を感じることがある。
そういうのは大体が気のせいだと分かってはいるが、恐怖を覚えるなというのは無理のある話だ。
「……行くね」
「ああ。そんなに心配すんなって。部屋が離れてはいるけど、皆何かあったらすぐにくるって」
「……うん」
頷きこそするが、志保の中から不安は抜けない。
最初から何かおかしいと、志保はそう感じていた。
それは、この館に入る前。
僕と康祐が、二階の部屋の開いた窓を見つける、それよりも前。
あの、洞窟の中から繋がっていた狭い通路を歩いていた、その頃から。
「…………」
ずっと、何かが離れない。
それは恐怖とか不安とか、そういう感覚のようなものではなくて。
もっと肌で直接感じ取ることが出来るような、嫌な空気。
しかし、それが何であるかは志保本人にもやはり分からなく、結局のところどうしようもないだけ。
誰かに相談しようにも、言葉にうまくできないことは相談のしようがない。
あえて言えばそれは……嫌な感じがする。
そうとしか表現できないものだった。
「よし、行くかな」
「……気をつけて」
「ああ、分かってるよ」
秦が十番の部屋へと移動する。
一サイクルが終わるまで、残された移動はあと三回。
何事もなく、鐘の音だけが規則的に鳴り続ける。
「行ってくるわ」
「おう、何かあったら呼べよ」
「ん、ありがと」
慶子が十一番の部屋へ。
「これ、待ってるほうが疲れるな」
「全くよ。変なルールなんだから」
「ま、行ってくるわ。んじゃまたな」
「ええ」
豊が十二番の部屋へと向かい……。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン…………。
三度続いて鳴り響いた鐘の音。
「ふぅ。やっとこれで一時間? もう疲れてきちゃったよ……」
「ただ待ってるだけだからな。まぁ、色々考えなくちゃいけないわけだけど」
「ま、とりあえず移動するね」
「ああ。またあとで」
夏樹が一番の部屋へ移り、ようやく一時間が経過する。
今のところ、変化らしい変化はない。
十二人それぞれが、皆そう感じ取っていた。
しかし別の意味では、もう一時間経過してしまったのだ。
タイムリミットはあと二十三時間。
今の僕達には、仕掛けられているトリックが何であるかという以前に、どこに仕掛けられているのか、その見当さえついていなかった。
コンコンと、ふいに扉がノックされる。
「……はい?」
二番の部屋にいた康祐は、とりあえずそう答える。
すると、ガチャリと扉を押し開け、時任が姿を見せた。
「……何ですか?」
「今ちょうど一サイクルが終わって、部屋が一つずつずれたところです。次に一番の部屋からまた移動が始まってしまうと、ずれ方がおかしくなってしまうのですよ。ですので、また私が合図させていただきます」
確かに、このまままた一番の部屋から開始すると、最初に十二番の部屋にいた夏樹は連続で移動することになってしまう。
ということは、康祐は一時間ごとにこうやって時任と顔を合わせなくてはいけない。
もちろん嫌なことだったが、やむをえないのでこの場は黙っておく。
そんな態度など目もくれずに、時任は腕時計に目を落としていた。
「……では」
康祐は顔を上げる。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン…………。
「二週目、開始です」
時任はそれだけ告げて、扉を閉めた。
クロックゲーム二週目も、こうして静かに始まった。




