stage4:矛盾のルール
姿も見えない館の主から、僕達十二人はあるゲームへの参加を余儀なくされた。
ゲームの名前は、クロックゲーム。
聞いたことのないそのゲームとは、一体どんなものなのだろうか……。
「クロックゲーム?」
「知ってる?」
「ううん。聞いたこともないよ」
皆口々に話し始める。
僕もそんな名前のゲームには覚えがなかった。
と、そんな困惑する様子の僕らを尻目に、仮面の男性は変わらぬ口調で紙面を読み上げていく。
「諸君らが混乱するのも無理はない。何しろこのクロックゲームというものを考案したのは、ほかならぬ私自身だからだ」
確かにそれなら知らないのも当たり前か。
「よって、まずはこのゲームがどのようなものなのか、そしてルールに関して少し説明をしようと思う。途中で質問なども出るとは思うが、それらは一通りの説明が終わってからまとめて受け付けるものとする」
そこまで読み上げて、仮面の男性は別の紙を手に取った。
「それでは説明しましょう。今から参加していただく、クロックゲームについて」
男性の言葉に、僕達は静かに息を呑んだ。
「まず始めに、このゲームがいかなるものなのか。それを説明していきましょう」
そして仮面の男性は、もう一枚別の紙を手に取った。
それはどうやら、図のようなものが描かれているものだった。
「この図面は、この館の一階部分の簡単な見取り図になります。向かって下側がさっき入ってきた玄関。そして現在はここ……ちょうど館の中央に位置する大部屋になります。今いるこの大部屋は、円形の造りをしています。そしてそれぞれの壁には、一から十二までの番号が降られた小部屋が用意されています」
言いながら、仮面の男性は周囲をぐるりと指差した。
僕達はそれに倣い、ぐるりと周囲を見渡した。
確かに言われたとおり、番号の振られた十二個の扉が確認できる。
「これからまず皆さんには、一人一つの部屋にそれぞれ入室していただきます。皆さんの人数も十二人なので、ちょうど部屋も埋まります。そして全員がそれぞれの部屋では位置についてから、ゲーム開始となります」
何だろう、小部屋で耐久勝負でもするのだろうか。
例えば、暖房やストーブをたくさんつけて、さながら我慢大会みたいに。
僕はふとそんなことを考えていたが、案の定、そんなゲームであるわけがなかった。
「ゲーム開始と同時に、まず一番の部屋の者が部屋を移動します。移動するといっても、一度部屋から出て別の部屋に移動するというわけではありません。十二の小部屋の中には、部屋同士を繋ぐ扉が用意されています。それを通って、隣の部屋に移動してもらいます。つまり、開始の合図と同時に一番の部屋の者が扉を使って二番の部屋へ移動する。そこでは当然二番の部屋に配置された別の誰かがいるわけですが、そこでまず何もせずに五分間を過ごしていただきます」
「五分間?」
「はい。お喋りをしたりしてもらっても構いません。ですが、時間は厳守してください。五分が経過したら、今度は今と同じ手順を二番の部屋の者が実行します。そうすると、二番の部屋の中には一番の部屋からやってきた者が残ることになりますが、その者は次の自分の順番がくるまでその場で待機することになります。移動した二番の部屋の者は三番の部屋へ行き、同様の手順を繰り返します。これを五分ごとに連続して行うことにより、一時間で全員が一つずつ部屋を移動するようにします。この一時間の流れを一サイクルとして、皆さんにはこれを人数分……即ち十二サイクル、十二時間かけて行っていただきます」
「じゅ、十二時間?」
「ちょっと、ふざけないでよ! そんなに長い時間こんなところに閉じ込められなくちゃいけないの?」
「それ以前に、体力がまず持たないだろ」
口々にあがる僕達に疑問に対し、しかし仮面の男性はいてに調子で答えるだけだ。
「確かに、十二時間連続では皆さんも疲労が溜まってしまうでしょう。ですから、途中に休憩時間も挟ませていただきます。十二サイクルの半分の六サイクル経過の時点で休憩のために十二時間を差し上げます。睡眠を取るなり、食事にするなりしていただいて結構です。十二の小部屋の中には冷蔵庫や冷房の設備もありますし、トイレやバスルーム、ベッドも完備しています。一日過ごすだけなら十分に足りるであろう食料と水も用意してあります」
「そういう問題かよ……」
「でもまぁ、野宿よりは大分マシか」
「ていうかこれって、監禁になるんじゃないの……?」
「なるんじゃないの、じゃなく、もう立派な事件だよ。全然実感沸かないけどな」
僕達の溜め息を見送り、仮面の男性は続ける。
「まず六サイクルのゲーム。そして十二時間の休憩。そしてまた六サイクルのゲーム。この手順で、ちょうど二十四時間。これがクロックゲームの所要時間でもあり、同時に皆さんに与えられた制限時間でもあります」
「……制限時間?」
「どういうこと?」
「これはゲームですから、当然勝敗の結果が必要となります。まず、皆さんの勝利条件を説明しましょう。一つ、休憩時間を含めたゲーム終了までの時間を、無事に過ごしきること。一つ、ゲームに仕掛けられたトリックを見破ること」
「トリック?」
「そうです。このクロックゲームには、あるトリックが仕掛けられています。それを見つけることでも、皆さんの勝利条件になります。この二つが、皆さんの勝利条件となります」
そう言われたものの、僕達は呆然としていた。
一体何がトリックなのか、それすらも見当がつかないままだ。
「では次に、皆さんの敗北条件について説明しましょう。こちらも至って簡単です。一つ、ルールを破らないこと」
まぁ、それは当然といえば当然だろう。
ゲームである以上、ルールがなければ成立しないのだから。
「そして、もう一つ」
このとき僕達は、案外楽観的に考えていたのかもしれない。
確かに二十四時間の間拘束されるのは迷惑この上ないことだけど、悪く考えなければ一泊だけこの場で過ごす、そう考えられなくもなかったからだ。
加えて、勝利条件として提示された条件の片方が、かなり緩い条件だっからかだ。
ゲーム終了までを無事に過ごすこと。
これはまず時間さえかければ楽にクリアできるハードルだった。
しかし、直後にとんでもないことが起こる。
もう一つの敗北条件、それは……。
「――ゲーム開始から二十四時間が経過した時点でこの館から脱出できていない場合、皆さんの敗北となります」
「……え?」
「な、何だよそれ」
「……どういう、こと? だって、さっき……」
「そ、そうだよ。さっき言ってたじゃないか」
「ゲーム終了の時点で無事なら、俺達の勝ちじゃないのか?」
それはどう聞いたところで、矛盾以外の何ものでもなかった。
勝利条件と敗北条件が、見事なまでに一致してしまっている。
そんなゲームをクリアすることなど、できるのだろうか?
「おい、ちゃんと説明しろよ!」
「そうよ。こんなのおかしいじゃない」
「ゲームどころか、ルールの時点で成り立ってないじゃないか」
「ですから、先ほど申したではありませんか。このゲームには、トリックが仕掛けられている、と」
「…………」
その一言で、僕達は言葉を失った。
「じゃあ、もしかして……」
今、この時点でもう、何かしらのトリックが仕掛けられてしまっているのだろうか?
それとも、この仮面の男性の言葉そのものがすでに、トリックなのだろうか?
「……さて、それではゲームの報酬について説明しましょう」
僕達のことなど見向きもせずに、仮面の男性は続ける。
「まず、皆さんが勝利した場合。これは説明の必要もないとは思いますが、一応言っておきましょう。このゲームのクリア報酬は、皆さんを無事に館の外へと送り出し、崖向こうまで送り届けること。言い換えるのなら、この館から脱出する権利こそが報酬なのです」
正直、そんな報酬どうのこうのという話はどうでもよかった。
それよりも僕達は、もう片方のことが気になって仕方がなかったのだから。
「そして当然、負けた場合のペナルティ……罰ゲームも用意させて頂いてます。罰ゲームは……」
その次に発せられる言葉に、皆の神経は集中していた。
いつの間にか空気は緊張し、張り詰めたものになっていた。
冷房も効いていないのに、こんなにも寒気がするなんて……。
そして、罰ゲームが告げられる。
「――この館もろとも、炎の中で死んでいただきます」
「……っ!」
「な……」
「炎って、そんな……」
「館に、火をつけるってこと……?」
「ふざけるな! 何でこんなゲームに命をかけなくちゃいけないんだ」
「主だか何だか知らないけど、頭おかしいんじゃないのその人?」
「……信吾」
「…………」
僕もこの仮面の男性が、そして館の主とやらが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
こんな命がけのゲームをして、一体何があるというのだ?
「皆、こんなの相手にすることないよ。帰ろう」
「ああ、同感だ。これだったら林の中を突っ切ったほうがマシだぜ」
「でも、扉はもう開かないんじゃ……」
「知るかよ。ぶっ壊していけばいいんだよ、あんなもん。どうせ燃やそうとしてる館だぜ? 扉一枚惜しくもないだろ」
「残念ですが、そういうわけにもまいりません」
そう言いながら仮面の男性は、胸ポケットの中から何か小型の装置のようなものを取り出し、僕達に見せた。
「私がこのスイッチを押せば、館の中数十ヶ所に仕掛けておいた爆弾が作動し、三十秒後に一斉に爆発します。無論、館は粉々に吹き飛ぶでしょうし、皆さんもまず生き残ることはできないでしょう。特殊な爆弾で、威力と被害の大半が内側に向かう代物ですから」
「何で、そんなことまで……」
「……っ、けど、そんなことしたらアンタだって巻き込まれて死んじまうだろ」
「そ、そうだよ。オジサンだって、死にたいわけじゃないんで……」
そう言いかけたところで、しかし言葉は途切れる。
仮面越しの不気味さとはまた別の、見えない素顔から伝わる妙な雰囲気。
体温のない呼吸を繰り返しているような、そんな空気がそれだけで告げていた。
この男性は、命に対して微塵の重さを感じてはいない。
「…………」
その見えない迫力だけで、僕達は気圧された。
腕力や体力はどうか知らないが、僕達は全員精神力でこの男性に屈服させられていた。
「……詳しいルールや条件などについては、こちらの紙に書いてあります。人数分用意してありますので、お一人ずつどうぞ」
手渡されるそれを、僕達は力なく受け取った。
「何か質問があればどうぞ」
誰も、何も聞かなかった。
「分かりました。質問は休憩時間の十二時間の間にも再度受け付けますので、ゲーム中に疑問が浮かんだりしたときはその時間にて質問なさってください。答えられる範囲でお答えいたします。それでは……」
仮面の男性は腕時計に目を落とす。
「現在、午後五時三十二分。午後六時ちょうどより、ゲームを開始します。それまではどうぞ、ごゆっくり」