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Clock Game  作者: やくも
3/11

stage3:クロックゲーム


「何だよ、これ。一体どうなってんだよ!」

 確かに僕達は、つり橋を渡って対岸のここにやってきた。

 にもかかわらず、そのつり橋は僕達の目の前から忽然とその姿を消してしまっていた。

 目の錯覚……であってほしいのだが、どうやらそういうわけではないようだ。

「嘘、でしょ? そんなこと、あるわけないじゃない!」

「手分けして、周りも探すんだ。似たような景色ばっかりで、少し場所を勘違いしてるのかもしれない」

「そ、そうだよね。皆で探そう」

「よし、手分けして探すぞ」

 誰が言い出したわけでもなく、皆は周囲に駆け出していた。

 けど僕は、どういうわけかそれが全て無駄なような気がしたんだ。

 だって、橋を渡ってから僕達は真っ直ぐ歩いて屋敷の正面にやってきたんだ。

 だったら、僕らの真後ろにつり橋がなくてはいけないはず。

 けど、そこにつり橋の姿はない。

 だったらきっと、他の場所にあるはずなんてないんだ。

 僕達が橋を渡ったのは事実。

 そこに橋があったのも事実。

 ならば、今こうして目の前から橋が消えてしまったのもきっと……認めたくはないけど、事実なんだ。

「おい、そっちはどうだった?」

「ダメ、見つからない!」

「こっちもダメだ、橋なんかどこにも見当たらない」

「くっそ、一体どうなってんだよ? 何でさっきまであったはずの橋が、いきなり目の前から消えちまうんだよ?」

「私達、集団で悪い夢でも見てるのかな……?」

「しっかりしろよ、そんなわけないだろ?」

「けど、だったらどうして橋がなくなってるのよ?」

「そんなの俺が知るわけないだろ!」

「怒鳴らないで! ただでさえ頭がこんがらがってるんだから!」

 皆の様子が変わる。

 いや、こんなわけの分からない状況になっているんだから、どうにかならないほうがおかしいのかもしれない。

 そのくせ僕はどうしてか、あまり焦ったり不安を覚えてはいなかった。

 目の前でおかしなことが起こっているというのに、どうしてなんだろうか。


「……とにかく、ないものを探したって見つかりっこねーんだ。他の方法を考えるしかないだろ」

「そうだけど、どうするつもりだよ?」

「……向こう岸までは軽く三十メートルはある。間は崖になってて、下は流れの速い河だぞ?」

「崖の高さは……大体十メートルちょっとってとこかしら。ロープか何かあれば降りれない高さじゃないけど、そんなもの持ってきてる人いる?」

「無茶言うなよ。臨海学校にそんなもん持ってこないって」

「……そうだよね」

「それに、仮にロープがあっても降りるのは無理だと思うよ」

「どうして?」

「崖の下まで降りたとしても、そこに足場がない。そのまま河の中に直行したんじゃ、ロープごと流されるだけだよ」

「……結局、どうしようもないってことか」

 結論に至り、しばしの沈黙が流れる。

 大人しく助けが来るまで待っているという手段もあったが、こんな場所に足を踏み入れる人がいるだろうかと考えると、それはどう考えてみても望み薄だ。

 そして誰が言うわけでもなく、皆の視線は再びそこに集中する。

 半開きになった屋敷の正面玄関の扉。

 まるで、入っておいでと言わんばかりに口を開けて待っている。

 あれだけノックしても、声をかけても反応を示さなかったのに、その入り口がこうも無防備に開いていると、逆に不気味でしかない。

 もちろん誰もが、その目には見えない嫌な感じを肌で感じ取っていた。

 が、ここにきて状況はなりふり構っている場合ではなくなってきているのも確かだ。

 だから皆、本当は待っていたのかもしれない。

 誰かがその言葉を、口に出すのを。

「……なぁ、とりあえず、さ……」

「……うん」

「やっぱ、そうするしかない……よな?」

「あんまり、気は進まないけど……」

「仕方、ないよね?」

「……だな」

 中に入ってみよう。

 言葉には出さずとも、意思は統一していた。

 もしかしたら、中にはちゃんと人がいるのかもしれない。

 たまたま寝ていたとか、トイレに行ってたりして声が届いていなかったとか。

 そんな一縷の望みを胸に、僕達は正面玄関に歩み寄った。

 薄く開いたままの扉。

 内側からは人の気配もせず、外の曇り空が明るく見えるくらいに中は暗がりが広がっているようだ。

「……よし、行くぞ」

 皆、その言葉に無言で頷く。

 浩二はそっと扉の取っ手を握り、引き開けた。


「……すいません。誰か、いませんか?」

 小声で呟く。

 屋敷に中はシンと静まり返り、真夏だというのに寒気を覚えるほどだった。

「誰か、いませんか?」

「俺達、道に迷っちゃったんですけど」

 言葉を投げては見るものの、やはり返事はない。

「なぁ、電気のスイッチとかないのか? これじゃ暗くて何も見えないぜ」

「ここが玄関なら、壁にスイッチがあってもいいんだけど……」

 暗がりの中、手探りでスイッチを探す。

「あ、あった。多分これだよ」

 パチンと音がして、頭上が白い光に覆われる。

 と、同時に。

「うわあああああ!」

「ひ……」

「うわ……」

 悲鳴にも似た驚愕の声が響く。

 僕もその光景に、思わず息を呑んでいた。

「…………」

 僕達の目の前に、一人の……恐らく男の人が立っていた。

 なぜ恐らくという言い方をするのかと言うと、その人の顔が見えないからだ。

 黒いスーツに身を包んだその人は、その顔を白い仮面で覆い隠していたのだ。

 舞台やミュージカルでよく見る、目を口の部分が三日月形にくりぬかれたもので、鼻の部分にも空気穴がつけられている。

 その外見があまりにも不気味で、思わず僕達は言葉を失ってしまった。

 その人はジッと僕達の様子を伺うようにしていたが、しばらくしてからおもむろにその口を開いたのだ。

「こんなところで立ち話もなんですし、どうぞこちらへ」

 その声色はやはり男性のもので、比較的にまだ若いイメージを受けるものだった。

 口調はどこか機械的にも思えたが、どちらかというと柔らかいものだった。

 そのおかげで、僕達の中の恐怖心は少しではあるがなくなっていった。


 仮面をつけた男性は、ゆっくりと歩いていってしまう。

 玄関の奥は広いロビーで、左右の壁には二階へと続く階段が設置されている。

 仮面の男性が向かうのは、ちょうど玄関から見て真正面に位置する、別の部屋の扉だった。

 僕達はしばらく玄関の前で立ち尽くしていたが、男性の声に安堵を覚えたこともあって、一人また一人とその後についていく。

「あ、あの、靴はどうすれば……」

「土足で構いません。さぁ、こちらに」

 言われるがままに、僕達は男性に続いて歩く。

 そして十二人全員が新たな扉の前に揃ったとき。

 バタンと、玄関の扉が閉ざされる音がした。

 その音に、反射的に僕達は後ろを振り返る。

 外に繋がる唯一の扉は、すでに硬く閉ざされていた。

 その出来事にまた、僕達の不安は募り出す。

 一体どうやって、扉を閉じたのだろうか?

 遠隔操作?

 それとも、風?

 人の手によるものなら、それこそ一体誰が?

 様々な疑問が浮かぶ中、それらを全部無視して仮面の男性は続ける。

「こちらへどうぞ。主がお待ちです」

「……主?」

「このお屋敷の、持ち主ってことですか?」

「…………」

 質問に対する答えは得られなかった。

 仮面の男性は沈黙を守ったまま、ただ静かに二つ目の扉を押し開ける。

 ギィィィと、古めかしい音と共に扉が開く。

 その部屋の中は薄暗かった。

 明かりこそあるものの、電気による照明ではない。

 部屋はその全体が円形に作られており、壁には蜀台に乗せられたロウソクの炎が揺れている。


「こちらへ」

 そう告げると、仮面の男性はまた一足先に歩き出してしまう。

 仕方なく僕達もそれに続き、円形の部屋の中心に案内される。

 そこには小さなテーブルが一つだけ用意されており、その上には何やら紙束のようなものが置かれていた。

 僕達全員がテーブルの前にやってくると、仮面の男性はその紙のうちの一枚を手に取り、こう言った。

「あなた達に主からのメッセージを伝えます」

「……主からの」

「メッセージ……?」

 当然のように疑問の声が上がる。

 しかし、それも全て無視して仮面の男性は続けた。

「この度は我が館を訪問してくれたこと、非常に嬉しく思う。さて、早速ではあるが、諸君らは早々にこの館周辺で不可思議なことを体験したものと思われる。結論から言うと、今のままでは諸君らは向こう岸へと戻ることはできない」

「う、嘘でしょ?」

「冗談じゃない! どういうことだよ!」

 口々に声が上がる。

 が、それさえも無視して仮面の男性は続ける。

「話は最後まで聞いてほしい。確かに今のままでは諸君らは向こう岸に戻ることはできない。なぜなら、橋がないからだ。その橋のことだが、あれは私の意志一つで自由自在に出したり消したりできるモノなのだ。信じられないかもしれないが、そういう代物なのだ」

「何よ、それ……」

「……とりあえず最後まで聞こうぜ。まだ続きがありそうだ」

 話が続く。

「もちろん諸君らとしても、この場に居留まる理由がない限りは帰りたいと思っているだろう。そこで一つ提案がある」

 無言で全員が息を呑んだ。


 「――これから行うゲームに、君達に参加していただきたい。それに無事勝利すれば、君達を帰してあげよう」


「……ゲーム?」

「ふざけないでよ! どこの金持ちの道楽か知らないけど、そんなものに付き合う必要なんて私達にはないわ!」

「そ、そうだよ。いいから橋を出してよ、自由自在なんでしょ?」

「…………」

 しかし、仮面の男性は沈黙を守り続けるだけ。

 まるで本当に、与えられた任務だけを全うする機械のようだ。

「やってられるかよ。俺はパスするぜ」

「俺もだ。付き合ってらんねーよ」

 口々に吐き捨て、来た道を引き返す。

 だが。

「……あれ? おい、開かないぞ?」

「そんなわけ……あれ、何でだ?」

 ガチャガチャとドアノブをひねり、扉を叩く。

 が、閉ざされた扉はびくともしない。

「ちょっと、どういうこと?」

 仮面の男性に問いかける。

 しかし、返答はない。

「この……!」

「待てって、落ち着け」

「だけど……!」

「……つまり、こっちの意向なんて最初からどうでもいいってことね。何が何でもそのゲームとやらに、私達を参加させるつもりなのよ。この館のご主人様とやらは」

「ふざけんなよ、どうしてそんなのに俺達が付き合わなくちゃ……」

「けど、それに勝てば俺達を帰してくれるんだろ?」

「あんな紙に書いた約束事を律儀に守ると思うか? こんな扱いするようなヤツだぜ、ロクでもないヤツに決まってる」

「……でも、このままじゃ話が進まないし」

「……とりあえず、もう少し話を聞こうぜ。ゲームっていったって、俺達はまだその内容もルールも何も知らされてないんだ。それを聞いてからでも、結論出すのは遅くない」

「……そうだね」

「っ、勝手にしろよ。俺は知らないぜ」

 話が丸く収まったわけではないが、とりあえず僕達は話しの続きを聞くことにした。

 その様子を見計らって、仮面の男性は変わらぬ口調で紙に書かれた言葉を読み始める。

「では、説明しよう。今から君達に参加してもらうゲームについて。そのゲームとは……」

 一拍の沈黙。

 後に、仮面の男性は告げる。


 「――クロックゲームだ」



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