stage2:隔離
「すげーな、これ。やっぱ別荘か何かなのかな?」
「こんなところに別荘なんて、物好きよね……」
「ていうかさ、そんなことより、ここどこだ?」
その言葉に皆は一斉に周囲を見回し始める。
が、どこを見ても似たような景色ばかりが続いている。
あたり一面はうっそうと生い茂る雑木林。
どこを見ても人の手が入ったような小道はなく、林の中を突っ切るしか先に進むことはできなさそうだ。
「ダメだな。どこにも道らしい道は見当たらない」
「おとなしく引き返すか?」
「それよりもさ、聞けばいいんじゃねーの?」
「聞くって、誰に?」
「そりゃあ……」
そして誰からからともなく、皆の視線は一点に集中する。
つり橋を渡った向こう側、静かに佇む洋風の屋敷へと。
「まぁ、その方が早いかもしれないな」
「えー、この橋渡るの? 何か今にも腐って落ちそうじゃない?」
「え、縁起でもないこと言わないでよ」
「とりあえず、行くだけ行ってみようぜ。誰もいなかったら仕方ないけどさ」
「だな。ヘタに道に迷うよりはいいよな」
「いや、私は素直に戻ったほうがいいと思うんだけど……」
「聞いてないよね、もう」
すでに大半の足はつり橋に向かって歩き出していた。
最初に浩二が橋の上に乗ると、見かけよりも作りはしっかりしているらしく、五人ほど乗っても軋むことはなかった。
「しょうがないなぁ……」
あまり乗り気ではなかった三上と木村も、しぶしぶ後に続いていく。
「僕達も行こう、志保」
「……あ」
「どうかした?」
「あ、えっと……やめたほうが、いいと思う」
「え……」
「おーい、何やってんだよ二人とも。置いてくぞー?」
橋の上から豊の声がした。
「ごめん、すぐ行くよ」
僕はそう返しておく。
「……何か、嫌な感じがする。今の洞窟の中もそうだったけど、それよりももっと嫌な感じが、あの家からする」
「……志保」
志保のこれは、いわゆる霊感に似たようなものだ。
物心ついた頃からこんな感じで、過去にも同じようなことが何度かあった。
「大丈夫だよ。ほら、皆も待ってるしさ」
「……でも」
「心配ないって。ちょっと道を尋ねにいくだけなんだしさ。ね?」
「……う、うん。分かった……」
まだどこか気が進まない様子ではあったけど、志保もとりあえず頷いてくれた。
僕達も皆に続いてつり橋を渡り、屋敷の前へとやってくる。
「何か、近くで見るとますますそれっぽい雰囲気だな」
「そんなに古臭い感じじゃないけど、人が住んで生活してるようには見えないわね」
「じゃあ、やっぱり誰もいないんじゃないの?」
「ま、考えるより聞いたほうが早いだろ」
そう言うと、浩二は屋敷の入り口に立ち、その扉を軽くノックした。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
「…………」
残りの十一人はその様子を黙って見ていた。
が、浩二のノックからしばらくしても中からは何の返答も返ってこない。
「すいませーん、誰もいませんかー?」
今度は先ほどよりも少し強く扉を叩いてみる。
ドンドンと、静まり返った林の中にその音がこだまする。
その音に驚いたのだろうか、渡ってきたつり橋の向こうの空で野鳥が一斉に空へ飛び立っていた。
バサバサという羽ばたきの音が徐々に遠ざかり、その残響がどうしてか僕達の胸を不安色に染め始める。
「ダメっぽいな。いないみたいだ」
またしばらくの間返答を待っていたが、やはり人のいる様子はないようだ。
仕方ないので、僕達は自然と来た道を引き返す雰囲気になっていた。
が、しかし。
「あれ?」
「どうかしたの、縁?」
皆の視線がそこへと集中する。
麻生はぼんやりと、上のほうを眺めていた。
僕はその視線を目で追ってみると、その先には屋敷の二階にある一室の窓があった。
が、どういうわけかそれが……。
「……窓が、開いてる?」
「え?」
僕が呟くと、さらに皆の視線がそこに集中した。
正面から見て、二階の一番左の部屋。
その部屋の窓だけが、細く開いていた。
隙間からはその部屋に備え付けられている黒いカーテンがヒラヒラと風に揺れ、見方によってはそれが手招きのように見えて不気味だった。
「……閉め忘れたの、かな?」
「無用心だな。これじゃ泥棒とか入っちゃうんじゃないか?」
……いや。
僕はそのとき、全く違うことを考えていた。
そしてどうやら、僕以外にも同じことを思った人がいたようで……。
「……あのさ」
ふと、どこか重苦しい口調で康祐が口を開いた?
「何、橘?」
「俺さ、さっき橋の上からチラっと見たんだけど」
「何だ何だ? まさか、幽霊がいたとか言い出すんじゃないだろうな?」
「うわ、そんなの今時笑えないよ?」
などと、何人かはそんな風に茶化して笑い出す。
しかし、康祐の表情はそんな感じのものではなかった。
僕にはそれが分かる。
きっと、康祐も気づいたんだ。
その、違和感に。
「――開いてなかったんだよ」
康祐その一言に、場の空気は一瞬だが確かに凍りついた。
誰もがその言葉の意味を、頭の中で整理し始めていた。
しかし、どれだけ探し回ったところで、その言葉の意味に該当するものは、たった一つしかなく。
「……開いてなかったって?」
「……何、が?」
皆もう、頭の中で答えは出ているはずなのだ。
でもあえて、その問いを口に出さずにはいられない。
誰かが自分と違う答えを言い、それに納得できさえすれば、押し寄せる不安から開放されると思っているから。
しかし、それでも。
康祐ははっきりと、その目で見たままの事実を告げた。
「――あの窓、橋の上を歩いているときに見たときは……閉じてたんだ」
「……っ!」
誰もが息を呑んでいた。
その言葉が発せられるということは、分かっていたにもかかわらず、だ。
「お、おいおい、何言ってんだよ? 見間違いか何かじゃないのか?」
「そうだよ。ほら、たまたま木に隠れて見えてなかったとかさ」
「それはないと思う」
僕は言葉を挟んだ。
「康祐だけじゃなく、僕も見たんだ。さっきまであの部屋の窓は、間違いなく閉まってたよ」
そう。
僕も見たのだ。
志保の手を引いて橋を渡っているとき、ふと視界に映りこんだもの。
そのときは、屋敷の正面に見える二階の窓、計六ヶ所は全て……しっかりと閉じていたのだ。
「で、でもさ、そんなにおかしく考えることでもないんじゃないかな?」
青葉の言葉に皆の視線が移る。
「単純に考えてさ、誰かが空気の入れ替えとかで開けたのかもしれないし。たまたま私達が、それに気づかなかっただけとかでさ……」
「……誰かって、誰?」
細い声で志保が聞く。
「え? そ、それはやっぱり……この屋敷の持ち主とか、住んでる人じゃ……」
「それってつまり、今も中に人がいるってことだよな……?」
「……さっき、あれだけノックしても反応なかったのにか……?」
「そ、それは……」
皆の言葉が続かなくなる。
心のどこかでは、そんなことはありえないと分かっているはずだ。
……けれど。
もしかしたらというその不安が、次第に膨れ上がってきていた。
気がつくと誰も一言も発さず、ただ静寂だけが場を支配していた。
林の中を吹き抜ける風の音さえも、今はこの世のものではない呻き声のように聞こえて仕方がない。
しかしそんな静寂は、あっさりと破壊される。
――ガチャン。
「っ!」
誰もが声を殺して、音の方向に振り返った。
音がしたのは、正面の玄関の扉の方向。
いや、扉そのものからその音は聞こえていた。
全員が息を呑む。
それぞれの心臓、計十二の鼓動がどんどん高鳴っていく。
不安、恐怖、緊張。
あらゆる糸がピンと張り詰めて、切れる寸前まで引き伸ばされている。
そしてそのギリギリのところで耐えていた糸を、あっさりと切り刻んでいくもの。
それは、風。
僕達の目の前を風が通過する。
そして、鳴り出す音。
キィィィ……と、古びた音を奏でながら……玄関の扉が、開いた。
「……何だよ、これ」
「……実は、最初から鍵はかかってなかったとか、そういうのじゃねぇの?」
「……さっき、一応押したり引いたりもしたけど……全然動かなかった」
「ちょ、ちょっとやめてよ。気味が悪い……」
「ね、ねぇ、ここ、なんかヤバイよ。戻ったほうがいいんじゃないかな?」
「っ、私も賛成。大人しく引き返したほうがいいって、絶対」
口には出さずとも、皆恐怖を感じていた。
もいろんそれは、僕だって同じことだ。
恐怖というまで大げさなものではなかったけど、何か嫌な雰囲気を感じ取ってはいた。
志保が言っていたものは、これだったのかもしれない。
とにもかくにも、この場に長居したくないということは同感だった。
僕達は来た道を引き返し、またあの洞窟へと戻ることに……。
「……嘘、でしょ……?」
「おい、どうした……」
「な、何で? どうなってんの?」
「そんな……冗談だろ、おい……」
皆のそんな声は、虚しく林の中に吸い込まれていった。
僕もすぐ傍に駆けつけ、そしてありえない光景を目にする。
「……そん、な……」
そして僕も、目にした光景に言葉を失った。
皆、呆然とただ立ち尽くしている。
だって、そうすることしかできないのだ。
僕達の、目の前には…………。
「――橋が、消えた……?」
向こう岸に戻る唯一の手段が、忽然とその姿を消してしまっていたのだから……。
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