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一つ、休憩時間を含めたゲーム終了までの時間を、無事に過ごしきること。
一つ、ゲームに仕掛けられたトリックを見破ること。
以上が僕達の勝利条件であり、
一つ、ルールを破ること。
一つ、ゲーム開始から二十四時間が経過した時点でこの館から脱出できていないこと。
以上が僕達の敗北条件だった。
そして、答えは最初からここに用意されていた。
誰の目で見ても分かる、この場所に。
「……どういうことなの?」
「さっぱり分からないんだが……」
「焦らないで。一つずつ説明していかないと、僕もややこしくなっちゃうから」
一拍の間を置いて、僕は続ける。
「それじゃあ、トリックの説明をするけど……その前に、皆にも僕の質問に答えてもらうことになると思うんだ」
その言葉には誰も異論を述べなかった。
肯定と見ていいのだろう。
僕は再度話す。
「じゃあまず聞くけど……僕達の勝利条件は、トリックを見破ることと、もう一つは何だった?」
「何だったって、そりゃ……」
「……ゲームが終わるまでの時間を、無事に過ごすこと……だよね?」
「うん、そうだね。じゃあもう一つ質問。僕達の敗北条件は、ルールを破ることと、もう一つは何だった?」
「……ゲーム開始から二十四時間経過の時点で、館から脱出できていないこと」
「そう。そして、今の二つの答えがそれぞれ矛盾していたから、僕達はゲーム終了まで無事でいても、それは同時に敗北条件を成してしまうことになることに気づいたんだ。となると、残された勝利条件はもう一つの、トリックを見破ることしかなくなってしまう。多分、このゲームを考えた人物は、僕達がこう考えることまでは簡単に予想できたと思う」
予め用意された二つの手順のうち、一つが使用不可能となったらもう一つに頼るのは当然だろう。
それは僕達に限ったことじゃない。
恐らく、百人が百人そうすると言っても過言ではないはずだ。
「でも、だからこそ、なんだ」
「え?」
「だからこそ、そこにトリックを仕掛けられる。ダメだと分かりきっている手段の中にトリックを隠せば、それは必ず盲点になって、そう簡単には見破られることがないんだ」
「それじゃあ、トリックっていうのは……」
「うん。僕達がすぐに諦めて見向きもしなかった、もう一つの勝利条件の中に最初からあったんだ」
「……あの、矛盾した条件の中に……?」
「ウソ、そんなはずは……」
皆が口々にそう言うのは当たり前だ。
何度読み返してみても、そのルールの一文にはおかしいところは見当たらない。
実際、僕もそうだった。
一つ、休憩時間を含めたゲーム終了までの時間を、無事に過ごしきること。
一つ、ゲーム開始から二十四時間が経過した時点でこの館から脱出できていないこと。
この二つの文は、互いが互いを打ち消しあっている文章だ。
それゆえに、矛盾。
二つの条件を同時に満たすことは不可能。
それら二つが同じ属性の……つまり二つの勝利条件を同時にや、二つの敗北条件を同時に、などという場合ならともかく、相反する条件の中では絶対にありえない。
だからすぐに無視される。
紙の上の文字に目も向かなくなる。
そこにあって、ないものとして扱うようになってしまうんだ。
「この二つの文章は、それぞれ独立させていたんじゃ全く意味がないんだ。この二つを照らし合わせることで、ようやく見えてくるんだ。隠されていたトリックが」
僕はポケットの中からあのルールの紙を取り出し、広げる。
そしてもう一度、声に出して読み上げた。
「勝利条件の一つ。休憩時間を含めたゲーム終了までの時間を、無事に過ごしきること。敗北条件の一つ、ゲーム開始から二十四時間が経過した時点でこの館から脱出できていないこと」
そしてスゥと息を吸い、真実に辿り着くための最初のキーワードを呟く。
「重要なのは、ゲーム終了までの時間という言い方と、二十四時間経過という、二つの異なる言い方。どちらも意味するところは同じなのに、どういうわけか言い方を変えてあるでしょ?」
このクロックゲームは、ゲーム前半戦がまず六時間、そして休憩時間を十二時間挟んで後半戦で六時間。
合計二十四時間をかけて行われるゲームである。
……では、なぜ。
ルールの紙でもそうだが、あの時任という男も、まるで徹底したかのようにゲーム終了という言葉と二十四時間という言葉を使い分けていたのだろうか?
ゲーム開始の時間も夕方の六時ちょうどであり、時任は腕時計で開始時刻を一秒のずれもないように確認していた。
そこまでしっかり管理しているのならば、いっそのこと二十四時間という言葉でまとめたほうが楽ではないだろうか?
二十四という具体的な数字を表現されたほうが、僕達としても意識しやすかったはずだ。
それなのにあえて、この二つの同じ意味を持つ言葉を使い分けたのには、きっと理由があるはずだ。
そしてそこから導かれる結論は、一つしかない。
僕は静かに息を吸い込んで、言った。
「――つまり、ゲーム終了という言葉と二十四時間という言葉は、同じではないということ。具体的に言うなら、クロックゲームが終わるまでに所要する時間は、二十四時間じゃなかったんだ」
「な……」
「で、でも、それじゃあ……」
誰もが驚きを隠せない様子だった。
けどそれは、この真実にたどり着いた僕も同じことだった。
先入観だったのかもしれない。
クロックゲームというゲームの名前に、まるで時計の文字盤を見立てて作られたような部屋割り。
そして徹底管理されたゲームのサイクル。
それら全てが、僕達を巧妙に欺いていた。
無意識のうちに僕達は、クロックゲームの開始から終了までは、二十四時間ジャストであると信じ込まされていたのだ。
「ゲーム開始から終了までが二十四時間じゃないのなら……ましてそれが二十四時間未満なら、その差の時間の間に僕達は館の外に出ればいい。それだけで僕達はゲームクリアできたんだ」
誰も何も言わなかった。
驚愕の表情と、唖然とした表情が入り混じっている。
「……ゲーム開始の前に、僕達が時計や携帯など、時間が分かるものを取り上げられたのも、これが理由だったんだと思う。今にして思えば、綿密なスケジュールで僕達を動かす必要があるなら、時計とかは逆に持たせておくべきもの。なのに、部屋の中はおろかあの館で僕達が見た景色の中には、時計は一つもなかったんだ」
思い出す。
割り当てられた十二の部屋の中、どこにも時計がなかったことを。
「つまり、出題者は僕達に時間を知られては何かマズイことがあった。あるいはそれに近い理由が。だとしたらそれは、トリックに関係していることとしか考えられなかった」
けど、僕がこの考えにたどり着けたのは、一つの偶然があったからに過ぎない。
それはちょうど、休憩時間の仮眠から目が覚めた直後のことだった。
恐らく他の皆がまだ寝ている頃、僕は目を覚ました。
そしてふと思い立った。
このまま眠り続けていては、トリックに関する相談もできないまま後半戦に突入、なんてことにもなりかねない。
何しろこっちは時間の経過が分からないのだ。
実質、この休憩時間を利用することでしか、僕達にはトリックを見破る猶予はなかったのだから。
そこで僕は、ダメ元覚悟で時任に時間を聞くことにした。
すると時任は、こう言ったのだ。
「――……現在、午前五時二十三分です」
その時、時任が答えた時刻には何の意味もない。
ここで重要なのは、たった一つ。
――時任が、まるでためらう様子も見せずに時間を正確に教えたという、その一点だけだった。
この時点での僕は、まだトリックの正体には気づいていない。
だから僕は、この段階では妙な違和感を感じた程度にしか思わなかった。
だが、その違和感が僕の中から消え去るよりも早く、もう一つの手がかりが耳に入ったのだ。
それは、皆が起き出してトリックについて話し合っていたときのことだ。
案は挙がるものの、どれも決定打に欠けていた。
どれだけの時間を議論に費やしたかも怪しくなったので、康祐が時任に時間を聞いてくると言い出した。
そうなったのは、僕がそれよりも前に時任に時間を聞いたとき、教えてくれたと言ったからだ。
そして康祐は部屋を出る。
その直前に、皆の会話が入り乱れた。
「――でもよ、それでデタラメな時間教えるとかしてんじゃねぇの?」
「――いくら何でもそこまでしないだろ。仮にも二十四時間きっかりで終わらせるゲームだって、ルールに書いてあるくらいなんだぜ?」
「――ま、それもそうだな。んじゃ、俺聞いてくるわ」
「――……それにしても、ゲームっていうくらいならもうちょっとマシなものを用意してほしいよな」
「――同感ね。そもそも参加なんてしたくもなかったのが本音だけど」
「――部屋を渡り歩いて待つだけのゲームなんて、聞いたことないぜ」
「――だな。俺なんて、一時間ごとにあの時任ってのが覗きに来るんだ。鐘の音といい、時計代わりもいいところだ。そんなに時間厳守させたいなら、最初から時計や携帯を取り上げなければいいのによ」
「――携帯はまぁ、連絡手段を遮断するためだとしても、時計まで取らなくてもいいっていうのは賛成ね」
「――そもそも、ここって圏外だった気がするんだけど」
……一時間ごとに、合図をしにやってくる。
さらに。
「――その開始の合図って、いつから?」
「――いつって……そりゃ、ゲームが始まった最初からだよ。全員が割り当てられた部屋に入って、六時になった直後から」
……全員が割り当てられた部屋に入って。
……六時になった…………直後、から。
この瞬間。
僕の中で何かが弾けていた。
絡まっていた糸が解けていく。
スルスルと、綺麗に。
「康祐、言ってたよね?」
「え? 何がだ?」
「時任が、開始の合図をしに部屋にやってきて、その合図の直後に、すぐに部屋を移動したって」
「……ああ。だけど、それが何だっていうんだ……?」
「直後。それが重要だったんだ」
僕は足元に落ちていた枝を拾い上げ、砂地の上に簡単な図を書きながら説明を続ける。
十二個の円を、あのときの部屋に見立てて時計の文字盤の位置に記す。
「一番最初の部屋割りを思い出してみて。一番から順に、康祐、雅、僕、縁、浩二、こだま、大輝、志保、秦、慶子、豊、そして夏樹」
十二の円の中に、それぞれの名前が書き込まれる。
「……まず、開始と同時に康祐が雅のところに動く。ここでまず五分経過を待つ」
矢印で移動したことを示し、その横に五と刻む。
この数字が、その時点での経過した時間の総計だ。
「五分経ったら、次は雅が僕のところに。ここでも五分待って、合計は十分。さらにその後、僕が縁のところへ。ここでも五分待って、合計で十五分。縁が浩二のところに行って五分待って、合計で二十。こだまで二十五、大輝で三十、志保で三十五、秦で四十、慶子で四十五、豊で五十、そして……」
この説明を聞きながら、皆も理解した。
「な、何で……?」
「これは……」
「……そうか、そういうことか」
「……ずれてる、の?」
「最後に、夏樹が空になった一番の部屋までやってきて五十五分。僕達は間違いなく、一人一回の移動を終えた。けど、実際はこの時点ではまだ一時間は経っていなかったんだ」
五分ごとに一人が移動するということを十二回繰り返す。
僕達はそれを五×十二=六十という単純な数式にごまかされて、偽りのサイクルを刻み付けられていた。
「この時点で、夏樹は一番の部屋に移動してはいるけど、他の皆と違ってそこは誰もいない部屋なんだ。バトンを受け渡す相手がいなかったんだよ。そしてこのとき、すでに時任は二番に移動した康祐の部屋に顔を出している。そして夏樹が一番の部屋に入ったのを確認して、すぐに康祐に二週目開始の合図をする。このとき、もちろんあの一時間刻みになる三度の鐘も同時になる。だから実際は、夏樹の移動と康祐の移動は同時だったんだ。時任の合図の本当の意味は、夏樹の動きと康祐の動きを統一させること」
僕達は意図的に、時間の感覚を狂わされていたのだ。
「このやり方で、僕達は一サイクルを一時間と感じながら動かされていたけど、実際の一サイクルの所要時間は五十五分。前半六時間で、合計三十分の誤差が生まれていた。これが後半戦でも続くとすれば、さらに三十分を追加して合計一時間。実質二十三時間のゲームを、僕達は見せ掛けの二十四時間で終わらせることになる。そしてこれが、このゲームに仕掛けられていたトリック。その答えは……」
僕は砂地に書いた図に大きく×印を描いて、言う。
「――ゲーム終了の時点では二十三時間しか経過していないので、ルールの中の矛盾が成立しなくなるということだったんだ」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
誰もが言葉を失っていた。
結局僕達が探し続けていたトリックは、真っ先に除外した矛盾のその奥に隠れていた。
矛盾とは、前後の文章が食い違ってしまうこと。
このトリックは、最終的にその矛盾を矛盾でなくするという、二重の仕掛けを施されていたのかもしれない。
堂々と用意された矛盾を、誰が手を加えて正しくあるようにとするだろうか。
このゲームは、そんな真理の隙間をついたものだったのかもしれない。
「……これが、僕が行き着いた結論。何の根拠も説得力もない、言い逃れしたい放題の穴だらけの推理だよ」
それが通じたことは、今となっては幸運だったとしか言いようがないだろう。
この推理を時任に話したとき、なぜ一つの反論もせずに僕達を解放したのか。
それだけが、今も僕の心を縛り付けていた。
言い逃れはいくらでもできたはずなのだ。
例えば、ゲームの時間経過のことだってそうだ。
時計こそなかったものの、僕達がこの五分の積み重ねの理論にたどり着くことを見越して、あの鐘の音に仕掛けをすることだって簡単なはずだったのだ。
予め鐘の音が鳴る時間の感覚を微調整しておけば、一度は早めた時間をいつでも元に戻すことはできたはずだ。
何しろ、ゲームそのものは一度移動を終えたら残りの時間を何もせずに過ごすという退屈極まりない内容だ。
何もしないこと以上に疲労が溜まることはない。
繰り返すうちに、僕達の体内時計も確実に狂いだすだろう。
削り取った時間を修復することは容易だったはずだ。
なのに……。
僕がこの事実を告げたとき、時任は言った。
相変わらずの白い仮面に素顔を隠したまま、ただ一言。
「――おめでとうございます。貴方達は見事に勝利条件を満たしました」
そして僕達は、館から出る権利を手にし、館を後にしたのだ……。
だから、もうゲームは終わったのだ。
固執するほうが間違っているのだと、僕も頭では分かっている。
……けど。
それでも、どうしても……。
「……よし。これでようやくスッキリした」
浩二が静かに言った。
「皆も、これでもうこの話はおしまいでいいだろ? 何にしたって、結果的に俺達はこうして無事でいるんだからよ」
「……そうだな。それでいいと思う」
「ああ、俺もだ」
「……それもそうね」
「もう、終わったことだもんね」
「うん」
「それじゃ、そろそろ宿に戻らないか? もうすぐお昼だろ」
「どうりで腹が減ってるワケだ。午後は思いっきり遊ぼうぜ」
「よーし、めいっぱい泳ぐぞー!」
「あら? こだま泳ぐの苦手じゃなかったかしら?」
「……め、めいっぱい浮かぶぞー!」
皆が笑い合いながら、砂浜を歩いていく。
僕はその背中を少しだけ見送ってから、ゆっくりと歩き出した。
「行こう、信吾。もう、全部終わったんだよ」
「……うん。そうだね」
志保の手を取る。
日差しとは違う、優しい暖かさがした。
「――それでは、セカンドステージの用意を始めましょうか……?」
GAME OVER...?
こんにちは、作者のやくもと申します。
本作 Clock Game は、とりあえずここで一つの区切りとさせていただきます。
終わり方がいかにもアレな感じなのですが、実は続編というか番外編? のようなものの製作を一応考えたりもしています。
ですが、その際はタイトルも一新してまた別の作品として投稿するつもりです。
今のところその連載開始は未定としか言えませんが、ある程度ネタが固まり、余裕があるときにでも書き始めてみようと思っています。
本作はジャンルでは一応ホラーの設定となっていますが、若干のミステリー要素を含んだ作品です。
むしろミステリーの色が濃いかもしれません。
しかし、作中のトリックは正直言って屁理屈のようなものです。
王道ミステリーなどではこのような使い方はまずされることもないでしょう。
早い話が私の文章力不足なワケですので、つまらない思いをさせてしまっていたら本当にすいません。
もっと精進しようと思います。
さて、長くなってしまいましたが今回はこの辺で失礼させていただきます。
最後までお付き合いくださった皆様、改めてありがとうございました。
縁があればまた別の作品でお会いしましょう。
それでは、失礼します。
やくも