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Clock Game  作者: やくも
10/11

stage10:夏の日


 十二人分の足音。

 扉の向こうへ、今……。




「…………う」

 眩しさに目を覚ます。

 カーテンの隙間から日差しが入り込んでいるらしい。

 寝返りをうって、僕はその光から逃げる。

 ゴロンと半回転。

 木目調の、年季の入った感じの天井が見えた。

 ほぼ同時に、窓の外から小鳥の鳴き声。

 もう少し耳を澄ませば、波の音も聞こえただろう。

「…………そっか。僕達は……」

 目元をこすり、ゆっくりと体を起こした。

 広さ十畳ほどの和室に、僕の他に男子が五人。

 どうやら他の誰もがまだ夢の中にいるようで、歳に見合った無垢な寝顔を覗かせている。

 壁掛け時計の時刻を見ると、もう間もなく六時半になろうとしていたところだった。

 起床時間は予定では八時だから、ずいぶんと早く起きてしまったことになる。

 僕はもう一眠りしようかとも思ったが、思いのほか眠気が吹き飛んでいることに気づく。

 これでは二度寝は期待できそうにない。

「……顔でも洗ってこよう」

 他の皆を起こさないように、静かに立ち上がり、部屋を出る。

 ふすまをそっと閉め、階段を下りて階下へ。

 建物自体が古いせいだろう、そっと歩いたつもりでも大げさなくらいに軋む音がする。

 廊下を奥へ。

 蛇口をひねると、この季節には気持ちがいいくらいの冷たい水が出た。

 何でも、井戸水を直接引っ張っているらしい。

 と、昨日聞いたそんな話を思い出しながら、僕は顔を洗った。

 妙に気分が清々しい。


 タオルで顔を拭きながら、部屋に戻ろうと来た道を引き返す。

 食堂の方では何人分かの物音がしていた。

 恐らく、朝食の準備などはもう始まっているのだろう。

 僕は軋む階段を慎重に上がろうとして、ふと玄関の方に目が向いた。

 その向こう側、外の景色の中に、見覚えのある背中と後ろ髪を見つけた。

「……志保?」

 多分、間違いない。

 あの髪の長さと背格好からして志保だろう。

 こんな朝早くに何をしているのだろう?

 僕と同じように早く起きてしまって、それで外に散歩にでも行ったのかもしれない。

「あら、早いのね。おはよう」

 階段の下で突っ立っていると、宿のおばさんの一人に声をかけられた。

「あ、おはようございます」

「朝ご飯、もうしばらく時間がかかると思うから、それまでゆっくりしてるといいわよ。何だったら、あの子みたいに少し散歩でもしてきたらどう? すぐそこは海岸だし、風が気持ちいいよ」

「……そう、ですね。じゃあ、そうします」

 僕は小さく頭を下げ、玄関で靴を履き替えて外に出た。

「う、わ……」

 外に出た瞬間、電灯を目の前に突きつけられたような強烈な日差しに見舞われた。

 いくら夏でも、この日差しはすごい。

 片手で日差しを防ぎながら、僕は細い二車線の道路を横断し、そのまま海岸に続く短い階段をおりた。


「あ……」

 その足音に気づいたのだろう、すぐ先にいた志保がこちらを振り返った。

「おはよう」

「うん、おはよう。早いね。よく眠れなかった?」

「ううん、そんなことはないよ。でも、気がついたら目が覚めちゃってた」

「そっか。実は僕もなんだ」

 僕達は波打ち際に立っている。

 足元の砂浜は見たままの砂色で、目の前では青い波が押しては返している。

 足元ギリギリのところまで押し寄せてきたと思うと、あっさりと引き返していく。

 頭上には灼熱の太陽。

 ギラギラと輝くそれは、限度というものを知らないようだ。

「暑いし、どこか日陰に行かない?」

 このまま立ちっぱなしだと、ものの十数分で日射病になってしまいそうだ。

 周囲を見渡してみると、少し離れたところに木陰を見つけることができた。

 ちょうど岩場になっているところで、その裏にある雑木林の木の一部が垂れ下がり、屋根のようになっている。

 僕がその場を指差すと、志保は無言で頷いた。

「ふぅ、暑い暑い……」

「夏だもん。当たり前だよ」

「それにしたって、ちょっと異常なくらいだよ。毎年のことだけど、年々気候がおかしくなってるとしか思えない」

 このままだと日本水没の日も、そう遠いことではなくなってしまうかもしれない。

「でも、こういうのも普通だと思う。少なくとも、常識で考えられるから」

「……まぁ、そうだね」

「…………」

「…………」

 そこで一度、会話が途切れる。

 多分、同じことを考えているのだろう。

 無理もない話だ。

 昨日のことなのだから。


 ――僕達が、日常に回帰したのは…………。


 僕達は館を脱出した。

 もちろん、ゲームをクリアして、だ。

 そして消えたはずのつり橋は、確かに僕達の前に再び姿を現し、それを渡って僕達は向こう岸へと辿り着いた。

 記憶を辿ってあの洞窟の中から続いていた道を見つけ、一度通ったその道を戻った。

 そして洞窟の中に戻った瞬間、僕達は全員同時に意識を失った。

 どれだけの時間そうしていたのかは分からない。

 しかし、全員が目を覚ましたのもまた同時だった。

 僕達十二人は洞窟の岩肌にもたれていたり、地面にそのまま横たわっていたりして倒れていた。

 ケガらしいケガもなく、全員の無事はすぐに確認できた。

 その、直後のことだ。

 浩二が自分の携帯電話を取り出して、その異変に気づいた。

 日付は、僕達が始めてこの場所を訪れた日を示していた。

 つまり、ほぼ一日前のものだ。

 浩二だけではない。

 携帯を所持しているメンバーの全員が、同じ日付と時刻を示していたのだ。

 本来、それはありえない。

 何故なら僕達は、少なくともあの館の中で一晩を過ごしているはずなのだから。

 それなのに、デジタルの文字や数字は一日前を示している。

 が、すぐに思い当たる。

 これらの携帯や時計は、一度あの時任と名乗った男に預けていたものだ。

 もしかしたらその際に、何か仕掛けをされたりして時間が狂っているのかもしれない。

 そういう考えも確かに考えられたのだが、とりあえず僕達は洞窟を一度出て、地図に従って宿に向かうことにした。

 考える時間はそれからでも十分あるのだから。

 徒歩でおよそ十五分ほど歩くと、宿が見えてきた。

 海沿いの道にある二階建ての和風な造りで、正直言って見た目は古かった。

 しかし内装はしっかりしているようで、和室というのがどこか僕達の疲れ果てた心を落ち着かせたのかもしれない。

 この時点ですでに夕方になっていたので、この日はそのまま宿の中で時間を過ごすことになる。

 夕食までの時間で部屋割りや荷物の整理を済ませ、夕食後は各自自由に過ごす。

 が、やはり疲労は皆溜まっていたのだろう。

 その日は夜の従事近くになるとほとんどのメンバーが眠ってしまっていた。

 かく言う僕もその中の一人だった。

 とにかくそのときは休みたかった。

 体以上に、頭が鉛のように重くのしかかっていた。

 眠りに落ちる直前、ふと思った。

 この日、誰もゲームのトリックに関して聞いてはこなかったのだ。

 聞くのを恐れているのかもしれないし、単に疲れていてそれどころではないのかもしれないが……。

 恐らく、明日になれば聞かれることもあるだろう。

 そのときは……。

 どうしようかと考えている途中で、僕の意識は落ちた。


「……戻って、きたんだよね?」

 遠慮がちに志保が聞く。

「……だと思う」

「……夢、だったのかな……?」

「……そうじゃないと思う。信じられないけど、あれはやっぱり……」

 一つの現実として、目の前であった事実なんだろう。

 あのリアリティは、夢や幻といったものとは明らかに違う……何かこう、うまく言葉にできない圧迫感を持っていた。

 それ以上に、あの窮地に立たされたときに感じるような緊迫感。

 とても夢幻のものとは思えない。

「忘れたほうが、いいの……かな」

「……どうだろう。忘れようとしても、忘れられないと思うけど」

「信吾は、どっち?」

「え?」

「……忘れたい? それとも、忘れたくない?」

「……僕は……」

 ……どうなのだろう。

「……どちらでもない、かな。多分、忘れたい忘れたくないに関わらず、記憶の中に刻み付けられると思う。すっかり忘れたつもりで何年も経ったとき、ふとした些細なきっかけではっきりと思い出すと思う」

 だって、イメージが強烈過ぎるんだ。

 仮に一度は忘れても、いつか思い出したらその後は一生忘れられそうにない気がする。

「志保は、どうなの? 忘れたい? 忘れたくない?」

「……私は……」

 潮風が吹いた。

 僕達の間を吹き抜けていく。

 涼やかで、いい気持ちだった。

「……分かんない」

 志保は答えて、砂浜を歩き始めた。

 僕は無言で、その背中を追いかけた。


 朝食が終わって、午前中の涼しい時間は宿の部屋で宿題などをこなしながら過ごしていた。

 一晩時間を置いたおかげで、皆も少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。

 昨日のような無言の時間はほとんどなくなり、いつも通りの賑やかさと騒がしさを足して二で割ったような声が飛び交う。

 僕も皆と会話をしながら、数学の宿題にペンを走らせている。

 教科ごとに分担を決めて、あとで皆で写し合うというお決まりの作戦だ。

 丸写しだと怪しまれるので、各自で適当に多からず少なからずをわざと間違えておくのがコツである。

「よし、終わった」

 男子の六人の中で一番てこずっていた大輝が、ようやくペンを置く。

「あー、英語はキッツイわ」

「クジ運だな。お疲れ」

 大の字に寝転がる大輝に、康祐が冷えた麦茶を差し出す。

「昼まで時間あるし、少し休憩しよう」

 壁掛け時計はちょうど十一時を示している。

「隣は終わったのか?」

「どうだろ。見てくるか」

 秦が立ち上がり、廊下に出て隣の部屋をノックする。

「おーい、そっちはどうだ? 一区切りついたか?」

 ふすま越しに声をかけると、中から足音が聞こえてくる。

 ガラリとふすまが開き、女子六人が顔を覗かせた。

「あ、そっちも終わったの?」

 ふすまを開けた夏樹が声をかける。

「ああ。今休憩してるところだけど……って、おい、こだまどうした?」

 見ると、こだまの額の上にはビニール袋の中に氷の入った即席の氷嚢が乗っかっており、何やらうーうーと唸り声を上げている。

「どしたの、あれ?」

「それがね……」

 縁が苦笑いしながら言う。

「クジで教科を決めたんだけど、こだまが日本史の担当になっちゃってさ……」

「そういえば、こだまは歴史が大の苦手だったっけな……」

「あー、うー……」

 唸り声が廊下まで聞こえてくる。

 何とかノルマ達成はしたようだが、相当がんばったようだ。

「そんなにひどかったのか?」

 豊が聞く。

「言葉では言い表せないわね……」

 雅が苦笑いしながら答える。

「中臣鎌足を、生ゴミの塊って言ってたよ」

 慶子が追い討ちといわんばかりに畳み掛けた。

「「「「「「…………」」」」」」

 男子一同、絶句。


 ほどなくしてこだまが復活したので、僕達は皆で外に出た。

 やってきた場所は、今朝僕と志保がいたあの個陰のある岩場だ。

 大小様々な岩があって、どれもが座るくらいの大きさがあったので、誰が言うわけでもなく全員がそこに座った。

 適当な会話を繰り返す中に、時折潮騒が混じる。

 暑さも相当だったが、皆楽しんでいる様子だ。

 そんな中で、ふいに浩二が聞いてきた。

「信吾、ちょっといいか?」

「ん、何?」

 聞き返すと、浩二は少しだけ迷うような素振りを見せ、しかしはっきりと言った。


 「――結局、あのゲームの答えは何だったんだ?」


 それは小声でも大声でもない、普段の声の高さと声の色。

 だから、その問いは他の皆にも当然聞こえていた。

 会話が瞬間的に途切れる。

 口には出さずとも、誰もが気になっていたことだったのだろう。

「悪い。雰囲気壊してるってのは自覚してる。それでも、俺は知りたいんだよな。性分なのかもしれないけどさ」

「……私も、興味があるわ」

「雅……」

 他の皆も口には出さないが、その表情は真実を知りたいという面持ちだ。

 分かってはいた。

 多分、説明しないと皆が納得できないだろうなとは思っていた。

 解いた僕には、説明する責任があるのだから。

「……少し、長くなると思うけど…………いいかな?」

 残りの十一人は、無言で頷いた。

「……分かった、話すよ」

 全員が岩の上に座る。

 それを見届けて、僕は話を始めた。


 「――じゃあ、糸を解くよ」



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