stage1:十二人の迷子
八月初旬――。
僕、高居信吾をはじめとした計十二人の生徒達は、毎年恒例のように行われている学校管理の臨海学校にやってきていた。
夏休みの時期を利用した思い出作りというのが表向きキャッチフレーズではあるが、実際は勉強合宿と似たり寄ったりな部分が少なからずあるので、多くの生徒はどちらかというと敬遠気味のイベントだ。
そんなイベントではあるが、中学二年のこの夏は、ゆっくりと遊べる最後の時期と言っていいだろう。
この時期を過ぎれば進路や受験という言葉は、否が応でも僕たちにまとわりついてくることになる。
とはいっても、僕自身はそこまで大きな問題だとは思ってはいない。
確かに進路のことは大切だとは思うけど、こんなに早い時期から準備しなくてもいいんじゃないかな、と思う。
もっとも、そんな僕の考え方が世間では甘い考えとか、単なる先延ばしに過ぎないとか、そういう風に言われているのだろうけど。
まぁ、とにかく。
僕を含めてここに集まった十二人は、皆同じ中学の二年生で面識もあり、それなりに仲の良い面々だ。
夏休み前にたまたま一同が一斉に顔を会わせる機会があり、そのときにひょんな話の流れで臨海学校に参加してみないかということになったわけだ。
そして瞬く間に時間は過ぎ、七月が終わり、八月がやってきた。
僕達十二人は約束の時間に駅へと集合し、そこから電車とバスをいくつも乗り継いでこの場所にやってきた。
都会の喧騒から離れ、まだ自然が多く残る……言ってしまえば田舎同然の何もないところだけど、僕達にはそれが逆に新鮮で、この歳になってもどこかで胸の高鳴りに似たようなものを感じていたのかもしれない。
きっとこの合宿は、いい思い出になるだろう。
僕だけじゃなく、誰もがそう思っていたはずだ。
……そう。
少なくとも、こんなことに巻き込まれる前までは…………。
「……雨、なかなか止まないね」
「……だな」
外を見れば、そこは土砂降りの大雨が降っている。
天気予報では晴れと言っていたにもかかわらず、この有様だ。
全く、社会はますます情報化が進んでいるというのに、当たらない天気予報ほど頼りないものもない。
「ま、仕方ないだろ。山の天気は変わりやすいって言うしな」
「そうそう。それに、こうやって雨宿りできるだけまだマシってもんだよ。なぁ、浩二」
「まぁ、そりゃそうなんだけどよ……」
地図を広げ、浩二は続ける。
「ここからだと、宿までは短く見積もっても二キロ近くある。とてもじゃないけど、この雨の中を歩く気にはなれないよな」
「気長に待つしかないみたいね」
「そうね。知らない土地だし、ヘタに動いてますます道に迷ったりしたらシャレにならないもの」
「うー、何か雨って憂鬱になってくるよ。空気もジメジメするしさぁ……」
「そういえば、今年の梅雨明けっていつ頃だったっけ?」
「さぁ? っていうか、梅雨なんてあったか、今年?」
と、皆口々にそんな会話を繰り返している。
状況だけ見れば前途多難にも思えるけど、誰もがそこまで危機的なものを感じているわけではなかった。
足止めこそ食らっているものの、それは所詮ただの天候の悪化という原因のためだからだ。
時間はかかるかもしれないが、じきに晴れるだろう。
そうしたら宿に向かえばいい。
僕を含めた誰もがそう思っていたに違いない。
「ねぇねぇ、ジッとしてるのもあれだしさ。私、UNO持ってきたんだけど、時間潰しに皆でやらない?」
「お、いいな。皆でやろうぜ」
「康祐、お前もやろうぜ」
「ん? ああ、悪い。俺は本読んでるから遠慮しとくよ」
「相変わらず橘は文学少年だね。でも、こんな暗いところで読んだら目を悪くするよ?」
「大丈夫。ランタンもってきたんだ」
「準備のいいやつ」
「信吾も酒井もこっちこいよ。やろうぜ」
「あ、うん」
呼ばれ、僕と志保も皆の輪の中に加わった。
背中では、ザァザァと土砂降りの雨が降り続く音だけが響いていた。
それもきっと、もうしばらくの辛抱。
そう、思っていた。
……だけど。
……あれから二時間が経った。
僕達がバスを降り、この地に着いたのが確か午後の一時過ぎ。
腕時計の時刻は、現在午後の四時半を示している。
およそ三時間、僕達はその間ずっと大雨の足止めをされ、この洞窟の中で時間を過ごしている。
「UNO!」
「げ、マジかよ……」
「そうは……いくかっての!」
「ほい、追加」
「うっそ、八枚? きっついなぁ……」
「……ねぇ」
「ん? どうした斉木?」
その言葉に、皆の視線が自然と集まった。
「この雨さ、いつになったら止むのかな?」
視線が今度は外の景色へと移る。
相変わらずの土砂降りの雨。
いくらか勢いは弱まったようにも見えるが、それでもまだ雨脚は強い。
「確かに、ちょっと長いな」
「そう、だね。夕方までには止むって思ってたけど……」
「あんまり遅くなると、宿の人も心配するかもしれないしな」
「なぁ、一回連絡しといたほうがいいんじゃないか? 雨で足止めされてます、ってさ」
「その方が良いかもね。それに、もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないし」
「誰か、宿の電話番号分かるやついるか?」
「あ、私分かるよ。パンフ持ってきたから」
「お、見せてくれ。俺がかけるよ」
パンフレットを受け取り、秦が携帯電話でその番号を押す。
だが。
「……あれ、通じないぞ? って、ここ圏外じゃんか」
「げ、マジで?」
「参ったな、これじゃ連絡もできないぞ……」
……この時点で。
僕達は、気づかなくてはいけなかったんだ。
天気だけのせいじゃない、もっと別の謎めいた何かが、身の回りで息を殺して潜んでいたことに……。
そして、さらに一時間が経過した。
「……なぁ、さすがにもうヤバクねぇ?」
「……ちょっと、暗くなってきたね」
「うわっ!」
「な、何? どうしたの?」
「げ、雨水が中に入ってきてやがる」
「おいおいマジかよ……」
「……仕方ない、出ようぜ。ここにいたら水浸しになっちまうよ」
「でも、どうすんのよ? 道は大体分かってるにしても、この雨じゃまともに視界がはっきりしないわよ?」
「ほとんど一本道なんだ、迷うってことはないだろ。それに、ここにいたってどの道濡れるんだ、雨の下に出たって大して変わんないだろ」
「あーもう、だから雨は嫌いなのよ」
「グチはそこまで。ほれ、さっさと荷物持って準備しようぜ」
僕を含め、全員がそれぞれの荷物を手にし、この洞窟を出ることになった。
確かに外の雨はまだ強いけど、いつまでもここにいたって仕方がないだろう。
「よし、行くぞ」
「あ、ちょっと待って……って、うわぁ!」
ゴトンと、そのとき何かが外れるようなそんな音がした。
「おいおい、何やってんだ……」
浩二のその声が、ふと途切れる。
「大丈夫、こだま?」
「あたたた……うん、何とか……って、あれ?」
ふと気がつくと、皆の視線がそこに集中していた。
こだまが転んでしまった岩肌の、さらに奥。
岩盤の一部が崩れ落ち、その先に通路のような道がポッカリと顔を覗かせたのだ。
「な、何これ? 隠し通路ってやつ?」
「んー……一応、俺達くらいの体格なら通れそうだな」
「ちょ、ちょっと、まさかここ通っていくつもりなの?」
「面白そうじゃん。俺は賛成」
「俺も俺も」
「確かに面白そうではあるけどさ、どこに通じてるかも分からないんだよ? ちょっと、危ないんじゃないかな?」
「平気だって。だってこれ、明らかに人の手で作られた感じだぜ?」
「言われてみれば、確かに……」
「だったらせめて、誰か試しに中の様子見てきてよ。虫とかいたら、私嫌だし」
「ま、もっともだな」
「あ、じゃあ僕が見てくるよ」
「高居君?」
「信吾?」
「大丈夫。こういう狭いところ入るの、慣れてるからさ」
そう。
僕の家には屋根裏部屋があって、僕は幼い頃からそこに潜り込んでは遊んでいたことがあるのだ。
それでよく、体中クモの巣だらけにして母さんに怒られたりもしたけれど。
「んじゃ、俺も一緒に行くわ」
「秦……」
「康祐、そのランタン貸してくれ。さすがに明かりなしだとよく見えそうにない」
「ああ、いいよ」
秦は康祐からランタンを借り、その明かりで通路を照らした。
「よし。行こうぜ信吾」
「うん」
僕は秦と一緒に通路の奥へと進む。
ところどころで岩肌がゴツゴツしている部分こそあるものの、足元は安定しているし、虫などの気配もないようだ。
「大丈夫。何もないよ」
「虫とかいない?」
「平気だ。何もいない」
それだけ報告すると、皆の些細な不安もなくなったようだった。
そして僕達は、改めてその通路の中へと一人ずつ入っていく。
「あ……」
皆が次々に中へ入っていく中、志保だけが一人中に進むことを躊躇していた。
それを見て僕は、ハッと思い出した。
「志保」
「え?」
「僕が先に行くから、その後についてきなよ。大丈夫だから」
僕と志保は幼馴染なので、志保狭いところを怖がってしまうことを僕は知っていた。
「ね?」
「……うん」
その言葉で少しは安心してくれたのか、僕の後に続いて志保はゆっくりと足を踏み入れた。
通路の中は正直言って狭かった。
高さはおよそ二メートルほどはありそうなので、高さに関しては問題ない。
が、横幅が狭いのだ。
多分、一メートルもないと思う。
なので、僕達は縦一列になって少しずつ進むことしかできなかった。
目印であるランタンの明かりも、こうして見るとずいぶんと遠くに見え、時折頼りなく見えてくる。
「志保、平気?」
僕は振り返り、声をかける。
「う、うん。何とか……」
口ではそう答えるが、やはり志保にとっては相当キツイのかもしれない。
そのことをうっかり忘れてしまっていた僕にも、多少の責任はある。
せめて出口がそう遠くないところにあってくれればいいのだが……。
と、そんなときだった。
「おーい、出口見えたってよ」
前方を歩く浩二から、そんな声が届いた。
見てみると、確かにランタンの明かりとは別に外の光がそこにはあった。
「志保、出口が見えたってさ。もうちょっとだよ」
「う、うん……」
前を歩く皆が次々と外に出て行く。
ようやく僕の目の前にも外の光が見えてきて、暗い通路の中から顔を出そうとした、そのときだ。
「え?」
ふいに力強く、僕の手が握り締められた。
それは紛れもなく志保のものだった。
……だったが、どこか様子がおかしい。
握り締められたその手は、小刻みに震えを繰り返していた。
まるで、心の底から何かに恐怖しているかのように。
「……志保?」
しかし、僕にはそれが不思議でならなかった。
単に怖がっていただけなのかもしれないけど、何しろ出口はもう目と鼻の先にある。
当然、僕のすぐ後ろを歩く志保にだって、外の光はしっかりと見えているはずなのに。
なのに、一体どうして……。
こんなにも怯えたような震えが伝わってくるのだろう?
「どうした、信吾?」
「あ、うん。何でもないよ」
僕はとりあえず志保の手をしっかりと握り返し、少しでも安心させようとした。
だからまず、握った志保の手をそのまま引っ張って、僕より先に外に連れ出した。
最後に僕が外に出る。
するとそこは、実に不思議な場所だった。
「……晴れてる?」
まず、先ほどまでの大雨が嘘のように空が晴れていた。
とはいっても、太陽の見える晴れた空ではなく、雲だらけでどこか暗鬱な気分を覚えるような空だった。
周囲は木々の生い茂る林……あるいは森と呼んでもいいくらいの広い空間で、野鳥の声がどこからか聞こえていた。
樹海とはこのような場所のことを言うのかもしれない。
「ちょっと、皆こっちきてよ」
その声に誘われ、十二人全員が集まる。
「見てよ、あれ……」
安藤が指差すその方向に。
「何だよ、あれ……」
「誰かの別荘、か?」
「いや、別荘って言うよりも、あれは……」
「……まるでお化け屋敷そのもの、だよな?」
僕達の眼前にあったもの。
それは、古びた洋館をイメージさせる、一つの屋敷だった。
僕達の立つ場所と屋敷の間は、高さ十メートル以上の崖になっており、その下は河が流れている。
屋敷までには一本のつり橋が架けられており、そのつり橋だけがこっちと向こうを行き来できる唯一の手段のようだ。
「……嫌、だ」
「志保?」
ふと、志保は僕にだけ囁くような小声で呟いた。
「……ここ、嫌だよ。何か、おかしい……」
「…………」
その言葉の意味を、僕は理解できなかった。
ただ……。
目の前に聳えるあの屋敷から、不気味な雰囲気のようなものを本能的に感じ取っていたのは、きっと僕だけじゃない。
そしてここから、始まることになる。
世にも不思議な、一つのゲームが…………。
To Be Continued...
初めての人は始めまして、他の作品にて名前をご存知の方はこんにちは。
作者のやくもと言います。
本作「Clock Game」はホラーのジャンルで連載していますが、具体的にはミステリー要素も含んでいるので、ホラー+ミステリーと言ったほうがジャンルとしては正しいかもしれません。
時期的にも夏ですので、それっぽいものを書いてみたいという何の策略もない考えで思いついた作品ではありますが、読者のかたがたに少しでも楽しんでいただければ幸いです。
とはいえ、夏の間に連載が無事終了するかどうかは定かではありませんので、ご注意を。
そんな感じではありますが、よろしければ読んでやってください。
それでは、これにて失礼します。