心優しき魔王
今回は魔王の視点です。
私は、ナーグ。
魔界と呼ばれる地下世界の王、すなわち魔王である。
私はこの地下世界が好きだ。
しかし、この世界はもうじき滅ぶであろう。
私が、数年前に自分で出した命令のせいでもある。
私は、ある程度なら地上世界の『声』を聴くことができる。
魔王であるがゆえに、聞きたくない『声』を聴いてしまったのだ。
魔族が人間たちを襲うことで、人間たちは魔族を目の敵にしているのは知っていた。
現に、地上世界に行った魔族が冒険者と呼ばれる人間に殺されるということもあった。
しかし、生きるためにある程度の犠牲は仕方ない。
そう思っていたのだ。
あの事件までは。
そのきっかけは一人の少女だった。
名前はレグシー。
レグシーの父は、人間であるにもかかわらず人間に殺された。
私たち魔族の行いが、無関係な人間同士をも巻き込んでいる。
私は罪の意識に苛まれた。
レグシーたちが魔界に来たのを『声』で知った私はすぐさま城に招いた。
せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
そして、そのあとすぐに魔族が地上世界に行くことを禁じることにした。
もうこれ以上、憎しみを増やしたくなかったからだ。
息子のロギは、昔からよく地上世界に行きたがっていた。
光輝く太陽を一度でいいから見てみたい、そういっていた。
しかし、私はロギが地上世界に行くことを許さなかった。
人間たちは魔族を恐れている、ロギが地上世界にいったらどうなるかは言うまでもない。
それから数年が経過した。
私は、無力だ。
自国の国民も守ることすらできない愚かな王だ。
飢えに苦しむ民の『声』が聞こえてくる。
しかし私は何もできないでいた。
そんな私を見ていたからか、ロギは私に反抗するようになった。
地上世界にいくロギをもはや止めることができなかった。
---
しばらくして、ロギは戻ってきた。
勇者とその仲間たちを引き連れて帰ってきたのだ。
ある程度のことは『声』を聴いてる私は知っている。
盗賊から勇者たちを助けだし、魔族の未来のためにここにやってきたのだ。
それならば、私は私にできることをしよう。
「勇者よ、私を倒せ。魔族がしてきた全ての罪を私が被ろう、その代り他の魔族たちを助けてやってほしい」
人間たちが魔族を憎む気持ちが少しでもはれるのならば、私は喜んで犠牲となろう。
「やはり俺には魔王を倒すことはできない、地上で聞いた話とは違い魔族も人間と変わらないじゃないか」
「そうではない、魔族は数年前までは地上世界の噂通りのことをやっていたのだ。私はそのことを悔いている、倒されて当然なのだ。」
私の提案に勇者は思いがけないことを言ってきた。
だが私も引くわけにはいかない。このまま私を倒さずに帰ったとなれば勇者も無事では済まされまい。
もうこれ以上、私のせいで人間たちが苦しむ姿を見たくない。
そうしていると、勇者は私にある提案をした。
人間と魔族で仲良く暮らすことはできないのか、と。
そんなことは考えたこともなかった、いや、考えてもあきらめていた。
過去のことを人間たちは忘れていないだろう、と。
しかし、勇者は言う。
「地上で出会った盗賊がそうであったように、生きるためには物を奪うことは必ずしも悪とは言えないと思うんです。いやもちろん悪いことなんだけど、なんていうかそうしないと生きていけないことに問題があると思うんです」
「では、どうすればいいのだ」
「だからこそ、互いに歩み寄るんですよ。人間たちは魔族に食糧を分け与える、代わりに魔族たちはその魔力を活かして人間たちの手助けをするんです」
歩み寄る、考えたこともなかった。
私は、『声』を聴いて恐れいただけなのだ。
簡単にいえば、嫌われたくなかったのだ、人間にも魔族にも。
「今すぐにっていうのは無理かもしれない、けどこれから何年、何十年と時間をかけていけば決して無理じゃないと思うんです」
「ええ、魔王様、私もアスラ王国の王女としてできる限り協力しますよ」
私は、諦めていただけかもしれない。
人間たちのためにと出した命令も結果的には魔族を飢えで苦しませる結果となった。
この命令は、問題を先延ばしにしただけで結局何の解決にもなっていなかったのだ。
「父上、俺も勇者の意見に賛成です、これ以上魔族が苦しむ世界はもうたくさんだ」
「私もです、人間を憎む気持ちも今はありません。人間たちともまた仲良く暮らせる日々がくることを願っています」
ロギとレグシーも続く、この二人もいつの間にか大きく成長していたようだ。
地下世界でただ『声』を聴いて悲観していただけの私と違って、実際に行動しその目で見てきたのだろう。
「ワシはこの世界で初めていろんな人に出会い、そしていろんなことを学んだ。自室にこもっているだけではわからないことがある。だから、そなたも地下世界だけではなく地上世界を見て回ってほしい」
「俺は過去に取り返しのつかないことをした、でも王女はそれを許してくれた。俺にできることがあるのかはわからない、でも過去を後悔しているだけじゃダメだってわかったんだ」
魔法使いと盗賊も続いた。
そうだ私は、過去を悔やみ、『声』を聴くだけで何もしようとしなかった。
実際に何も見たわけではない。何かをしようとすらしていなかったのだ。
「わかった、私もできる限りのことをしよう」
そうだ、できる限りのことをしてみようじゃないか。
このまま飢えて滅びるくらいならば、たとえ人間に憎まれようと、恨まれようと、できる限りのことをしようではないか。
何もしないことが罪を償うことではない。
人間のために、いや人間だけでなく魔族のためにも私は今こそ行動しなければならないのだ。
名前:ナーグ
職業:魔王
年齢:45
好きなもの:平和
嫌いなもの:無力な自分




