この日常が続いたら
「ふぅ~……なんかすんごく疲れたなぁ~~……」
浴槽たっぷりに入れたお湯にゆっくりとつかる。そう、至福のお風呂タイムだ。
エリーゼがうちに同居することに決まったのだけど、それまでの過程がとても一筋縄ではいかなくて、必要以上に精神をすり減らすこととなったのだ。
「紗織は敵対心むき出しだもんなぁ、うまくやっていけるのか……?」
気を取り戻した後も再びエリーゼと口論を始めたくらいだ。
徹底的に馬が合わないのかもしれない。
「部屋はどうしようかな。あれだと紗織と一緒にしたら喧嘩しちゃうよな……」
かといってもう部屋は余ってないし、僕の部屋もちょっと……ね?
「結構一人増えただけで大変だなあ……う~ん………」
「我はおぬしの部屋で構わぬぞ?」
「でも僕も一応年頃の男なわけだし………ん?」
聞こえないはずの声、いや聞こえてはいけないはずの声が耳元で告げた。
確認しよう。僕はもちろん一人で風呂に入っていたはずだ。
決して二人では入っていない。つまり、声が近くから聞こえるのはおかしい。
「幻聴だなぁ…あははは…」
「ここにおるぞ」
「うわぁああっ!?」
横を見ると、腕を組んで壁に寄りかかって立っているエリーゼの姿があった。
華奢な身体を覆い隠すものはなく、ただ美しい金髪だけをまとっている。
一言で言うと、僕と同じく全裸だった。
「な、なんで入って来てんのっ……!? しかも裸だしっ!!」
「おぬしに興味津々なのだ。是非見せ合いっこでもしようではないか、ホレホレ」
「や、やめてよっ! 恥ずかしいだろっ!!」
見ないようにしつつ外に出るように促す。
ちらちらと視界に入ってしまうのはもはや仕方ない。
「男のくせに女々しいのぉ。おぬし本当についとるのか?」
「何の話だよっ!? 余計なお世話だこの痴女ーーーっ!!」
必死で湯船につかり身体を隠す。こういうのは普通女の子がすることではなかろうか。
風呂場があまりにも騒がしいことに気付いたのか、紗織が脱衣場までやってきた。
「ゆう兄、どうかしたの?」
「さ、紗織、エリーゼを連れ出してっ」
「え! まさか一緒に入ってるの!?」
ガラッと浴室のドアが開き、紗織までもが中に入ってくる。
そこには裸で押し合いへし合う僕とエリーゼの姿が……
「ゆ、ゆう兄………」
「紗織、助けてくれぇ~……」
涙目で懇願する僕。エリーゼはなぜかニヤニヤしている。
「妹君よ、顔が真っ赤だぞ?」
言われてみると確かに、紗織は興奮しているようだった。
「ゆう兄の裸……ぐふっ」
紗織はいきなり大量の鼻血を出して倒れてしまった。
え? なにこのカオスな状況。
「妹君には刺激が強すぎたようだな、くっくっく……愉快愉快」
「そんなこと言ってる場合じゃないよっ」
僕はそれまでの恥ずかしさも何処かへ消え、倒れている紗織を抱きかかえて妹の部屋へ向かった。
「ふむ。何だかんだで、きちんと”兄”をやっておるようだの」
エリーゼがポツリともらした感心の一言を、もちろん僕が知ることはない。
紗織をベッドの上に寝かせた後、服を着て様子を見に行くと、紗織は少し落ち込んでいた。
「ゆう兄~……ごめんね……なんか今日のあたし、迷惑かけてばっかで……」
「気にしなくていいよ、今日が多分特別なんだ」
普通の家庭でこんなに連続してハプニングが起こるのは稀だろう。
エリーゼという非日常の住人が、僕たちの日常の中に紛れ込んでいるからだろうか。
「紗織はちゃんと僕が守るから、安心して」
「ゆう兄……かっこつけすぎ」
紗織はくすくすと笑う。それから少し間を空けてから、妹は続けた。
「……でも、ありがと。あたしゆう兄のこと、大好きだよ」
「それはちょっと照れるな」
「……いっひっひ~、うっそー」
「まったく、こいつは」
そうやって笑い合って、僕は自分の部屋へと帰っていった。
「……ホントだよ、あたしのゆう兄………」
妹がボソッと最後に呟いた言葉は、僕に届くことはなかった。
「よ、優介よ」
「当たり前のようにいるんだね……」
部屋へと戻った僕を待っていたのは、やはり金髪少女だった。
ちなみにもうすでに僕のベッドの中に潜り込んでいる。
一緒に眠る気満々らしい。
「ほれ、早く来んか」
「僕に拒否権は無いんだね」
「おぬしも満更でもないのではないか?」
「そ、そんなことないよっ」
実際のところ、多少はそういう感じがあるのも本音だ。
エリーゼは黙ってればとても可愛らしい少女なので、そりゃあ、ね?
「安心せよ。我は無防備な者に手を出したりはしない」
「それ普通は男の僕のセリフだよね?」
「気にするな。で、どうするのだ?」
悩ましいところだけど、ここは健全な解決策をとるとするかな。
「僕は下に布団を敷くから、エリーゼはベッドで寝ていいよ」
「むぅ、相も変わらず臆病者だのぅ」
「そういう問題じゃないから」
布団を敷いて電気を消し、僕も横になった。
よく考えたら、隣(正確には横斜め上)には女の子が寝ているのだ。
こんな状況になるなんて、誰が予測出来ただろうか。
やばい、なんかドキドキしてきた……
しばらく悶々としていると、エリーゼの小さな寝息が聞こえてきた。
すぅ、すぅ、と一定の間隔で聞こえてくる可愛らしい声に、僕は親しみを覚えた。
気丈に振舞ってはいるけど、根は僕と同じ子供なんだもんね……
あの時は深く考えなかったが、親がいないということを思い出すと、エリーゼはエリーゼで色々と苦労してきているのだろう。普通の人ではない彼女にとって、親は唯一の理解者だったはずだから。
僕たちは君の親代わりにはなれないけど、支えてあげることはできると思うから。
しばらくはこんな関係を、続けていけたらと思う。
僕はやがて彼女の寝息に吸い込まれるように、眠りの底へと落ちていった。
右腕に圧迫を感じた僕は、夜中に目を覚ました。
よく見ると、エリーゼが僕の右腕にしがみついて眠っている。
ベッドから落っこちたのか、はたまた自分でこっちに入ってきたのか。
とにかく、僕とエリーゼは添い寝の状態にあった。
「………離れそうに無いな」
がっちりと腕が絡んでおり、抜けそうに無かった。
エリーゼは幸せそうに眠っている。
「………起こすのも悪いし、このままにしとくか」
子供っぽいところも多々あるらしい。
「良い夢を」
「むにゃ……」
僕は再び、意識を閉じた。