姫にご用心?
ややあって、紗織は目を覚ました。紗織の目の前には、心配で様子を眺めていた兄の姿があった。
「……ゆう兄」
「大丈夫か、紗織。貧血とか起こしてないか?」
「うん。大丈夫……」
「よかった、心配したんだよ。急に気絶しちゃうから」
「ちょっと、びっくりして。もう平気。ところでアイツは?」
「放り出しても危ないし、うちで少しの間だけ預かることにしたよ」
「そう……」
紗織は明らかに不安な表情を見せた。
いきなり血を吸われれば、その反応も当然だろう。
「さ、ご飯食べちゃおう?」
「さっさと食べないと片してしまうぞ? 優介が」
エリーゼが偉そうに言う。
「アンタが言わないでよっ!!」
どうやら、ツっこむ気力は回復したようだ。
妹が気絶している間に、僕とエリーゼは色々と話し合っていた。
「紗織……」
「そう案ずるな。大した量は吸ってない。先のはちょっとした脅し的なものだ」
「……僕はまだ信じられないけど、君は吸血鬼なんだろ? 怖いのは当たり前だ」
「勘違いするな、下郎」
吸血鬼といった瞬間、凄い眼でにらまれた。
「我は吸血姫だ。あんな蛮族共と同じにしてもらっては困る」
「どう違うって言うんだよ」
「我らは無差別に人を襲ったりしない。そもそも、吸血しても殺すことはない」
「殺さないって、血を吸われて死んで生き返ったからそうなったんじゃないのか?」
「そこからして間違っておる。我らは血族だ。雑種の吸血鬼共とはわけが違う」
正直、どうわけが違うのかいまいちよく分からなかった。
「安心せよ、我はそなたらが気に入った。できれば仲良くしたいのだ。……ダメか?」
首をかしげて、こちらをのぞきこんでくる。
吸血鬼……じゃなかった。吸血姫、というよりは小悪魔の方がしっくりくると思う。
「そ、それは……」
僕が迷っていると、エリーゼは身の上話を語り始めた。
「……実は、我は天涯孤独の身なのだ。親もなく、住む場所も転々としている。……寂しいのだ」
潤んだ瞳で訴えてくる彼女を見ていると、何だか可哀想に思えてくるのが不思議だ。
傲岸不遜に見えるエリーゼだが、そのような態度をとることで自我を保っているのかもしれない。
なんだかんだで、彼女も女の子なのだ。
「血も吸わぬ(ちょっとしか)。迷惑はかけないぞ? だから……」
「分かったよ、エリーゼさん」
「おお、では」
「しばらくはうちで面倒を見てあげる。但し大人しくしていてね?」
「分かったぞ。……えーっと?」
「あ、僕は榊原優介。こっちは妹の紗織」
「うむ、承知したっ! 感謝するぞ、優介っ!!」
そう言ってエリーゼはものすごい勢いで僕に抱きついてきた。
身長的に僕の胸元に顔が埋まり、彼女の体温が僕にも伝わってくる。
「……ちょろかったの」
「ん、なんか言った?」
「いや、別に」
ほのかに髪から甘い良い匂いがする。シャンプーの匂いだろうか。
な、なんだか緊張してきた。よく考えたら、僕いま女の子と抱き合ってるんだよね……
「エ、エリーゼ、さん。もう……いい?」
何とか離れようとするが、エリーゼは背中に手をまわしていて抜け出せそうにない。
「かたいのぅ、呼び捨てで構わんぞ。我は居候の身になるのだしな」
「じゃ、じゃあエリーゼ。さすがにちょっと恥ずかしいんだけど……」
「我は気にせんぞ? おぬし男に見えんし」
「そんなっ!?」
ガーン! という擬音が聞こえた気がする。頭にたらいが落ちてきたみたいな衝撃だ。
なんとか彼女を引っぺがすと、彼女は右手を差し出してきた。
「これからよろしく頼むぞ、優介」
握手を、ということだろう。
「うん、よろしくねエリーゼ」
こちらも手を差し出すと、彼女は手を握らずに僕の手を口元に引き寄せた。
「いただきまー……」
「待て待て待て~~~っ!?」
手を噛まれる前に引き止める僕。さも当たり前のように何やっちゃってんのこの娘!
「なにすんのさ、もうっ!」
「くっくっく……我と暮らすということは、つまりはそういうこと。油断するでないぞ、優介」
エリーゼは楽しそうに微笑んでいる。
その時僕は、エリーゼの笑っている顔を初めて見た。
それはもう、とっても可愛らしくて。まるで天使のようで。
彼女はきっとお姫様なんだと、そう思った。