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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の決戦篇
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夕焼けに

 光の矢はゴードンに突き刺さった途端に火炎に包まれる。

 灼熱の業火となり、ゴードンの身体を焼き尽くす。

「ぎぃぃぃゃぁぁぁっぁぁぁぁっ!!」

 全身を燃やす炎に、熱い、熱いと転げ回る。

 彼の中に吸収された優介の血と呼応するように、焔はより勢いを増した。

 やがて断末魔が鳴り止み、ゴードンの身体は燃え尽きた。

 後に残ったのは人の形をした黒炭だけだった。



 優介はゆっくりと空から下降してくる。

 エリーゼは彼を迎えるために着地点で待っていた。

 優介が大地に降り立つ。

 地に足が着いた瞬間に、彼の翼と弓が光の粒子となり消える。

 それと同時に彼の身体を包んでいた光も消えていく。


 エリーゼが駆け寄ると、彼は二三歩前に進もうとして、ふらりと前のめりに倒れそうになる。

 慌てて彼女が支えると、優介は静かに寝息を立て始めた。

 とてつもなく大変な一日だったのだ。

 疲労が限界に達したのだろう。無理もない。

 エリーゼは先程優介がしてくれたように、彼の頭を優しく撫でた。



「……いつの間にか元通り男に戻っているな」

 それこそいつの間にエリーゼの横に立っていたのか、吸血鬼ハインツが言った。

 彼女にはもはや戦う気力も体力も残されてはいない。

 それはラウラも紗織も、もちろん優介も同じだった。

「…おぬし、この前ここで襲ってきた者であろう。我らにはもう抗う術はないぞ」


「安心しなぁ。お前らにはもう手は出さねぇよ。約束だからな」

 約束とはなんだろうか。とにかく、この男が脅威にならないのは有難い。

 そう安心してから優介の姿を見てみると、確かに男に戻っていた。

 長く伸びていた髪はいつも通りの短髪に。

 胸を触ってもみたが、全く発育していなかった。


 い、いや…決していやらしい気持ちで触ったのではないぞ? 念のため…そう、念のためだ!

「お前を認めてやるよ、吸血姫。…それと、坊主」

「おぬしに認められる筋合いはない」

 そんな冷たいこと言うなよ、と吸血鬼は笑ってみせる。

 相変わらず敵なのか味方なのか分からないやつだ。


 引きずるような足音が聞こえると思ったら、ラウラがこちらに歩いてきていた。

 片手でわき腹を押さえている。…重傷なのかもしれない。

「…姫、私たちはいま、生きているのですね」

「ああ、まったくだ。奇跡のようだの、ラウラよ」

 ラウラの一言でエリーゼは理解する。


 生きていること。それこそが最も嬉しく、大切なことなのだと。

「お嬢ちゃんよぉ、腹痛むか? いい薬があるぜ。あっという間に治っちまう薬がな」

「……さっき少年に与えた薬か?」

「おぉ、ご名答! 見てたのか」

「紗織くんを運んだ後にな。状況が状況だけに、何も出来なかったが」


 優介が復活し、あのような不可思議な力を発現したのは、おそらくその薬の影響だろう。

 そのためにラウラは警戒する。

 自分もあの薬を使うことで何か異変が起こってしまうのではないか。

「本当に生き返っただろう? 別に毒ってわけでもねぇんだ、飲んでみろよ?」

「…いや、しかし……」


「ラウラ、試しに飲んでみてはどうだ?」

「姫?」

 エリーゼまでもが推してくる。こうなると彼女はもう断れない。

「……分かりました。頂きましょう」

 ハインツは優介に与えた薬と同じものをラウラに渡す。


 彼女は恐る恐る瓶に口をつけた。

 少しずつ液体を喉に流し込む。

 身体の奥のほうから温まってくる気がする。

 じんわりと心地よい熱に包まれ、ラウラは身体の痛みが引いていくのを感じた。

 心なしか身体が軽くなったような…


「……凄い」

 確かに効果があった。それも予想以上の。

 ラウラはもう普通に身体を動かせるまで回復していた。

「…吸血鬼、礼を言う。かなり助かった」

「俺が持っていても仕方のない薬だ。別にいいさ」


 吸血鬼ハインツは漆黒のコートを翻す。

 彼はかつてゴードンだった黒炭を肩に抱えると、どこかに立ち去ろうとする。

「吸血鬼っ!」

 エリーゼが叫ぶ。だが何を続けて言えばいいか分からず、そこで止まる。

 ハインツは振り返らない。


「……悔いのないように生きろ。じゃあな」

 その一言を残し、吸血鬼は消え去った。辺りは静寂に包まれる。

「…帰るかの、ラウラ?」

「はい、姫」

 二人にはまだやることが残っていた。

 気を失っている優介と紗織を家に運び届けることだ。



 身長的に考えてラウラが優介を背負い、エリーゼは紗織担当となった。

 二人(優介を入れると三人)は紗織の元に行き、彼女を起こそうとする。

 だがエリーゼが何度紗織を揺さぶっても、起きる気配がしない。

「こうなっては致し方ない。我が直に…」

 エリーゼは最終手段をとることにした。王子…もといお姫様のキッス作戦である。


 エリーゼの唇が紗織の唇に近付いていく。あとほんの数センチの距離。

「ん~~~~…」

 目を閉じたまま迫るエリーゼの気配に、紗織は動物的直感で気付いた。

「ていっ!」

「むぐっ!?」

「ファーストキスはゆう兄に捧げるって決めてるのよ…!」

「こ、この重度のブラコンめ…!」


 ぎりぎり素手で食い止める紗織。なおも諦めないエリーゼ。

 既に趣旨が変わってしまっているのだが、つっ込み役の優介が寝てるため無法状態だった。

 紗織は迫るエリーゼを押しのけながら、

「そういえば、あの後どうなったの! ゆう兄は!?」

 と訊ねてきた。彼女はラウラが担いでいる優介の姿に気付く。


 いつもと変わらない、ちゃんと男の姿に戻っていた。

 紗織は安堵する。それと同時に他の事が気になってくる。

「もう終わったのだ妹君よ。我らの勝利だ」

「少年も今は疲れて眠っているだけだ。じきに目を覚ますだろう」

 エリーゼももう諦めたようで真面目な顔をしていた。


 この人は冗談が冗談で済まないから困ったものだ。

「そっか……あたしたち、無事だったんだ…」

 紗織は感慨深げだ。実際、よく生き残れたものだと思う。

 死んでたっておかしくはない戦いだった。紗織は生を実感する。

 自分は今ここにいるんだと、再確認をする。


「おぬしらを家まで送り届けようと思うのだが、よいな?」

「……うん、悪いけどお願い」

 身体の疲労が激しく、とても一人では帰れない。

 まして兄を背負ってなんて不可能だ。

 だからこそエリーゼの提案は嬉しいし願ったり叶ったりだった。


 紗織はエリーゼに肩を貸してもらい、立ち上がる。

「…ありがと。エリーゼ、さん…」

「ふふ、なんだか照れくさいのぅ」

 ラウラも準備万端なようだ。

 さあ、帰るとしよう。

 人の温もりに満ち満ちた、あの家に。


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