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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の決戦篇
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絶体絶命、そして

 吸血を終えたゴードンは優介を役に立たなくなったモノのように地面に放り捨てた。

 優介の身体は力なく地面に横たわっている。

「ぷはぁ~っ! まあそこそこの味だな。昨日は収穫ゼロだったから喉に沁みるぜ」

「なっ………ゆうす、け……?」

 返事は聞こえてこない。それがエリーゼの心をざわめかせる。


 そんな、嘘だ。これは夢だ。

 まだ生きているはずだ。そうに違いない、そうでなければ困る。

 だって……優介は、我の……

「さぁて、次はお前だぁ。女ぁ」

「ひぃっ……い、いやぁ………っ!」


 ゴードンの魔の手が今度は紗織にのびる。

 …迷っている暇は、ない!

「ラウラ、妹君を頼むっ! 我があやつを引き止めるっ!!」

「は、はいっ!」


 紗織に向かって伸びていた手を突進の勢いで蹴り飛ばす。

 後ろでラウラが紗織を抱えて避難するのを感じながら、エリーゼはゴードンと相対する。

「……我はお前を許さない。ここからは手加減など出来ん」

「いいぜ、来いよくそちび。お前もすぐにあの世に送ってやるよぉ」




 優介の身体はエリーゼとゴードンが戦っている場所から少し離れたところまで飛んでいた。

 そのおかげで彼の肉体が戦いの被害を受けることはまずないだろう。

 だが、彼は既に危険な状態にあった。

「……こうなってしまったか」

 どこからやってきたのか、吸血鬼ハインツが優介の身体の横に立っていた。


 膝を折り、優介の胸に手を当て、鼓動を確かめる。

「…もう手遅れだな。蘇生は不可能、か」

 優介の身体からどんどんと熱が奪われていく。

 生命の温もりが感じられなくなってきているのだ。

「致死量まで吸われてしまったら最後、待つのは死だけ…」


 優介は何も答えない。答えられない。

 吸血鬼はコートの中から小さな瓶を取り出した。

 中には血のように赤い液体が満ちている。

「頼れるのは、奇跡だけだ」

 優介の口を開け、その液体を流し込む。


 ハインツが飲ませたものは、彼がそれまで狩った吸血姫の血から精製した薬。

 万能の秘薬と謳われる伝説の薬品(アイテム)だ。

 吸血姫の類稀なる生命力を分け与えるもので、適合すれば効果は絶大だ。

 だが、これは元々持っている生命力を活性化させるもので、死人に効果はない。

 今の状態の優介に効くかどうかはやって見なければ分からない。


 ハインツはその少ない可能性に賭けてみることにしたのだ。

「目覚めろ、坊主」

 ……反応はない。

 ハインツはしばらく様子を見ていたが、何が起こるわけでもない。

 ただ時間だけが過ぎていく。


「……駄目だった、ってのか」

 ハインツは唇を噛み締める。

 飛鳥と合流しよう、と彼は決める。今はただ、このどす黒い感情を抑えたい。

 同族であるはずの男を、殺したいなんて感情を。




 紗織は放心していた。

 未だに視点は虚空を彷徨い、呆けている。

 目の前で起きた出来事を、受け入れられていないのだ。

「…ゆ………にぃ………」

 虚ろな瞳にいつもの明るい光はない。


 まばたきすることもなく、目は開け放たれている。

「紗織くん……」

 ラウラにはどうすることも出来ない。

 彼女を慰めることが出来るのは、彼女の兄だけだ。

「…私は、姫の加勢に向かいます。ここで待っていて下さい」


 返事はないが、ラウラはそれでいいと思った。

 敵を早く倒すことが、優介の救出に最も大切なことなのだ。

 ラウラはエリーゼの元に駆け寄る。

 残された紗織の頬は、静かに一筋の涙を零した。




 エリーゼはゴードン相手に苦戦していた。

 それまで図体がでかいだけで俊敏さも戦略の欠片もなかったゴードンの動きが、明らかに一変したのだ。

 素早く狡猾に手をのばし、エリーゼを捕らえようとしてくる。

 エリーゼはそれをかろうじて避けながら、反撃の機会を窺っていた。


「……くっ、なんなのだ一体っ!」

「ふははははっ! 満腹の俺様から逃げれると思うなよっ」

 エリーゼが蹴りを繰り出すも、先読みされているかのように避けられる。

「ちょこまかと……!」

「おっと、捕まえたぞ」


 エリーゼの出した足が引っ込まないうちにゴードンが素早く掴んだ。

 そのままひっくり返されて吊り上げられそうになる。

「うわぁ!?」

「姫っ!」

 走ってきたラウラがゴードンの腕を肘で弾く。


 そのおかげでエリーゼは何とか脱出に成功した。

「甘いなぁ、甘いぜぇ、ちび共」

 息をつく間もなく、ゴードンの巨大な拳がラウラの脇腹に振るわれた。

 構えが間に合わず、ラウラは諸にその重い一撃を受けてしまう。

「ぬぐぅっ……!!」


 ラウラは真横に吹っ飛ばされた。それもかなりの距離を。

 もしかしたらあばらが何本か逝っているかもしれない。

 それほどの絶大な力だった。

「ラウラぁっ!!」

「他人の心配してる場合かよぉ?」


 一瞬気を取られた隙に、エリーゼはゴードンの腕に首を掴まれた。

 先程の優介のように空に持ち上げられる。

「くっ……うぅぅ……」

 重力と圧力の両方がエリーゼを襲う。

 このままだと首が折れてしまう。


「……散々俺様を馬鹿にしやがって……簡単には殺さねぇぜ、たっぷりいたぶってやる」

「…んぁ………」

 酸欠でエリーゼの瞳の焦点がずれてくる。

 涙も涎も止まらない。苦しい。ああ、これが優介の感じた恐怖なのか。

 エリーゼは心の中でそんなことを思っていた。


「ひ……め……」

 ラウラは倒れたままこちらにふらふらと手をのばしている。

 動くだけで辛いはずなのに、それでも懸命に届かない手をのばす。

 その手からエリーゼを遠ざけるように、ゴードンは彼女を遠くに投げ飛ばした。

 地面にぶつかり抵抗も出来ず転がり続ける。まるで石ころのようだった。


 エリーゼは偶然にも優介が倒れている付近に転がりついた。

 あるいは、ゴードンがそれを狙ってやったのかもしれないが。

 体中擦り傷だらけで、エリーゼはうつ伏せの状態から立ち上がろうと腕に力を入れたが、無理だった。

 エリーゼもラウラも、心身共にもうボロボロだった。

「ふっははははぁっ! ちょうどいいとこに吹っ飛んだじゃねぇか! 挨拶でもしたらどうだぁ! "私ももうすぐそちらに行きます"ってなぁっ!!」


 ゴードンが不快な笑い声を上げる。

 だがエリーゼの耳には既に届いていなかった。

 彼女の意識は、すぐ目の前に横たわっている優介の姿に集中していた。

 エリーゼは這うように少しずつ、優介の身体に近付いていく。

 残っていた力を振り絞り、彼女は優介のすぐ側まで到達した。


 傷だらけの手で、優介の顔を撫でる。

 想像していたことだが、反応はなかった。

「……やはり、な。薄々気付いては、いたが…目の当たりにするのは…少々きついぞ…」

 優介の身体は冷たかった。触れるのを躊躇ってしまうほど、体温がなかった。

 エリーゼはほんの少し前のことを思い出す。




 最初に出会ったとき、彼は男であって男ではなかった。

 妙に女物の服が似合い、中々に度胸のある見ていて飽きないやつ。

 ただその程度の存在だったはずだ。

 家出中だったこともあり、次の宿を探している身としては都合のいいやつだった。

 いきなり風呂に侵入して驚く姿を楽しんだりもした。


 ラウラとの再開のときは、悪いことをしたと思う。

 完全にとばっちりだった。

 その後出会った吸血鬼のときも。

 優介は巻き込まれて、そのときはまだそんなに親しくなかった自分を、守ってくれた。

 あれが一番の転機だったのかもしれないと、今になって思う。


 優介と一緒にいた時間は短いが、自分にとって確実になくてはならない存在になりつつあった。

 ……なのに。

「…ゆうす、け……目を開けてくれ…我は、我はおぬしを守るために……」

 屋敷に戻ったことは結果として仇となった。

 全ては別れを告げながらどこかで追いかけて来てくれるのではと期待していた、自分の責任だ。


 常に命を狙われる吸血姫と人間が、共に生きていくことなんて不可能なのに。

「おぬしの優しさが……痛かった。いつか手放すことを知っていたから…」

 それでも、ぬくもりを求めた。それでも、光を感じていたかった。

「我が望んだのは……こんな結末じゃない…」

 頬に流れる雫は、そのまま落ちて優介の顔を濡らす。


 顔の擦り傷から染み出た血と混ざり合い、優介の唇に落ちて吸い込まれていく。

 エリーゼは優介の身体にしがみつく。二度と離さないようにしっかりと。

「目を覚ませ……っ! 優介………っ!」

 エリーゼの背後にゴードンがゆっくりと近付いて来た。

「話は終わったかぁ? だったらそいつの元に送ってやる」


 エリーゼは答えない。

 彼女には、もう優介しか見えていない。

 ゴードンは腕を振り上げる。

 最後の一撃のために振り上げる。

 エリーゼも。ラウラも。紗織も。

 もう終わりだと思った、その時。

「――――――――ぁ」

 優介の眼が、開かれた。


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