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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の決戦篇
23/34

姫と妹と、僕と

 某日夜間、元はエリーゼの所有する屋敷に、招かれざる客人が足を踏み入れようとしていた。

 吸血鬼の導き手である長老の刺客、ゴードンだ。

 ずんずんと重い身体を大地に響かせながら、彼は一歩ずつ屋敷に近づいていく。

 それにいち早く気付いたのは、吸血姫狩りの専門家(ベテラン)、吸血鬼ハインツだった。


「……飛鳥、何者かが屋敷に近づいてきている。警戒を」

「言われんでも分かっている」

 飛鳥は腰にぶら下げた刀に手を掛ける。鞘からすぐ抜けるようにするためだ。

 ゴードンは屋敷の入り口の前で立ち止まり、辺りをきょろきょろと見渡し始めた。


「おぉいっ、いるんだろこの裏切り者めっ! 腰抜けハインツよぉっ!!」

 夜も更けたというのに、容赦のない怒声だった。

 あまりの大声に木々に止まっていた烏たちが一斉に逃げ出す。

「出てこねぇとてめぇを……」

「俺をどうするって?」

「!」

 林の中から不意に姿を現したのは、件の吸血鬼ハインツと、その従者である飛鳥だった。


 ゴードンは嫌悪に満ちた顔で嘲笑する。

「けっ、てめぇがいくら逃げようと分かるんだよ俺様には。血の臭いがぷんぷんするからなぁ!」

「そんなに臭うかね、一応風呂には入ってるんだがな」

「……てめぇ、俺様をおちょくってんのか?」

 異常なほどの嗅覚の発達、それがゴードンが吸血鬼化して手に入れた能力だった。

 彼の鼻は、一度嗅いだことのある臭いならどこまでも追い続けることが出来る。

 ……と、彼は自称していた。本当かどうかは定かではない。


「それにわずかだが姫の血の臭いもするぜぇ、お前ちゃんと仕留めたのか」

「……いや、取り逃がした」

「なんだとっ!?」

 ゴードンは怒って掴みかかろうとしたが、ハインツはそれを後ろに飛んで避けた。


「……ちっ」

 やりきれないまま舌打ちをする。ゴードンはちらと飛鳥の方を睨みつけ、

「てめぇらがチンタラやってるから俺様がじじいに駆り出される破目になるんだぜぃ!?」

 ダン、と大地を踏み鳴らした。

「大体てめぇは人間だろう! 俺様が喰らってやろうかぁ!? あぁん!?」

 怒声を浴びた飛鳥は刀に手をかけ臨戦態勢に入る。


 ハインツもそれには黙っていなかった。

「ゴードンよぉ。飛鳥に指一本でも触れたら、殺すぞ」

 刃のように近づいただけで切れそうな殺気がにじみ出ている。

 さすがのゴードンも怯んでしまい、飛鳥には手を出さなかった。


「……ハインツ、俺様もここまで来た以上手ぶらじゃ帰れねぇ。してお前は姫を取り逃がした。どう落とし前つけてくれる気だ?」

「その点についてはなんら問題ない。この屋敷で待っていれば必ず姫は向こうからやってくる」

 確信を持った言葉だった。疑う余地などないと言うように。


 ハインツはコートの内側から小さなケースを取り出した。

 頑丈な金属で作られており、中身は二つの爪で封印されている。

 爪を外して、彼は中からある物を取り出した。

「何だそりゃ? 薬か?」


 それは何かの液体の入った、注射器だった。

「ワクチンだ。吸血鬼化を防ぐためのな」

 注射器は一つのケースに合計5本収納されており、屋敷の中にはこれと同じものがいくつか保管されていたのをハインツと飛鳥は発見していたのだ。


 飛鳥には既に投与してある。念のためだが。

「そんな都合のいいもんがあるなんて知らねぇぞ。じじいに報告すべきだろう」

「全てが終わったら報告するさ」

「ふんっ、てめぇが生きていればだけどなぁ!」

 大きな図体をのそのそと動かして、ゴードンは屋敷の出口へと戻ろうとする。


「おい、どこに行く気だ」

「腹減ってんだよ! 飯だ飯っ!」

「そうかよ、勝手にしろ」

 巨岩のような大男は、そうして屋敷から去った。

 しかし食事を終えたらすぐに戻ってくるだろう。

 それまでに、やれることをやっておかなければならない。


「………吸血鬼」

「飛鳥、お前は俺が守る。あいつに手は出させない。それよりも、ワクチン(こいつ)をどうにかして隠すぞ。あいつなら全部ぶっ壊しかねない」

「……あ、ああ」

 飛鳥は急ぎ足で屋敷の中へ入っていく。


 その後姿を見つめながら、吸血鬼はゴードンが過ぎ去った方に振り返った。

 ……今夜はひどく煙草が吸いたいと、彼は思った。

「―――お前のようなクズがいるから、俺たちは嫌われるのさ」

 虚空に吐き出された言葉は、誰に届くこともなく消えていった。



 ごんっ、と何かが頭に当たる。

「いったぁ……なんだ?」

 僕はそれで目が覚め、ぶつかったものの正体を暴こうとした。

 目の前には、足。……足?


 よく見ると、紗織がひっくり返って寝ているのだと気付く。

 ……って、布団がはだけてパンツが見えてるしっ!?

「さ、紗織っ! なんでズボン脱いでるのっ!?」

「ふぁ……? ゆう兄……?」

 紗織はまだ寝ぼけている。寝ぼけ眼をこすり、ゆっくりと上体を起こす。


 パジャマの上着もボタンが所々外れて、絹のような素肌が垣間見えてしまった。

 いかんいかん、兄妹でもこれはいかん。僕は両手で目を覆いながら紗織に注意した。

「駄目でしょそんなカッコ! 早くズボンはいてっ」

「……ずぼん?」

 首をかしげて下を見る紗織。すると途端に顔が真っ赤に染まっていく。


「……い、いいい……いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「どわっ!?」

 いきなり枕を投げてきた。もろに顔面直撃、僕は後ろに倒れてしまう。

「ゆう兄のえっち! 何で脱がしてるのよっ!」

「僕じゃないっ、冤罪だよっ!」

 兄としてその誤解は死んでも勘弁願いたい!


「妹君が寝てる間自分で脱いだのだぞ?」

「そんなわけないじゃないっ! ………え?」

 第三者の声、というかエリーゼの声だ。

 エリーゼは僕のベッドの上に寝転がりこちらを見下ろしていた。

 両手で頬杖をつき楽しげに足をパタパタとさせている。


「な、なんであんたがここにいるのよ、吸血鬼」

「ひーめ! 何度言えば分かるのだ」

「……ぷっ。自分で姫とか言ってるし」

「なにおうっ!」

「……エリーゼ」

 二人ともまた喧嘩になりそうだったから、話に割り込む。


「む。優介よ、安心せよ。妹君の寝相は世界で最も悪かったぞ」

「ひっどいわね。そんなことないわよ」

「だったら何故おぬしは優介と逆の位置に頭があるのだ?」

「…確かに、目の前にパンツがあったのはそういうことか」

 ポツリともらした後、しまったと思うがもう遅かった。


「ゆ、ゆう兄。ちょっといい……?」

「あ、あれ? もしかしなくても怒ってる?」

 ぱきぱきと拳を鳴らす紗織はさながら悪鬼のようだ。

 怒りオーラにじみ出てます、はい。


 こういうときは先手を打って謝ってしまえばこちらのものだ。

「なんかごめんなさい」

「なんかって何よなんかってーーっ」

 朝から妹の右ストレートは身体に響くよ……理不尽だ。

「くくく……おぬしらといると、飽きぬのぅ…」

 楽しそうに笑っているエリーゼの顔がわずかに曇ったのを、僕は見逃さなかった。


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