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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の日常篇
22/34

最後の夜

 ただいま、榊原家では全員参加の緊急集会が開かれていた。

 議題はもちろん、エリーゼとラウラさんの居候をどうやって認めてもらうか。

 とても難しそうだが、やるしかないだろう。


「…ていうか、二人とも屋敷に戻ればいいだけなんじゃない?」

 紗織が面倒くさそうに一言。

 そういえばその通りだ。わざわざうちに泊める必要はない。


 でも屋敷付近は吸血鬼が潜んでいるかもしれないし…

「屋敷は既に包囲されている可能性があるでしょう」

「うむ。吸血鬼自体は怖くないが、銃はどうにも出来まい」

 二人とも同じ考えのようだ。


 だけどそうなると、この二人はいつまで逃げ続けるつもりなのだろうか。

「二人とも、吸血鬼を倒すことは出来ないの……って、さすがに無理だよね」

 そもそも武装してるんだし、生身で敵うはずがない。


「銃さえなければ、我の能力で抑えられるやもしれんがな」

「能力?」

「相手を一時的に催眠状態にする吸血姫の能力『令』だ」

「…そんな便利な力があるなら、どうしてこの前使わなかったのさ」

「長くはもたぬのだ。元々吸血行為の際に使う力だからな」

 エリーゼの話によると、吸血するときに彼女の碧眼が赤く染まるのは、すなわちこの能力の発動によるものらしい。その真紅の目を見た者はわずかな間だけ彼女の命令に逆らえなくなる、んだそうだ。


 さすが吸血姫、トンデモ能力を持っているものだ。もう驚かないぞ。

 鏡を見たらどうなるの? と訊いてみたかったが、空気を読んでやめておいた。

「…というわけで吸血鬼退治は困難とし、如何にして優介の両親に我らの同居を認めてもらうか議論しようではないか!」

「そうですね、姫の言う通りです」

 エリーゼもラウラさんも、元より出ていく気ないんだろうな…


 いつの間にか僕の部屋の半分はエリーゼに占拠されていたわけだし(彼女は僕の部屋を気に入ってしまったようだ)、ラウラさんもなんだかんだで色々と働いてくれているので、無下にはできない。

 そもそも、僕とエリーゼの関係って、何なんだろう?

「あーもうっ! パパとママが帰ってきたら、全部元通りになると思ってたのにーっ!」

 紗織が嘆きながら叫ぶ。紗織にとってはきっと、厄介な居候、ぐらいな感じだろう。


 ……じゃあ、僕にとってのエリーゼって?

「むふふ、今度は妹君のベッドに忍び込んでやろうかのぅ?」

「はあっ? 何よそれ、てかいま今度はって言ったわよね? あんたまさかゆう兄のベッドにっ!?」

「それはそれは熱い夜であった~」

 事実をねつ造するのはやめてほしい。僕は添い寝しただけだ。

 しかもエリーゼから入ってくるんだから、どうしようもない。


「少年よ。姫に何かあったら、君が責任を取るんだぞ? …今夜は赤飯でも炊くか」

「何の責任を取らされるんですか何のっ!?」

 エリーゼと紗織が取っ組み合いをしている後ろで変なこと言わないでほしい。

 ……はあ。何にも議論できてないよ…明日のこと…


「お前の血は何色だーっ! この吸血鬼ーっ!!」

「吸血姫だと言っておろうーーっ!!」

 僕はエリーゼとの関係に生じた疑問に気付かないふりをしながら、一人ため息をついた。

 今はまだ、それを深く考える必要はないだろう。


 考えれば考えるほど、答えに近づけば近づくほど、今の関係は崩れ去ってしまう気がするから。

 今はまだ、このままでいい。

 ……でも。


 もし考える時が来たとき、僕はどんな決断をするのだろう。

 同じ人であって同じヒトではないエリーゼと、

 僕はどうなりたいんだろう。

 どうしたいんだろう――――




 今夜のご飯は本当に赤飯でした、ラウラさん自重して下さいお願いします。

 そんな感じで、結局何も決められないまま会議は解散になってしまった。

 僕は何だか異様に疲れた身体を持ち上げながら階段を上っている。

 明日は土曜日だ。だから今日はゆっくり休もう。

 部屋についた時点で寝れる自信があった。


「ふぅ~……つかれたぁ~……ねむい」

 自分の部屋に入り、そのまま電気もつけず敷いてあった布団に倒れた。

「ぎゃふっ!」

「?」

 何だ今の声。


 驚いて身体を持ち上げようとしたとき、何か柔らかいものに触れた感触がする。

 音はしないが、もにゅ、という感触だったとだけ言っておこう。

「ひゃあっ…ちょ……」

「………誰だ」

 布団の中に忍び込んでいる不届き者がおる。引っ立てぃっ!


「僕の安眠を邪魔するなぁーーっ!」

「きゃぁぁぁぁあっ!?」

 掛け布団を掴み、一気に引っぺがす。

 するとそこにいたのは、予想外の人物だった。

「……紗織?」

「ゆ、ゆう兄……ばれちゃった」

 てっきりまたエリーゼが何か企んでいるのかと思っていたため、拍子抜けしてしまった。


 それにしても、何で紗織が僕の布団に?

「いや~、ゆう兄のことだからきっと自分は布団で寝て、あの人にベッド貸してるのかな~なんて思ったりなんだり…予想通りだったみたいだね、あはは…」

 そこじゃない、今の論点はそこじゃないよ紗織。


「どうして隠れてたの、って話だよ」

「え、えと…」

 紗織が顔を赤くしながらしどろもどろに答える。

「だって…あの人が一緒に寝てるって…そんなのずるいって思って……だって、あたしはずーっとゆう兄と一緒なのに……最近はあんまり構ってくれなくなっちゃったし……」

「紗織、10文字で要約して」

 いつまでも話がまとまりそうになかったので、釘を刺す。


「……あたしも一緒に寝たい」

「は?」

 聞こえたのだが、内容が信じられなくて聞き返してしまう。

「だから! あたしもゆう兄と一緒に寝たいのっ! おんなじ布団で、身体くっつけたりして!」

「………紗織」

 紗織は強い意志で自分の思いを伝えてきた。

 頬はりんごのように真っ赤に染まっている。

 これは、つまりそういうことか。


「もしかして、紗織に寂しい思いさせてたのかな、僕」

「……へ?」

 今度は紗織の目が点になる番だった。

 最近はずっとエリーゼのことばかり考えていたから、確かに紗織のこと疎かにしてたかもしれない。


 紗織は僕の大事な妹なんだ。もっとちゃんと向き合っていかないといけない。

「昔みたいに、一緒に寝ようか。兄妹水入らずでさ」

「や、あの、あたしが言ってるのは兄妹とかじゃなくて、その、恋人的な? 愛の巣的な?」

「何言ってるの。愛の巣なんてどこで覚えてきたんだ全く」

 紗織は何が何やらといった感じで取り乱している。


 それにしても、兄として"愛の巣"発言は無視できない。

 もう紗織も中学三年のわけだからそんなに厳しく言いたくはないけど、ここはびしっと言ってあげた方が妹のためになると思う。いわば愛の鞭だ。

「いいかい紗織、仮に僕以外の男といるときにそんなことを言ったらどうなるかだけどね……」

 優しい兄による道徳教育(徹夜覚悟)が始まった。


「いやぁ~っ! ゆう兄の説教いっつも長いんだもん~! ごめんなさーいっ!!」

 呆気なく降参する紗織だが、授業は始まったばかりだ。

 続行!

「た~すけて~っ!」

 その夜、紗織の悲鳴が止まらなかったという…




「くく…勝負に負けたから代わってやったが、なにやら騒がしそうだの」

 エリーゼは紗織の部屋のベッドでくつろいでいた。

 隣にはラウラが椅子に座って控えている。


「子供たちは元気でいるのが一番ですから。姫も行かれますか?」

「……いや、我はよい」

 エリーゼは枕を胸に抱き顔をうずめた。

 ほのかにシャンプーの香りがする。紗織の使っている物の匂いだろう。

 甘くてよい香りだ、エリーゼはそう思った。


「ラウラ、よいか?」

「はい、何でしょうか」

 少しの間場を沈黙が包み込む。世界全体が、彼女の第一声を待っているかのようだった。

「……明日、ここを出よう」

「………!」

 ラウラが息をのむ。エリーゼの顔は、とても穏やかなものだった。

 そこには普段の天真爛漫な彼女の姿を見て取ることは出来なかった。


「屋敷に戻り、吸血鬼と決着をつける。ついでに、ワクチンも取ってこようぞ」

「……姫」

 彼女の思いを一瞬で察知したラウラは、何も言うことができなかった。

 近づけば近づくほど、守りたいと思えば思うほど、相手との距離は遠くなってしまう。

 ヒトでない者の、宿命。

 日常に別れを告げるときが、近づきつつあった。


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