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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の日常篇
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迫るは二つの脅威

 トイレに逃亡し急いで着替えを済ませた僕は、そそくさと昇降口に向かった。

 さっきの事はなかったことにしよう、うん。

 そう決意した矢先、玄関にあの二人が待ち構えていることに気付いてしまう。

「ゆうすけ、一緒に帰ろ」

「早く来るのだ~、逃げるでないぞ?」

「……はぁ」

 思わずため息が出る。


「蛭賀くんは?」

「先生と帰るようだ。我らはわれらで帰ろうぞ」

 先生が付いてるなら安心だ。それにしても、まさか姉弟だったなんて初耳だった。

「ゆうすけ、もういっそのこと普段着もあれでいいんじゃないかな?」

「さりげなく何言ってんのさ」

 冗談もほどほどにして欲しい。まあ本人は冗談を言っているつもりではないのだろうが。


「我もそれには賛成なのだ。妹君と姉妹のように仲良く買い物などしてみよ、完全に女であるぞ」

 エリーゼもそれに便乗してきた。

「よくないしそんなことしないよ! 他人事だと思ってさ全く…」

 そんなこんなで雑談しながら、僕たちは自分の家に帰った。

 まあ、エリーゼも僕の家に来るんだけどね。



 今日もドアを開けた途端に妹の紗織が出迎えてくれた。

「おっかえり~ゆう兄っ! …あと吸血鬼も」

「吸血姫だっ!」

 お決まりの返答をするエリーゼ。心なしか嬉しそうに見える。

「ただいま紗織、ラウラさんは?」

「いま料理してる~」


 まだほんの少ししか経っていないのに、とても長い間こうして生活してきたかのような錯覚がする。

 考えてみれば、エリーゼがこの家に来てまだ三日ぐらいなのか。

 不思議な気分だった。

 そんなことを思っていると、リビングに置いてある電話が鳴り出した。

「あ、電話」

「僕が出るよ」

 そう言って足早にリビングへと向かう。


 受話器を取り、相手を確かめる。

「もしもし、どちら様ですか」

「あぁ優介、母ですよー。あんたたち仲良くやってる?」

 出張中の母さんからだった。一体何の用件だろうか。


「紗織となら元気に暮らせてるよ、どうしたの急に」

「それがね、予定が早めに終わっちゃって、明日には戻れると思うから」

「それ本当? 父さんは?」

「パパも一旦家に帰って、そこからさらに長めの出張だって」

「…うん、分かった。じゃあまた明日」

「はいはい、じゃねー」

 プツリと電話が切れる。


 僕はしばらく受話器を持ったまま立ち尽くしてしまう。

「ゆう兄~、誰から~?」

 紗織が僕に近づいて訊いてくる。

「…母さんから」

 ……どうしよう。

 この日が来ることは分かっていた。そもそもが期限付きの予定だったのだ。

 それが前倒しになるなんて、思いもよらなかった。

 どう説明したらいいんだ、エリーゼとラウラさんの事情を。


「むぅ? 難しい顔してどうしたのだ」

 張本人であるエリーゼは能天気な顔をしている。

 これは僕の人生の中で二番目に入る危機かもしれない。

 一番目はこの前の吸血鬼と遭遇したときだ。

 決めなければならない。眼を逸らしてはならない。

 いつか突き当たったはずの、壁なのだから。

「ほんとに、どうしよう……!」




 ほのかに蝋燭が照らし出すその部屋は、しかし部屋と形容するにはいささか大きすぎる広間だった。

 隅には蜘蛛が巣を張り獲物の到来を今か今かと待ち構えている。

 広間の奥には、金で装飾された豪奢な玉座が一つ存在し、そこに一人の老人が腰掛けていた。

 吸血鬼の王、最古の吸血鬼だ。


 彼は同族には長老と呼ばれ、他の吸血鬼たちを操る権力を持っていた。

 今も長老の周りには多くの吸血鬼たちが命令を下されるのを待っている。

 長老はおもむろに口を開く。

「……ハインツからの報告はまだか」

 皺枯れた声だ。しかし確かな威厳を感じさせる。


「はい。日本に出発して以来、まだ音沙汰ありません」

 側近の一人である女が答える。

「……ふむ」

 長老は表情をあまり変えず、だが静かに怒りを表した。


 ハインツと呼ばれた男は、長老の手下の中でも一際腕の立つ吸血姫専門の殺し屋だ。

 ところがこの男はかなりの気分屋で、相手を気に入ってしまうと標的(ターゲット)でも見逃すことが多々ある。いわば諸刃の剣だ。

 今回も念を押してはおいたが、恐らく無意味だったのだろう。

 ハインツは任務を放棄するとき、しばらく姿をくらます。

 その状態がまさに今なのだ。


「ゴードン、ゴードンはいるか」

「はいよ、長老」

 名を呼ばれた男が、一歩前に出る。

 男は、筋肉と脂肪に包まれたおぞましいほどの巨漢だ。

 それは最早グロテスクと呼ぶほうが正しい。


「ハインツの代わりに、吸血姫どもを駆逐してこい。それがお前の任務じゃ」

「長老、報酬ははずんでくれよ? 上手い肉を期待してるぜ」

 この男、見た目通りの大喰らいなのである。

「ふぉっふぉ…最高級の肉を用意して待っていてやる。必ず仕留めよ」

「了解だっ、行ってくるぜ!」

 ゴードンと呼ばれた男はのたのたと重そうに広間から出て行った。


 先程の側近が長老に問いかける。

「大長老、あの男を行かせてよろしいのですか?」

 彼女の懸念も分からなくはない。

 ゴードンは暗殺に向いてはいないし、それでハインツの代わりなど、おこがましいにも程がある。


 ではなぜ、あの男なのか。

「やつだからこそよいのだ。ハインツはその扱いづらさゆえに制御が出来ぬ。やつのように単純なほうが、任務には忠実よ。食い意地が張り過ぎているのは、些細な問題だがな」

「……はあ」

 納得がいかぬといった様子だが、これでよいのだ。

 気分屋のハインツにも、やつのような下衆はよい刺激となるだろう。


 いざとなれば、他にも手駒は山ほどいるのだ。

 その時ふと頭をよぎった言葉を、長老は口にする。

「Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen!」

「……夜の女王のアリア、ですか」

「―――燃えるような復讐心は、まさしく我らにこそ相応しい」

 血のように熱く、剣のように鋭き狂気。我ら吸血鬼の悲願、原点への回帰のため。

「吸血姫を、駆逐せよ」

 重き宣言が、発せられた。


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