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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の日常篇
20/34

Other view 1 --蛭賀--

悪友の蛭賀視点から見た保健室での出来事。

 俺が目を覚ました時、すでに空は紅葉のように赤く染まり、カーテンから入ってくる風は涼やかだが同時にこの部屋の静寂を俺に教えてくる。

 ここは保健室だろうか。なぜ俺はこんなところにいるんだろう。

 窓際のベッドに知らぬ間に寝かされていた。


 確かに覚えているのは、あの日罰ゲームの格好をした優介を見て、胸がもやもやして、旅支度を整え山に行ったこと、までだ。

 その後のことを、何も思い出せない。

 何かあったのは分かるのだが、記憶がそこだけごっそりと抜け落ちている。

 だけど、何故かそのままでもいいような気がする。


 窓側に向けていた顔を反対側に向けると、その時初めて誰かがそこに座っていることに気付く。

「あ、やっと起きたね。心配したんだよ?」

 その人に見覚えは、あったようななかったような、微妙だ。

 清楚に見える長い黒髪に、白のカチューシャをつけている。

 洗練された細身の身体にその髪はよく映え、スカートから覗く足はすらりと細長い。


 制服からこの学校の女子生徒に間違いはないと思う、だがこんな人うちの学校にいただろうか。

 一言で言い表すと可愛い系統の美人だ。

「あ、あのさ…失礼を承知で聞くけど、君はだれ?」

「あれ、まだ気づかないの?」

 親しげに話しかけてくるあたり、俺がただ単に忘れているだけなのかもしれない。


 女の子は椅子から立ち上がって、俺の目の前数センチの距離まで顔を近づけてきた。

 鼻がぶつかりそうな近さだ。さすがに緊張するな、これは。

「…もう。いい加減気付いてよ」

 そういえば、この声どこかで聞いたことがある気がする。

 よく見ると、顔にも見覚えがあるような…?


「ごめん、教えてくれ」

「優介だよ、何で分からないのさ」

「……嘘だろ、おいおいおいお」

「お、落ち着いてっ!」

 肩をつかまれ頭をぐらぐらと揺らされた。

 そのおかげで俺は現実に戻ってくる。


 どうやら、俺はまだ夢の中にいるようだ。

「お前が優介だというなら、俺を殴れっ! それで全てが分かるっ!!」

「え、いいの? じゃあ」

 次の瞬間手加減なしの本気ストレートパンチが飛んできた。

 ものっそい勢いで顔面にめり込むこぶし。

 い、痛ぇ…夢じゃないのか。


「マジで優介、なのか。本当か、ドッキリじゃないよな」

「何でそんなに疑うのさ。僕だと嫌なの?」

「いや、いやいやいや、今のお前が男に見えたらそれはそれでやばいぞ」

 予想だにしない展開だが、何とか落ち着いてきた。


「ところで、その格好はなに。趣味?」

「趣味じゃないよっ! これは……このはとエリーゼに着させられて…」

「……あいつら、面白がってやがるな。ていうか、いつの間にエリーゼちゃんと仲良くなってたのお前」

「まあ色々あったんだよ、色々と」

 やけに疲れたように語る優介。余計に気になるが、詮索されたくないのかもしれない。


 これ以上訊くのはやめておこう。

「…そういや何で俺、保健室で寝てたんだろう」

「覚えてないの?」

「ああ。山篭りするまでは覚えてるんだが、その後のことはさっぱり」

「なんだ、僕がこの格好する必要なかったんだ」

「どういうことだ?」

「こっちの話、気にしないでっ」


 優介は再び椅子に座って窓の外を眺めている。横顔がすでに男のそれではないな、うん。

「…ここは、静かでいい場所だね。風の音が聞こえるよ」

 確かに、耳を澄ますと自然の音がよく聞こえてくる。

 部活をしている生徒以外はほぼ下校しており、校舎は閑寂としている。

「なんか、こうしてると昔を思い出すよな」

 俺の脳裏に懐かしい記憶が呼び起こされる。


「昔とは立場が逆だけどね。保健室をいつも使ってたのは、僕だった」

「よく逃げてたよな、教室からさ」

 昔、特に小学生時代の優介は、今とは違い内向的で人見知りが強い性格だった。

 まあ今も若干そういう部分があると言えばあるが、あの頃はもっとひどかった。

 それというのも、優介の容姿が原因していたのだ。


「女男とか言われてたよね。今はもう言われなくなったけど、結構きつかったなぁ…」

 周りが大人になったからそんな幼稚なこと言わなくなったのであって、優介は明らかに女顔だ。

 今の姿を見てそう再確認した。

「いじめてくるやつは大抵頭が悪いからな。無視しときゃそのうち飽きたさ」

「それでも、二人は僕に味方してくれた」


 時間が過ぎれば解決する、なんて言葉で言うのは簡単だが、子供にとっての時間は大人のそれより重要なものだからな。俺とこのはでいじめっ子たちにちょっとしたお仕置きを実行したわけだ。

 おかげでもう次の日から状況は改善された。

 いじめっ子たちとも仲良く遊んだんだぜ、俺たちは。


「毎日保健室で一人でいた僕に、このはも蛭賀くんもわざわざ会いに来てくれたよね。あれ、実はとっても嬉しかったんだ」

「ダチがしょぼくれてんのが我慢できなかっただけだ」

 少し照れ気味に頬をかく。こういうのには慣れていないのだ。

 優介の笑顔が眩しく感じる。いかんいかん、こいつは男、男だ。今の見た目は完全に女だけど。


「今日も守ってくれた。ありがとね、蛭賀くん」

「お、おう。(…覚えてないけどな)」

 何だ、このいい雰囲気は。優介は男! 男の子! 男の娘? 違う、それは違う。

 誰でもいいから、この怪しい雰囲気を壊してくれ、頼むっ! でないと俺の理性が…

 心の中でのSOSが届いたのか、保健室のドアがガラッと音を立て開いた。


「あら、いつぞやの坊やじゃない、お見舞い? 太一、調子はどう?」

「あ、姉貴。ちょっとベッド借りてたぜ。もう直ったから」

「ええっ、先生って、蛭賀くんのお姉さんなの?」

 優介たちには言ってなかったが、俺の姉貴はこの学校の保健医をしているのだ。

 ん? よく見ると姉貴はなにやら人間の首根っこらしき部分を両手共に携えている。


 掴まれた猫の姿を想像してもらえるとそれに近いと思う。

 引きずられるように中に連行されたのは、このはとエリーゼちゃんのようだった。

「ひぇ~、離して~…」

「捕まってしまったのだ、無念…」

 何をやっているんだか。盗み聞きでもしていたのだろうか。


「このは、エリーゼも、まさか見てたの?」

「ど、どうかなぁ~」

「そ、その、気になるではないか…のぅ?」

「ちょっとエリーゼさん、言っちゃだめでしょっ」

「まったく、二人して僕を辱めてたわけだ」

「そ、そんなことはないぞ~(棒読み)」


 もうグダグダだな。でも、悪くない。

 こんな騒々しい日常が、俺たちが昔の優介に教えたかったものなんだから。

 もうお前は手に入れたんだ、自分の力でさ。

「優介、人のせいにしてるけど、実は満更でもないんじゃないか? その格好」

 俺も盗み聞き二人に負けじと爆弾発言をする。


「なっ……! そんなわけ、ないよ…」

 赤面しながら否定してるが、しどろもどろだぞ。

 まさか俺たちが強要しすぎて、そっちの方向にお目覚めしたのか!?

「そうなのか優介! 我は歓迎するぞっ!」

「わ、私も…」

「なになに、どういう状況なのよ太一。お姉さんに教えなさい?」

 本当に変なやつらだな、と思う。俺も入ってるか。


「違うってばぁーーーっ!!」

 叫びながら優介はどこかへ走り去ってしまった。

 これ、最初の時と同じ展開だな。

 さてと、俺もそろそろ帰るとしよう。


「姉貴、俺もう帰るわ」

「たまには一緒に帰りましょ? あんた一応頭打ってるんだし、こっちももう終わるから」

「そうだな。じゃあちょっと待ってるよ」

 ベッドの横には俺の鞄が置いてあった。優介が持ってきてくれたのかもしれない。


「太一、あんたも気をつけなよ。ただでさえ悪い頭が、もっと悪くなっちゃうからね」

「うっせ! 素で言うな傷つくだろ」

「おぬしも面白いやつよ。今度ゆっくり話そうぞ」

「おお、よろしくなエリーゼちゃん」

「うむ」


 優介には優介の物語があるように、俺たちは俺たちの物語を紡いでいくとしよう。

 それらが絡み合って、螺旋のような現在(いま)が始まりを告げるのだから。


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