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金色の吸血姫  作者: 杞憂
姫の日常篇
18/34

一人の決意

「優介、少しよいか」

「なに、エリーゼ?」

 昼食を食べ終わった後、僕はエリーゼに連れ出されて空き教室に来ていた。

 こんなところで一体何の用だろうか。


「実はな、次の授業は体育だろう? 女子は実技テストなのだ」

「へえ、そうなんだ」

 誰もいないのに耳元に近づいてひそひそと言うエリーゼ。

「へえ、そうなんだ、ではないわっ! 緊急事態なのだ、そこで優介の力を貸してもらいたい」

「ただのテストでしょ? ちなみに何の?」

「マット運動、我はあまり得意ではないのだ。練習では一度も成功していない…」

「僕もそんなに得意じゃないよ」

「何もおぬしにコツを聞こうというわけではない。コツを聞いて倒立前転や側転が出来るなら、とっくに我も出来ておるしな」

「じゃあ何すれば良いの」

 エリーゼはくっくっくと不敵に笑って言った。

「血を吸わせてくれ」

「はいっ? なんでまた、嫌だよっ!」

「そこを何とか。女の子の前で恥をかきたくないのだっ。いいとこ見せたいのだーっ!」

 しょーもない理由だとつくづく思う。

 呆れてため息が出てしまうくらいだ。


「あ、もちろん一番好きなのは優介であるぞ。安心せよ」

「な、なな何言い出すんだよ急にっ!?」

 心臓の鼓動を確かめるかのように、エリーゼは胸に両手を当てる。

「……優介が我を守ってくれたとき、我はすごく嬉しかったのだ。胸がぽかぽかして、他の人間といるときよりも、温かかった」

「そんなこと言ったって……大体血を吸って何になるのさ?」

 訊ねると、エリーゼは胸を張って偉そうに答える。

「我ら吸血姫は、血を吸うことで身体能力がアップするのだ」

「…へえ、そりゃ凄いね」

 信じられないんだけど、と内心思ったが。

 そういえば、この前紗織がそのようなことを言っていた気がする。

 足がとてつもなく速くなったとか何とか。


「ということで、頼むっ。優介っ!」

 エリーゼは顔の前で手を合わせ頭を下げている。

 ここまでされたら、無下に断るわけにもいかないよね…

「ちょっとだけだよ、エリーゼ」

「! 感謝するのだっ!!」

 勢いよく僕に抱きついてくる彼女のアクティブさに、僕はまだ慣れてない。

 でも、こういうのも悪くないと、そう思い始めてもきたんだ。

 僕の身体にしがみついている彼女は本当に小さくて、触れたら折れてしまいそうなほど細くて。

 だからこそ、あの吸血鬼などから守ってあげなくちゃいけない。

 いや、守りたいんだ。僕が僕自身の意志で。


「…すん…すん…なんだか良い匂いだのぅ…落ち着く…」

 決意が一瞬で壊されるなんて思っても見なかった。この変態めっ!

「はーなーれーろーっ!」

「あぅ~、もうちょっとだけ~~」

 金髪の変態を引き剥がそうと四苦八苦するも、思ったより粘り強かった。

 その所為もあり、僕たちはもつれ合ってバランスを崩してしまう。

「うわ、ちょっ、わぁぁっ!」

「ひゃぁぁっ」

 二人そろって床に倒れてしまった。しかもエリーゼが僕の上に覆い被さってしまっている。

 こ、この状況は色々と、恥ずかしい…

 目の前にはきょとんとした表情のエリーゼの顔がある。

 距離が、近すぎて困る。

 しばらくそのままの状態で静止していると、微かな物音を聞いた。

 扉がガタっと揺れる音だ。もしかしなくても、これは。


「……エリーゼ、どいてくれる?」

「……う、うむ。すまなかったな優介」

 エリーゼが僕の上からどいた後、僕は立ち上がって扉を開いた。

 案の定、そこには二人の覗き魔がいた。

 いきなり扉が開いたから驚いたのか、二人とも尻餅をついていた。


「このは、蛭賀くん……なにしてんの」

「あ、いやその…二人で何してるのかなーって気になって、つい…」

 かなり焦りながらこのはが言う。

「俺はお前が心配で……」

「君は黙ってて」

 先に釘を刺しておいた。それにしても野次馬とはよく言ったものだ。

 エリーゼはただでさえ目立つから、あまり変なことがないようにしなくちゃいけない。


「二人とも、今すぐここから逃げないと僕の鉄拳が飛ぶけど…いいの?」

 笑顔のまま拳をポキポキと鳴らす。二人にはそれだけで十分だ。

「ご、ごめんねゆうすけ。もう行くからーーっ!」

「後でまた会おう、愛しい君」

 蛭賀くん、ウインクは本気(マジ)でキモい。

 そうしてこのはと蛭賀くんはその場を去ったのだった。



「……済んだかの。では…」

 扉を閉め、再びエリーゼと二人きりになる。

 彼女は一度瞳を閉じてゆっくり呼吸をし、そして両目を見開いた。

 その眼は、紗織の血を吸った時と同じように、灼熱色に輝いていた。


「おぬしの血を、力を、我に分けてもらうぞ」

「…いいよ」 

 彼女の真紅の眼を見つめると、自分の身体の自由が奪われるような感覚がした。

「大丈夫だ。これは一時的な催眠、麻酔と思えばよい」

 エリーゼがこちらに歩いてきて、肩につかまり背伸びしながら、僕の首元に鋭く尖った歯を当てた。

 プツッという何かが刺さる感触はしたが、痛みはなかった。

 彼女の言う、麻酔が効いているのだろう。


 幾らか吸った後、彼女は満足したのか口を離した。

 少しだけ唇に血がついている。

「ふぅ……ご馳走様なのだ」

 いい笑顔で言うエリーゼ。眼も元通りの青色だった。

 すると少しだけ噛まれたところがひりひりしてきた。

 催眠が解けたのかもしれない。

「どうだった? って聞くのも、なんか変だよね」

「ふむ。今までで最高の味だったぞ。文句なしで一番だ!」

「喜んでいいのかな……?」

 エリーゼの口元をハンカチで拭うと、彼女は少しだけはにかんだ。


「ふぁ……すまぬ」

「いいんだ」

 ハンカチをズボンのポケットにしまうと、エリーゼは何か哲学的なものを語りだした。

「血は繋がりだ。我は厳密にはおぬしと同じ人ではないが、似たようなものに変わりはない。人の血は即ち絆。代々受け継がれ、交じり合っていくモノだ。我と優介の絆のように、な」

「…ははっ、何難しいこと言ってるのさ」

「つまりはだな……」

 エリーゼは扉付近に歩いて行って、こちらに振り返った。

「我はおぬしが大好きなのだっ!」

 最高に輝いている笑顔だった。僕はこの笑顔を守りたいと、そう思ったんだ。


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